第31話 悔悟と憧憬の瞳
リリィ・アンダーソン その10
「え? 今何て。」
「だから......君の母さんと付き合ってるんだ。だからゆくゆくは、その......リリィちゃんとは家族に......なる、かな?」
「か......ぞく?」
家族? 家族ですって? このおっさん何言ってんのよ。止めてよ、あんたとなんか家族になんてなりたくないよ、気持ち悪い事言わないでよ。
……もしかして私の事狙って結婚とかじゃないでしょうね?
「そう。 ……だからリリィちゃんは私の娘って事かな? だから関係無くなんかは無い......んだよ。」
頬をポリポリと人差し指で掻いて照れくさそうにしている店長。
「え......それってつまり......店長はママの事が好きだって事ですか?」
「う、うん? そうだよ。そうに決まってるじゃないか。じゃないと結婚を前提にとか言わないよ。」
苦笑しながら、それでも照れくさそうにしている店長。
「でも......何で......。」
「何でって......。」
「それって本気なんですか?」
「……何を言ってるんだ、本気? 決まってるじゃ無いか、本気だよ。……そうか、リリィちゃんには言っておかないといけないな。私と雪絵さんの事を......。」
ママとの事。
それはつまり私の知らない所であった、ママとこの店長との恋愛話よね......。
「いえ、それは結構です。」
そんな話聞きたく無い。
だってそうでしょ? 誰が好き好んで自分の親と今まで嫌ってた店長との惚気話を聞きたいっていうのよ。 ……もしかしたら、そういうの平気な人もいるかもしれないけれど、少なくとも私は嫌だわ。
それに、ママと店長が付き合ってるっていう話だけでもショックなのに、今はまだそんな事聞きたく無い。
「そうか......当たり前だよね。急にそんな事言われてショックだよね。……済まなかった、私も20年来の恋が叶って少しはしゃぎ過ぎていた様だ。やはりこんな事今は言うべきでは無かったよ。」
「20年来? そんなに昔から......」
聞きたく無い、何て思いながら結局聞いてしまう私。好奇心は猫をも殺すのかしら?
「うん。私と雪絵さんが大学時代の先輩後輩だって話は知っているよね? その頃からずっと好きだったんだ......。だから何度も気持ちを伝えようと思っていたけれど勇気が無くてね。そしてそうこうしている内に君のお父さんと半ば駆け落ちみたいに結婚してしまって、それきりになってしまったけどね。 ……あ、済まない、こんな事君に言うなんて......。」
そう言ってバツの悪そうな顔をした店長。
――それはそうだろう。
死んでしまった人の事だもん普通は気にするよね。それに昔の私なら、パパの事が話しに出ただけで気にしていたかもね。
「だけど、私は真剣だよ。真剣に雪絵さん、君の母さんと付き合っている。だから直ぐにとは言わないけど、いつかは私達の事認めて欲しいんだ......。」
言葉通りの真剣な眼差しで私を見つめる店長。
「あの目」では無い、誠意のある目、表情をしている。
……正直、急な事で、私の頭は付いて行って無い。
混乱しているしママと店長が付き合っている事を認める認めないって、そんな所まで考えが至ってもいない。
――だけど。
「ふふっ。」
思わず笑ってしまった。
だって、目の前に居る真剣な表情の店長が何だか可愛く見えたんだもん。あのいけ好かないロリコンだって思ってたおっさんが、実は私のママの事がずっと好きで、それで素直に私にこうしてその気持ちを打ち明けているんだもん。
――私も今恋をしている。
それは店長とは全然ケースが違うし、それに性別だって年齢だって違うけれど、でもずっと一人だけを一途に思ってきたって事だけは同じだ。
だから私はそんな店長の気持ちが何と無くわかる、少しだけ共感出来てしまうんだ。
店長はそんな私の事を、最初は「え?」って感じで見て、それから笑う私を怒るでは無く、やっぱり照れくさそうに頬をポリポリ掻いて「いやー、お恥ずかしい」って言った。
「いやーお恥ずかしい」だって。何それ可笑しい、まんまおっさんじゃん。 ……やっぱり若い風貌してるけど、おっさんはおっさんなのよね。それにそんなおっさんが私みたいな学生に敬語使うとか、変なの。
私はそれがまた可笑しく思えて笑ってしまった。
そしたら店長は今度は顔を真っ赤にして、口をもごもごさせて黙ってしまった。
でも年上の人をこんな風に笑うのっていけない事だよね。
だから「ごめんなさい」って言ったけど、可笑しいのが止まらなくて笑いながらになってしまった。
「いやー、本当何と言うか......でも私の気持ちはわかってくれたね? まあ、つまりなんだ......だからその、これからも宜しく......かな?」
そう言ってはにかんだ店長の顔は、私にはもうあの「ロリコンの嫌なおっさん」という風に見える事は無かった。
ママの気持ちをまだ聞いていないからまだ何とも云えないし、それにやっぱり突然の事でどういう風に捉えたらいいのかまだわからないけれど、それでもこんな店長となら別にいいのかも、って少しだけだけど思ってしまった。
……それに私の気持ちはともかく、私だってもう子供じゃ無いんだし、ママにも幸せになって貰いたい、だから私の事は気にしないでもいいんだけれども......。
……いいんだけれども。
「あの......店長。一つだけ聞きたい事があるんですけど......。」
「え? 何だい? もうこの際だ、何でも聞いてくれよ。 ……でも今日の事はまだ雪絵さんには秘密にしててくれないか?」
「ええ、それは別に構いませんけど。」
「そうか! 頼むよ。で、聞きたい事って?」
「その......言い辛いんですけど......店長、私の事『変な目』で見てませんでしたか?」
ああ、言っちゃった。
そして言ってから後悔した。
だって「私の事変な目で見てませんでしたか?」って、何それ。
「私は自意識過剰です」って自分で言っている様なもんじゃない。
それに普通そんな事言われたら、どんな温厚な人だって絶対怒るに決まってるよ。あ、でも翔太はそんな事くらいじゃ絶対に怒らないけどね。
「ああ、その事か......いやー、参ったなぁ。やっぱりわかるかい? そうか......これってやっぱりセクハラかな? いや、本当に済まなかった。」
――え?
怒られるどころか謝られた!?
いや、寛大な人だなぁとは思うけど、という事はやっぱり「あの目」はモノホンだったって事?
それってつまり店長は真性のロリコンッ!?
その事に考え至った私は自分の肩を抱きしめてサッと後ずさった。
畜生っ! 信じていたのにっ! いや、ほんの一瞬だったけどもっ! でもっ! 信じたのにっ! あれは演技だったの!? 私のママを好きだって言ったあの真剣な眼差し、表情、仕草は演技だったっていうの? 糞っ! なんて奴だ。私を騙したのね、この変質者っ!
声にならない心の叫び。
悔しくって涙が滲む。
でもこんな事で泣いてはいけないと思い、ぐっと涙を堪えキッと店長を睨んだ。
すると店長は私のそんな拒絶に驚いて、ガタッと席を立ち手を私に伸ばした。
「いや、違うんだっ! 待ってくれ、そういうんじゃ無いんだっ!」
「そういうんじゃ無いって......じゃあ、一体何だって言うのよっ!」
私は敬語も忘れて声を上げる。
だって当たり前だ。敬語なんて使ってやる事など無い。
変質者を敬う気持ちなんて、このリリィ・アンダーソン。元より......いや、ママより産まれ出でたその時その瞬間からでさえ既に持ち合わせて等いないっ!
「だから聞いてくれっ! ……つまり、それは君が若い時の雪絵さんにそっくりだったから......それでつい見てしまっていたんだ。」
こいつ、まだいうかっ! そんな事言われたって私の中であんたは......うん?
……え?
「いや、こんな事言っても、君が不快な思いをしてしまうであろう事はわかってるんだが......でも違うんだ! 信じてくれ。決して君に対しての物では無くて、それは雪絵さんの昔を思い出して、それでその時の情熱というか何と言うか......つまりそんな叶わない恋をしていた大学時代を思い出してしまっていて、それで恐らく君が言うその変な目というので君を見てしまっていたんだと思う。 ……いやっ、本当に済まない! この通りだ、許してくれ。」
言い終わると両手を太腿につけ、大きく腰を曲げ、ブンという音が聞こえるんじゃ無いかというくらいの勢いで頭を下げた店長。そしてその姿勢のまま黙ってしまった。
……は? いや、ちょっと待って? え? いやいやいやいやいや............。
どういう事? それってもしかして? ……いや、それよりも店長に頭を下げさせるバイトってどうよ? 色々マズイんじゃ無いの?
「て、店長!? あ、あの顔を上げて下さいっ! 困ります!」
このままの状態ではいけないと思った私は慌てて店長の肩を起こそうとするが、店長はそれに抗い一向に頭を上げようとはしない。
「いや、これは完全に私の落ち度だ。まさか君にそんな不快な思いをさせているとは思いもよらなかった。どうか許してくれ。」
更に深く頭を下げてくる店長。
「ゆ、許します。許しますから! 顔を、上げて下さい!」
言いながら渾身の力を込めて店長の肩を掴み引き上げ様と試みるが、店長はそんな私の頑張りにビクともせずにいる。
――クソッ、こいつ見た目に反してかなり鍛えてやがるな。
なんて、そんなどうでも良い事を考えながらも何とか踏ん張っていたが全く埒が明かず、私は半ば諦めかけていた。
だが、すると店長はそんな私に気が付いていなかったのか、急にスッと、何の前触れも無く頭を上げのだ。
私は意表を突かれ、力の行き場を失った腕は空を掻いて、そしてバランスを失った私はそのまま足を滑らせてドデンと転んでしまった。
「いや、本当に済まない。多感な時期にあるリリィちゃんにそんな嫌な思いを......ってどうしたの?」
転んだ私に気が付いた店長が心配そうな声を掛ける。
取り敢えず頭を上げてくれた様で一安心。
だけど私はその事よりも、より重大な事に気付いてしまっており、そんな店長への返事や転んだ痛み等どこかへ行ってしまったようだった。
私は起き上がる事もせず、唯ぼーっと目の前に広がる事務所の床を見つめながら呆然としていた。
……フフッ、という事は、店長が私の事を好きだと思ったのは、私の勘違いだっていうの? 「あの目」は昔のママに向けられたもの……つまり私ってやっぱり自意識過剰の恥ずかしい奴なの?
そう考えながら、熱が顔面に集まり、赤くなっていくのが自分で良くわかる。
今夜眠れるのかしら......いえ、絶対無理ね。いつもの様に布団の中でウワーッってなるに決まってるわ。
……思えば今日はとんだ厄日ね。人前でディープキスするわ、店長が私に気があるとかかなり痛い勘違いするわ、それに何より翔太に私......。
「うわーっ!!!」
「何!? どうしたの!? 大丈夫かい!?」
店長が慌てて身を屈め、私の顔を覗きこむ。
「あ......大丈夫です。」
思わず大声を出してしまったようだ。
店長は私を起き上がらせる様な素振りをみせて、触れようとして、でも触れずにいる。きっと私がさっきの事で店長の事を拒絶していると思っているからだろう。
でも違うの店長。そうじゃないんです。
心配そうな、オロオロとした店長の表情や態度に益々罪悪感が募る。
止めて店長。そんな目で見ないでっ! リリィは穢れた女。そんな無垢な幼子を心配する父親の様な目で見ないでっ!
「大丈夫です。ほらこの通り!」
そう言って勢い良く立ち上がり、片手を胸に当てもう片方の手を広げて元気な事をアピールした。
「う、うん......? そう? ならいいんだけど。」
そんな大げさなアピールに少々面食らう店長だったけど、でも何とか納得してくれた様だ。
「……あの、店長。」
納得してくれた所で、私は店長に言わなければならない事がある。
「ママとの事、すっごく驚いたけど、でも、まだ急で良く分からないんですけど、でも、あの......。」
口ごもりながら、私は自分が何を言おうとしているのか良く分からなくなっていた。
自分の勘違いの罪滅ぼしのつもりだろうか、私は「店長とママとの事を認めます」とでも言いたいのだろうか。だけどそれは自分に対して嘘を吐く事になるのかもしれない。
……それに、それはパパに対しての裏切り行為とも思ってしまう。そんな訳は無い筈なのに、感情はそう易々と納得してくれない......。
こんな良い人なんだから、きっとママの事幸せに出来ると思う。だから私はそう言わなければいけないのに、しかしそんな葛藤があり、何と言えば良いのか......私の心は未だに定まってはいなかった。
私は口をモゴモゴさせて言葉を捜すけれど、中々思い付かない。
だけど、それでも店長は待たされているのにイライラする様子を見せず、唯黙って真剣な表情でそんな私を見ていた。
そうして暫しの無言の後、店長は、表情をフッと和らげて言った。
「リリィちゃん。無理に言わなくたって大丈夫、君の気持ちは何と無くわかるよ。まだ時間はあるんだし、そんなに急ぐ事も無い。 ……いや、急な話をしたのはこちらだな。済まなかった。」
頬をポリポリと人差し指で掻いて続ける。
「だけど、少しでも君に認められるように頑張るから、どうぞこれからよろしくね。」
そう言って差し出された手の平は、翔太程では無いけれど、思ったよりというか、やはりというか、大きくて分厚くて、そんなに悪くは無いな、なんて......少し思ってしまった。
更新頻度が来いっ!
25万文字から30万文字で終わらせるつもりだったけど、最近自信が無くなってきました……。越えてしまうかもしれませんね。別にいいけど…
完結予定も当初は9月中ごろだったのに……いつの事になるのやら……
引き続きご指導ご指摘希望です。お気軽にどうぞ。まあ、こっぴどくやられるとショックで返信が遅れたり、少し言葉が短かったりしますが、間違い無く糧になりますので最終的には有難いです。圧倒的感謝っ!
そして、こんな私の豆腐メンタルを笑ってやって欲しいのです。




