第34話 ※但しイケメンに限る
リリィ・アンダーソン その12
バイトが終わり、私と倉橋祐一は私の家の近所の公園までやって来ていた。
当然彼の家からは遠回りになるが、野郎の事だ、私の知った事ではない。
道中、不気味に大人しいこいつの様子はいつもの気楽で陽気なイメージとはかけ離れていて、何とも調子が狂うというか、何か企んでいるのでは無いかと云う様な疑心暗鬼にさえなってしまいそうだった。
しかしだからと言って、元々私は仲が良くない人間とお喋りが出来る方では無いし、だから逆にいつもの調子で話しかけられても鬱陶しいだけだ。それに輪を掛けて今は楽しく会話を楽しみたいといった気分では無いのだから丁度良い、有り難いとさえ思う。
この公園は私と翔太がまだ小学生だった頃、良く二人だけで遊んだ思い出の公園だ。
片辺が20メートルも無い正方形の敷地の中には、小さな滑り台に砂場とジャングルジム、それから二つしかないブランコと三人掛けのベンチが一つだけある。
中学生となり、元々それ以前からも内向的な翔太は更にインドアな趣味に走る事となってしまって、それからは専ら彼の部屋か私の部屋で遊ぶ様になってしまい、この公園で遊ばなくなって久しくなってしまった。
私は二つ並んだブランコの片方に座り隣を祐一に勧めたが、祐一は首を軽く振ってそれを拒んで、私と向かい合うようにブランコの柵に腰掛けた。
「なあ、リリィちゃん。話って何だよ。」
不貞腐れた様子で祐一が言う。
「だから言ったでしょ、あんたの姉さんのよりこについて聞きたいのよ。」
私はブランコを足で揺らしながら言った。
姉さん、という言葉にピクリと反応を示したが、それ以後じっと黙ってしまった祐一。
だがそれも僅かの間の事で、また不貞腐れた、嫌々ながらといった様子でポツリと声を発した。
「姉ちゃん......か。」
「そう、詳しく聞きたいんだけど。」
間髪入れずに話を繋げる。
すると、どうやら祐一も黙っている事を諦めたのか、会話をする様になった。
「詳しく......たって、俺もあんまり知らないんだけど......いや、リリィちゃんよりは知ってるだろうけど......で? 何が聞きたいの? 早くしてくんない?」
「なんなの? 急いでんの? 悪いけど付き合ってもらうわよ。」
「いや、急いでるわけじゃないけどさ、早く家に......。」
「家に?」
「いや、何でも無い。」
「あっそう、まあいいわ。で、聞きたい事なんだけど、ぶっちゃけよりこって好きな人居ないの?」
こんなやつとお喋りしててもつまらないだけねと、私はさっさと本題を切り出す。
「何? 姉ちゃんの友達なのリリィちゃん。それとも好きな人が姉ちゃんの事好きだとか? ……うわーめんどくせぇ、久しぶりだよそういう娘」
祐一は顔を歪ませて、言葉通り見るからに面倒だ、嫌で嫌で堪らないという表情を作って言った。
その整い過ぎた顔を歪ませてまで嫌がるというその行為自体が、何かこちらが途轍もなく悪い事をしているのでは無いかといった気にさせられてしまうものだ。きっと気後れする人間もいるのだろう。
私も出来ればこんな嫌がられてまで聞きたくは無いけれど、翔太の為には仕方ないと意を決して話を続ける。
「久しぶり? どういう意味?」
「……そのまんまだよ。あ、リリィちゃん、姉ちゃんに好きな人取られそうだとか思ってんじゃ無い?」
「何故わかる!?」
「あ、やっぱそうなんだ。いやー、だからいったじゃんそういう娘に昔何人も聞かれた事あるからだよ。姉ちゃんの事。 ……ま、男の方も多かったけどね。」
「ぐ......そ、そうよっ! 悪い? あの女に私の好きな人取られそうなの、だからあんたにあいつの好きな人居ないかって聞いたのよっ!」
私のその台詞ににやにやと笑う祐一。
「ぐぬぬ......!」
悔しくってブランコの鎖を握り締め、思わず唇を噛んで呻き声を上げた。
畜生! 笑うなら笑えばいいわ。
こっちは必死なのよ。
居ない可能性の方が高いけれど、それでも僅かな、ほんの小さな突破口にでもなればと思ってあんたに聞いてんのよっ!
だが、ニヤニヤ笑っていた祐一だったが、そのにやけ顔は徐々に引きつり笑いとなり、そして表情を無くして、やがて遂には肩を落として俯いてしまった。
「どう、どうしたの? 大丈夫?」
「いや......何でも無い......でも安心してよリリィちゃん。姉ちゃんが好きな人、居るよ。」
祐一はそこで一旦言葉を区切り、深呼吸をして。
「そんで姉ちゃんその人と付き合う事になったから、昨日。」
真っ暗な空を見上げながらその空に放つかの様に言った。
少々わざとらしいというか、大げさで演技掛かった言い方であった。普通の男がすれば引いてしまうくらいの。
だが祐一がそうする事によってそれは絵になる光景になるのであった。
だが私はその祐一の「カッコいいポーズ」に急激に心が冷めて行くのを感じた。どうやら先ほどまでの沸々と感じていた悔しさも霧散してしまった。
というのは実は、私は祐一が今から言わんとしている事が予測出来てしまったからで、その格好良いであろう仕草は唯々間抜けに見えてしまったからだ。
ああなんだ。それってつまり。
「名前は相川翔太さん。姉ちゃんが昔から、ほんと小っさい頃からずっと好きだった人だよ。」
やっぱり翔太の事だ。
祐一は言い終わると「僕ちゃん黄昏てます。(まる)」といった風に、寂しそうに星の少ない夜空を見上げている。
大げさな奴ね。
私はその祐一の様子を「フッ」と思わず鼻で笑ってしまい、それを聞き咎めた祐一にムッとされてしまった。
「いやごめん、でもそんな事知ってるし。そうじゃ無くて、それ以外の人の事聞いてんのよ、私は。」
「は?」
祐一は予想外の私の反応に、鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔をした。
「は、じゃないわ。だからそんな話知ってる……いや、こっちもちゃんと説明しなかったのが悪かったかも知れないけど、その翔太とよりこが付き合ってるのは知ってるから、それ以外で。って事を聞きたかったの。」
「……え? いや、え? どゆこと?」
「……だから知らない? 翔太以外で。」
私は祐一の疑問を無視して質問を被せた。
「翔ちゃんさん以外で? へ? い、いや、わかんない......。」
翔ちゃんさん? 変な呼び方ね。
まあ、いいんだけども。
でもやっぱわかんないか......ううん、そもそもよりこのあの様子を見る限り、翔太以外ってのは無いかもしれないし、元よりダメモト何だからしゃーないわ。
「じゃあもういいわ。ごめんね、今日はありがと。」
そういう事であればこんな奴にもう用等無い。
依然呆然とする祐一を一瞥もせず、私はブランコから立ち上がり、手の平をひらひらさせながら祐一を通り過ぎて歩き出した。
すると思い出したかの様に、私のお腹の虫がグゥと鳴いた。
そりゃお腹も空くわ。いつもなら家に直帰して炊飯器をさらってる時間だし。
とにかく今日はとんだ無駄足だったわ、さっさと帰ってしまおう。
「ちょっとっ! ちょっと待ってよリリィちゃんっ!」
早く何か食べ物をと、切なく鳴くお腹の虫に急かされて腹部を擦りながら帰ろうとする私に、しかし祐一の声が掛かった。
ちょっと待ったコールだ。
「あん?」
振り返るとそこにはいつもからは考えられない程大慌ての祐一が居た。
「てことは、つまりリリィちゃんって翔ちゃんさんの事好きなの!? 好きな人って翔ちゃんさん!?」
「はあ? あんた今更何言ってんの。そうに決まってるでしょ、それしか無いでしょうが。」
本当に何を今更、だ。
それ以外にどう聞こえたってのよ。
そうじゃ無かったらごめんだわ、あんなアレな女の事聞くだなんて。
「そう......なんだ......。」
祐一は肩を落とし、哀れむ様な顔をして言った。
「そうよ。だから何?」
気に障る表情だ。
「いや、それは何とも......かわ......残念だね。」
「はあ? 何ですって? あんた今可哀相って言い掛けなかった?」
「あ、いや、ごめん。でも、だって姉ちゃんが相手なんて、絶対勝てっこ無いよ。大体翔ちゃんさんって巨乳好きなんだしさ。」
まただよ、またここでも巨乳の搾取だよ。
一体どこまで私達貧困層を苦しめれば気が済むんだよ、よりこ(おっぱい)は。
「何であんたがそんな事知ってんのよ。」
「だってこの間姉ちゃん言ってたし。だから巨乳な女が載ってるエロ本プレゼントするんだって俺、買いに行かされた事あるし。」
「あんた達って......。」
好きな男子の為に、弟にエロ本を買いに行かせる姉。
それってどうなの?
「まあいいわ。でも翔太って確かに巨乳好きだけど、それだけじゃないのよ。翔太は巨乳好きであると共にロリコンでもあるわ。」
そうよ、翔太はそんな二律背反を抱えているのよ。
……それも流石にどうかとも思うけど、好きなんだからしょうがない。
「そんなロリコンって......あっ! じゃあ。」
「ええそう、そういう事、私みたいなのもドストライクよ。それに第一翔太は私とも付き合ってるしね。」
「えっ!? う、嘘......だろ、リリィちゃん。」
何て事無い様にさらりと言った私の告白に衝撃を受ける祐一。
勿論、そういう反応が欲しくてさらりと言ったんだけども。
「嘘じゃないわ。」
「……あ、だけど嘘でしょ? もう、騙される所だったよ。大体翔ちゃんさんがそんな事する訳無いもんな......いや、でも、まさか......」
「あんた......信じたく無いのはわかるけど、本当の事よ。翔太と私は......いえ、翔太は私と『も』付き合ってる、といった方が正しいわね。」
「まさか! そんな......それじゃあ翔ちゃんさんはつまり......。」
「そゆこと。翔太は二股掛けてるって事よ。」
「な......ん......そんなっ! だって、それじゃあ......でも、でもっ! 姉ちゃんはそんな事言ってなかった。」
「それは......きっと、家族にそんな事言え無いからじゃない? 心配掛けたく無かったのよ、きっとそうよ。」
多分。
「そう、かな。そうかもね。」
そうそう。
「いや、違うかも知れない。」
うん? 何それ、どっち?
「……そうだ、大体姉ちゃんが付き合う事になったって知ったのだって、夕飯が赤飯で不思議に思って聞いたら母さんがそうだって言ってたからなんだし......。」
「赤飯......。」
お腹の虫がグルルと鳴いた。
その言葉は空きっ腹の私には堪える。
赤飯なんて滅多に食べない、去年食べたくらいだろうか。
赤くてモチモチしてて、小豆がまた違った食感でそれが良くて薄い塩味で......ママがおめでとうってニコニコしてて......お腹一杯食べて良いよってスーパーの赤飯全部買ってきてくれて......。
いや、今は関係無い。よそう、赤飯の話は。思い出すとお腹が更に切なくなるわ。
「そう、赤飯。それで、その時、あ、俺はその日バイトで帰んのが遅くって後から聞いたんだけど、姉ちゃんがすげーテンションで小躍りしながら母さんに言ったらしくて、もしそんな雰囲気があれば母さん俺に言ってただろ?」
「いや、知らないし。」
「あ、うん、まあそうなんだけど、それでその後電池が切れたみたいに部屋で爆睡したって言ってた。俺が帰った時はまた寝直してたからそん時は姉ちゃんに詳しく聞かなかっただけで、もし翌朝とかに聞けば普通に言ってたんじゃ無いかな? まあ、姉ちゃんって朝が早すぎるから中々難しいんだけどね。」
「ああ。」
弁当の為に早起きか......。
よりこさん、いつもいつもありがとうございます。
「……だけど、だよな、そんな気配り、そもそも姉ちゃんにあったかどうか......だって......もしそんな気配りがあれば俺の気持ちだって......。」
「あんたの気持ち?」
何? その思わせぶりな言い方。
「ああ、俺だって昔から......それなのに姉ちゃんは俺の気持ちなんか知らないで......。」
私に話している様で、実は一人で話しているかの様な話し方。
……こいつ。
確信犯ね。
聞いて欲しくて仕方ないって所かしら。
やれやれ、とんだ構って君ね。
どれどれ、仕方ないからリリィちゃんが聞いてしんぜよう、感謝なさい。
……って、俺の気持ち?
「あんた、それってもしかして?」
「そうだよ。俺、好きなんだ。大好きなんだよ。」
「そんな! 嘘......でしょ? だってそんなの許され無いわよ。」
「……っ! だ、よな。許され無いよな、わかってるよ。」
ああやばい、私今凄い事聞いてるわ。
「そうよ......血の繋がった肉親でだなんて、やっぱ無理よ。」
昼ドラみたい。
「……いや、それが実は。」
「実は?」
「血は繋がってない。」
は?
「え、嘘よ。だって......顔とかも似てると思うんだけど。」
後、見かけによらず面倒くさい所とか。
「そうだ、自分でも良く似てるって思うけど、だけど本当の事なんだ。」
「……そんな事って。」
有り得ない......とは言え無いけど。
だけど、何と云うヒューストン。
まさかこんな身近にヒューストンだとでもいうの?
「嘘みたいでしょ? ドラマみたいとか思った?」
思った。
「でもそうなんだよ、実際違うんだ。だからずっと、俺は......」
「ずっとって、あんたそれって何時から知ってたの?」
「小学生の頃からだよ。2、3年生くらいだったかな? それより前から好きだったけど、でもそういう『好き』じゃなくて、家族としての好きね。でもある時ふと思ったんだ。もしかしたら、って。周りの態度っていうのかな、そういうので何と無くわかっちゃうんだよな。でも確信が持てなくて、それで両親に聞いてみたんだよ。そしたら、二人ともスッゴク申し訳無さそうに『実は違うんだ』って『血は繋がって無い』って、多分それを聞いてからだよ、そういう『好き』になったのは。」
「それって......どっちが、その......違うの?」
「向こうが、かな。」
「ってごめんなさい、不躾にこんな事言って。それに他人の私にこんな事教えちゃって大丈夫なの?」
「別にいいんだ、気にしなくて良いよ。」
「だけど......よりこに悪いし......。」
「姉ちゃん? なら大丈夫だよ。気にしないと思うよ。」
「そう.....? ま、まあ、あんたがそう言うなら.......。」
大丈夫......かな?
いや駄目だろう常識的に考えて。本人の預かり知らない所でそんな事聞いて良い訳無い。
そうよ、それが例え祐一の方から聞いてもいないのに言い出した事だったとしてもよ。
そうだ、そんなの良いはず無い。
無い、んだけどもね。
……けどまあ。
「だけど、その......向こうはそれを知ってるの? あんた達の血が繋がって無いって......」
祐一も話したがってるみたいだし、私もこの際だと思い、更に詳しく聞いてみる。
毒を喰らわば皿までもって奴よね......や、ちょっと違うか。
野次馬根性丸出しって奴ね、きっとそうだわ。
「ああ、知ってるよ。初めから知ってたってさ。」
「そう......初めから、か。それもあんたの親が教えてくれたの?」
祐一は「うん、そう」と頷いた。
そうなんだ......って事はよりこが引き取られた時からって事かな?
それともうんと小さい時からって事?
私にはそれがどっちなのかわからない、知りたい気持ちもある、だけどもう、そんな事もう聞けない。
――だって......。
「それは......きづ......いわ......で。」
急に涙が出てきてしまったから。
早くも鼻声になってしまって、もう何言っても通じないだろう。
よりこ......学校じゃクールなお嬢様って感じで微塵もそんな事感じさせなかった。
翔太の事で知り合ってからはまた違った印象で、今までアレだアレだと思ってたけど、でもあんたにそんな過去があったなんて、私知らなかった。
私とは全然境遇も違うし、今は凄く幸せそうだけど、親が死んで、新しい場所で暮らさざるを得なかったその時の気持ちは分かる。私には分かり過ぎてしまう。
辛かったよね、よりこ。
分かるよ、私もそうだったから。
だけど私には翔太が居た。だから乗り越えられた。
そしてよりこもきっと翔太が居たから......。
「リリィちゃん、泣いてんの?」
「う......だって......。」
よりこの事を思って泣く事になるなんて、思いもしなかったわよ。
祐一はそんな私の泣き顔を見て。
「優しいんだな。」
と言った。
「う。」
知ってるけど、そんな事改めて言われると照れる。
私はぼたぼた勝手に落ちてくる涙を袖で乱暴に拭いながら顔が赤くなるのを感じた。
泣きながら照れて顔を赤くするとか意味わかんない。
だけど外灯だけが照らす薄暗い公園での事、お互いの顔もはっきりとは見えないし、きっと祐一に悟られてはいないだろう事が幸いだ。
「うるざい、あんだにそんなごといわれだくないわよ。」
「だけど『あの人』の為に泣いてんでしょ? じゃあ優しいじゃん。」
そう言って祐一は寂しそうにはにかんだ。
「あの人」だって。
何で自分のお姉さんなのに「あの人」なんて他人行儀な言い方するんだろ、変なの。
……ううん、違うよね、変じゃ無いよね。
元々血が繋がって無いから少しだけ遠く感じられただろう人だったのに、それが翔太と付き合う事になって更に遠くなっちゃったからだよね、そんな言い方。
きっとそうだ、私わかっちゃったよ。
さっきあんたの為じゃ無いって言ったけど、少しだけ、その祐一の気持ちが少しだけ悲しくて、また涙が出てきてしまった。
祐一はそんな私を見ても何も言わず、その寂しい笑顔のままでいる。
どうやら、私が落ち着くまで待っていてくれるみたいだ。
私は祐一のその気遣いに感謝しつつ、何とか涙を止めようとするが、中々上手くいかない。
私ってば涙もろ過ぎ。
……そういえば、翔太から借りた魔法少女リリなになんとかのDVDでも良く泣いたわね。
特に主人公である多寡街菜花の親友である、原尾ふぁて(旧姓、桜井)が、義理の兄である原尾玄乃と不倫して出来た子供を産むって玄乃の妻である英美に悲壮な覚悟で言い放った時のシーンなんて号泣物だったわ。
翔太に言ったら「そこで泣くの?」って言ってたけど、あのシーンは普通に泣けるでしょって思うんだけど、やっぱり私って涙もろいのね......。
関係無い話だけど、翔太はふぁての話であれば、江利雄(その時生まれた子の名前)の話よりも、ふぁてが自暴自棄になって行きずりの男と寝て、その時に身篭った岐路子を産む決意を見せて原尾家と精神的な決別(自立)した時の話が好きだって言ってる。
まあ、私もその話は好きなんだけども、やっぱりリリなに(魔法少女リリなになんとかの略)好きででふぁてファンであればこっちを好きな方が通よねぇ~。といっても、翔太は菜花ファンだから、その事で対立する事なんて無いのだけども。
……え? そのアニメ好きでは無いんじゃなかったのか、ですって?
良い質問ね。それに良く見ているわね。
確かに私は「魔法少女リリなになんとか」は好きでは無い。
翔太を喜ばせる為に仕方なく観ていただけだ。
その後の続編「魔法少女リリなになんとかB‘s」も全然面白く無くて、情報収集の為だけにしか観ない。
だけど「魔法少女リリなになんとかDFS」は全く別で、今でも良く観る程に好きだ。
ここだけ聞くと、普通の人はその違いを知らないが為に、何故そんな中途半端なんだ、と言うだろう。
――では一体その違いはなんなのか。
一般的にファンの間では無印と呼ばれているアニメシリーズの一期は、菜花とふぁての9歳当時を描いた物だ。
タイトルにある通り、魔法少女の攻防の物語で、その中にはリアルな社会風刺や人間関係等が盛り込まれている。勿論翔太はオタクでロリコンなのでそういう小さい女の子が戦ったりするのも好きだし、そんな魔法少女という子供向けのアニメなのにリアルな社会風刺や人間関係というギャップに心惹かれるの頷ける。
だけど私は「それがどうしたの?」という感想しか持てない。
所詮アニメはアニメ。その域を出ていないなという風にしか思えないのだ。
しかも最終話「魔法少女辞めました」では、実はその魔法少女というのが、イジメや家庭内暴力で精神的に病んだ二人がそのストレスから逃れる為に日々妄想をしており、その別々の妄想劇が奇蹟的な偶然の一致を見せた、というオチであったのだ。
これでは何もかも台無しである。(因みに「ふぁて」という名前は所謂キラキラネームである、これもイジメの原因の一つとなった)
詳細を省くが、それに続く2期、B‘Sも少し違うがそれでも似た様な物で、天涯孤独の身の上の足の不自由な矢上純子を、それぞれの妄想や打算故に近寄った大人達との歪んだ家族劇で、この物語もまた違った意味で嫌いだ。というのも、余りにも家族が出来たと無邪気に喜ぶ純子と周りの大人とのギャップがあり、イタイのだ。正直観ていられない。
だが、それに続く3期、DFSはそれとは趣が異なり、その辛い少女時代を乗り越えた、精神的に成長した彼女達のそれぞれの愛と憎悪の物語だ。
……それではその1期と2期と同じでは無いか? ですって?
そう言われては身も蓋も無いけれど、だけど私は敢えて違うと言いたい。
というのは、DFS(ディフェンダーズ、守る者達という意味)というタイトルにもある通り、彼女達はそれぞれ自分の大切な物の為に立ち上がり、そしてそれを守っていくというストーリーだからだ。
私が好きな原尾ふぁては、先ほど触れた通り二児を授かり、原尾家と決別して夜の商売をしながら子供を養っていく。その間に起こる、涙を流さずには観られない家族愛に満ちた、幾つものハプニングを乗り越えていくストーリーは、彼女達三人の物語の中でも特に好きだ。
そして最後は資産家に見初められて幸せになるという、シンデレラストーリーであるという事も大事な要素である。
そのふぁての幸せな結末を自分に当て嵌めて、翔太に貰われて行く自分を想像するのである。
思わず出てきた涙が恥ずかしくて、私はそんな関係の無い事を考えて気を紛らわせていた。
そしてその努力の甲斐もあり、何とか涙は止まってくれた。
「何かごめんなリリィちゃん、変な事言ってさ。でもありがとうな、お陰で吹っ切れたよ。」
「うん。」
私が落ち着いたのを見計らって祐一は言った。
空元気なのだろう、出来るだけ明るく言おうとしているが、やっぱりあの寂しそうな笑顔のままだ。
「でもま、大体こんなの変だったし、第一気持ち悪いよな、こんなの。 ……だからさ、俺は大人しく身を引くよ。それにさ、俺はこれで良かったと思ってるよ。姉ちゃんも凄く嬉しそうだしさ、姉貴思いだよな、俺って。」
そうは言いう祐一の顔は晴れないままだ。
「だから立ち直るのは時間掛かりそうだけど、これでせいせいしたよ......ってなんかごめん。愚痴っちゃってさ。」
「いい。」
私は頭をブンブン振って気にしないと伝えた。
「ありがとう、リリィちゃん。 ……でもリリィちゃんも大変だよな、姉ちゃんが相手だなんて......。」
「うん。」
そうよね。
大変だわ実際。
あんなおっぱい大きくて綺麗で、翔太の事大好きな女の子、正直どうやって対抗すれば良いのか全く検討も付かないわ――って。
「あっ!」
「へ?」
突然の私の大声に驚く祐一。
忘れてた。
いや、忘れてはいなかったけど、ある意味忘れてた。
そうだわ、こいつの失恋話とかよりこの身の上話親身に聞いてる場合じゃ無いのよ。
「辛かったよね」じゃないでしょ私。
大体こいつに声を掛けたのだって、よりこをどうにかする為の情報収集が目的だったのに、よりこの身の上聞いて同情して泣いている場合じゃ無いだろうが。
冷静になりなさい、リリィ・アンダーソン。
そして考えるのよ。
翔太とよりこを別れさせる......いいえそれよりも、よりこに翔太を諦めさせる、諦めざるを得ない方法を。
……そうだわ。
何だ簡単な方法があるじゃないの。
ここまで話を聞けば誰だって思いつく方法がね。
私の大声のせいでしんみりした空気を吹き飛ばしてしまったが気にもしていられない。私は目を丸くしている祐一を見上げた。
「ねえあんた。さっき私が言った事覚えてるでしょ?」
「え、何急に、それってどの話?」
祐一は不思議そうに首を傾げた。
「翔太が二股掛けてるって話よ。」
「ああ、その話ね、勿論覚えてるけど。」
「それってつまりどういう事だと思う?」
「えっと、どういう事って......どういう事?」
「はあ? わかんないの? あんた、見かけに拠らず馬鹿ね。」
「なっ?」
ちょっとムッとする祐一。
でも怒るのは早いわよ。
「翔太は二股を掛けてる......という事はつまり。」
「つまりなんだよ。」
ぶっきら棒に言う祐一。
「つまりそれはあんたにもチャンスがあるって事よ。」
「チャンス~? 何で翔ちゃんさんが二股掛けてるのがチャンスになるんだよ。」
こいつ、マジで馬鹿ね。ここまで言ってわかんない何て信じらん無い。
「翔太は一人では無く、二人とも付き合っている......という事よ。本来ならば一人しか付き合えないのにね。 ……あんた本当にわかんないの?」
「だからそれはわかってるって、だから何なんだよ......あっ!」
「はぁ、漸くわかったようね。そういう事よ。」
私は呆れて溜息を吐いた。
何でこんな簡単な事わかんなかったのか。
つまり、私が言いたかった事は、よりこを翔太から奪っちゃえ、という事だ。
……正直言うと、それが成功する可能性は低い。無いに等しいと言えよう。
それは今日の北澤先輩にも云える事だ。
北澤先輩には悪いけど、あの様子では先輩に望みは無いと言えるだろう。
あのよりこの翔太への愛情は尋常ではない、まるで神を崇拝する祈り巫女の様だ。
そうで無ければ、今日のお昼に言った「翔太に誓う」と言う言葉は出て来ないだろう。
あの時は私も驚いた、まさかそんな事を私以外の女の子の口から聞くとは思わなかった。
しかしそれ以上驚いた物がある。
それはその言葉の意味を瞬時に分かってしまった自分に対してだ。
そうなのだ、私はそんな訳の分からない言葉を一部も間違わずに理解する程に、翔太の事をそれ程に唯一無二の存在であると感じていたのだ。
そんな恋愛感情、もう普通じゃ無い。我ながら狂っているとも感じる。
だがもう後戻り等出来ない。そして戻りたいとも思わない、いいや、思う事等出来ないのだ。
……だからこそ私はやる。
例えどんな困難があったとしても、傷付き倒れる(精神的な意味で)としてもこいつとよりこをくっ付けてみせるっ!
そして私は翔太とっ......!
「その発想は無かった......すげぇよリリィちゃん。マジで凄い。」
そう硬く決心をした所で、私のその心の誓いに水を差す様な、御気楽な祐一の感想が聞こえた。
「……別に凄く無いわよ、ていうか本当に無かったの?」
「うん......」
「だとしたらあんたの発想の泉は枯渇してんのよ。」
「枯渇......してんのかな、俺。でもなぁ、そんなの普通は思いつかないって。」
「はあ......まあいいわ。」
また溜息が出た。
こんな事で凄い何て言われるとは想像も出来なかったわよ。
あの翔太から女の子を奪うなんて、こんなイケメンからすれば赤子の手を捻るより簡単に思えるだろうし、だからこそ簡単に思い付きそうなのに、違うのかしら?
それともこんなイケメンだからそういう事に疎いのかしらね。
そう考えてみれば合点もいくかもね、そうよね、今まで追いかけられる事はあったかも知れないけど、追いかける事なんて無かったのかも......贅沢なもんね。
「だけど、そんなの許されんの? てか第一リリィちゃんはどう思うんだよ。」
「私? 何で私に聞くのよ。」
「え......だって......」
自分じゃそんな事も決断出来ないの? 女の子に同意を求めるなんて情けない男ねぇ。男なら我が道を行くってくらいが丁度良いのに、女の子はやっぱり男の子にグイグイ引っ張って行って貰いたいのものなのよ。
……けど、それは翔太にも言える事か。
「あんた情けないわねぇ。そりゃあ当然許されるわよ、許されるに決まってる。 ……いいえ、仮に許されなかったとしても、私が許す。」
私の将来の為に。
「リリィちゃん......。」
「それにあんた達の事、私は別に気持ち悪いだとかは思わないわ。いいんじゃない? 血も繋がって無いんだし、全然問題無いじゃない。」
ご近所さんへの体面的にはちょっとアレかもだけど。
「だから頑張んなさい、私も出来る限り応援するから。」
「リリィちゃん......俺......。」
祐一は顔を綻ばせながら薄っすらと泣いていた。
そう、それは嬉し涙だった。
相変わらず大げさな奴。
だけど私、男の子の嬉し涙って初めて見る。
外灯の光が涙に反射してキラキラ光っている。その整い過ぎた顔と合わさって凄く綺麗だ。映画のワンシーンみたい。
「ありがとう、リリィちゃん。俺、頑張ってみるよ、今まで諦めてたけど、俺頑張って想いを伝えるよ。」
「伝えるだけじゃ駄目よ、ガッチリ行きなさい。」
気分はもう師匠だ、恋愛の師匠。つまりラブマスターね。
「うん......うん!」
涙を腕で拭いながら大きく何度も頷く祐一。
そんな祐一の殊勝な態度が可愛らしくて、私は思わずフフッと微笑んだ。
弟を持った気分だ、悪くないかも。
「あ、それから浮気性な男は嫌われるわよ。」
これもラブマスターからの教えだ。
けど、こんなの常識よね。
態々偉そうに言うまでも無い事。
流石にそれくらいは弁えているだろうし、ちょっと調子に乗りすぎちゃったかしら?
だがそんな私の考えとは裏腹に、祐一は「あっ」と意外そうな声を上げた。
「……もしかして、今付き合ってる娘いるの?」
その様子に、もしや、と思い聞いてみる。
「う......うん。」
えぇ! ウソダー。
信じられない。
私は呆れて、一瞬物が言えなくなってしまった。
実はこいつはモテモテで、しかも無茶苦茶手が早いって噂だったの。
だからもしかして、そんな訳無い、と思いつつ聞いてみればこの体たらく。
「じゃあ直ぐ別れなさい。」
「うん。」
私の言葉に、祐一は何て事は無いといった様子で軽く首を縦に振り承諾した。
「うん」だって。
いとも簡単に言ってくれるわね。そりゃあ別れなさいって言う私も私だけどさ。
その今付き合っている女の子に何か思う事は無かったっての?
最低ね、こいつ。
さっきまで、こいつ結構可愛い奴じゃない? とか思ってた私が馬鹿みたいよ。
「はあ......あんたって......」
そんな祐一のエゴイスティックな気軽さに頭痛がする。
私は思わず頭を抱えて溜息を吐いた。
……ごめんなさい、祐一と付き合ってる子。恨むなら祐一を恨んでよね。私は悪くないわ。
だけど......私と翔太の未来の為。犠牲は仕方が無いのよね。
待ってなさい祐一、このラブマスター事リリィ・アンダーソンが、そんな駄目駄目で最低なあんたの願いを叶えて上げるんだから。
だから期待してよりこ、あんたに翔太みたいなデブオタとは別の、このイケメンとの未来を見せてやるんだから。
だから待っててね翔太、私との、私とだけの未来をねっ!
DFSのEDテーマはムード歌謡調です。




