第3話 小さな向日葵の大きな想い
リリィ・アンダーソン その1
それと不定期に校正や継ぎ足しが成されますが、ストーリーは変わりません。
今日の私は特にご機嫌だ。
何故ならば、朝、翔太が私に微笑みかけてくれたから。
ただそれだけの事で嬉しくなってしまうし、そんな事で嬉しくなってしまう自分も好きだ。
それに私が微笑みかけると、翔太ったら顔を真っ赤にして最高に可愛かった。
「わたしのかんがえたさいこうのえがお」は翔太にトビキリ効いたようだ。夜な夜な鏡で練習した成果が出たな。
それにしても翔太ったら分かりやすい。私の事が好きなのが手に取るように分かる。
一度も告白を受けた事が無いけど、言われなくても分かってしまう。
それくらい分かりやすい反応だ。
そして、私も翔太が好き。
もしクラスメートやバイト先の人が知ったら以外に思うかもしれない。
だって、自分で言うのも本当になんなんだが、翔太と私は美女と野獣という表現がぴったりくる。
体の大きな熊みたいな翔太と、小さい私とじゃ誰でも不釣合いと思ってしまうかもしれない。
でも私は翔太が大好きだ。私の目に映るのは彼しかいない。
何で?
と思う人もいるだろう。
でも、人が人を好きになるのに理由は無い。
という事は、良く漫画や小説で言われている事だが、実は私にはある。
でも、その理由を語るには少し長くなるので、申し訳ないけれど少しお付き合い願いたい。
私は帰国子女だ。
といっても皆が想像しているような良い物じゃない。
私が日本に来たのは、小学5年生の時だ。
それまでは、私と日本人のママとアメリカ人のパパ。3人家族でアメリカに住んでいたけど、パパが仕事中事故で死んでしまい。収入の無くなった私たちは、仕方なくママの母国である日本に来た。
元々、私が向こうに住んでいた時も、間違っても裕福だなんて言えなかったけど、それでも日本の安アパートの劣悪さにはびっくりしたものだ。
しかも、親類縁者もいなかったから援助も頼めないし、ママが頑張って働いてくれていたけど、それも二人が十分に生活出来る程では無かった。
今でこそ私のバイト代でそこまできつくは無くなったけど、中学卒業までは本当に苦しかった。
引っ越してきた私は、当然インターナショナルスクールに行けるようなお金なんて家に無かったから、やむを得ず普通の小学校に転入した。
でも、日本に来たばかりの私は英語しか喋れなかった。ママは日本人だったけど、向こうではママも英語で会話していた。
当たり前だが、日本の小学生は英語が喋れない、勿論私だってそんなに早くに日本語を覚えられるわけないから、当然コミュニケーションが取れない。
最初は物珍しさからか、積極的に話しかけてくれたクラスメート達も、コミュニケーションの取れない私に飽きたのか、次第に私は孤立していった。
調度その時くらいからだろう、翔太が私に話しかけて来る様になったのは。
勿論翔太は英語が喋れなかった。会話にならず、しかも当時から太っていた翔太は見た目が悪く。正直ウザかったし、しかも私は、自分の事が可愛いと知っていたので、それ目当てだろうと思いつっけんどんにした。まあ、実際見た目が可愛かったから近寄って来たのだろうけど。
それでも普通はそれで皆、諦める。
それに当時の私は家の事があり、余計にキツクなっていた。
でも彼には通用しなかった。
普通は言葉が通しなくても、態度でわかりそうな物だが、私がいくらキツク言っても平気な顔をして話しかけて来る彼にうんざりした。
日本語じゃ無いからわからないんだと思い、頑張って日本語を覚えて、彼に言い返したりもした。
「ウザい」とか「デブ」とか「黙れ」とか「キモい」とか、それから更に悪い日本語ばかり最初に覚えたけど、それを聞いた彼はいつも決まって
「凄いね、アンダーソンさん。また日本語覚えたんだ。」
っていうのだ。
最初は私の日本語が通用していないんだと思って、何度も連呼していたが、それは勘違いだったようだ。証拠に今でも、それを聞いていた当時のクラスメートは、私の事を性格の悪い子だと陰口をいう。
勿論私だってそう思う。当時の私は最悪だ。絶対に友達になりたくない。
そのくらい悪い言葉を連呼していた。
今でもその事を思い出す度にウワァーってなる。ウワァーって。
トラウマその1だ。
もしかしたら、その時の事が原因で、彼が私の事が好きなのに、未だに告白して来ないのではと思い至った時は、本気でタイムマシンを開発しようと考えた事もあった。
そしてタイムマシンに乗り、当時の私に教えてあげるのだ。
『その日本語通じてるよ。』
って
それから彼の良さを散々吹き込んでから、私はタイムマシンに乗り現代に帰ってくる。
すると未来が変わっていて、彼と私は晴れて恋人......。
そういう妄想を、夜寝る前なんかに布団の中でするのが私の日課であったりもする。
話は逸れたが、そういう事があり、私は彼の寛容さに甘えて、変則的にではあるが少しずつ日本語を覚えていったのだ。
でも、そんな悪い言葉を連呼していたのは最初の1,2ヶ月位で、それからは普通に友達として接するようになった。
というか、そんな私の罵詈雑言を聞いたクラスメートは私の事など相手にしてくれなくなっていたので、必然的に彼しか話し相手がいなかった。なので、彼を友達と認める事に妥協せざるを得なかったのだが。
そんな私達ではあったが、その時には既に私もギリギリ片言の日本語位は話せるようになっていたので、意思疎通は問題無かったし、もし通じなくても、彼は根気強く、一つもバカにしたりする事も無く私の日本語習得に付き合ってくれた。
正直彼には感謝している。
翔太が居なかったら今頃私はどうなっていたのか......。
それから暫くして、珍しく私が風邪で学校を休んだある日の夕方の事だ。
ママは残業で遅くなり家に居らず、私が風邪の時特有の心細さを覚えながら寝ていると、台所から微かな物音がした。
普段なら気にするような事ではなかっただろうが、如何せん熱で朦朧としながらも感覚が過敏になっていた。
そんな状態で、いつまで経っても止まない物音を不安に思い台所を覗くと、そこには恐ろしい物が......。
といって、別に強盗とかではなく、何てことは無い、ただゴキブリが出ただけだ。
でも、今でもそうだがゴキブリが大嫌いな私に取っては、強盗と同じ位恐ろしい存在だ。
いつもはママにやっつけてもらうが、そのママはまだ帰ってきていない。
私は悲鳴を上げてその場に硬直してしまった。
それにしても、どうしてゴキブリというのは嫌いな人間に寄って来るのだろう。もしかしたら私の被害妄想かもしれないが、どうしてもそう感じてしまう。
そしてその時も、私の事をあざ笑うかのようにこちらに向かってくるゴキブリに恐怖した。
後一歩でゴキブリがこちらにやってくる。
そしてその瞬間。
バーンと誰かが玄関を勢い良く開けて、玄関の脇に置いてあった新聞紙を丸め、今正に私に張り付こうと走ってきているゴキブリに振り下ろした。
間一髪。
その新聞紙を振り下ろしたのは私の悲鳴を聞きつけて現れた翔太だった。
そして私は翔太の顔を認めると、すぐさま顔をくちゃくちゃにして、翔太に縋り付き、泣きに泣いた。
急にどうしてそんなに泣いてしまったのか?
皆聞けば突然の展開にびっくりするだろう。私だって自分でおかしいなと思う。
でも、今にして思えば、パパが死んでから異国の日本にやって来て、言葉は通じずクラスメートには馴染めないし、ママは慣れない仕事でいつも疲れた顔をしているから、心配掛けたく無くて学校が嫌だって言えないし、アパートは汚いし、物凄く貧乏だし、ゴキブリは出るし、無理だとわかっていても死んだパパに会いたいし......。
そんな色々な事で、毎日毎日不安で押しつぶされそうだった私の心が爆発したのだろう。
延々1時間は泣いていた様に思う。
そんな顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにした私に、始め戸惑っていた彼だったが、大丈夫だよ。心配要らないよ。ってずっと背中を撫でてくれた。
今思い出しても恥ずかしい。夜寝る前の布団の中でウワァーッ!ってなる。
トラウマその2である。
どうやらその日、翔太は風邪で休んでいる私にプリントを届ける為にきたらしい。単なる偶然だ。
でももし、玄関の鍵が開いていなかったら、もし、翔太が私の家を知っており、家を探す事無く早い時間にプリントを届けに来ていたら......、こんな偶然は無かっただろう。
そう、全て偶然だ。しかも今にして思えば何てことは無い、取るに足らない事柄だ。
でも、その時私が本当に怖くて心細くて不安が爆発しそうで、颯爽と現れた不細工なばずの翔太の姿が無茶苦茶格好良く見えて、その翔太に抱きついて延々大泣きして、その私の背中をずっと撫でてくれた同い年にしては大きな手や、ママが帰ってくるまで私に付き添っていてくれた事実は変わらないわけで......。
それからだ。私が翔太を意識し始めたのは。
つまり私が翔太の事を好きな理由というのは、彼のタイミングの良さだったり優しさだったり包容力だったりと、そういう事なのだ。
我ながらちょろいというか、ありきたりというか、ロマンスとはかけ離れた物語だけど仕方が無い。
だって好きになってしまったんだから。
と、ママに話したら、曰く
『男は顔じゃないわ。包容力よ。』
っていってくれたし。
・・・・・・でも、パパってかなりイケメンだったと思うけど......。
まあ、いいや。ママも翔太の事気に入ってくれてるみたいだしね。
と、今日はここまでにしておこう。
長々とのろけ話をしてしまった。
それに、今からバイトだしね。
ああ、バイトかあ。嫌だなぁ。
店長変な目で見てくるし。先輩は意地悪してくるし。
本当は中学生の時みたいに翔太とずっと遊んでいたいけど、生活の為だから仕様が無いよね。
それに日曜日には翔太と会えるから、それまで頑張ろう。
翔太が書いているファンタジー小説の、明らかに私っぽいヒロインとの恋の進展も気になるし。
第一、学校ではいつも一緒だから平気だしね。
ファザ…