第37話 それでも僕はヤってない
リリィ・アンダーソン その14
「居ちゃ悪いの?」
「そんなは事無いけど......バイトは?」
「大丈夫よ。替えが頑張ってくれるから。」
「替えって......まあいいけど、でもどうしてここに?」
翔太は何故だか不思議と安心したような顔つきで私にそう問いかけた。
どうせ大方、よりこがまた訳のわかんない事言って翔太を困らせてたんでしょうけどね。
それにしてもこれから私の言葉で冷や汗タラタラになって、よりこの方がまだましだった的な感じになる事請け合いなのに、悠長な奴。
まあそういう抜けてる所も結構好きだったりするけど。
……だ、駄目。
情けを掛けては駄目よリリィ。
こいつは、私というものがありながらこんな何でも無いって顔で、よりことヤっちゃってるんだもん。とっちめてやらないと気が済まない。そして......!
「翔太さ......あんた本気で言ってんの? だとしたら相当なもんね。」
「……えっ? 何が?」
「何が、って......もしかしてそれ本気なの? 本気でバレて無いと思ってんの? 知らないとでも? 隠し通せるって思ってんの?」
「え、あの、いや、だから何が?」
「……もう良いわ。リリィさんはそんな細かい事で一々怒ったりしません。」
ほんとは全然細かく無いんだけどね。
「怒るって......だから何でだよ、訳わかんないよ。」
「だから、怒って無いって......ううん。やっぱり怒ってる。いいえ違うわね、怒ってるんじゃないの、唯ね、私は悲しいの。あんた達の事......分かってたつもりだったのに、分かってなかった。安心しきっていたのよね、私。」
「リリィ......だから一体......。」
「そう......だからなのよね。私ね、今日ね、昨日シちゃったって聞いたわ。あんた達が。」
「え!?」
「え? ……じゃないわよ。何馬鹿みたいに驚いてんのよ。私がバイトはブチってまで来た理由がわかんなかったの? ヤったんでしょ? 昨日の夜遅くに。……ネタは挙がってんのよ、確かな情報なんだから。」
「そんな......。」
まだ私の事を騙せると思っているのだろう。
まるで今初めて聞かされたみたいに目を大きく見開いて驚いた振りをする翔太。
「違うよ、誤解だよリリィ! 僕達ヤって無いよ。昨日は......。」
「翔ちゃん......。」
よりこは心配する素振りで、翔太の手を包むようにそっと握って見せた。
翔太はよりこを見て目と目を見つめ、まるで通じ合っているかのように頷いて、また言った。
「昨日は、ほんと、違うんだ。昨日は、ちょっと色々あったから......その、それで色々話合ってて、だから夜遅くまでなっちゃてて......ね? そうだよね、よりちゃん。」
「う、うん。そ、そう......だよ。何も......無かった......。」
翔太の言葉信じてあげたい。
私の大好きな翔太の言葉だもん、信じてあげたいよ。
それに、私だって、翔太とよりこがHして無いって信じたいよ。
祐一の話が勘違いだって、早とちりだったって思いたいよ。
もうこんなのヤだよ悪い夢なら醒めて欲しいよ。
だけど......隣に居るよりこが相変わらず翔太の手を握ったまま、俯き加減で目を瞑りプルプル震えている。
その様はまるで先生に怒られるのを待つ小学生の様だ。
彼女を見てると、これが夢だったり、昨日何も無かっただなんて思う事が出来ない。
目や表情や仕草は口ほどに、ううん、口よりも物を言うわ。
このよりこの反応が確たる証拠。
……でも。
もし、それだけなら、もしかしたら信じてしまったかも。
盲目的な私の翔太への恋心故にに騙されてしまったのかも。
ううん。きっとそうだ。
祐一の証言だって、よりこの不自然すぎる態度だって、あるけど、それを逆に嘘だって思えたかも、きっと何かの陰謀だって思えてしまえたかも。
だって翔太は私の全てだ。指し示す指標だ。翔太の言う事なら何だって......。
だけど......だけど!
翔太の目は先ほどからキョロキョロと泳いでいて落ち着きが無い。
翔太本人は知らないだろうけど、これって翔太が嘘を吐く時の癖だ。
その癖が出てしまっている。
その癖が出てしまっているから、翔太の事を良く知る私には分かってしまう。
これは嘘だ。
翔太がこんな風にバレバレで最低な嘘を吐くだなんて思わなかった。
絶対私が言ったら「ごめん」って謝ってくれると思ってた。
こんなあからさまなで大げさなリアクションじゃなくて、もっと真剣に訳を話してくれると思ってた。
とはいえ、訳ったってどうせ我慢が利かなかったとか大した理由じゃ無いだろうけどそれでも良かった。
例え、私の希望通りに謝ってくれたって許せるか自信無い。
だけど、許したいって思ってた。
いつかどこかで許せる時がくるかもって心のどこかで思ってた。
だから、だから翔太に逢いに来たって言うのに、酷いよ、酷いよ翔太。
「翔太......。」
「あ、リリィ!? だから誤解だからね? 泣かないで。」
「うぅ......。」
翔太に言われて気が付けば、私の目から涙がぼろぼろ零れてた。
私は目をゴシゴシしたけど、どうにも涙が止まらない。
「リリィ、あんまり擦っちゃ駄目だよ。目が腫れちゃうから。」
「だって、翔太がぁ。」
嘘吐くんだもん。
「僕が悪かったから、ね?」
「じゃあ、認めるのね。」
「いや、それはちょっと......。」
「何でよっ! もうとっくにネタはあがってんのに、何でそんなバレバレな嘘吐くのよ! らしくないよ、翔太ぁ......。」
また泣けてきた。
翔太は途方に暮れている様で言い返してこない。
止めてよ。
私の好きなそんな疲れた顔しないでよ
私が悪戯を成功させて、呆れたような疲れたようなその顔を見るのが大好きなのに。
嘘吐いてる癖に。何で私が変な事言ってるみたいな顔してるのよ。
「ねえ、リリィちゃん。それって誰から聞いたの?」
よりこはタオルっぽいハンカチで私の顔を拭いてくれている。
よりこには腹が立つけど、このままの涙で濡れた顔でもいられないのでなすがままにされている。
「誰って......祐一よ。あんたの弟の。」
「祐ちゃん? そう、それで......けどどうして? 友達なの?」
「祐一君?」
「そう、バイトが一緒なの。」
「そうなの......リリィちゃんのバイト先って駅前のファミレスの事だったんだ。」
「うん。昨日、あんたが夜遅くに帰って来て、何だか様子がおかしかったって言ってて、それで祐一が『ヤったんじゃね?』って......。」
「ヤってないから! 違うから! 誤解だからっ!」
「……翔太、この期に及んでまだシラを切る気なの?」
「だけどリリィ。」
「もういい、翔太には聞かない……ねえ、よりこ。あんたなら本当の事言ってくれるよね。」
「……う、うん、いいよ、わかった。」
「よりちゃんっ!?」
「翔ちゃん、もういい加減本当の事言った方が良いと思うの、じゃないとリリィちゃんが......。」
「けどっ! だって、そうじゃん、僕達ヤって無いじゃん。」
「翔ちゃん。」
真剣な眼差しで翔太を見つめるよりこ、その視線に翔太はたじろいだ。
「……これから私達が付き合って行く上で、こういう事って一杯あると思うの、だからね、翔ちゃん、ここは私に任せて。」
私達がやって来たのは、昨日祐一と話しをしたあの小さな公園だった。
静かだった夜の光景とは打って変わって、小さな子供やその母親達の井戸端会議の声が聞こえて賑わいでいる。
私の家の近所の糞ガキ共も居て、私を見つけて声を掛けようと手を挙げたけれど、隣に居るよりこに気が付いて気後れしたのかその手を下ろしてしまった。
きっと、ガキ共は私達のただならぬ雰囲気を察したのだろう、それともよりこの、この怖いくらいの真剣な表情を見てとって怯えたのか。
あの後、よりこと翔太のヤったヤって無いの押し問答の末、渋々ながらよりこが事の経緯を話すのを認めた翔太は、だけど不貞腐れて、私達に声を掛ける事もせずバンッと強く扉を閉めて部屋に戻ってしまった。
翔太があんな風に不機嫌になるのは初めてだ。
もしかしたら、私と知り合うより昔は翔太があんな風になる事もあったかも知れないけれど、少なくとも私の前では初めてだし、翔太が私にあんな態度を取るのも初めてだ。
だから私、実は翔太が言ってる事ってやっぱり本当なんじゃないのかってつい思ってしまった。
私が聞き分けないから、それで本当に怒ってしまったのかもって。
だけど、その時隣にいたよりこを見て、やっぱり昨日はシたんだって思えた。
だって昨日の夜の当事者であるよりこが、あんな悲しそうで辛そうで、思い詰めた様な顔で翔太が閉めた扉を、凄く悲しそうな目で見つめているんだもん。
その顔を見て、やっぱり昨日何も無かったとはどうやっても思えないでしょ?
それにあの翔太の癖......どう考えたって嘘を吐いているとしか思えない......。
それから暫くよりこはそうやって扉をじっと見つめていたけれど、気を取り直して、話をする為私を外へと連れ出した。
道すがら、私達は終始無言だった。
だってよりこはずっと黙ってたし、私だってよりこから話すまでは、こちらから何も言いたく無かった。それにそもそもよりこと私の接点は翔太だけだ。話す事と云ったら翔太の事になるだろうけど、それも今は私達の中では最も深刻で重要な話題、おいそれとは口に出す事は出来ない。
私達は公園の空いたベンチを見つけて並んで座った。それから一息ついて、漸くよりこは話し始めた。
「まず、結論からいうとね、私達......昨日、シたよ。」
「……そう。」
ショックだった。
分かりきっていてもショックだった。
私の心のどこかで燻っていた、翔太を信じる気持ち。それに実は昨日は何も無かったんじゃないか、という願望が見事に打ち砕かれた音を聞いた。
そんな願望を今だに持っていた自分にもショックだった。
そしてそんな自分が惨めだった。
だけど、私は声にも表情にも出ないようにした。これ以上醜態を、惨めな自分を、その原因の一人であるよりこに見られたく無かったからだ。
私の最後の意地だ。
「でもね、リリィちゃん。翔ちゃんがどうして隠そうとしてたのかはわかんないけど、これだけは言える事だよ。それはね、もし......私達がこの関係のままいれば、絶対今後こんな事が続くって事。だって翔ちゃんは一人しか居ないんだもん。当たり前だよね。」
私はよりこの話す雰囲気がいつもと違うのを感じて、ハッとなりよりこを見た。
今私の隣で一緒に話しているよりこは、いつもの抜けた感じの話し方だったけれど、その表情や仕草は、私がよりこと知り合う以前の、学校で遠くから見ていたり噂で聞いたりした時の物だった。冷静で冷ややかな眼差し、冷たい声色、落ち着き払った物腰、そのどれもがあの「倉橋よりこ」その物だったのだ。
翔太が居ない時のよりこは、きっといつもこうなのだろう。
というのも、今のよりこには翔太と居る時の焦った様子や変に高いテンション等感じられない、極自然体だったからだ。
これがよりこの素なのか......それとも翔太と居る時のよりこが普通なのか......分からないけれど、でも、皆が知っている倉橋よりこは確かに今、ここに居る。
「私はね......どんな事があっても翔ちゃんは諦め無いよ。例えリリィちゃんとどっちとも結婚するってなってもね。」
……何言ってんのこいつ。
そんな冷静な顔でそんな事言われても困るわ、実際。
「いや無いから、流石に翔太でもそんな事いくらなんでもしないから。大体そんな事出来る訳無いでしょ、あんた法律知らないの? 重婚は犯罪よ、警察に捕まるのよ。」
「だってリリィちゃん。そういう事なんでしょ?」
「はい? 何がよ。」
何で私?
「だってそうじゃない、翔ちゃんとこのままずっと付き合って行くとしたら絶対そういう事になるじゃない、それに翔ちゃんだって......。」
「翔太?」
「……ううん、何でもないよ。でもそうだね、もし、私達が二人ともこのままずるずると翔ちゃんと付き合っていったとしたら、こういう事って沢山あると思う、それにその......。」
「そういやあんた、さっきもそんな事言ってたわね。」
「うん。ねえ、リリィちゃん、今日祐ちゃんから私達の事聞いてどう思った?」
「どうって......最低......としか......。」
「だよね。私だってリリィちゃんの立場だったらそう思ったよ。もしリリィちゃんが翔ちゃんとそうなったらって、考えただけで泣きそうだよ。でもね、今のままの関係が続けば、これからそういうのが沢山あるって事なんだよ?」
「う......。」
「やだよね? わかるよ、私だって嫌だもの。だけどこうなった以上、それは避けられない事なの、わかるよね?」
「…………」
「私と翔ちゃんはシちゃった。これは変えられない過去だよ、タイムマシーンでも無い限り。」
タイムマシーンか......そういやさっきは何でタイムマシーンで過去に帰る、何て思っちゃったんだろう。そんな事、出来るはず無いのに......。
「この事実は変えられない、きっと、一生残ってしまう事実、だよ。……リリィちゃんは我慢出来る?」
「一生......か。」
わからない。
そんな先の事なんてわからない。
だけどよりこの言うとおりなのかも。
一生引き摺ってしまうかもしれない。
だって現に、今はその事実だけで心がメチャメチャに掻き乱されてるんだもん。
さっきは平気な振りをよりこに見せたけど、今、泣いて良いならいつだって泣けるよ。
この気持ちがいつか癒える、とか。今そういう風に思う事は、どうしたって出来ない。
「だからリリィちゃん、もし『引き返す』なら今だよ?」
「引き返す?」
「そう、翔ちゃんの事きっぱり忘れるってこと。」
「あんたね......。」
「例えば新しい恋をするとか......とにかく翔ちゃんは諦めて。」
「いやよっ!」
それだけは無い。
「でもだって、もしこのままの関係が続いたら、翔ちゃんは......あの......。」
よりこは少しだけ躊躇った後、意を決した様に言った。
「私、さっき『翔ちゃんが何であんな嘘吐いたかわからない』って言ったけど、実は心当たりがあるの。リリィちゃんは翔ちゃんが持ってるエッチな漫画知ってるよね?」
「ああ、うん、あれね。」
私がおっぱい関係を捨てたから今はロリコン物しか無かったはず。
「それでね、翔ちゃんが一番好きそうなシチュエーションって知ってる?」
「知らない......。」
そういやそんな事考えた事も無かったわ。
「翔ちゃんが好きなシチュエーションって、複数の女の子とするやつだよ。」
「ふーん、そうなんだ。」
やだー、翔太へんたーい、男の妄想垂れ流しすぎーって......は? もしや。
「だからね、翔ちゃんはきっと私達とその......一緒にスるつもりだよ。」
「一緒に? って、え!?」
もしかして、もしかしなくても、二人同時にヤるって事? 所謂3Pって奴!?
「う、嘘よ、そんな......エロ漫画じゃあるまいし......。」
「本当だよ。じゃあどうして翔ちゃんがあんなう......あんな事言ったと思う?」
「それは......。」
「わからない? 本当に? ……私はわかるよ。つまり翔ちゃんはあんな風に言って、リリィちゃんを遠ざけたくなかったんだよ、きっと。そしてほとぼりが冷めた頃に『じゃあ一緒に』ってなるよ、絶対。」
「そんなこと......翔太に限って......。」
あるかも。
わからない。
翔太の事を誰よりも一番良く知ってる私だけど、今の翔太の気持ちは理解出来ない。だって、嘘吐いたりするんだもん、まるで翔太ではない他人みたいに感じてしまう。
こんな事今まで無かった、変だ、おかしい、もやもやする。
「あるよ、絶対。ヤだよね、そんなの。だからね、私も協力するから、ね? 友達とかに頼んで紹介して貰ったり出来るし......きっと。それにリリィちゃんって可愛いから直ぐに良い人見つかると思うし......。」
「……それってさ、一応聞くけどさ、あんた本気で言ってる訳?」
「……うん、本気、だよ。」
「そう。」
ふむふむ、なるほどね。
言われてみれば確かに良いかも。
色々よりこの言葉には疑問も残るけど、あんな変態でオタクでキモくてデブで不細工でしかも嘘つきな男とは縁を切った方が良いかもね。
それに倉橋よりこが紹介してくれる男の人っていうのも魅力的な提案だ。
まあまさか北澤先輩やましてや祐一程格好良い人なんてのは望むべくも無いけれど、よりこは知り合いも多いだろうし、真剣になって私の次のお相手を探してくれるのは想像に難くない。
「わかったわ。」
「リリィちゃん。」
「じゃああんたがそうすれば?」
「リリィちゃん......。」
だけど、だからと云って私と翔太が今まで積み上げてきた思い出を忘れるなんて出来ないし、しようとも思えない。それに、この気持ち......今だ消えない、それどころか尚更強くなる、こんこんと湧き出る清水の様な、私が翔太を求めるこの気持ち......。
あんな事があったから今すぐギュってして貰いたい、強く、痛いほどギュって。
……やっぱり、私は翔太が好き。
あんな風に嘘吐かれたのはショックだったけど、よりことヤったのも凄くショックだったけど、それで構わない......とは思えないけど、でも私はどんな事があっても翔太の事が好きなんだ。
これだけは自信を持って言えるよ。
そんな風に考えると、今まで混乱のしまくっていた頭の中が、嘘みたいにすっと冷えていくのがわかった。
まるで憑き物が落ちたみたいな心地、雨上がりの澄んだ青空の様だ。
今まで当たり前になり過ぎていて、気が付かなかったこの想いの強さ。
私は、そうだ、翔太が好きだ。大好きなんだ。
……それから翔太も私が好き。
それだって間違い無い。
だって、よりことヤって無いなんて嘘吐いちゃう位なんだもん。
って事は、つまり私とも付き合いたいって事。
よりこの言う「二人一緒に」っていうのは、本当かどうか良くわかんないし、当然ヤだけど、あんな嘘まで吐いて私を引き止めたかったって事だ。でもそんな風に思うなんてやっぱり最悪だ、最低な浮気男だって思う。ジゴロにでもなったつもりなんだろうか。そういう所だけはちょっと直して貰わないと......。
それにしたって本当、馬鹿馬鹿しい。
大体、そんな嘘吐かなくても止むを得ずとは云えこの間「我慢する」って言ったんだから、そういうのはさっさと認めちゃっても翔太的には問題無かっただろうに......もち私的には問題大有りだけど。
そもそもだ、翔太は何故あんな嘘を吐くのだろう。
……そうだ、おかしいんだ。
咄嗟の事とはいえ、あんな嘘を吐くメリット何てどこにあるのか。
よりこのいう「二人一緒に」ってのも理由が薄い様に思える。
私達翔太にベタ惚れなんだもん、翔太がやりたいって言ったらよりこも私も、嫌でもする事になる事は簡単に想像出来てしまう。
それが翔太本人にはわからなかったからあんな嘘を吐いた? よりこに否定されてまで? おかしい。
大体、私を騙し通せるとでも?
祐一にチクられて、明らかにヤってるのに、それを有耶無耶に出来るとでも? 考えられない。
私にしたって、翔太にしたって、そんなに馬鹿じゃ無い。
その事はお互い良く知っている事だ。
例えば私が翔太に悪戯する時は、その為の嘘はもっと考えて吐く訳だし、今まで翔太はその嘘をそこそこの割合で暴いている。仮に翔太が嘘を吐く場合、その事を踏まえて、もう少しマシな嘘を考えるだろうというのが私の感想。
それをあんな下手糞な嘘で私を騙せる、何て事、果たして翔太は本当に考えるだろうか?
だから翔太は嘘を吐いていない......とは言えない、だって翔太のあの態度、あれは確実に嘘を吐いている時の態度だ。
……駄目だ、益々わからなくなる、一旦整理してみよう。
一つ、翔太は滅多に嘘を吐かない。
二つ、そんな誠実な彼が嘘を吐くには少々疑問の残る理由。
三つ、だけど翔太は確実に嘘を吐いている。
やっぱり駄目だ、これだけじゃ何もわからない、それどころか益々意味がわからなくなるだけ。
何か無いのかしら、ヒントになりそうなものって。
……駄目。
全く思い付かない。
そもそも翔太ってあんまり嘘吐かないのよね。
それに吐いても私の誕生日だとかのプレゼントを聞きだしたり、美味しい物ご馳走してくれたりだのと、基本的にサプライズな事柄ばっかり。
さっきみたいな自分に為の嘘ってあんまり、というか一回も吐いた事が無い。
まあ、嘘、といっても、目をキョロキョロさせる癖があるから一発で分かるんだもん。あんま意味無いわよね。
しかもその罪悪感からなのかなんなのか、暫く落ち着くまでそんな感じだし、本当どうしようも無い男ね、翔太って。
ん、待てよ、という事はもしかして......。
「……あっ。」
そこまで考えたところで私は思い至った。
「え?」
今まで考え込んでいた私を黙って見ていたよりこが、急に声を出した私に驚いた。
「あ、ごめん。」
「ううん......こっちこそ。」
不確かな光明。薄ぼんやりとしていて、見えるかどうかの微かな光。
何の確証も無いし、それに今更も今更......。
だけど確証は無くとも確信ならある。
翔太が目をキョロキョロさせたのにはきっと他の理由があるんだ。
絶対そうだ。
確かめなくちゃ「翔太が嘘なんて吐いて無いって」
「あんたの言いたい事はわかったわ。」
「リリィちゃん......。」
「あんた、私に嘘吐いてない? いい加減な事言って私を翔太から引き剥がそうとしているとか、してない?」
「……リリィちゃん。」
私の言葉を聞いて、よりこはうんざりだとでも言わんばかりの呆れた様な顔をした。だがそれもつかの間、目線を上にあげ少し逡巡した後、私の手に手を重ねて、また優しい笑みをこちらに向けた。
「そう思いたくなるのはわかるよ。けどね、何度も言うけど私と翔ちゃんはシたよ。嘘じゃ無いよ。絶対だよ。」
私は顔だけをこちらに向けているよりこの眼をじっと見つめた。
落ち着いた様子でこちらを見つめ返している。
どう見たって嘘を吐いている様には見えない。
しかもよりこのその態度は、私が抱いたであろう楽観的で希望的な想像に対して、ショック故にそう言ったであろう事を考慮して私を傷つける事無く、出来るだけやんわりと否定してどうにか現実を見せよう、とでもいうかの様だ。
「そう......わかった。ごめん、変な事言って。」
「ううん、良いよ、リリィちゃんの気持ちわかるし......。」
殊勝な態度。
抜け駆けした事に対する罪悪感のような物が滲み出ている。
……やはり、どこをとったって、彼女の仕草一つ一つどれを見たっておかしい所など無い。
「だからリリィちゃん......何度もいうようだけど、翔ちゃんの事は......。」
「いやよ。」
だがこれだ。
私にはどう考えても分断工作の為に嘘を吐いているようにしか思えなくなってしまった。
……でもこれって私の、考え過ぎなの?
やっぱりわからない。
「所でさ、あんたさっき翔太と何話してたの? 翔太随分慌ててたみたいだったけど。」
さて本題だ。
翔太があそこまで動揺していた訳は、絶対そこにあるに違いない!
「翔ちゃんが? えっ、そうかな? えっとね、その......二人でカラオケ行こうって話してただけだよ。」
「カラオケ?」
「うん、それだけだよ。」
そうか......カラオケか......。
うん! 全然わかんない。
カラオケで翔太が嘘を吐く......? あんの? そんな事。
カラオケに行きたくないから嘘吐いたとか?
……それは無いか。
だって翔太好きだもんね、カラオケ。
事ある毎に誘ってくるし。その癖下手糞だから、自分の歌は途中で止めちゃって、そんで私に歌わせたがるのも困り者。自分で歌わないのに何が楽しいんだか良くわからないけど、いつも無茶苦茶喜んでくれてる様なので私は別に嫌ではなかったりする、というか翔太が喜んでくれるのは嬉しいし。
小学生の時は家や公園で遊んだりしたんだけど、中学生くらいからは翔太の家で少しだべった後、その流れでカラオケ、ってのが私達の基本的なデートコースだった。高校生になってからはバイトのせいで日曜日だけになってしまったから、尚更翔太はカラオケに行きたがる。まあ、日曜は料金が高いので翔太のお子遣いの許す範囲で月に数回といった所だけれども。
そんな訳でカラオケは翔太との楽しみであり大切な思い出だ、二人だけの宝物なんだ。
なのによりこと一緒に行くだなんて......こいつどこまで私達の関係に土足で踏み込んでくるのよ。
「へ~、いいわねぇ~カラオケ。翔太好きだもんねぇ~、あ、でも翔太って人にやたらと歌わせたがるから大変かもね~。」
「へ、へぇ? そうなんだぁ、いが~い......だねぇ~。詳しいんだねぇ~リリィちゃん。」
よりこの表情が笑いながらも少し引き攣った。
ざまぁ!
「そうかなぁ~? あ、でも~? それってしょうがないし~、だって翔太と中学校の時からずっと行ってるし~。」
「ふ、ふ~ん、そっかぁ~、良いなー羨ましいなー。あ、でも~? 翔ちゃんは私とシちゃったし~もう責任とって結婚してもらうしかないし~今度からは私と一緒に行くし~、参考になるよ~。」
「ぐっ......。」
私の可愛らしい負け惜しみに対するカウンターパンチ、強すぎるよ、よりこさん。軽い気持ちで撃ったジャブを、抉る様なコークスクリューパンチでノックアウト返された感じ。
そうだ、そうだった、失念していた。
よりこと翔太がヤったって事はつまり、翔太に責任を取らせる事が出来るって事だ。
馬鹿じゃないの翔太、いくら私にあんな嘘を吐いたって意味が無いじゃん。だってもうヤっちゃってるんだから、よりこに責任取らされるじゃん、やばいじゃん翔太!
やべぇ......やべぇよぉ。どうしよ、どうしよう......。
やべぇ......んだけど、あれ? 何だか引っ掛かるわね。
「あのさ、よりこ。それって翔太に言った?」
「えっ? え、何で? 言って無いよ?」
「何で?」
「何でって、別に言う必要無いし......。」
「何で?」
「だってそれは......翔ちゃんに言わなくてもわかってくれると思うから......。」
「あーそっか、だよね。」
あーうん。
わかった。これで何もかもわかった。
あんなに騒いだのに唐突でごめん。
結論から云うと翔太は嘘吐いて無いってわかっちゃった。
いや、別によりこが嘘吐いているかどうかとか、証拠がどうとか、翔太の癖の理由が分かったとかそういうんじゃ無い。それ以前にもうそんなの必要無くなってしまった。
元々私ってあんまり頭良く無いから、そういう探偵みたいなの苦手なのよね。証拠だとかその証明をだとか格好つけて言ってたけど、結局全然わかんなかったし。
そりゃあ証拠って言えば、翔太が嘘吐いてる証拠なら出揃ってるし、よりこの反応も疑う余地が無い。
だけどわかってしまった。翔太はシロだ。潔白だ。だからもうそんな証明必要無い。
では私が何で翔太が嘘吐いて無いかわかったかって話だけども、わかったってよりも思い出しただけってのが正しい表現。
というのも、よりこと一回ヤっただけで結婚する~もうこれで終わりだ~ってなるのは、間違い無く翔太の人柄に寄る所。
翔太っていう人の誠意が無ければ成立しない話。
え? そんな事無いって? シたら結婚するのは常識だろって?
……良い事言うわね。私、そういう人好きよ。
そして翔太もそういう人、そんな全時代的な価値観がまかり通るのだ。だからといって翔太は古い人間って訳でも無くて、要するにした事の責任を取る人間だって話なだけだ。
そんな彼が二股をより良い形にする為に嘘を吐くなんて考えられない。
でも、だからといって「ヤって無い」「嘘吐いて無い」という証明にはならないのは百も承知。
けど私が言いたいのはそういうんじゃなくて、言葉にするのは難しいけど、何が言いたいかっていうと、翔太は「そういう人」だという事を「私が確信している」という事を思い出しただけ、何て事無いけれどそういう事。
言い換えれば翔太への「盲信」を思い出したのだ。
「盲信」って言い方は当然悪いってわかってるけど、それ以外言い様が無いし、かといって間違いでもない。
知っての通り「盲信」って言葉には詐欺だとか裏切りだとかが常に纏わりついてくるものだ。だけど勘違いしないで欲しいのは「妄信」では無いって事。
だって翔太は絶対に私を裏切ったりしない、知ってるんだ私。
彼は私が何も考えずに信じ切ってしまって大丈夫な唯一の人。そんな人が嘘じゃ無いって言ってるんだもの、何が何でも嘘じゃない。
そんでよりこもそこんとこわかってて、二人の共通認識だ。私は今さっきのやり取りで、やっとこさそんな当たり前の事を思い出しただけ、唯それだけなのだ。
だけどよりこは翔太を嘘吐き呼ばわりした。
これって無茶苦茶おかしい。
彼女、何だか良くわからない理由は付けてたけど、本来の私達なら真っ先に翔太を信じて、聞いた話や自分の考え方や認識を疑うのが先な筈。もし仮に本当にヤっていたとしても、翔太が違うっていうんだから違うのかも、って思わない筈無いんだ「ああ、あれは夢なんだ」とか思ってしまっても仕方が無い。
だって翔太は絶対だ。シロはクロにもなるし、翔太が正しいって言ったら、例えどんなに周りが間違っているって言っても正しいのだ。
その事は彼女も良くわかっている筈。
つまり今回の騒動でおかしな事を言ってたのはよりこと私。
私がおかしいのは自分の事だから置いといて、よりこが翔太を信じてないなんてあまりにも変だ。
よって導き出される答えは「よりこが嘘を吐いている」だ。
……うん? そんな穴だらけの論理認められないですって?
馬鹿ね、そんな事いう輩はほんと馬鹿。
「(翔太を)信じる者は救われる」って格言知らないの? 駄目な奴ね、半年勉強してきなさい。
というか好きって気持ちを再確認するのも大事だろうけど、それを先に思い出せよ私!
何やってんのよ私!
喉元過ぎれば熱さ忘れるっていうけれど、そこに至るまでに私はしてはいけない「翔太を疑う」どころか「頭ごなしに決め付ける」をしてしまったのだ。
いくらよりこの巧妙な嘘があったとしても、彼を信じる事を止めてワーワー言って怒らせた私。
――最悪だ。
最悪で最低で馬鹿なのは私だった。
え? 翔太の嘘吐いた時の癖の理由? ……そういや何だろう? わからないわ。
カラオケがどうとか言ってたから、きっとそういう関係の嘘じゃない? やっぱり。
カラオケに行きたく無いってのはちょっと考えらんないから、大方下手糞って話の、よりこの歌を褒めたとかかも。あ、ありそう、翔太なら言いそうな事だ。
まあでも、そんなのもうどうでもいいし、確かめる気にもなれない。
とにかくもう完全に目が醒めたわ。
冷や水を頭から被ったみたいな気持ちだ。
そうだわ。
良く考えたらあれだわ。いや、良く考えなくてもあれだわ。
翔太ってそんな嘘吐く人じゃ無いわ。
しかも私が大泣きしてるのに、構わず吐き通すとか無いわ。
うん、無いわ。
大事な事だから何度も言うけど、無いわ。
昨日祐一があんな事いうから、寝る前に色々考え事しちゃって、昨日6時間しか眠れなかったから、きっとそのせいで頭が馬鹿になっちゃってたのが原因なんだ。
絶対そうだ。祐一が悪いんだ、あいつのせいだ、絶対にそうだ。
けど......。
「はぁ......。」
私は深いため息を吐いた。
「リリィちゃん?」
相変わらずよりこが心配そうな、バツが悪そうな顔で私の顔を覗いている。
「はぁ......。」
私はまた溜息を吐いた。
私の中に去来するこの虚無感。
これってきっと賢者タイムって奴だ。
賢者タイムって男の人だけの生理現象だと思ってたけど、女の子にもあるのね、今日知ったわ。
「えっと......どうしたの。」
どうしたもこうしたも、祐一が悪いにせよ、私が抱いていた猜疑心や怒りが全て紛い物で、しかもその事を翔太に謝らなくちゃいけないのだ。
祐一がヤったとかいうから、それで急いで聞き出しに来たってのに、翔太が「ヤってない」って言ったんだから、素直に、いつもみたいにそれを信じれば良かった。
それを、一人で盛り上がって、一人で納得しちゃって、私、馬鹿みたい。
これで溜息を吐くなって方が無理あるよ。
「別に......唯、私って馬鹿だなって思っただけ。」
許してくれるかな、翔太。
許してくれるよね、翔太なら。
けど、私が翔太を傷つけてしまった事実は変わらない。
どうしよ......。
「それってどういう意味?」
よりこはいぶかしむ様に聞いてきた。
凄いわ。完璧だわ、よりこ。
全く意味がわからないって顔してる。
わかってるんでしょ? もう知ってんだからね。
私、人の顔色見てその人がどんな類の事考えているか結構わかっちゃうんだけど(的中率50%)今回だけは駄目だった。
「そのままの意味よ。それにしてもあんたって凄いわね、危うく騙される所だった。」
「……リリィちゃん、だから私と翔ちゃんは本当にシたの。ホントにホント、嘘じゃないから、いい加減信じてよ。」
よりこの哀れむような懇願。
現実逃避をしている人間をどうにかして諭す、っていう体だ。
やっぱ凄い。
絶対10人中10人が信じちゃうよ。迫真の演技だ。
私だって翔太の事だというにも関わらずさっきまで信じちゃってたんだもん。天才だわ、この子。
「……うん、わかったわかった、もうそれで良いから。よりこと翔太はエッチしちゃったんだもんね、凄いわー、羨ましいわー。」
だけどもういいでしょ、もう沢山。
私はこれから翔太に謝らなくちゃいけないの、もうそんな嘘に構ってられないの。
嘘を嘘だとわかってしまえば、今のよりこは大分滑稽に見える。
私はそんな彼女が居た堪れなくなって、その顔が見えないように顔を逸らした。
「エッチ......って、えっ、あの......違うよ、あ、その違わなく無いけど......。」
なんだか、さっきとは様子が打って変わって酷くうろたえた声だ。
向き直って見たよりこは、それはもう私がビックリするくらい狼狽していた。
「なんなの? ヤって無いの?」
「ヤったよ、シたよ、昨日。」
「じゃあヤったんだ、エッチ。」
「えぇ~!? それ言っちゃうの? だって今までシたとかヤったとか......そういう感じだったじゃない。何で今更......。」
「はぁ? あんた何言ってんの、意味わかんないんだけど。そんなの言い方じゃん、馬鹿じゃないの。」
「けどっ! だって......。」
よりこから続く言葉は口の中で小さくゴニョゴニョと濁された。
「はい? なんだって? あんた何が言いたい訳。」
そう言うと、よりこはむっとして俯いた。
「何? 結局何? 認めちゃう訳? 嘘吐いたの認めちゃう訳?」
「嘘じゃ......無いよ。だって昨日シたんだもん。」
「はあ? だ・か・ら! エッチしたのね? セックスしたのよね? そう言い張るのよね?」
「それは......。」
言いかけて黙ってしまったよりこ。
ていうか意味わかんない。
一緒じゃん、意味。
普通「シた」って言ったらエッチの事じゃん。
それきり私が何言っても黙ったままのよりこ。
よりこが何を言いたかったのか良くわからない。
私は腕を組んで俯いたよりこを見ながら考えていると、突然公園の入り口から声が掛けられた。
「リリィ! よりちゃん!」
掛けられた呼び声に振り向くと。
翔太だ。
公園の入り口で、ハァハァと肩で息をしている翔太を見つけると、私はベンチから跳ねるように立ち上がり、そのまま一目散に翔太に向かって駆け出した。
「翔太!」
正面から翔太へジャンプして飛びつく。
翔太は疲れているにも関わらず、両手を広げ、慌てる事無く私を受け止めた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい......。」
首にかぶりつき、顔をグリグリと擦り付けた。
「良かった、わかってくれたんだね。」
そう言って私の頭を撫でてくれている。
見上げた翔太の顔は、疲れていたけど、でも爽やかな笑顔だった。
良かった。やっぱり許してくれた。
「うん、ごめんなさい。もうあんな事絶対言わないから、ごめんね、翔太。」
「ううん、僕の方こそごめんね、あんな態度取っちゃって。」
「いいの、私が悪いんだもん。」
「違うよリリィ、僕が悪いんだよ。」
「翔太が? 何で......って翔太凄い汗、走ってきたの?」
擦りつけた顔が翔太の汗でびっしょりだ。
「ああ、うん、近所を探し回ってたから。ごめん、汚いよね?」
「ううん、気にしないよ。」
私はもう一度翔太に顔を押し付けた。
嬉しい。
翔太はこんなに汗だくになるまで私を探してくれてたんだ。
それに私、翔太の汗ってちっとも嫌いじゃない。大好きな翔太の汗だもん、嫌い所か大好きだよ。
私の好きな翔太の匂いと汗の匂いに包まれて凄く良い感じ。
やっぱこれだわ、これ以上の物なんてこの世に無いわ。
「翔太は悪く無いよ、悪いのはあいつだよ。」
私は未だにベンチに座って俯いたままのよりこを、振り返り指差した。
それにしても、翔太が来たってのに寄って来ないなんて珍しいわねよりこ。
等と思いながら良く見ればよりこの顔は蒼白だ。
目を見開いて小刻みに震えているのが見えた。
まあ、でもそうか。
当然っちゃ当然よね、あんな嘘吐いたんだもん。
翔太が愛想尽かすのを恐れているのよね。
ワカルワーカワイソー。
ざまあないわね、倉橋よりこ。
私はこれから起こるであろう倉橋よりこの断罪を、顔に隠して喜んだ。
しかし翔太の口から出た言葉は私の想像と違った。
「違うよ、よりちゃんは悪く無いよ。」
「なんで? だってあいつ嘘吐いたんだよ。」
「違うよ、よりちゃんは嘘なんて吐いちゃいない。」
「は?」
「よりちゃんは唯ちょっと、勘違いしただけなんだ。」
「勘違い?」
それってどういう勘違い?
「そうなんだ。おーい、よりちゃーん。」
手を挙げて、ベンチに座るよりこに、私をしがみつかせたまま歩いていく翔太。
よりこはその声に一瞬嬉しそうな顔でベンチから立ち上がろうとしたが、やはり止めてシュンと座りなおした。
「よりちゃん。」
よりこの前まで来た翔太は私をお姫様抱っこで降ろしてベンチに座らせ、屈んでよりこと目線を合わせた。
だけど、よりこは翔太が顔を覗き込んできてもバツが悪そうに目線を逸らしてしまった。いつものよりこでは考えられない事だ。
まあ、それだけ悪いと思っているんだろう。
「僕あれから色々考えたんだけど、わかったんだ。よりちゃんは勘違いしてる。」
その言葉を聞いてよりこは目線を翔太に合わせた。
それを見て翔太は、よりこの手を両手で優しく包み込むように握った。
「よりちゃん、リリィが『シた』とか『ヤった』とか言ってたけど意味わかってる?」
ん? 何言ってんの翔太。
「その......リリィが言ってたのは、つまり......何というか......僕達がエッチしちゃったって事なんだよ? わかってた?」
それを聞くとよりこは、心底驚いたとでもいわんばかりに目を大きく見広げた。
「やっぱり......わかってなかったんだね。もう、よりちゃんっておっちょこちょいさんなんだから......。」
苦笑する翔太。
「だからね、よりちゃん。僕達エッチはして無いでしょ? キスだけだよね?」
「うん......。」
コクリと頷いたよりこ。
「だよね。」
え? いやいやいやいやいやっ! は? 何それ?
つまりどういう事なんだってばさ。
何? よりこは嘘吐いて無くて、唯の勘違いだって事なの?
「だけどごめんね、悪いのは僕なんだ。よりちゃんってそういうの鈍いの知っててあんな態度取っちゃって......もっと早く気付ければ良かったのに......本当、ごめんよ。リリィもあんなに泣かせて、ごめんね。」
言った後、翔太は立ち上がって私達に深々と頭を下げた。
「翔ちゃん、謝らないで! 悪いのは私だから、本当、ごめんなさい。」
よりこも立ち上がり翔太に対して同じ様に頭を下げた。
わかっていた事だけども、当然私には謝罪無しだ。
「ううん、違うよ、僕が悪いんだ、僕がもっと早く気が付けば......。」
「そんな事無い、そんな事無いよ翔ちゃん。」
「無くなんて無いよ、だってよりちゃん僕は......。」
等と言い合いの謝罪合戦が始まった。
うん......なんだろう、これ。
いや、まあいいけどさ。翔太は許してくれたんだし、そういう事もあるわよね、きっと。
勘違いだってするよ、人間だもの。
それに結局私の居ない所でキスはしてしまっていた訳なんだし、そういうのを悪いと思ったからこそのよりこの勘違いなんだろうし......。
それに、そう考えると合点が行く。
嘘偽り無いよりこの表情や仕草。あれってよりこが嘘吐いていた訳じゃ無いのだから当然だ。きっと真剣になって私を諭そうとしたのだろう。
キスしたくらいであんなに大騒ぎされちゃ、この先思いやられるもんね......。
「まあいいわ、それじゃ、今回は皆悪かったって事で良いじゃないの、ね?」
「リリィ......。」
翔太は全然悪くないけど、こうでもしないと収まらないだろうし。
「ね? そうでしょ? だったら良いじゃない、ね?」
「リリィがそういうんなら......。」
私がそういうと、漸くどうにか収まったのだった。
見事仲直りを果たした私達は、それから誰が言うでも無く、揃って翔太の家へと向かって歩き出した。
翔太が先頭で私達が後。
よりこは未だに感じる罪悪感からか、やはり無言だ。
私はそんな彼女を尻目に考えていた。
翔太はああ言ったけど、本当にそんな勘違いあるのかしら、と。
シたとかヤったとかいう隠語というか言い回し、こんなのきょうびの高校生がわからないなんて有り得るのかしら、と。
でもそう考えて先ほどの翔太への不信を思い出し、私は考えを改めた。
翔太がああ言ったんだから、絶対そうなんだ。
舌の根も乾かない内にそんな事考えるなんてやっぱり私って最低。
それに私自身だって納得した事じゃないの、考えすぎよリリィ。
そう思い直す事で、どうにか感じていた違和感を振り払う事に成功したのだった。
――だけど。
「チッ、駄目だったか......。」
私を睨みながら、翔太には聞こえないように洩らされたよりこの呟きに、全ての真実が内包されているのだと思い知らされるのであった。
くぅ~疲れましたwこれにて更新完了です!
実はこんなに更新が遅れたのは、マイクラの天空TT建設や整地作業にブランチマイニング赤石等等、それからシムシティ2000を1000万人都市にしようとしたのが始まりでした
といって、本当は単純に執筆にが掛かっただけですが←
拙作を待って頂いている方のご厚意を無駄にするわけには行かないので、何とか頑張って仕上げた所存ですw
以下、本当のあとがきをどぞ
更新を待って頂いていた方、漸くうp出来ました。
今回はとても難産であり、リアルに執筆に時間が掛かってしまいました。大変申し訳ありません。
それから、拙作をお気に入り登録して頂いている方、いつもいつも感謝してもしきれないくらいです。
お気に入り登録というのは、読んでくれている、或いは気が向いたら読んでやろう、という方がいるという証左ですので、物凄く励みになります。
これからもどうぞ宜しくお願いいたします。
さて、次回ですが、いよいよベタ惚れ編完結です、多分。
請うご期待、という奴ですね。まあ、期待通りの内容かどうかは謎ですが。
まだまだ先は長いよ。
見捨てないでよね。




