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第42話 ハニートラップ

相川翔太 その13


 みすずちゃんがあんな風に思っていたという事を、少しでも想像するべきだった。確か彼女はまだ中学2年生だったか、一般的にそういうのが一番嫌いな時期だっていわれているのだから、容易にわかりそうな物なのに僕ときたら何て鈍感なのだろう。

 だけどそもそも僕は男な訳で、女の子の気持ちには情け無い事だが疎い訳だし、リリィは普通の子と少しだけ違っていて僕に対してそんな感じじゃなかったし、よりちゃんとはその頃は疎遠だったから、今のみすずちゃんがどんな風に感じて、どんな風に傷ついていたのか、僕には考えてあげる事が出来なかった。

 けれども、仮に彼女の怒りや嫌悪感を知っていたからといってどうなる訳でも無かっただろう。

 しかし、だからといってもよりちゃんの妹でこれから僕の義妹になるべき人の事を、僕はもっと考えてあげるべきだったのだとも思う。


 でも「考えてあげる」なんて押し付けがましいかな。

 僕なんかがいくら何しようが、嫌われているのだから迷惑でしか無いだろう。

 これから彼女との関係を修復というか、せめて嫌われずに済むようにする為にはどうすれば良いのか、今の僕には全くわからない。



 あの玄関での一幕の後、僕達は倉橋家のリビングルームに案内された。

 久々の倉橋家のリビングだ。懐かしくなり色々と思い出す。


 倉橋家はリリィも驚いていたくらい大きくて、流石に漫画とかで出てくる大富豪と同じとは言えないが、少なくとも一般的なサラリーマンの子供である僕にとっては豪邸と言って差し障り無い。一体どうしてこんなお金持ちのよりちゃんの両親と僕の両親が大親友なのかは未だに疑問だ。

 部屋は十以上あって、先ほどの玄関ホールや応接間、それにドレスルームに、現在残っているかはわからないけれど、今にして思えば子煩悩な倉橋夫妻が設けた子供の遊び部屋なんて物まであった。それから勿論それぞれ一人一人に部屋もある。だもので子供の頃、この家の中でよく隠れん坊をした。こんな広い家での隠れん坊はそりゃあ隠れ甲斐があったけど、やたらと広いもんだからオニになった時が大変だった。よりちゃんや裕一君は考え方が似ているのか、比較的同じ様な所に隠れる事が多かったけれど、みすずちゃんは二人と違っていた。それにみすずちゃんは特に見つけづらい所に隠れていて、探すのに骨が折れたのを覚えている。


 ところで、よりちゃんがお弁当の対価にリリィを家に呼んだのは、何を隠そうよりちゃんのお古の洋服を合わせる為の採寸だったのだ。

 実はよりちゃんは昔から裁縫が大得意で、以前はぬいぐるみなんかも作っていた。いくつもある彼女の特技の一つだ。

 これで倉橋家は結構物持ちが良くって、意外な物が捨てられずに残っていたりする。

 洋服のお古もそうだし、昔皆で遊んだゲーム機である転任堂の遊戯立方体に「大興奮スモウッシュギョージーズEX」が刺さったまんまでリビングのテレビ台に収まっているのもそうだ。

 それから今時裁縫なんて物をよりちゃんに教えたのはよりちゃんの母さんだったりする。こんな豪邸に住んでる人からは想像も出来ない地味目な趣味だけど、実はそうじゃ無くて、よりちゃんの母さんは服のデザイナーだったらしくて、女の子なんだからお裁縫くらい出来ないと駄目だって事らしい。


 所で、僕の母さんがお裁縫って言うと、何となく破けたズボンを繕ったりするイメージで貧乏臭いけど、よりちゃんの母さんみたいな元デザイナーが裁縫って言うと何となく格好良い、服飾会社の営業とかっていうよりアパレル関係のセールスマネージャーって言う方が耳障りが良いのときっと同じだな。そんな風に言って揶揄してるのをネットで見た事ある。

 これって横文字あるあるかな? それとも僕の勝手な偏見かな?


 それはさておいて。

 とはいうものの、倉橋家が物持ちが良い、つまり倹約家なのはその通りで、以前僕のゴムの伸びきったパンツだとかサイズの小さくなった肌着を欲しいと言われ、うちの母さんがどうせ捨てるだけだしと、よりちゃんの母さんに上げたよって言ってた。

 きっと雑巾にでもしたのか、それとも手芸にでも使ったのか、そんな風にして物を大切にする姿勢には全く感服しきってしまう。


 そんな訳で、よりちゃんがリリィの家庭の事情も知っているのもあって、彼女の為に着なくなった自分の洋服を仕立て直してあげるって事に、僕は暖かい気持ちになると同時に、こんな良い子が自分の彼女だって誇らしく思えはするものの、その事自体には何の驚きもなかった。

 けど、サイズを測るくらい何も秘密にする事も無いだろうに……相変わらずちょっと変わった子だ、よりちゃんて。

 それがわかるまでリリィはよりちゃんが何を要求してくるのかわからないで凄く不安そうにしていたから、よりちゃんのその目的がわかるや否や目に涙を滲ませてかなり怒ってた。

 だからリリィが「何よそれ! 何でそんなしょーもない事態々秘密にすんのよ!」って言ったら、今度は逆によりちゃんが泣きそうになって収拾付けるのに手間取った。

 そりゃあリリィも怖かっただろうけど、よりちゃんも悪気があって隠してた訳じゃなくて、きっとサプライズのつもりだったのだろうから「しょーもない」だなんて言われちゃって、よりちゃんが悲しくなってしまうのも頷ける。

 でもよりちゃんがお詫びにって、翔ちゃん君人形なるおにぎりに髪の毛を生やしたみたいな薄気味悪いぬいぐるみをあげたらリリィはとっても喜んで、おかげで簡単に和解した。良かった、翔ちゃん君人形さまさまだ。


 そう、けど、仲直りしてくれたのは何よりだけど、あの翔ちゃん君人形って名前もそのままモデルが僕らしいんだよね。

 あのぬいぐるみって、僕からはどうみても薄気味悪くて、見てて気持ちの良い物じゃない。でもきっとよりちゃんやリリィからは僕がそう見られてるって事だよね。だとしたら少し落ち込むよ。

 それからよりちゃん曰く、あのぬいぐるみにはソウルが入ってるらしくて他のぬいぐるみには入っていないらしい、だからよりちゃんは思いついて、他の色々な大きさの翔ちゃん君人形を自分の部屋から持って来て見せて、シャッフルしてクイズみたいにしてたけど、リリィはそのソウルが入ってる奴以外は気持ち悪くて駄目みたいで、僕には皆目見分けがつかなかったけれども、そのソウル入りの「可愛い」翔ちゃん君人形を難なく言い当ててた。

 そう言えばその時リリィがソウル入り以外を気持ち悪いってよりちゃんにはっきりそのまま言ったから、また喧嘩しちゃうかなって思ったけど、よりちゃんは驚きはしたものの怒るとかは無くて、それどころか僕の懸念とは逆にすんごく感心しきって、むしろリリィを凄く認めた風な事を言ってた。

……褒められた当のリリィは微妙な苦笑いを浮かべてあんまり嬉しそうじゃなかったけど。

 しかしあの沢山の中からよくそのソウル入りのぬいぐるみを言い当てられるよね、僕にはどれも薄気味悪いぬいぐるみにしか見えなかったよ。やっぱりそのソウルに秘密があるのかな? あのぬいぐるみに入ってるソウルって何なんだろうね、少しだけ気になる。

 因みにリリィの為に仕立て直すお古というのは、よりちゃんが小学校低学年の時に着ていた洋服だ。当時から背が大きかった自分のサイズと今のリリィのサイズが多分同じくらいだろうから、というよりちゃんの台詞に、周りに気付かれない様にして落ち込んでいたリリィが少し不憫だった。


 そうして二人はよりちゃんの部屋に行く為リビングを出て行き、残された僕と裕一君とおじさんおばさん、四人で僕達が小さかった頃の話や、久しぶりなので僕の近況を話したりしていた。


「ところで、あの……さっきの話なんですが……」


 僕は話の区切りが一旦ついた所でさっきから気になっていた事を聞くことにした。


「さっきの話?」

「はい、その、よりちゃ……よりこさんとの結婚についてなんですけど」

「ああ、その話か」


 さっきおじさんとおばさんが玄関で言っていた、リリィに対しての娘発言の真意を聞きたいのだ。


「もしかしたら聞き間違いかも知れないんですけど、僕とよりちゃんとの関係を認めてくれてるようにも……」


 そこまで言って僕は自分が何を口走っているのか気付き、慌てて口を閉じた。


 僕は何て馬鹿なんだ。

 おじさんやおばさんが既に僕達の事認めてるだなんて、そんな訳あるもんか。だって二股してるんだよ!?

 さっきみすずちゃんの反応を思い出せばわかるだろう、きっとおじさんやおばさんだって認めてくれていないに決まってるよ。

 これって失言って奴だ。


「すみません、今のは聞かなかった事にして下さい」


 僕はそう言って頭を下げた。


 こんな事で心象が回復するとは思えないけど、謝らないよりかはましだ。


 頭を上げておじさんを見る。

 怒っているかなと思っていたけれど、意外にもそうではなくて、怒っているというよりも、何というか不思議そうな顔をしていた。


 呆れられちゃったかな?


「翔太ちゃんどういう事?」


 そう言ったのはおじさんでは無くこちらも不思議そうに可愛らしく小首を傾げたおばさんだった。

 おばさんがそう言うとおじさんは興味津々といった感じで腕を組んで僕の言葉を待つ姿勢になった。


「どういう事と言いますか……あのすみません」


 申し訳無いけれど、そんなに注目されてももはや何も言えない。


 二股してるけど娘さんを下さい、とは言えない僕は、謝ることしか出来ない。


 いいや、何時かは言わなくてはいけないのだけれども、それは今では無い。もしいきなりそんな事言っちゃったら纏まる話も纏まらなくなりそうだ。


「あれっ? それってもしかして姉ちゃんと別れるって事? マジですか?」


 裕一君は必死に笑みを隠そうとしながら、しかし隠し切れずにニヤニヤと笑いながら言った。


 へっ? 一体全体どうしてそうなるの裕一君。それに何でそんな嬉しそうに言うの? もしかして、というかやっぱりよりちゃんと付き合うのって反対なのかな。

 そうだよね、残念だけど、当たり前だよね、普通は自分のお姉ちゃんが僕みたいな奴に、しかも二股かけられてるんだもの、許すはず無いもんね。それにお姉ちゃん子だったもんね、裕一君。そんな彼の僕達に別れて欲しいって気持ちは一入ひとしおだろう。


「え、嘘。本当なの翔太ちゃん……」

「翔太君、それは……本当かい!?」


 しかし、そんな裕一君の言葉に、夫妻は余程ショックだったのか顔面を蒼白にして言った。


「いえっ! 違います。僕はよりちゃんの事愛してますからっ! 僕から別れるなんてありえないですっ!」


 慌ててそう言ってからはっと気が付いた。


 僕は何を口走ってるんだ。


「あらあら、よりこは幸せ者ね」

「そうだね、よりこは世界一の幸せ者だよ」


 おばさんは僕の恥ずかしすぎる告白を聞いて態度を一転し、ニコニコ顔になった。

 そして夫妻は彼らの間に置かれた翔ちゃん君人形の頭を、二人して撫でながらそう言った。

 その光景を見て、僕は不思議と二人に撫ぜられているかのように錯覚してしまい落ち着かない気持ちになる。


 しかし、その夫妻の言葉を否定する訳にもいかず、かといって肯定するにしてもよりちゃんの両親の前では恥ずかしい僕の本心。

 僕は自分の顔が赤くなっているだろう事は容易に想像がついた。


「お兄ちゃん……可愛い……」


 そんな僕に対して思わず、というようにして呟かれた裕一君の一言。


 僕が可愛い? 馬鹿言わないでよ、可愛い筈無いよ。だって自他共に認めるデブのブサオタだよ、それに中学生の時のあだ名は豚エモンだよ、僕って。

 それにしても豚エモンって何て酷いあだ名なんだろう、そもそも豚はわかるけど、エモンって何? 江戸時代なの? 酷すぎるよ……。

 それに裕一君みたいな格好良い男の子に可愛いだなんて言われると、何だかこそばゆいよ。

 そういや裕一君って昔からこうだ。何故だか何かにつけて僕をヨイショしてくれる。

 でも年上の幼馴染である僕を持ち上げてくれるのは嬉しいんだけど、流石に最近は色々きついよね。

 彼の話を聞くところ、女の子にモテモテらしいじゃないか。まあ、裕一君って凄く格好良いしユーモラスで男らしい性格を考えれば当然かなって、僕の学校で一番カッコいいとされる北澤先輩よりも断然彼の方が上だって思う。身内贔屓とかそんなんじゃなくて客観的に見てもそうだろう、きっと。まるで少女マンガに出てくるヒロインの相手役がそのまま現実世界に現れた様な彼、そんな彼に可愛いって言われると、男なのに時折妙な気持ちになりそうで怖いよ。


「あの! おトイレ借りていいですか?」


 居た堪れなくなった僕はそう言って立ち上がり、返事も聞かずにリビングルームから逃げ出した。

 後ろから「お兄ちゃん!?」って裕一君の声が聞こえたけど、恥ずかしさでまた変な事言ってしまうかも知れないと思うと立ち止まる訳にはいかなかったのだ。




 そうして、程なくトイレを済ませリビングルームに戻る途中、廊下の壁に背もたれて腕を組み考えてみる。このまま戻ったところでまたヘマをやらかしてしまうかも知れない。お粗末ながらの一人作戦会議だ。


 もしかして、さっきのおじさんとおばさんのあれってやっぱりよりちゃんとの事許してくれているって事なのかな?


 等と、そんな都合の良い解釈が頭に浮かぶ。

 そう、都合の良い、ありえない解釈だ……だとしても他にあんな風な態度をとる理由が思いつかない。


 そういえば昔、よりちゃんのお父さんとお母さんが「将来はうちの子を貰ってあげてね」って事ある毎に言ってたな。それは僕の両親とよりちゃんの両親が仲良かったから、きっと冗談で言っていたんだろうけど、当時の僕は結構本気にしていた。それによりちゃんの気持ちを知った今となって思えば彼女も同じ気持ちだったのかも。

 けど、僕が小学校高学年になる頃には、そんなのありえないって思うようになっていた。何故なら親が子供の結婚や恋愛に口を出すって問題だって気付いたし、周りの人でそんな話聞かないし、それに第一、よりちゃんと僕じゃとても釣り合わないってわかってきたからだ。

 こんな容姿で友達も少ないし運動も出来なくて、それに勉強だってそんな凄い訳じゃ無い。だけどよりちゃんは容姿端麗で友達も沢山出来るようになってたし勉強も良く出来た。……いや、小学校の時は音楽と国語が頑張りましょうだったっけかな? でも他は良く出来たし。

 ともかくそんな訳で、例えよりちゃんの両親がオッケーを出したとしても本人が嫌ならどうしようも無いな、とか、そもそもあの話ってよりちゃんの両親の戯れだったのだとわかるほどには成長出来て、悲しさや寂しさと共に、これが大人になるという事なんだ、なんて漠然と悟ったものだったが……。


 おじさんにおばさん。あの話ってもしかして本気だったの?

 けど、そんな事って……。 それに何度も云うけど二股だよ?

 それとも二股の事わかってないんじゃ……だけどみすずちゃんがあんなにはっきり言ってたし……。もしかしてリリィとは別れる筈って勝手に思われてる? でもそれだったらあの娘発言の説明がつかないし……。


 僕は堂々巡りの思考に捕われて、そのまま廊下に突っ立っていた。

 どのくらいそうしていただろうか。

 きっと時間にすると数分といった所だろう。

 結局何も得られないままだったが、ここで悩んで突っ立っているだけでは仕方が無いとリビングルームに戻ろうとした。

 すると、そこにはいつのまにやら人影があった。

 小さな背、美しい黒髪のリリィとはちょっと違う長めのツインテールに幼い顔立ち、でもその割にはふくよかな女性らしさを携えた女の子、みすずちゃんが俯いて、そして無言で立っていた。


 いつの間に?

 全く気が付かなかったよ。


 僕は思わずわっと声を上げそうになるのをぐっと堪えた。


 突然の登場に驚きはしたが、直感的にこれは彼女との関係修復の良い機会だと思ったからだ。

 根暗で人見知りのする普段の僕ならば絶対にありえない発想だろうけど、相手は長い間会っていなくとも昔良く一緒に遊んだ幼馴染の一人であるみすずちゃんなのだ。何も恐れる事は無い。


 そうだ、頑張れ僕!


 僕は自分を奮い立たせた。鉄は熱い内に叩け、では無いが、絶対的に彼女との関係が駄目になる前にどうにかしなくてはと思ったのだ。

 

「み、みすずちゃん?」


 しかし僕の口から出たのはそんな台詞であった。

 何と情けない。


「うん」


 彼女はそれだけ言って、また口を閉ざした。

 俯いた彼女の顔から見て取れる物は何も無い。全くの無表情だった。

 沈黙が重く僕達を支配した。ともすれば静寂しじまの音が聞こえてきそうだ。


 みずずちゃん、あんなに小さくて可愛らしくていつもよりちゃんと裕一君とで僕の後をついてきた彼女は、その昔の面影を残しながら綺麗になった

 みすずちゃんって、リリィ程では無いにせよ背はかなり低い、けどそれ以外はよりちゃんとそっくりな見た目だ。でも全く一緒かというとちょっと違う。強いて例えたら天然じゃないよりちゃんって所だ。それは彼女の事を知っている僕だから言える事かも知れないけどね。つまり言い方は悪いけどちょっときつそうな感じ。小さな頃遊んでいた時も、ぼけぼけなよりちゃんに的確で手痛いツッコミを入れてたのはいつも彼女だったっけ……三つも年上のお姉ちゃんに。


 僕は何とも気まずい状況なのにも関わらず、そんな昔の思い出を思い出しながらついみすずちゃんに見とれてしまっていた。


 不謹慎かなとも思うけど、だってさっきはあんなにビシッとした格好だったのに、今はラフな肩紐の付いた服みたいなやつ(キャミソール)を着て、すんごい短い短パン(ホットパンツ)履いててとってもセクシーな感じだからだ。特に胸元の谷間とか凄いや。こんなの見とれちゃうの男として当たり前で、これって男の本能って奴だよね。


「あのさっきの事なんだけど……」

「うん」

「えっと……」


 邪念をどうにか振り払い、何とか話かけたがその先が続かない。


 だってさっきの事って、何を言えばいいんだ?

 二股してるのは全くの事実だし、僕が最低な男である事も疑いない事実なのだ。それなのにどんな弁明をすれば良いというのだろう。


「あのねみすずちゃん、さっきの事だけどね、あれは無いんじゃないかな? って、僕の事は全然良いんだけど、やっぱりお兄ちゃんに対しては……裕一君には謝っておいた方が良いと思うよ。だって裕一君は全然悪く無いんだし、悪いのは全部僕なんだから」


 だからだろうか、切羽詰った僕はつい馬鹿をやらかしてしまった。


 ああ、本当僕は一体何を口走ってるんだよ。説教なんて始めちゃって、しかも悪いのは僕、とかわかりきった事言っちゃって。何と言うか押し付けがましい偽善者みたいだ、僕。

 これじゃ関係修復どころか益々嫌われちゃうよ! 


「うん、わかったごめん」


 しかしそんな僕の懸念を余所に、みすずちゃんは意外にもそう言った。


 あれ?

 素直だな。


「あっ、わかってくれたらいいんだ。ごめんね、偉そうに言っちゃって……」

「ううん、いいよ」


 そう言うなりみすずちゃんは、前置き無く急にグイッと踏み込んできた。

 すると、身長差もあり、僕のお腹に彼女のその豊かなものが押し付けられる形となった。


「えっ、みすずちゃん?」


 みすずちゃんの突然の行動に驚いたが、なんにせよ間違っても彼女の体に触れてはいけないと思い、咄嗟に両手を万歳にしようとした。既にお腹に触っているにも関わらずだ。


 何故そうしようとしたかというと、これは僕の癖なのだ。電車なんかで痴漢に間違われない為の両手を吊革に置いていれば間違われようが無いだろう、という考えに基いて編み出された処世術でもある。

 その処世術とは、他にも夜道を歩いていて前に女の人が居たらストーカーと間違われないように歩く速度を極力落としてその人がずっと先に歩いて行ってしまうまで待ったり、階段でスカート等を下から覗いたりしない為に視線を下に落として上ったりと色々だ。


 あっ……これってブサメンあるあるだよね? 今度は自信があるよ。


 しかしみすずちゃんは、そんな僕の行動を予見していたかのように、すかさず僕が挙げようとした手を掴んで降ろし、引っ張って自分の背中に回させた。

 そして彼女もまた僕の背中に手を回して……


 つまり抱き合う格好となる。


「みすずちゃん!?」

「翔太さん、さっきはひどい事言ってごめんなさい」

「えっ? あ、ああ……それは全然構わないよ……」


 みすずちゃんは目をウルウルとさせて、心底申し訳なさそうにしている。


「さっきは皆居たし、私も熱くなってつい……性獣だなんて……」

「性獣って……いや、いいんだみすずちゃん、気にしないでよ。だって性獣……はちょっとあれだけど、でも大体君の言ったとおりなんだから……」


 おお! これはもしかしなくてもいける!? 関係修復の絶好のチャンスだ。

 しかし……近いなみすずちゃん。距離が近いよ。


 みすずちゃんは頬を上気させながら僕を見上げている。


 僕を仰ぎ見る涙を称えた瞳は健気で思わず抱きしめそうになる。それに桜色の唇が艶々しててとても色っぽい、とても中学生とは思えない程だ。しかもお腹に押し付けられた彼女の女性たる象徴が形を変えて……それに何故だか感触がダイレクトに伝わって……何だか変な気持ちになりそうだ。


 というかなってる。


 僕は体の一部に血液が集まるのを感じた。

 そしてそれがみすずちゃんのお腹に思いっきり当たってる。


 やばいっ! 静まれっ僕の黒い衝動っ!

 このままじゃマズイよ。

 折角仲直り出来そうなのにっ!

 昨日あんなにしたじゃないかっ! よりちゃんの家にお呼ばれだから三人で、とかありがちな妄想しちゃっていつもより沢山したのに、どうして……!?


 僕の全く無意味な心の抵抗は何の成果ももたらさず。悲しいかな男の生理現象は、その機能が十全である証を僕と、そしてみすずちゃんに示すのであった。


 もし、これが密着した状態でなければ或いは彼女に知られる事は無かったかも知れない。

 しかしそれはもしもの話であって、現実は残酷で厳しい。


「あれ~、翔太さん、これ何だろう~?」


 もう完全にバレている。

 だが僕の予想と違い、みすずちゃんは叫ぶでも無く、嫌がるでもなく、先ほどまでの殊勝な態度はどこへやら、ニヤニヤと心底僕の事を馬鹿にした表情で、彼女のお腹に当たった僕の不遜の象徴を身を揺すってグリグリと刺激した。


「うぅ……」


 そんな……一体どうして?


「これさ~、マズイよね~? もしさ~、私が大声出したらどうなるのかな~?」

「そ、それは……」

「どうなるかな~、お父さんもお母さんも怒るよね~、糞兄貴にだって殴られるかもよ? お姉ちゃんは泣いちゃうかもね~それにあのリリィってチビ外人も……」


 マズイ……何てもんじゃない、そうなったら終わりだ。

 おじさんおばさんに裕一君もだけど、特にあの二人に知られたら。

 僕の大好きなあの二人に知られたりしたら……


「み、みすずちゃん。その……ごめん」


 僕はみすずちゃんの肩に手を掛け引き離そうとした。

 だが彼女を僕を強く抱きしめそれを拒んだ。


「勝手に動いたら駄目! 大声だすからっ!」

「うっ」

「翔太さん、まだ立場がわかって無いの? ほら……私ブラして無いんだよ? どうしてだと思う?」


 みすずちゃんの言うとおり、彼女はブラジャーをしていなかった。

 みすずちゃんは今度は押し付けるのでは無く、グニグニと形が変わるのを僕に見せ付ける様にして身を揺すり、クスクスと小さく笑った。

 しかし馬鹿にしたようなにやけ顔だが目は全く笑っておらず鋭い。その瞳に見つめられ、僕はさながら蛇に睨まれた蛙の様な心地になる。


 もしかして……計られた……?


「僕の立場って……?」


 僕はその恐怖ともとれる感覚の中、何とか声を絞り出した。


「翔太さん、みすずはね、お姉ちゃんが大好きだったの。知ってた?」


 けれど、僕の質問には答えず、無視して別の質問をするみすずちゃん。当然抗議する立場に無い僕はそれを受け入れなければならない。

 いや、疑問は解決した。

 つまり僕は彼女の言いなりになるしか無いという事なんだ。


「知ってる……よ」


 良く知っている。

 ちょっとヘンテコな所があるよりちゃんだけれども、あれで結構面倒見が良くって、裕一君やみすずちゃんに慕われていた。

 しかし「大好きだった」って事は、今は違うという事かな。だけどどうして……。


「でもね、ある時から大嫌いになったの、どうしてだかわかる?」

「それは……わからないよ」

「そう、なんだ、わからないのかぁ~」


 またもやクスクスと笑いながら、そして僕を抱きしめる力を強くした。


「あはは、こんな状況でも凄い! きかん坊だね~それともみすずが魅力的過ぎるからなのかな~、ねえ、どっちだと思う?」


 そうなのだ。

 こんな状況にも関わらず、なのだ。

 本当、僕って奴は……。


「ねえ、ねえってば」

「それはきっと僕が……」


 最低だから、と言いかけたが、みるみる不機嫌そうに顔をしかめるみすずちゃんを見て、何かマズイと思い途中で口を閉ざした。

 黙った僕を見て満足そうに頷くみすずちゃん。


「エッチなエッチな翔太さん、やっぱり私の魅力にやられちゃったんだね。うんうん、いい子いい子」


 みすずちゃんは手を伸ばして僕の頭を撫でた。


「じゃあさ、私の部屋に来て、ね? お話しよう」

「お話?」

「そう、これからの事についてね。いいでしょ? 嫌だとは言わないでよ、あはは」


 何がおかしいのかまた笑い、僕のお腹に頬擦りするみすずちゃん。


 みすずちゃんの部屋かぁ。

 ああ、何だかとても嫌な予感がする……。

 だけど嫌だ、とは絶対に言えない。もし断ったりしたら確実に大声を出されて、そして全部滅茶苦茶になってしまう。


「わかった。お話、しようか……」


 そうして僕は前かがみになりながらみすずちゃんに手を引っ張られ、二階にある彼女の部屋へと連れて行かれたのであった。





 日曜日に間に合うとか思ったけど、そんな事はなかったぜ!!!


 お久しぶりでございます。

 漸くうp完了です。

 細かい事は申し上げません。

 今月は3連休が後一回あるので、どうにか来週に次話をうp出来ればと考えています。


 ↑無理でした。

 少し伸びます。遅くとも2~3日。サーセン。


 それからハニートラップについてですが、有名なのは中国ですが、それ以外にも日常様々な美人局があります。

 一昔前であれば綺麗な女性が恰もその気がある様にして100万円もする宝石をローンで買わせたり(友人が引っ掛かってた)今も尚宗教の勧誘には若く美しい女性が幅を利かせております(昔、引っ掛かりそうになったw)

 ですので、くれぐれもお気をつけ下さい。後アムウェ○とかも……


 後、翔ちゃん君人形の見た目ですが、漫画家のMEEみいくん先生のコミックスの後書きに出てきたパイナップルみたいな頭をした、アシスタントだか友人だか担当だかの人に近い容姿をしています。

……え? 全く伝わらないって?

 まあ、ググッても出てこないでしょうからわからない人は諦めて下さい。

 多分燃えよ鉄人とか小鉄の大冒険とかの後書きだったと思います。昔の事なんで詳細は忘れました。

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