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第25話 綺麗なドロップス

倉橋よりこ その7






 朝は至福の時間だった。これが毎日続けられるのかと思うと、嬉しくてしょうがない。

 寝起きの翔ちゃん。着替える翔ちゃん。洗面所で顔を洗い歯を磨く翔ちゃん。ご飯を食べる翔ちゃん。トイレで用を足す翔ちゃん。それらを眺める事が出来るという喜び。

……流石に着替えやトイレは途中で追い出されちゃったけれども、ドアの向こう側から聞こえてきた衣擦れの音や、その他の音でエキサイト出来たから良しとしよう。


 どれもこれもがプライスレスッ! これ以上の物なんていらないよ。

……今の所は、だけれども。



 それから家を出た後は腕を組んで一緒に登校した。小学生低学年の時は毎日だったけど、それ以来だから本当に久しぶりだ。勿論小学生の時は腕なんか組んでなかったからこれが初めての経験だ。

 周りの登校中の学生達が、そんなラブラブな私達が羨ましいのか、何やらコソコソヒソヒソと話していた。


――みんなごめんねーっ! 幸せ過ぎてごめんねーっ!


 そう声に出してしまいたいくらいの気持ち。

 リア充過ぎてどうにかなっちゃうよ。爆発なんてやっぱりしないけどね。

 それに家を出る前にこっそりブラを外したから、感触もばっちりだ。翔ちゃんも満喫したみたい、だって前屈みになってたからねっ! 隠しても私にはわかってるけどね。


 それはさておき、翔ちゃんのお母さんてば酷いんだよっ!

 翔ちゃんてば、私が毎日お弁当作っていた事知らなかったんだから。毎朝毎朝、私が翔ちゃんの為に一生懸命作っていたお弁当の事知らなかったなんて酷すぎるよ。

 私が「はい、翔ちゃんのお弁当」って渡した時のあの不思議そうな顔。最初は意味がわからなかった。何でそんな不思議そうな顔するの、って思ったよ。

 だから私達、お互い暫くそのまま固まっちゃった。

 そしたら、翔ちゃんのお母さんがそんな私達の疑問を察してくれて説明してくれたの。

 何でも、今までずっと私達が学校で仲良しさんだと思っていたみたいだから、翔ちゃんがいつも食べているのが私のお弁当って、態々言う必要が無いと思っていたみたいなの。

 だからそれで翔ちゃんは今まで私のお弁当と知らずにいたみたい、その話を聞いた翔ちゃんはなんだか一人で「ああ、それであの時、弁当の事言ったら、よりちゃんに謝ってきなさいって言ったのか」とか納得していた。


 それって一昨日おとといの事だよね。翔ちゃんが謝りに来た日の事。

 結局あの日は翔ちゃんとお弁当を食べる事が出来なかったんだよね。


 だから今日こそはお昼を一緒に食べるんだ。



 お昼休みのチャイムが鳴ると同時に私は自分の分のお弁当を持ち教室から出た。

 目指す先は勿論、翔ちゃんが居る2組の教室。

 いつもお昼を一緒に食べていた仲良しの子も、もう私に声を掛けたりしない。だって、私が翔ちゃんとご飯食べるの知ってるから。

 私が何度も「今日は翔ちゃんとお昼食べるのー」って話をしてたから、きっと嫌になっちゃったかも......。でも嬉しくってそんな自分を抑えられないんだよ。ごめんね。


 教室に着いた私は、早速翔ちゃんを見つける。……ついでにリリィちゃんも。

 リリィちゃんて本当可愛いんだぁ。

 じっくり彼女の顔を見たのは実は昨日が初めてなんだけど、昨日は格好良い翔ちゃんと一緒だったからあんまり気になら無かったよ。

 でも今日は、周りに他の女の子やゴミもいるから、その可愛さが一層際立つ。

 リリィちゃんてば本当に人間離れした容姿だ。

 今日、クラスメートにそれと無く聞いた彼女のニックネームも「天使」とか「妖精」だ。


 やっぱり皆そう思うんだ。私もそう思うよ。彼女って可愛過ぎる。そして笑うと更にスッゴク可愛いくなるんだ。そんなのもうチートだよね? 公式チート。翔ちゃんを落とすゲームとかあったら、開始2秒くらいでクリア出来そうだよ。製作会社のHPはクレームで大炎上だよ。

 それに見た目小学4年生とかそこらあたりにしか見えない、だからきっとフリフリフリルが沢山付いたドレスとか着たら似合うんだろうなぁ。

 本当憧れるよ。羨ましいよ。私もそんな服を一杯持ってるけど、どれもこれも全然似合わなかったよ。

 そもそも、中学生くらいから大きくなった背と胸が邪魔でそんなの諦めちゃったよ。……でも未だに買ってるけど......。

――夢を見るくらい良いじゃない! 自分だけで楽しんでるから良いんだよ。


 それにしてもあの二人。

 隣同士の席だから仕方が無いのかもしれないのだけれど、いつも一緒に居る。

 そりゃあ、リリィちゃんだって翔ちゃんの彼女だから、そこは目を瞑るべきなんだろうけど、やっぱりそれでも良い気分では無い。


「よりこ...…また来たの?」


 リリィちゃんの呆れた声や表情に腹が立つ。


 何よ「また」って......私が休み時間の度に来るのがそんなに悪いっての?

 そりゃあいいわよね、リリィちゃんは! 翔ちゃんの隣の席だもんね。ずっと一緒に居れるんだもん。

 だって悔しいけれど、残念な事に私は4組だもんっ! 2組の翔ちゃんとは合同体育だって合わないし。選択科目だって違うの選んじゃって駄目だし、どうしようもないよ。

 だから休み時間くらいは別にいいでしょ!?


「何言ってるのリリィちゃん。私はこれからずっと来るんだから、よろしくね。うふふ。」


 私は出来るだけ笑顔で、リリィちゃんの皮肉というにはあまりにも直接的な悪口に、それとは気付かない風に返す。


「ぐぬぬ......。」


 悔しそうに唇を噛むリリィちゃん。


 馬鹿だなぁ。「こういうの」で私に勝てるわけないじゃん。これでも私は百戦錬磨だよ?

 小学生の低学年の時、いつも翔ちゃんに守られてばかりいた私だったけど、それじゃいけないと思って、高学年になって一念発起してから今まで「戦って」来たんだ。

 どうすればクラスで人気者になれるのか、ゴミ(男子)に近寄られない様に、でも好かれるようにする方法、女の子に好かれる雰囲気の出し方、話し方、人脈の使い方。そんな全てのノウハウがある私に、その「こういうの」つまり、表に出さない水面下での勝負を仕掛けるのは間違ってるよリリィちゃん。


 悔しそうにしていたけれど、諦め顔でお昼ご飯を食べる準備として、翔ちゃんとリリィちゃんで机を横に並べた。隣同士だから机の移動なんて直ぐだ。私が座る椅子だけ、他のクラスメートに断って用意してくれた。


 それは嬉しいんだけど......何で翔ちゃんとリリィちゃんの席が隣なの? いえ、それはいいわ。今までそんな感じで学校生活を送っていたんだもんね。それは別に良いよ。

……でも、近すぎない?


 いや、近すぎる。

 翔ちゃんとリリィちゃんの距離が全く無い。密着状態だ。しかもあの純粋な翔ちゃんが恥ずかしがらないんだ。更にそしてこの状態になるまでの動きが流れるように自然過ぎる。

 という事は、もしかして、まさかとは思うけど、いつもこの翔ちゃんと密着した状態でお昼を食べているというのリリィ・アンダーソンッ!?


「ね、ねぇ? 二人とも......近すぎない? あの......普通はもっと離れるんじゃないの? 男子と女子なんだし。それって何というか......その、あんまり......その......ねえ?」


 焦った私は、あたふたとしながらつい口を出してしまった。

 なんとか笑顔を心がけたが、引きつってしまったのがわかる。

 そしてそんな私の言葉と態度に一番最初に反応したのは翔ちゃん。少しオドオドしている。


「え? ……そんなに変かな?」


「う、うん......。」


 私の肯定の返事に更にオドオドと、焦ったようになった翔ちゃん。


「だって、やっぱり女の子と引っ付くのは良くないよ。ほら、皆見てるし。」


 そう言ってから、私は周りを見渡した。私の視線に釣られた翔ちゃんも周りを見る。

 確かに皆見ている。でもそれって絶対翔ちゃんとリリィちゃんが変なんかじゃなくて、私という異物がこのクラスにいるからだと推測出来るけどね。

 それでも翔ちゃんは勘違いしたみたいで、恥ずかしそうに頭を掻いて「やっぱりそうなんだ」なんて言ってくれた。


 ごめんね翔ちゃん。私っていけない子。

 ついつい二人が羨まし過ぎて、止めさせようと勘違いさせる手妻てづまを使ってしまったよ。いや、手妻って程じゃない簡単な方法やりかたなんだけれど、純粋な翔ちゃんは見事に引っ掛かってくれた。

 本当にごめんね翔ちゃん。こんな事したくは無かったよ。本当だよ。でも、そんな風に私以外の女の子とくっ付くなんて駄目だよ。もうしないから、だからお願い許して......。


「そんな事無いわよ。」


 折角翔ちゃんがリリィちゃんから離れようとしているのに、その翔ちゃんの腕を掴みギュウって音が聞こえそうなくらい 更に体を密着させた。


――って、お前っ! 何してくれてんだこのあま! 翔ちゃんが離れてくれようとしてんのに邪魔してんじゃねぇよっ! ていうかお前くっ付き過ぎだろ常識的に考えて。


「でも、リリィ......。」


「いいのよ翔太。私達今までこれが普通だったでしょ? それを今更変えるなんておかしいよ。」


 やっぱり。今までそうだったのね。悔しい!


「で、でもやっぱりこんなのおかしいよ。向こうでは当たり前かもしれないけど、ここは日本なんだし......。」


 何とか止めさせたい一心で、ありきたりな事をいう私。


「向こう? ああ、アメリカの事? いや、別にそんなんじゃ......。」


 何か言おうとして途中で考え込むように一瞬だけ黙ったリリィちゃん。そして何かを閃いた様に話し始めた。


「あ、そうそうっ! そうなの! アメリカじゃボディタッチは当たり前だからね。ススンデルもんね、アメリカは。だ、だから、ええと、べ、別にあんたの事好きでくっ付いてるわけじゃ無いんだからねっ! か、勘違いしないでよねっ! ……かな?」


 ま、まさかツンデレ......だと?


 あまりの事に、私の口は動かなくなってしまった。唯ポカーンと開いたままでいる。


「あ、リリィそれって。」


「そう、翔太好きでしょ?」


「う、うん。」


 お決まりのツンデレの台詞を言い切った得意げな様子のリリィちゃんに、困ったような感じだけれど、でも優しい顔で微笑みかける翔ちゃん。


「あ、嘘だからねっ! 私は翔太の事好きだからくっ付いてるんだからねっ! 好きじゃない人となんかくっ付いたりしないんだからね! 勘違いしないでよねっ! ……って、これもそうだよね?」


「うーん、それはちょっと違うかな? でもありがとうリリィ。可愛かったよ。」


 まあ、可愛かったけど。


「か、可愛い!? 本当? ……グヘヘェ、嬉しい~翔太ぁ~。いいのよ。翔太の為ならなんでもするからぁ~。」


 グヘヘェって......。


 もうリリィちゃんの顔はグズグズに、にやけてとろけてる。しかもその顔もまた無茶苦茶可愛いとか......チート過ぎるだろリリィちゃん!?


「え? 何でもって......いやいや、駄目だよリリィそんな事言っちゃ。」


 そうだよ。駄目だよ。こんな教室で、皆が聞いているのにそんな事言ったら。


「いいのいいの~。でもその代わりここでキスして。」


 は? お前は何を言って......?


「ここで!?」


「そう、ここでチューして。」


 ええっ!? いやいやいやいやいやいや......。

 なんで!? なんでそうなるの!? いきなり何言ってんだお前!


 何か言ってやりたいけど、今度は驚き過ぎで声が出ない。


「そんな!? リリィ、何でそうなるわけ? こんな所でキスとか出来無いよ。」


 そうだよ。純粋な翔ちゃんがそんなはしたない事出来るわけ無いよ。


「大丈夫っ! 翔太なら出来るよっ!」


 何その無駄な信頼。


「え~! でも皆見てるし......。」


 そうだよ、皆見てるよ、ガン見してるよ。ついでに私もずっと見てるから。


「嫌......なの? 翔太......そんな!」


 急に不安そうな様子になったリリィちゃん。涙目で翔ちゃんを見上げた。


 え、何、なんなの? ああ、リリィちゃん......急にどうしたの? もしかして、何か事情とかあったりするの?


 そう思ってしまうほどリリィちゃんの顔は悲しげに見えた。


「いや、別に嫌ってわけでは無いけど......。」


 そんなリリィちゃんにバツが悪そうに頭を掻く翔ちゃん。


「そう......だよね。嫌に決まってるよね。ごめんね翔太。我侭言ってさ......。」


 リリィちゃんはそう言って泣いているような悲しい笑顔を見せる。いいえ、もうリリィちゃんは泣いているんだよね? 私にはわかるよ......。


「でもね......私、夢だったんだ。翔太と皆が居る前でキスするの......。ふふっ、変......だよね? こんな夢......。」


 そう言って、一粒だけ、たった一粒だけその潤んだ瞳から綺麗な涙を流したリリィちゃん。その美しい雫は頬を伝い教室の床に吸い込まれていった。

 その涙を拭う事もせずに、唯悲しげに、でも優しげに緩やかに笑うリリィちゃんの顔を見ていると、胸が締めつけられる。


 夢......だったの? そっか夢か。そうだよね。皆に祝福されてのキスって憧れるよね。だからあんなに強引に翔ちゃんにキスを強請ねだったんだねリリィちゃん。


 リリィちゃんの痛いほどの気持ちを理解した私、それは周りのクラスメートも同じだったみたいだ。

「おい相川キスしろよ」「キスしてあげてよ!」「そうだよ。アンダーソンさん可哀相だろ?」「え? 何で?」「いや、ここはキスするべきだろ、常識的に考えて」なんて声が聞こえる。


 良いクラスメートだね、翔ちゃん、リリィちゃん!


「リリィ......。」


 クラスメート達のその声に後押しされる形で、翔ちゃんが力強くリリィちゃんの肩を抱いた。


「別に変なんかじゃ無いよ。ごめんね、気付いてあげられなくて......。いいよ、ここでキスしよう。リリィ!」


 両手を翔ちゃんの胸に置き、上を向いて目を瞑るリリィちゃん。涙に濡れた顔が紅潮している。


 綺麗だよ、綺麗だよリリィちゃん。


 巻き起こるキスコール。「キース、キース」だって。私も恥ずかしいけど言っちゃおうかな?

 そして翔ちゃんの唇がゆっくりと降りていく、そして二人の唇が重なろうとしている。愛する二人の誓いのキスだ。そうまるで結婚式のような......。

 そうまるで......って! あっ!


「うおおおおおおぉいいいいぃ!!!!」


 大声を張り上げ身を乗り出し、間一髪。リリィちゃんを翔ちゃんから離す事に成功した。


 危ないっ! 危なかったよっ!


「チッ!」


「舌打ち!? という事は、あれって嘘なの!? 何て子なの!?」


 リリィちゃんの涙なんかとっくに止まってる。というか、あの一瞬で目薬も無しに嘘泣きとか凄過ぎるだろ!? 演技派、演技派ね? 私も自分の事、中々のものだと思っていたけれど、上には上が居たようね......。あのツンデレ台詞突然思い出して、翔ちゃんの為に言ってみました~みたいな感じの一幕も演技だったのかも。あれを狙ってやってたとか......半端じゃ無いわねっ! リリィ・アンダーソン!


 まあいいわ。それはさておいて。


「何よ? もう少しだったってのに......邪魔しないでよね!」


「こ、この子は......!」


 盗人猛々(ぬすっとたけだけ)しいとはこの事ねっ! 全くこの子は......。


「何よ?」


「何よじゃ無いでしょ。そんなの駄目でしょ。」


「何が駄目なのよ?」


 本当、この子ったら......そんなの決まってるでしょ。





「リリィちゃんの後は私だからねっ!」


――これを言っておかないとうやむやにされちゃって、翔ちゃん、キスしてくれないかもなんだからっ!





 その後私達は、クラスメートに祝福されながら翔ちゃんにキスしてもらっちゃた。



……でも何でか私以外の全員が、何ともいえない微妙な顔してたけど。

 それに言いだしっぺのリリィちゃんですら呆れ顔だったのがよくわからなかったよ。

 キスコールも無かったし。

 私何か変な事言ったかな?





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