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第35話 精神攻撃は基本(前)

リリィ・アンダーソン その13 前


はじめてのぜんごへんです。

少し長かったので切ったのですが、切りの良い所がここしか無く、少し、短いです。

「抜けるような青、白い雲、心地よい風」

 というお決まりのキャッチフレーズ。


 この言葉だけを聞くと海にでも来ているかの様に錯覚してしまうかもしれないけれど、実際はそうではなく、今はバイト先へ向かうだるい、だ~るい朝の道中である。

 そもそも今はそんな季節でも無く、更にそもそも私は海に行った事が無い、知っているのは学校のプールと翔太と一緒に行った事のある市民プールだけだ。

 だけど今日はそんな季節外れのキャッチフレーズを使いたくなる位お天気が良くて、バイトさえなければ翔太とどこかへ出かけてみたいと思ってしまう。

 しかしながら、そんな私の願望は虚しく、実際の私は商店街の馴染みのお肉屋さんからかったコロッケを頬張りながら一人ぼっちでもたもたと歩いている、というのが現状だ。

 余談だが、そのお肉屋さんのおばちゃんは小学生の時から通う私の顔を覚えてくれているし、それに可愛がられているのでコロッケ一つ分の値段で3つもおまけをしてくれる。当然そんなサービスは私以外にはしていない、それだけ私は特別だという事だろう。

 まあ、そんな愚痴と自慢は置いといて、昨日の話をしよう。


 昨日の話というのは当然祐一の事だ。

 あの後、私は具体的な打ち合わせを今日のバイトの終わりにでもすると言って別れた。

 もっとも祐一は話を続けたかったのだろうが、私は空腹感に限界を覚えていたし、第一眠かったので強引に話を打ち切った。

 帰り際に祐一が何のつもりか知らないが、何気無く「リリィ姉さんまた明日」と言った。

 私もまた、何て事無い素振りで「何よ調子良い事言っちゃって、はいはいじゃーね」と振り返りもせずに出来るだけ自然に、それでいて「全く......このお調子者が~」的なニュアンスを含みつつの呆れた風を装って言ったのだが、それは全くの「フリ」つまり演技だった。

 本当の事を言うと、その「姉さん」と呼ばれた瞬間、私の体を甘い電気が走ったのだ。

 そう、私はその「姉さん」と言う言葉に言い知れぬ喜びを感じていたのである。

 だから振り返らなかったのは、ニヤケ顔がばれて、年上の威厳を保つ事が出来なくなったり、姉さん呼ばわりされる様な度量や包容力やのある女性では無い思われてしまうのを恐れたからだ。

 因みにどのくらいニヤニヤしていたかというと、それは帰ってからもニヤケ顔が治まらず、先に家に帰っていたママに「リリィ大丈夫?」といらぬ心配された位だった。

 では何故そんなに嬉しかったのかというのも、私は人から「ねえさん」と呼ばれた事が無い。

 でもそれは当然で、私は元々一人っ子だし、親戚付き合いも殆どした事が無い、それに引っ越して来た時期も10歳の時と微妙だったから、今更町内会とやらに出るって事も無くて、基本的に簡単な近所付き合いしかしてこなかった、だから近所の子供達の面倒を見る、といった事も無かったのも原因の一つだろう。

 なので私は人から「ねえさん」と呼ばれる事に憧れていた。


 話は変わるが、私は近所からの評判は悪いという事は無く、といってそれ程良くも無い感じで普通のご近所さんと云った体で良くして貰ってる。

 挨拶は互いにするし、偶に話したりする事もある。それに皆良い人ばかりなので変な言い掛りとか、無理難題なんて言われる事も無く、無難に近所付き合いが出来ていると言って良いだろう。

 だけど一つだけ問題があって、それはそのご近所さんの子供......いや、糞ガキ共はいかんともし難いのだ。

 何がいかんともし難いかというと、ガキ共は......特に私より少しでも背の高いガキは私の事を年下扱いするのだ。

 基本的にガキ共の私の呼び方は「リリィちゃん」で、小学生、特に男の子に遊びに誘われたり告白されるなんてのもザラだ。

 私が「ガキはお呼びじゃ無いのよ」と口で言っても何故だか納得せず、学生証を見せて「あんたとは住む世界が違うのよ」的な事を言って無理矢理納得させたりと一々面倒だし、勉強の気分転換に公園に行けば、背の高いだんガキに「しょーがねぇから混ぜてやるよ」と照れながらも偉そうにミニサッカーみたいなのに誘ってきた事があって、その時は腹が立ったので腹いせに尻を思いっきり蹴って泣かせてやった。

 それからこの間も、私がアパートの共同の物干し場で洗濯物を干している時、それを見ていたランドセルを背負ったクラブ活動終わりらしき数人のじょガキの内の一人に「お手伝い偉いね」って言われたので「ふざけんじゃないわよ、この糞ガキッ!」と言って逃げ帰らせた事もある。

……無論、そのガキ共に悪気は無かったのだろう、むしろ良い事したつもりだったのだろう。

 だけど私にもプライドがある。

 だから私がした事は大人として、当然の、仕方の無い事であって、決して私が狭量であるとか、むきになっているとか、そういう事では無い。そう絶対に。

 それに、それだけしても、未だに近所で問題になっていない所をみると、恐らくあのガキ共が私にビビりまくって報復を恐れる余り、親にも告げ口していないからに違いない。つまり大人の女の勝利である。


 とまあ、結局私が言いたい事は何かというと、姉さんと呼ばれたいというのはそうだが、別にそこまでとは言わずとも、せめて年相応に扱って貰いたいという事なのだ。

 きっと祐一はなにともなく本能的にラブマスターである私を「姉さん」と呼んだんだろう。

 流石は超絶イケメン&プレイボーイ、言う事が違う、流石乙女心を良く存じていらっしゃる。祐一に弄ばれた女の子達には同情を禁じえないけれど、そういう所だけは翔太にも見習って貰いたいと思う。

……ん、待てよ。

 もし翔太がそんな粋な事したとしたら「私、男は顔じゃないと思うの」って女が現れるとも限らない。

 それはマズイ!


……なんてね。


 そんなの有り得ないって、そんな異性にルックスを求めない奇特な人間なんていないって事わかってるのよ。

 そんな事言う奴は、よっぽど自分という人間の浅ましさ、程度の低さを理解していない馬鹿野郎か、対外的に良く見せたくてわざと言ってる確信犯かのどちらかだろう。或いは無意識的にその両方かも知れない。

 所詮人間っていうのは人を顔で判断するの。

 だから自分自身の事を理解出来ていない人間に、そんないい加減な気持ちの所謂「覚悟」の足りないしょうもない女であれば、私の敵では無い。

 よりこ並に頭がアレな女には通用しないであろうが、その程度のにわかな女であれば、百年の恋も冷めさせる事が出来るネタなど私は幾らでも持っているから、仮に、もし本当にそんな酔狂な女がいれば、翔太が女子に嫌われるであろうネタカードを淡々と切っていくだけの至極簡単な事だ。


 アレで無ければなんという事は無い。よりことは違うのだよ、よりことは。




 いつも通りの道を通り、危うげ無く店の裏口が見える所まで歩いて行くと、そこには祐一が扉の横の壁に寄り掛かって立っていた。

 物憂げで沈んだ表情をしている、きっとよりこの事でも考えているのだろう。未だ気持ちに整理がついていないとかそんな感じなのだろうきっと。


 けど祐一って、壁に背を預けて立っているだけなのに、それだけでなんだか凄く絵になる男の子だ。

 少し茶色がかった、目に掛かるか掛からないか位の長さにセットされた髪、まるで女性の様な中世的で日本人離れした整った顔立ち、モデルの様な等身で顔が凄くちっちゃく見える、服は私には良く分からないけど、きっと今風で、凄く似合っているって事だけはわかる、それに靴とかも高そう......多分ファッション雑誌でもこんな格好良い人載っていないだろう。

 もし壁に寄り掛かっているのが仮に翔太だったりすると、この店の女性に対するストーカーが張り付いているだけにしか見えなかっただろう。それにもし本当に翔太が張り付いていたら、きっとお局様辺りにでも通報される事だろう。


 改めて祐一を見たけど、やっぱり凄いっ! 女の子なら彼を見ただけで誰しもが恋に落ちてしまうに違いない。実際お局様とかは誰が見てもそうだし、側近も聞いた話ではラブラブな彼氏がいるはずなのに、祐一といる時の態度とか明らかにおかしいし。

……これなら勝てる! 翔太に勝てるよ、祐一っ! きっとラクショーだよ、良かったね、よりこっ!


 それにしても確か祐一の出勤時間は私と同じはずだったから、こんな時間にここに居るってのは少し変だ。

 というのも、実は私ってば出勤時間の大分前に来るように心掛けている、具体的には30分とか1時間前にとか......。

 別に仕事熱心だったりとか、真面目だから~とかそんな理由では無くて、純粋に、純粋な気持ちで以ってタイムレコーダーをガシャンとやる時間を早めて、少しでも多くのお給料を貰いたい為にそうしてるってだけ。

 勿論それって反則なんだけど、今まで店長に注意された事無いし(店長以外にはある)有り難いことに店長はその少しの時間も私のお給料に反映してくれてるので、出来るだけ早く出勤してくるのだ。

 当然そんな事は私以外にしている人は居なくて、祐一なんかだと少し遅刻してくるくらいが平常運転だから、今日だって後一時間くらいは遅く来ていてもおかしくないのだが......。


「あ、おはようございます、リリィ姉さん!」


 私に気付いた祐一は姿勢を正して深くお辞儀をした。


「え、う、うん。おはよう......。」


 急にそんな事されたもんだから、驚いてしまった私は咄嗟にそれしか言えなかった。

 だって私にお辞儀したのよ、あの祐一がっ!


「あれ、どうしたのリリィねえさん、ニヤニヤして......。」


「えっ?」


 言われて顔を触って確かめてみると、祐一の言うとおりニヤニヤしていた。

 何たる不覚っ! 「ねえさん」に反応してしまうとは......!

 だけど、もうやってしまった物はしょうがない、フクスイボンニカエラズって奴だ、だから。


「何でも無いわ。」


 と、言うしか他に無いだろう。


「あっそう? なら良いけど。」


 あ、そんなもん?

……良かった、あんまり気にしてないみたい。心配して損したかも......。

 でもやっぱり気を付けないと、年上としての威厳が保てなくなってしまう。


「それよりあんた今日は早いわね、どうしたのよ。」


「そりゃわかるだろ? 昨日の話の続きだよ。俺、ねえさんの事待ってたんだよ」


「ああ、そうね。」


 まあ、それ以外ないわな。


「でさ、俺昨日姉ちゃん......あ、リリィ姉さんじゃなくてよりこの方ね、それに言ったんだよ。実は好きなんだって。」


「へぇーそうなんだ。 ……えっ、今何て?」


……今、何か凄い事が聞こえたような。


「だから俺の気持ち伝えたの、したらさ~」


「え、ちょ、ちょっと待って......え、言ったの? 好きだって言ったの?」


「ああ、そうだけど? でさ~」


「でさ~じゃ無いわよ! 言ったの? 本当に?」


「お、おう......何? 急に、どうしたんだよ?」


 なに、ですって?

 というか、どうやら聞き間違いでは無かったようね。


「それはこっちの台詞よ! 何でいきなり......言ったの、言ったのね?」


「ああ、だからそうだって言ってんじゃん。」


「何でよ! 早ぇよ! 一日経って無いじゃん、早くね? 早過ぎじゃね? あんた心の準備とか無いの?」


「心の準備......は別に......ってか必要? ていうか早い方がいいじゃん、そういうのって。」


「ええ? ……ええ、まあ、そう、いうもんなの?」


「えぇ!? 何だよねえさん。俺何か間違えた? ねえさんにもOK貰ったし、別に大丈夫だと思ったんだけど......何かマズかった?」


 まさか私にこうまで驚かれるとは思っていなかったのだろうか、祐一はショックからか少し涙目になっている。


「え、ええ......いや、いいんだけど、あんたがそれで良いってんなら......。」


「なら俺は平気だし、問題無いっしょ。」


 子犬の様な彼の表情に少し罪悪感を覚えた私は、その彼の言い分に納得したフリをした。

 

 けど、やっぱり訳わかんない。私にOK貰えたから大丈夫っていう祐一の理屈は正直良くわからない。何が祐一を急がせたのかもわからない。

 しかし、そんなわからない事だらけながらも、私には彼の気持ちは何と無くわかるつもりだ。

 って思ってる事が矛盾してるかも知れないけど......。

 実際には血が繋がっていないのだから倫理的に問題無くとも、やはりそれでも家族や周りから反対されるのは必至だろう。

 だけど祐一というコップに、溢れる寸前まで注がれたかその彼のよりこに対する「好き」っていう気持ちが、恐らく私という理解者を得て一気に溢れ出たのだろう。

 だから早急に見える彼の行動も、実は何もおかしな事なんて無くて、なるべくしてなった、起きるべくして起きた当たり前の事なんだきっと......いいえ、絶対にそうだ、そうに違いない。


 凄いわ。物心付いた時から抱いていた気持ちをこんなに躊躇無くすぐに伝える事が出来るなんて。

 6年間友達以上恋人未満だった私と翔太には......少なくとも私には真似の出来ない行動ね。悔しいけど、尊敬しちゃうわ。


「わかったわ、じゃあこれ以上言わない。あんたが決めた事だもんね、私は応援するわよ。」


「ありがとう、リリィねえさん。」


 そう言って祐一は昨日私に見せたような無邪気な笑みを浮かべた。

 私はその彼の笑顔に罪悪感を手放した。


 でも、応援してあげたいけれど、応援するって言ったけど、まさかこんなに急展開するだなんて思いもよらなかった。

 もっとじっくり考えて作戦とか練ってく物だと思ってた。

 だけど、既にサイは投げられたのだ、もう後戻りする事は出来ない。

 先ずは祐一の話を聞いてからだ、その為に彼はこんな朝早くから私を待っていたんだろうから。


 私は未だ戸惑い困惑する気持ちを、どうにか落ち着かせようと息を整えた。

 そして祐一に続きを促した。

 だがその後、彼の口から何気なく出たある一言が、過去に例を見ないほどの混乱を、私にもたらす事となるのだった――。





 後は2,3日中に更新します。


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