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第27話 手の温もり

倉橋よりこ その9




「はい? 何ですか? 北澤......先輩......。今食事中ですけど?」


 最悪だ。

 食事中だっていうのに、生ゴミがドカドカと土足で翔ちゃんの居る神聖な教室にやってきやがった。


 私は静かにお箸を置いた。もう食欲が無くなってしまったからだ。

 さっきまでのふわふわするような、ドキドキする様な高揚感を伴うそれとは違う、お腹にグッとし掛かるような不快感を伴う食欲不振だ。

 そして北澤の存在に気が付いた翔ちゃんや、あの腹ペコリリィちゃんですらも箸を置いた。


「え? ああ、ごめん。でもどうしても話しておきたい事があって......。」


「はあ、そうなんですか。でも私には無いですけど?……あの、もういいですか? 食事中なんで。」


「いやっ、あのっ、倉橋さん? ええと、その......。」


 私の拒絶にうろたえる北澤。みっともないったらありゃしない。恥ずかしい奴。


 もういいから、翔ちゃんとリリィちゃんとの楽しい楽しい食事中なんで、邪魔だから焼却炉に飛び込んでくれませんか? 正直、臭いますよ?


「よりちゃん。」


 翔ちゃんの咎める様なたしなめる様な声。ちょっとだけ険しい顔をしている。


「あ......ごめんなさい翔ちゃん。」


 いけない。私が露骨に北澤を追い払おうとしたから、翔ちゃんに叱られちゃった。

 そうだよね。翔ちゃんはこういう相手を思いやらない失礼な態度が嫌いだもんね。ごめんなさい。


 私は眉間に皺が寄るのも構わず、キッと北澤を睨みつけた。

 ひるむ北澤。


 お前のせいで翔ちゃんに叱られちゃったじゃないかっ! 本当愚図なんだからこいつ。


「で? 話って何なんですか? 聞きますけど?」


 翔ちゃんが居る手前怒れないのは辛いけど仕方が無い。

 少し言い方がキツクなってしまったけれど、それは許して欲しい、これが私の精一杯だよ翔ちゃん。


「あの......どうして部活に来ないのかなって思って......昨日も一昨日も来なかっただろ? だから心配になってさ。」


 部活? ああ、球蹴り倶楽部の事か。

 昨日と一昨日? はあ? 昨日と一昨日とか絶対行ける訳無かったよ。だって人生の転換期、一大イベントの連続だったんだよ? 無理に決まってるじゃん。


「はあ、ご心配どうもありがとうございます。でも私は元気です。だから大丈夫です。心配しないで下さい。」


「いや、でもそんな事無いだろ? だって今まで休んだ事無かったのに......。やっぱりあの時の事気にしてる?」


 しつこいな。

 何? あの時の事? 何の事? 何の話?


「何の話ですか?」


「あ......やっぱり怒ってるんだろ? 確かにあれはお互い少し早かったと思うけど、でも俺の本当の気持ちなんだ。だから......。」


「だから何の話なんですか? いい加減にして下さい。」


「何の話って......それ本気じゃないよね? 怒ってるんだろ? それにこんな所じゃ話せないから、悪いけど一緒に来てくれないか?」


 もう、なんなのよこいつ。


「はあ? 嫌ですけど? 何で私が付いていかないといけないんですか? それに本当、何の話ですか? ここじゃ出来ないんですか?」


「だからそれは......。」


「だからそれは?」


「だからこの間の放課後、俺が倉橋さんにした話だよっ!」


 北澤の大きな声でリリィちゃんが「ヒッ」と驚き、翔ちゃんに抱きついた。

 翔ちゃんもビックリして、目を真ん丸くしている。


 可哀そうに、リリィちゃん怖がってるじゃない......。


「大きな声出さないで下さい。」


「ごめん、つい......。」


 全く、これだからゴミはどうしようもない。

 それに何? この間の放課後? 話?


「あ、それってもしかして三日前の事ですか?」


「そう......だよ。」


 ああやっぱり、あの時の話ね。北澤が私の事好きとか何とかの話。そういえばそんな事言ってたかも。どうでも良過ぎて今まで忘れてたわ。


「倉橋さんあの時の事を気にして、だから部活に来ないんじゃ無いかと思って......。それで会いに来たんだ。」


「なるほど。」


「だから率直に聞くけど、倉橋さん、あの時の事気にしてる? もしかして怒ってるんじゃないか? だから部活に来ないんだろ?」


 何こいつ? 自意識過剰とか超ウケル~。

 そんな事気にしてるわけないじゃん。今まで忘れてたよ。


「いや、別に怒ってませんし、気にしてもいませんよ。」


「気にも......そう......か、わかった。」


 私の言葉に、ぐっと何かを堪える様にする北澤。


「けど、ならどうして部活に来ないんだ。皆倉橋さんの事心配してるよ。」


「どうしてって......それは......。」


 みんなとか......ゴミはゴミ同士仲良くやっててよ。ゴミに心配とかされても困るよ実際。


「やっぱり気にしてるんじゃないのか? もし......もしもそうなら謝るよ。正直あの時の俺はどうかしてた。だから部活に出てきてくれ。」


「この通りだ」と頭を下げる北澤に私は困惑してしまった。

 だって後輩である私に、先輩である北澤が頭を下げているのだ。

 これは異様な光景だろう。2組のクラスメイトもざわざわとして落ち着かない感じだし、第一こんな所を翔ちゃんに見られるなんて最悪だ。先輩に頭を下げさせる女が自分の彼女だなんて、いくら大らかな翔ちゃんでも嫌に決まっている。


「せ、先輩! 頭を上げて下さい。私本当に気にしてませんから!」


「じゃあ、倉橋さん、部活に出てきてくれるかい? 皆待ってるよ。」


「それは......出来ません。」


「え?」


「よりちゃん?」


 今まで黙って見守ってくれていた翔ちゃんも声を出した。


「だってそんなの出来ないよ。だってやっと両思いになれたのに、やっと翔ちゃんとラブラブになれたのに......球け......サッカー部になんて行けるわけ無いよ。そんな時間は無いよ。」


 私は正面に居る翔ちゃんの手を握って頬擦りをしながら言った。


 その私の行動に驚いたのか、ビクリと翔ちゃんの手が震えた、でもそんなのお構いなしだ。

 頬から感じる翔ちゃんの手は、私よりも暖かくて大きくて柔らかい、そんな彼の手が彼の心と同じで、優しく思えて愛しい。


「よりちゃん......。」


 翔ちゃんの呆れたような、疲れたような声。


 今朝翔ちゃんがサッカー部に行きなさいって言ってたのは勿論覚えているけれど、でもやっぱり嫌。私は翔ちゃんと一緒に過ごす時間を減らしたく無いんだよ。

 これだけは、これだけは譲れないよ。翔ちゃん、我侭ばかりでごめんね。でも、よりこは今とっても幸せなの、今を大切にしたいの。


「やっぱり......噂は本当だったんだね。」


 無粋な北澤の声。


「噂?」


「倉橋さんに彼氏が出来たって噂だよ。ここ何日か、学校じゃその噂で持ちきりだよ。」


 そんな噂が......。

 それはそうか、そうだよね、噂になるよね。だって「あの」相川翔太に彼女が出来たんだもんね。

 ふふ、ごめんねみんな、私、倉橋よりこは翔ちゃんの彼女になっちゃいましたー。

 やっぱり今朝登校中に聞こえたヒソヒソ話は、私に対する嫉妬だったんだね。いやー悪いねみんな。


「グヘヘェ」


 優越感でついつい顔がにやけてしまう。


「ほりほ......。」


 口一杯に詰め込んだご飯のせいで、上手く喋れないリリィちゃん。そんな彼女はいつの間にか食事を再開していた。

 にやける私の事を頬を膨らませたリスみたいになりながらも呆れ顔で見ている。

 私はこの生ゴミのせいでもう食欲が無い、だから自分のお弁当もそっと勧めておいた。

 無言で受け取り、また口にご飯をパクパク詰め込む。その姿がどうしようもなく可愛らしい。


 その彼女の仕草を見て沸きあがるこの気持ち......。

 あ、これって動物に餌をあげる時と同じだ。



……そういえば昔、小学校に上がったばかりの時に、通学路によく吼える犬がいたっけ。

 最初はすんごく怖かったけど、毎日フリスビーと首輪を持って会いに行っていたら仲良くなれたんだ。やっぱり犬には首輪とフリスビーでしょ、常識的に考えて。

 それで懐いてくれたのが嬉しくて、夕飯で余ったハンバーグとかおやつのチョコレートとかこっそりあげたなぁ......持って行ったら喜んで食べてくれたよ。以前はあんなに怖かったあの犬も、食べてる姿はすんごく可愛くて、やっぱり動物を手懐けるには餌もだよね、餌。


 でも私が餌をあげるようになって暫くしてから、あの犬居なくなっちゃったんだよね。どうかしたのかな? あの犬って、もしかしたらもうおじいちゃん犬だったのかも知れないね。

 だからもしかしたら......きっとそうかも......だとしたら凄く寂しいよ。


「倉橋さん......。」


 折角私がリリィちゃんのその仕草にほんわかしんみりしてるのに、その私の姿を何故か悲しそうな目で見ていた北澤。

 視線に気付いて目を向けると、視線が合う前にさっと目を逸らされた。


 何? うっとおしいんだけど。


 すると北澤はおもむろに視線を翔ちゃんへと移した。


「……じゃあ、君が相川君?」


「……は、はい。そう......です。」


 ていうか翔ちゃんに決まってんだろ、常識だろ、そんな事も知らねぇのかよ? 確認するまでも無いだろ。ほんとガチで無知だなこいつ、マジ救えねぇわ。


 北澤は私を見る時とは違い、じっくりと翔ちゃんの全身をを舐めまわす様に見ている。その視線は少し......とはいえないくらい不躾に感じてしまう。

 その視線に身を硬くする翔ちゃん。


「君、倉橋さんと付き合ってるの?」


 は? 何言ってんのこいつ。だからそうだっていってるでしょ。


「は、はい。」


「そうか......君、あれだろ? アニメのコスプレが好きなんだろ?」


「コスプレですか?……はい、まあ......。」


「やっぱり! あの噂も本当だったのか......。」


 また噂? 何だか噂ばっかりね。

 その噂って、翔ちゃんがコスプレするってやつでしょ? だよね。それも当たり前に噂になるよね。だって翔ちゃんみたいな格好良い男の子がアニメの女の子の格好をするんだもんね。

 そんなの犯罪だよ。翔ちゃん男の子なのに男のになっちゃうよっ!

……いえ待って、翔ちゃんてば、やっぱり男らしいから、男のじゃなくておとこだねっ!


 上手いっ! 山田君、よりちゃんに座布団三枚あげてっ!


 翔ちゃんてば、女の子のハートをキャッチするだけでは飽き足らず、そっち系の男の子のハートまでキャッチしようというの? 翔ちゃん......恐ろしい子......。


「噂?」


 でも当の本人である翔ちゃんは、何の事だかわからないみたい。


「え? ああ、だから君が......。」


「ふごっ! ぐむむ!」


――突然、リリィちゃんが米粒を飛ばしながら大声を上げた。

 その声に驚き、全員が彼女に向く。

 でも未だに口の中が一杯だから上手く喋れて無いし、それどころかご飯を喉に詰まらせて苦しみ出した。


「うむむ! うぐぐぐっ!」


「リリィッ、大丈夫?」


 翔ちゃんは慌てて水筒からお茶を注いでリリィちゃんに渡した。

 リリィちゃんはそれをぐいっとあおって、どうにか人心地付いたみたい。


「ふー、危なかったわ。死ぬかと思った。」


「もう、リリィってば、そんなに沢山ご飯を詰め込むからだよ。」


 そういさめながらも、翔ちゃんは優しくリリィちゃんの背中をさすっている。


「だって美味しかったんだもん。」


 ブスっと呟くリリィちゃん。


「もう。」


 苦笑しながらも、その手を休めない翔ちゃん。


 和気あいあいとしたやりとり。

 正直羨ましい。

 私も翔ちゃんに背中を摩って貰いたくて、喉を詰まらせる為お弁当を食べようとしたけれど、もう既に私のお弁当はリリィちゃんに平らげられていた。

……少し残念。


 それにしてもリリィちゃんたら嬉しい事言ってくれるじゃない。

 これは私も張り切ってお弁当作ってあげないとね。

 約束の事もあるし、ここは一つ、よりちゃん張り切っちゃうぞ~。


「んんっ!」


 大きな咳払いの音。


 また北澤だよっ! こいつ、折角いい感じにほんわかしてるのに、何なの? 死ぬの?


「兎に角っ! 人の趣味をどうこう言うつもりは無かったんだけど......倉橋さん。」


 真剣な顔で私を見る北澤。少し何かに迷っているようにも思える。

 少しの間じっと私を見ていたけれど、ついに意を決したようでようやく口を開いた。


「倉橋さん、君はこんな変態なんかと付き合っちゃ駄目だよ。。」


「は?」




――おい北澤、お前今何て言った?





 球蹴り倶楽部......まあ、蹴球というくらいではありますから、間違いでは無いですが......。


 それからよりこは上手い所か、座布団全部持っていかれた挙句、降板させられて更に芸能界干されるレベルですのでご注意下さい。

 いや、放送事故レベルかもしれません。


それから犬や猫に玉葱やチョコレートをあげてはいけないと一般的に言われておりますので、餌をあげる際にはご注意下さい。中毒症状を起こすそうです。

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