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第35話 精神攻撃は基本(後)

リリィ・アンダーソン その13(後)


「それで? あんたがよりこに気持ちを打ち明けたってのはわかったけど、その事で相談があるんでしょ。」


「……ああ、そうだ、それでリリィ姉さんと話がしたくって。」


 つかの間の笑顔から、また沈んだ顔に戻った祐一。


 祐一の、もう既に告白したという話には驚いたが、その沈痛な面持ちを見て、私はつぶさに事態を把握して気持ちを切り替えた。

 よりこに告白したというのに、私に相談する為に態々こんな朝早くから待っているという事はつまり、告白は失敗したと見て良い。仮に成功していたとすれば、あんな暗い顔などして突っ立っていなかっただろうし。


「祐一、一応さ、どんな状況で告白したか詳しく言ってくんない? もしかしたらその時に駄目な所とかあったかもだし、何かわかればアドバイスとかしてあげられるかもだし......。」


 アドバイスが出来るか自信無いけど。


「告白、か、まあそうだよな。だけど告白って言われるとやっぱ恥ずかしいな。 ……けど、気持ち伝えるにはそんな事言ってらんねぇもんな。」


 何言ってんの? 今更言い方とか関係無くね?

 即行で告った奴の言う事じゃないわよね。


「じゃあさ、長くなるけど良いかな?」


 私は無言で頷いた。


「じゃあえーと、昨日姉さんと別れてから俺そのまま家に帰ったのよ、そしたら姉ちゃんまだ帰って無くてさ、俺姉ちゃんにどうしてもその日に伝えたいって思ってたから待ってた訳、興奮してたから眠れないってのもあったし。」


「ふーん。」


 そうなんだ。

 こいつでも興奮して眠れないってあるんだ。私はしょっちゅうだから少し親近感湧いたかも。


「それでどんくらい待ったかな......結構待ったんだけど、そんで帰ってきたの、結構遅くに、日付変わってたと思う。んで玄関から音がしたから直ぐに分かったよ。俺、姉ちゃんが部屋に戻るまで待っとうこうって思ってたんだけど、あいつ玄関の扉閉めるなり、急に下手糞へったくそな歌、歌い始めてさ~、急いで姉ちゃん黙らせに行ったのよ、皆起きてくるかもしれないじゃん? それに大体さぁ近所迷惑考えろっての、馬鹿じゃねぇの。」


「へえ......。」


 近所迷惑ね。うちのアパートなら大問題よ。

 それに祐一って自分のお姉さんの事「あいつ」呼ばわりするんだ、何だか新鮮。これってきっと凄くお互いの距離が近い証拠よね。


「んで俺が『うるせぇよ音痴』って言ったの……ってまあ、本当に聞くに堪えないくらい音痴なんだけど、本人自覚無くってさぁ。んで姉ちゃん、いつも音痴って言われると、間違いなく本当の事なのに、言った奴の事嘘吐き呼ばわりして無茶苦茶怒るくせに、昨日はどうしてだか『ごめーん、てへぺろ~』とか言って訳、でもそれがまたすげぇうざかったんだけど......ってこれはいいんだけど、まあ怒らなかったんだよ。昨日は何故かさ。」


 よりこ......音痴だったんだ。

 意外だわ。


「そんでその時初めて気が付いたんだけど、何でだか姉ちゃん顔真っ赤にしててさ、フラフラしてて、俺最初は風邪かな、とか思って聞いたら「違うよ~」って、やけにニヤニヤしててさ、で俺それ見て『これはもしや』みたいな第六感? みたいな奴が働いてさ。」


 あれ? 何だろう。

 何だか妙に嫌な予感がするような。


「そんで姉ちゃんに『こんな夜遅くまでどこ行ってたんだよ』って聞いたの、もうそん時はほぼ確信してんだけど一応、そしたら案の定翔ちゃんさんの家に行ってたみたいなんだけど、んで俺、ピーンと来て『あ、これはもしかしなくてももしかするんじゃね』って思ってさ。でもそういうの聞くのって姉弟きょうだいだし気まずいじゃん? だからそこん所はスルーしてやった訳。」


 あれ? あれ?

 ちょっと......ちょっと、待って。

 おかしいな、あれ?

 私今、祐一の告白の時の状況聞いてるんだよね。


「んで、気を取り直して俺言ったのよ、『実は隠してたけど、俺ずっと好きだったんだ』って、そしたら姉ちゃんすっげぇ驚いてさぁ......まあ驚くよなぁ、でも、そんなの普段の俺の態度から......ん、何?」


 気が付けば私は手の平を祐一に向けてストップの合図をしていた。


「うん......ごめん、あれ? ちょっと待って。」


 あれれ? 何だろう、おかしいよね、今こいつ何だか聞き捨てなら無い事を......。


「もっかい始めから言って、よりこが? 何ですって?」


「へ? 何だよ~、一々話の腰折るなよな~。」


 不満そうに唇を尖らせる祐一。


「ごめん、良いからもっかいお願い。」


 私は何故だか自分でもわからないまま、俯いて一点を見つめ動けないでそう言った。

 その様子に祐一は何か気が付いたようだ。


 やばい、何だか苦しくなってきた。


「う、うん......だから、姉ちゃんが翔ちゃんさんちに行ってて、帰って来たのが深夜で。」


「それは聞いた、そんでよりこが? フラフラだったのに嬉しそうにしてて......それで? あんたは何て? さっきなんつった?」


 不思議と視線を祐一に向ける事が出来ない。


「あ、うん、だからそれ見て『ピーンと来た』って......。」


 そのピーンとの所で嫌な感じで跳ねる私の心臓。


「ピーンとって、何?」


 なのに、聞いちゃいけないと思いつつも、口は止まらない。


「いや、だからわかるじゃん? つまりそういう事。って本当にわかんない?」


「あ......う......。」


 わかってる、本当は知っている、祐一が言っている事の意味を。

 でも、わかりたくない。

 わからなければ良かった。


「う、嘘よ......まさか、それって......。」


「ああ、やったんじゃね?」


「ああぁっ!」


 その言葉を聞いた瞬間、私は知らず悲鳴を上げていた。

 そして立っていられなくなり、崩れるように手と膝が地面に付いてしまった。


「うおっ! 何だよねえさん......ってそりゃそうか、いくらなんでも彼女だもんな、ゴメン、軽率だったわ。」


 一瞬だけ驚くも、そんな言い方で、全然反省している様には見えない素振りで軽く私に頭を下げる祐一。

 その彼の態度に、私は怒って良いかも知れない。

 だけど今の私はそんな事を気にしている所では無く。


「そんな、そんなのって、そんなのって無いよ......酷いよ......そんなのって......よりこ......何なのよ、翔太は違うでしょ? いいえ、違わないの? どうして、そんな事するの。二人でって言ったじゃない、約束は? いえ、約束なんてしていなかった......私は、何であの時......。」


 衝撃と後悔に苛まれ、自分でも意味不明な言葉が勝手に口を吐いて出た。

 頭の中は大混乱、眩暈と吐き気を伴いクラクラして耐え難いくらい気分が悪い。

 祐一が突きつけた現実は、それ程に衝撃的だった。


「う、うええぇ。」


 すぐに吐き気は限界を超え、さっき食べたコロッケが逆流しそうになった。

 でも私は何とか口に手を当てて、すんでの所で無理矢理押し留める事に成功した。


 だって......吐いている場合なんかじゃないよ!


「ちょっ、汚ぇよ......ごめん、そんなにショックだった?」


「あ、当たり前でしょ!? あんたは何とも思わないの? 好きな人やられちゃってんのよ? ううぅ......。」


 駄目だ、ショックが強過ぎて、まだフラフラする。


「いや~まあ、確かに嫌っちゃ嫌だけど、仕方ないじゃんか、そういうもんでしょ? それに俺だって今まで他の娘と結構やっちゃってるし。気にしたら負けじゃん、そういうの。」


「あ、あんたって......。」


 こいつ!

 信じらんない!

 いくら他の娘とやっちゃってるからって、自分の好きな人が他の男にやられてるのに平気な訳?


 私は驚きと、彼に対する無理解からくるいくらかの軽蔑を以って祐一を見た。

 だが祐一はそれを受けても涼しげな顔をして。


「あのさ......リリィちゃんさ、もし嫌なら翔ちゃんさんの彼女辞めれば?」


 等と意味不明な事をぬかした。


「はぁ?」


「だってそうじゃん。これくらいでそんな事言ってたら、この先ずっと付いて回るよ。別れるんならきっと早い方が良いと思うし。」


 は? 別れる? 誰が、誰と? 彼女辞める?

…………それって私? 私と翔太の事言ってんの?


「はあ? あんた何言ってんのよ。意味わかんないんだけど。」


 呆れて物が言えないってのはこの事ね、こいつどうかしてるわ。

 やっぱり血が繋がっていないとはいえ、流石はよりこの弟。突拍子も無い事言ってくれるわね。


 その祐一の余りにもお馬鹿なアドバイス(笑)に、私の頭は急速に冷静さを取り戻していき、すぐさっきまで感じていた眩暈や吐き気もどこかへと消えていった。

 不本意だがお陰で気分が戻り、立ち上がって膝と手をパンパンと払った。


「いや、あの......俺としては、結構良い事言ったつもりなんだけど......だってそうだろ? リリィちゃんがどういう気持ちなのか知らないけど、既にもう姉ちゃんと翔ちゃんさんはやっちゃってる訳だし......それってやっぱり許せないんじゃねえの?」


 その言葉を聞いて私は、はあ、と、心の中で溜息を吐いた。


 そうか......こいつプレイボーイだし私なんかよりよっぽど恋愛経験豊富そうだからうっかり忘れていたわ。

 そうよね、なんだかんだと言ってもこいつはまだ高1で私より1コ下で子供なんだし、第一私の事何にも知らないんだもんね。

 それにこいつ、その「良い事」言う時に私の事リリィちゃん、って呼んだわね。私の事舐めてんのね、そうか......どうやらこいつにはそれなりの教育が必要のようだ。


「あのね......祐一、良い? 私と翔太が出会ったのは小学5年生の時なの。」


「はあ? 何いきなり、何語り始めちゃってる訳? 話の流れおかしくね?」


「良いから聞きなさい......。」


「何なんだよ。」


 祐一は急に語り始めた私に不満そうだ。

 だけど私はそんな事をと、構わずに話を進める。


「それでね、最初は何こいつ、って思ったの。」


 だが語り始めた私に対して、祐一は蔑ろにされたとでも思ったのか。


「あ、わかるわー。あれだろ? 何この人格好良過ぎ、って思ったんだろー、あれって反則だよなぁ。」


 なんて横槍を入れた。

 そう言いながら口に手を当てて驚いたっていうポーズを取った後、何故かヘラヘラ笑う祐一。


 は? 何言ってんのこいつ。

……ああ、茶化してんのね。

 私が急にこんな話したからかしら? 気持ちはわかるわ。

……だけど。


「うっさいっ!!! 黙って聞きなさいっ!」


「う......すんません。」


 強い口調で言ったからか、祐一はしゅんとなり素直に謝った。


 そんな殊勝な態度には感心する、私だと怒られて直ぐに謝るなんて出来ないかも。

 だけどいくら素直に謝ったからって許せない事もある。

 翔太がデブでキモいからって、翔太の事馬鹿にすんなっ! それだけは許せない。

 いくらあんたがイケメンだからって、やって良い事と悪い事があんのよ。そもそも、あんたと翔太じゃ月とすっぽんよ。顔だけの男の癖に粋がってんじゃないわよ。


「あんたね、翔太の事馬鹿にするなんて、絶対許さないからねっ! 今後そんな事言ったらぶん殴ってやるんだからっ!」


「え!? いや! そんなつもりは......。」


「無いの? 嘘おっしゃい。」


 私はつい目を半開きにして、懐疑的な視線を向けた。

 その視線を受けた祐一は明らかに焦って弁明をする。


「ほ、ほんとだって! 嘘じゃねえよ、そんなのありえねぇよ。」


 嘘付け。


「ほんとに本当だからな! いや、マジで!」


 繰り返す所がうそ臭い。


「……まあいいわ、なら大人しく聞きなさい。」


 だけど、少しだけ溜飲が下がったので一先ず良しとする。


 私が表情を元に戻すと祐一はほっとした顔になった。

 そして祐一は真面目に話を聞こうとでも思ったからなのか、表情を引き締めた。

 私はそんな彼を一瞥し、気を取り直して語りを続ける。


「でね、色々あって好きになったんだけどね。詳細は省くけど、初恋だし、もう私には翔太しか見えないし、見る気も無い訳。わかる?」


「ああ。」


「だからよりこと翔太がそうなったってのは、そりゃあ嫌よ、嫌に決まってるっ。 ……だけど、それでも私には翔太しかいない訳、ここまではわかる?」


「そりゃあ......勿論。」


 よしよし。良い子ね、お姉さん良い子は好きよ。


「じゃあ、どうすれば良いと思う?」


 私はニッコリ微笑んで祐一の肩に手を置いた。

 すると祐一は困惑した表情になり。 


「えっ? どうすれば......って、そんなの......わかんないよ。」


「わかんない?」


「うん。」


 祐一は不安そうにしながら、子供みたいにコクリと頭を立てに振った。


 そりゃあそうよね。急に言われてわかる訳無い。それにだって私の事だもん、祐一は自分の事で精一杯なのにそんな余裕なんてないだろうし。


「そっか......。」


「えと、姉さん?」


 未だニコニコと表情を変えない私に、叱られるとでも思ったのか、おどおどしている。


 可愛いやつめ。

 だけど、リリィちゃんって呼んだ事忘れないわよ。

……だから、お仕置も兼ねて。


「じゃあ、私が今から店長に言いに行くから付いて来なさい。」


「えっ? 何? 何で店長? えっ、ちょっと姉さん?」


 私はいきなりに、何の前触れも無く祐一の手を強引に掴んで、裏口の扉を開けた。

 私の突然の行動に驚く祐一に振り返りもしないで、彼を引っ張りながら店の奥へと進む。

 まだホールの出勤時間より大分前なので、店内に居るのはキッチン数人と、車があったから店長はいるみたいだ。そのキッチンも今は仕込みに追われているからだろう、厨房にいるらしく、店内の廊下を歩いているのは私達だけだった。

 なので誰にも見咎められる事無く、目的の事務所に辿り着く事が出来た。


 これからする事を思えば上々だ。

 祐一意外には見られなくて済む。


「失礼しますっ!」


 バンッと勢い良く事務所の扉を開けると、そこには椅子に座り眠そうな目をしながらも、突然の私の来訪に驚いた店長の姿が見えた。


「え、えと、おはよう......何? 珍しい組み合わせだね、リリィちゃんと倉橋君。」


 珍しい組み合わせ?


 私はハッと後を振り返り、何とも言えない困った顔をしている祐一の、掴んだままだった手を慌てて離した。


「それで、一体何かな? リリィちゃんはわかるとしても、倉橋君も一緒だなんて。」


 そうだ。

 祐一を連れて来たのは当然理由があっての事だ。


「店長、今日休ませて下さい。」


「へ? 何、藪から棒に。」


「お願いします!」


「えっと、それは困るなぁ......私もリリィちゃんの願いは叶えてあげたいけど、これって仕事だし。」


「代わりにこの祐一がいつもの倍働きますから。」


「え? 何それ、聞いてないんだけど。ていうか何? 休むの、今日? 何で?」


 祐一が驚きつつも口答えをする。


「うっさいっ! あんたは黙ってろ。」


「ちょ、理不尽......。」


 そうだ。祐一をここまで引っ張って来たのは、お仕置きも兼ねて、これが理由だ。

 というのも、当然の事ながら仕事のドタキャンなんてのは普通認められない。

 いくら店長が私の事えこひいきしていても、こんな事、普通に考えれば絶対に無理。

 よしんば無理矢理帰ったとしても、次の日からは私のタイムレコーダーのカードと名札とロッカーは無くなっている事だろう。

 だけど、理由を説明して、ここにいる祐一が私の分くらい働けばどうだろうか?

 そうだ、きっといけるに違いない!


「えっと......リリィちゃん? まずは落ち着いて話をしよう。一体何があったの。」


 やはり、はい良いよとは言わないか......なら、ここからが本番......!


「…………」


「?」


 一瞬だけためらいが生まれたが、私は息を軽く吸い込んでそれを打ち消し、意を決し。


「パパッ!」


「はいっ……え、パパ?」


 私のいきなりの「パパ」発言に驚く店長。


「お願いパパ、一生のお願い。娘の頼みだと思って、何も聞かずに今日休ませて。」


 声色も1オクターブ程上げて可愛く変えてある。


「娘の......。」


「お願い、ねえ、良いでしょう?」


 私は店長に駆け寄って、上目遣いでお願いした。ウルウルと目に涙を溜める私お得意の技も駆使しつつだ。

 店長は平均的な男性より少し低いくらいだけど、それでもよりこくらい背はある。

 だから下から良い感じで見上げる事が出来た。

 そう、こうする事によって、まるで雨の日に段ボール箱の中の捨てられた、濡れて寒さに凍える小猫を偶然発見したかの様なシチュエーションを彷彿とさせる事が出来る。

 その時に、耐え難いほど生まれる庇護欲を掻き立てる私の、この攻撃の効果は抜群だ!


「あわわ、はわわわ......。」


 顔を真っ赤にして私を見つめ、小刻みに震える店長。


 さあ店長。

 貴方は偶然通りがかった心優しい少年。

 次にどうすれば良いかだなんて、誰が言わなくてもわかるでしょ。


……本当はこれって使うと可愛過ぎて惚れられる恐れがある為、翔太以外には使用しないと心に決めた禁じ手、特にロリコンなんかには絶対に使う事が出来ないとされている(私の中で)封印されし奥義なのだけれど、今はそんな事も言ってられない。それに店長は合法ロリコンの方なのでギリギリ大丈夫だろう……きっと。


「う、ぐ......だが......しかし。」


 店長は葛藤という言葉をそのまま表した様な顔をして苦しんでいる。


 ふふふ、きいてるきいてる。

 実は効果があるかちょっとだけ不安があったのだけれど、やはり私を見る時の「あの目」をしていた店長には物凄い効き目があるようだ。

 仕方ないよね~、だって私ってママにそっくりだし、第一無茶苦茶可愛いもんね。ロリロリだし。

 しかもママとの再婚に一番の障害となり得る、私の様な思春期真っ盛りの難しい年頃の娘からの突然の「パパ」発言。こりゃきかないはず無いわ。

……当たり前だけど私、店長の事パパって呼ぶのはまだ抵抗がある。だって昨日の今日だもの、正直かなり複雑だ。

 でもこの大事な大事な人生のターニングポイント(トレインスポッティング)に四の五の言ってられないよ。


……だけど、まだ決定打にはなっていない、もう一押し必要ね。


「ねえお願い。 ……あ、そうだ。今度ママと一緒に三人で遊園地行きたいな♪」


「っ! いきなり、何......を!?」


「えっとね~、まずは三人でコーヒーカップに乗って~、それからアイスクリーム食べて~クレープ食べて~レストランで食事して~メリーゴーランド乗って~、ピザ食べて~、ハンバーガー食べて~、最後はやっぱり観覧車かな~。私って高い所苦手だけど、皆と一緒だからきっと平気だねミ☆ いや~家族で遊園地なんて久しぶりだわ~。」


「かぞ......くで遊園、地......だと!?」


 きいてるきいてる。

 どう? 絵に描いた様な一家団らん、家族のふれあいが貴方パパには幻視出来てるかな?

 可愛い私と最愛のママとの楽しい楽しい遊園地。寂しい未婚四十路男には少し刺激が強過ぎるかしら。


 畳み掛ける様に「わたしのかんがえたさいこうのえがお」を駆使してニコニコと無言の攻勢を続ける。本当、今日は奥義のバーゲンセールよ。


 すると店長は手を胸に当てて苦しみだした。


「あ、がっ......。」


 きいてるきいてる。

……っていうか、店長体大丈夫よね?


「しかし、それでは......だが、雪絵さんとリリィちゃんとの遊園地......プライスレスッ! 両手つなぎ......私が真ん中......! ジュースを二人で......『あー! パパ達ラブラブ~』ふへっ、はへっほへぇ......。」


 何だか白目を剥いて気味悪くニヤニヤしながら意味のわからない事を呟いているが、頭の方はともかく、どうやら体は大丈夫そうだ。

 なので私は更に追い込みをかける。


「ねぇ~、お~ね~が~い~。」


 今度は拗ねた様な上目遣いをキープしつつ、店長の胸を押さえていない方の手を握りブンブン振った。


 本当は腕に抱きついての方が効果は高いのだけれど、流石にその技は翔太専用なので、これが今の精一杯だ。


「ひ、ひいぃ~、ぬぐぐ......だが、それでは他の人に示しがつかない......。」


 店長はどうにか理性を取り戻した様で、掴まれた手の平をぐっと握り締め、つまり私の手をぐっと握り、何かに耐えるように瞼をギュッと閉じた。


 ええぇいっ!! 糞っ、これ程言っても嫌だと申すかっ。


 ならばお仕置きだ。


「え~! そんなー! パパきら~い!」


「ひぐぅっ!」


 店長は私の「嫌い」発言に、大げさにビクリと体を振るわせ、肩を落として項垂れた。


 こんな事言っちゃアレだけど、こんな小娘の言葉一つでそこまで一喜一憂するとか、あんた大人おっさんとしてのプライド無いのかよ、どんだけ家族愛に飢えてんだよ。


 それにしてもこんなにも言っているのに今だ承諾を得られ無いとは予想外過ぎる。


 これはもう一息か? だけどもう手が無い、どうしよう? 等と私は正直攻めあぐねていた。

 だが、不意に横から。


「あの~いいすか?」


 という祐一の声。


「うん? 何かな倉橋君。」


 そんな祐一の横槍にほっとした表情をした店長。


「えっと~、全然話が見えてこないんすけど、リリィ姉さんって店長の娘さんだったりするの?」


 こいつ! 一体何してくれちゃってる訳!?

 折角店長が堕ちそうだっていうのに、横から余計な茶々入れてくれちゃって!

 ていうか、そんなの見たらわかるでしょ、そんな訳無いじゃない。外見だって違うし苗字だって違う。そりゃあ複雑な事情で結婚してなくての、別姓の娘ってのはあるかもだけど、そんなの常識的に考えてある訳......。

……いや、待てよ。

 結婚、か。


 そうか! この手が残っていたかっ!

 

「う......ん、何というのか実は......それは......何とも......。」


「そうよ!」


「え?」


「あ、やっぱ?」


「ええ、そうよ。 と言ってもまだママと結婚してないんだけどね。いやーなかなかママがねぇ......私は応援してるんだけど~。」


「応援......。」


 その店長の呟きと、未だ握ったままの手から伝わる今までに無い大きな震えに、私は勝利を確信した。


 なるほどやはり「ここ」だったか......。

 そして「これ」以外もう方法は残されていない。


「へえ~、そうなんだ~大変だなぁリリィ姉さんも。」


 無邪気にそういう祐一に心の中で感謝をしつつ、私はその尻馬に乗った。


「ええそうなのー、どうしてなのかしらねー、あ、そっか、私がママに直接言って無いからだわー『私は賛成してるから結婚しちゃいなよ』って言えばきっと直ぐに結婚出来るだろうね~。」


「はっ!?」


「へ? へぇ~、そうなんだ。」


「うーん、だけどどうしようかなぁ~、パパったら娘の我侭一つ聞いてくれないんだもんね~困っちゃうわー。」


 等と言いながら、私は挑戦的な笑みを浮かべて店長を見上げた。


「…………っ!」


 悔しそうに、だが逆に嬉しそうにも見える、何とも言えない複雑に顔を歪ませる店長。


 どうやら店長はもうわかったようだ。


 私が今何を言ったのか。

 それはつまり私は店長に破格の交換条件を持ち掛けてる訳。


 使えないバイト......と自分でいうのは癪だけど、たかがそんな駄目バイト一人の欠勤と、自分の愛している人とのもしかしたら大幅に早まるかも知れない結婚。どっちの選択が一番なのかなんて、例えどんな馬鹿でもわかるでしょ?


 店長はほんの一瞬考えた素振りを見せた後、諦めた様に表情を崩した。


「わかった、負けたよリリィちゃん。今日はじゃあもういいよ。」


 やった、決まったわっ!


「やったーありがとうパパ。」


 私は両手を挙げて万歳した。そしてそのパパという言葉に表情が崩れる店長。


 やった、ついにやった。

 この長かった戦いに終止符ピリオドを打つことが出来た。

 しかし、私が何故こんなにも休みたかったのか、その答えが祐一にはわかっていないみたいで、終始不思議そうな顔をしている。


「だけど何も聞かないってのは聞けないな、今日仕事休んでどうするの? まさか危ない事するんじゃないよね?」


「あ、うん。大丈夫......だと思う。」


「思う? ……一体、何するの?」


 そう聞かれて私はつい黙ってしまった。


「どうなんだい?」


 私が黙っていると、店長はふうと溜息を吐いた。


「黙ってちゃわからないよ。雪絵さんの大事な一人娘を、一応とは云え預かっている身としてはそこは聞けないよ。教えてくれないというのであれば、今日リリィちゃんを休ませる訳にはいかないな。」


 くっ。

 やはり言わないといけないか。


「……わかった、言う、.....あの、翔太んち、に、行く。」


「へ? 翔ちゃんさんち行くの? 何で?」


 心底意外そうにいう祐一。


 何でって......こいつ......馬鹿じゃないの?

 そんなの決まってるじゃない。


「え、翔太君って例の? いや、それは......まずいんじゃ。」


 まあ、店長はそういうでしょうね。

 だけどね店長。


「じゃ、言ったから良いよね、祐一後はよろしくね! 店長パパッ! ママには内緒だよー!」


「わっ。」


 私は祐一を押しのけ扉を開け、店の外へと走った。

 店の外に出てすぐ、後から店長が追ってきていないが確かめたが、どうやら大丈夫みたいだ。

 祐一が足止めでもしてくれているのだろうか。

 そして私はまた、翔太の家へと走りだしたのだった。


――翔太......悔しいけど、でも翔太童貞だもんね、誰にだって気の迷いはあるよね。よりこのおっぱいにはそりゃあいっぱいいっぱいになるよね。

 許すなんて思えない、だけど、嫌いにも絶対になれない。


 もうノーカンなんて無理だけど、でも翔太、私がきっとよりこの事なんて忘れさせてあげるんだから、だって翔太、ロリコンのど変態だもんね。


 だから私、絶対におっぱいになんて負けないよっ!


 必ず最後にロリが勝つんだからっ!




……等と、その時の私はそんな馬鹿な事を考えていた。

 そうだ、その時の私は錯乱していたのだ。

 やはり好きな人を文字通り寝取られたというショックからだろう、普段の自分ではあり得ない様な事を考えていたのだ。

 だが、そんな一種の躁状態は長くは続かず、走って行くにつれ、頭の中は冷えていった。

 それで、ある程度冷静さを取り戻した私は、ふとある事に気が付いた。

 それはあの翔太が、私の知る限り誰よりも誠実で思いやりのある彼が、一度関係を持った女の子を蔑ろにして、どうして私になびくのだろう、という事だ。

 そして悪い事に、完全に正常になりつつある私の理性は「そんな事あり得ないよ」と忠告してきた。

 しかし、私はそんな考えを無理矢理頭の片隅に追いやり、一層がむしゃらに走った。

 だが、ふとまたある事に気が付いた。

 それは一体どんな顔をして彼に会えばいいのか、まるでわからないという事なのだ。

 最悪だ。

 冷静になればなるほど、今私が置かれている状況が絶望的だという事が浮き彫りになっていく。

 嗚呼! どうして翔太はよりこを選んだのだろう?

 どうしてよりこは翔太の様な醜男を好きなのだろう。

 どうして私は翔太のその醜さに胡坐を掻き、恋敵など居ないと高を括って翔太からの求愛を待っていたのだろう。

 こんなに辛い思いをするくらいなら、好きになんてならなければ良かった。

 こんなに辛い思いをするくらいなら、プライドなんてかなぐり捨てて、彼を求めれば良かった。




――なんてね。

 ガラにも無く悲劇的な考えに浸ってしまった。

 だからと言って私はそれでも翔太の事、諦められない。どんな結末になろうとも、私は最後まで喰らい付いていくつもりだ。

 だけど。


……もう翔太はよりこだけを選んでしまったのだろうか。


 考えるのも嫌になるが、しかしその可能性は高い。

 やっぱりあの翔太がよりことそういう関係になったのにも関わらず、まだ二人とも付き合う、なんて事考えるとも思えない。


……だとすれば、私が今翔太の家に向かっているのだって、無駄になってしまうって事なのかな?


……いいや、駄目だ! 弱気になったら終わりよリリィ・アンダーソン。

 彼に翔太がよりこを選んだとしても私はそれでも諦めない。

 絶対にあいつを振り向かせてみせる!

 だって......そうじゃなきゃこんな世界間違ってるよ。


 だけど、これって泣き言になるかも知れないけど、繰り返し何度も思った事だけど、まさかよりこの様な完璧な美人が翔太の事を好きだ何て思いもよらなかった。

 容姿端麗、品行方正、人当たりも良くって、頭はかなりアレだけど、赤の他人の私にお弁当作ってきてくれるって言ってくれるくらい優しくて良い子だし、それに成績優秀だし、きっとスポーツだって出来るのよね、まあ、それは聞いた事無いけど。

 それに引き換え私なんて生まれてこの方ずっと貧乏だからか素行がお世辞にも良いとは言えないし、一応バイリンガルってやつだけど、自慢出来る所と言ったらそれだけで、頭もそんなに良くないし、要領悪いし、仕事出来ないし、ヒステリーだし、可愛いとは自分でも思うけど、それでもよりこには程遠いし、人見知りだし、口も悪くって、性格悪いって陰口叩かれた事もある。

 そんな、私なんかと違って何でも持ってる倉橋よりこ。

 欠点なんて、きっとさっき祐一から聞いた音痴な事くらいしか思いつかないわよ。

 その上翔太まで、今正に私から取り上げようとしている彼女。

 まるで、俺の物は俺の物、お前の物は俺の物でお馴染みのいじめっ子を思い出してしまう。

 そうだ、私限定のいじめっ子よあいつは。


……ん、待てよ、音痴でいじめっ子な奴を懲らしめるには......。


 そうか!

 そうよ!

 ネコ型ロボットよ!


 そしてネコ型ロボットといえば......。


「タイムマシーンッ!」


 思わず口を吐いて出たこの言葉。

 そしてその言葉を口にすると、絶望感から重くだるかった体に、力が湧いてくるような心地になった。


 そうよ、そうだわ、ネコ型ロボットに頼んで時間を戻せばいいのよ。

 待っててね翔太、ネコ型ロボット連れてくるから、二人で一緒に時間旅行よ。






――後になってみれば不思議だが、その時の私は、そんな突如として沸いた意味不明なアイデアを世紀の大発見だと思っていたのだ。


 自分では冷静になったと思っていたが、私はこの時まともな精神状態では無かった。

 やはりよりこに翔太を取られたという思いが、事実が重く圧し掛かり、疲れ果て、もうどうして良いかわからず、思考が幻想へと逃げていたのだろう。


 そして後にわかる事だが、このタイムマシーンという発想は、一時的とはいえ、数日前のよりこの発想とカブっていたのだという。

 人間、極限状態になれば行き着く場所は同じという事か。




 アレにだってなるさ、乙女だもの  リリィ




注釈: 


 近所の小学生のリリィに対する評価は、女子児童からは可愛くて真面目で優しいロリッ子カリスマ高校生。男子児童からは憧れの小さくて可愛いお姉さんという評価。

 リリィは気にもしていないので忘れているが、迷子の保護、喧嘩の仲裁、公園での仲間外れの子に対する何気ないフォロー等を過去幾度と無く行う。

 なので、子供達から親愛を以って「リリィちゃん」と呼ばれる。子供達から良い意味で舐められているが、誰もリリィの事を小学生だとは思っていない。子供扱いされていると感じるのはリリィの被害妄想。

 因みに、作中に出てきた遊びに誘ってきた男の子を思いっきり蹴ったという話だが、当然自分より小さなリリィに蹴られても全く痛くは無く、それよりも失恋による精神的なショックで泣いたというだけの話。女子児童の話にしても、からかわれていたので追い返したというだけで、近所で問題になるはずなどないのである。寧ろ微笑ましいエピソードとして、井戸端会議でほっこりする為の良い話のタネにされる。


 そして10年後……リリィの近所に住んでいた男子小学生は、リリィに対する恋慕、コンプレックス等の歪みにより、漏れなくロリコンになったというのは、また別のお話……






 ぼかぁバイリンガルってだけで凄いと思う。というかリリィの日本語力はマジでチート。


 次回は出来るだけ年内に。


 ↑無理ぽ(New!)2012/12/29追記

 次は1月の中旬くらい。



 ゥチはぃま、マヂでポチっとしてもらぃたぃとぉもっとる。

 ペペペペロペロするから、ペロペロペロペロペロ!

 だからお願いいいぃぃんヌ、おへ、おへぇええ



 あ、正気ですので、宜しくお願いします↓

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