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第24話 堕落の聖女と甘美なる口づけ

倉橋よりこ その6



 私は翔ちゃんを神聖視している。


 清らかで何者にも侵す事の出来ないその高潔さ。翔ちゃん以外の誰にも見出す事は出来ない。

 私は宗教なんて信じてないけれど、仮に翔ちゃんをまつる宗教っていうのがあれば、きっと私はその宗教の教祖様だ。

 それは私がイジメられている時、唯一優しくしてくれた男の子だからっていうのもあるけれどそれだけじゃない。

 当たり前だよね。そんな事だけでずっと想い続けるなんて事出来ないよ。

 翔ちゃんは優しいから、ずっと昔から変わらず優しいから、そんな所が好きなんだ。

 そういえばこの優しいって言葉、よく聞くよね。私も翔ちゃんの好きな所を最初に挙げるとしたらその優しいって言葉を良く使うよ。

 だけどこの優しいって結構チープな言葉だよね。そうは思わない?

 優しいって世の中にありふれた、溢れている言葉。人を褒める時とか、思いつく言葉が無かったら取り合えず優しいとか言ってお茶を濁したりした事無い?

 言われた方も何だか微妙な顔して、あんまり嬉しく無さそうだし、私はそんな事言われた事無いけれど、きっと私も言われても嬉しくない。だって何なの優しいって......意味わからないし、それ以外褒める所無いのかって思っちゃう。

 だから安直に優しいって言葉を使うのは良くないってわかってる。


 でも翔ちゃんは優しい。

 勿論格好良いとか、いい匂いがするとか、体が大きいとか色々良い所はあるけれど、翔ちゃんの一番を挙げたらやっぱりこの言葉に落ち着く。

 安い、ありふれた言葉だけれど、翔ちゃんを表現するには必要不可欠な言葉だし、翔ちゃんに関わる事ならこんなやさしいって言葉だけでも、たった一つだけの貴重な言葉に思えてしまうんだ。


 結局、私が翔ちゃんの事好きだから、何でもいい様に聞こえちゃうって事だね。



 しかし、いざディープキスをしようとしてもやり方がわからない。

 いつものキスみたく唇を重ね合わせたけれど、この次はどうすればいいの?

 舌を口の中に入れてどうにかするんだよね? それはわかってるんだけど......。


 私は舌を翔ちゃんの口の中に強引に突き入れようとした。

 でも中途半端に歯と歯の隙間は開いてはいるけれど、中々舌が入っていかない。

 だから舌で無理矢理隙間をこじ開けるようにする。

 暫くグリグリしてたらようやく侵入に成功した私の舌。


 えっと、それから次はどうするの?

 まあ、やり方はわからないけれど、とにかく翔ちゃんの口の中を味わっていればいいや。


 私の舌が彼の口内をメチャメチャに暴れ回る。彼の舌を私の舌で撫で上げ歯の裏側を楽しむ。鼻息もフーッフーッと荒くなる。


 ああ......翔ちゃんの口の中......甘い、甘いよぉ。

 

 眠っている翔ちゃんの内側を、勝手気ままに蹂躙していると思うと暗い喜びが湧きあがる。いけない事だとわかっているのにそんな悦楽を感じてしまい、抑えられない私。


 ん? 待てよ? もしかしてこれって睡姦ってやつなんじゃ......。


 そうなんだ...... 私は今、人として外れた行為をしているんだ。そして神聖で清らかな彼の尊厳をけがす薄汚れた行為をしているんだ。私って何ていけない女の子なんだ......。


 ああ、そんなのって、そんなのって......ごめん、ごめんね翔ちゃん......。

 お仕置きを、こんないけない私にお仕置きをして......。

 

 そして翔ちゃんにお仕置きをされる所を想像したら、私の下腹部は今までに無いくらい......。


「む~。」


「いっ!」


 苦しそうな声をだして軽く私の舌を噛んだ翔ちゃん。

 私は驚いてしまい心ならずも口を離してしまった。


……けどこれってきっと天罰だ。きっと翔ちゃんはいけない私に、これ以上道を踏み外さないようにしてくれたんだ。


――ありがとうっ! 翔ちゃんっ!


「うーん。」


 どうやら彼が起きそうだ。

 私はさっきまでのはしたない想像を頭から追い出し、もやもやした気持ちから清らかな気持ちに切り替える。

 そして何とかそれに成功したと思った所で、翔ちゃんのまぶたがパチッと開いた。


 まだお顔ペロペロとかしてないけれど、仕方が無いよね。それは明日にすればいいんだもんね。


「え? よりちゃん?」


 目を覚まし眠たそうな目を擦りながら、少しだけ驚いた様子の翔ちゃん。


「おはよう、翔ちゃん。」


 可愛い彼の寝起きの顔に、思わず笑みが零れる。


「よりちゃん、どうしてここに!?」


「どうしてって......よりちゃん翔ちゃんの彼女だもん。彼氏の部屋に居たらいけないの?」


「え......そんな事は無いけど。」


「じゃあいいよね?」


「う、うん......。」


 何だか釈然としないって顔の翔ちゃん。


 駄目なのかな? でも了解を得たから居ても大丈夫だよね。

 それに......よーし。これで毎日翔ちゃんの部屋に来てもいいようになったぞ~!

 いくら彼女だからって、本人の了解無しに部屋に入っちゃまずいもんね。常識だよね?


「ありがとうっ! 翔ちゃんっ!」


「え? うん......。」


 まだ疑問が取れないって顔しながらボーッと私の事見てた翔ちゃんだったけど、ハッと何かに気が付いたようで慌てた様子でベッドの上を見回した。


「翔ちゃんどうしたの?」


「いやっ、何でも無いんだけど......よりちゃん、ベッドの上に何か置いて無かった?」


「ベッドの上?」


「うん......えっと、本なんだけど......って、いや、何でも無いよっ!」


 本? あ、それって。


「本ならそこにあるよっ♪ 偉い? ちゃんとお片づけしたんだよ。」


 勉強机を指差す私。その指の先を勢い良く見る翔ちゃん。

 勉強机に積み上げられている本を見た翔ちゃんは「ヒュワッ」って息を吸い込んだ。


 ヒュワ?


「よ、よりちゃん!? その本......何の本だかわかってるの?」


 何の本? 小さな女の子が、おじさんやお兄さんに色々される漫画本でしょ?

……でもそんなのわかりきってるよね。そんなわかりきった事、頭の良い翔ちゃんがわざわざ言うわけ無いもんね。

 じゃあ、何の本なんだろう?

……やっぱり私って馬鹿だから全然わかんないよ。そんなに貴重な本だったの? もしかして私......翔ちゃんの事怒らせちゃった?


「ご、ごめんなさい......何の本だかわからないよ......だから怒らないで......。」


「いや、怒らないよ......だけど本当にわからないの?」


「怒らない? 本当に?」


「うん。本当に。」


「良かった......。でも本当にわからないの......馬鹿な女の子でごめんなさい......。」


 ごめんなさい翔ちゃん。

 馬鹿な彼女でごめんなさい。

 私、その本がどんな価値がある本だかさっぱりわからないの......。


 私の言葉を聞いて、何故かホッとした様子の翔ちゃん。


「そうなんだ......ならいいよ......。それによりちゃんは馬鹿なんかじゃないよ。頭良いよ。勉強だって良く出来るし......。」


「翔ちゃん......!」


 嬉しいっ! こんな駄目な女の子でもそんな風に言ってくれるなんて......どうすればいいの? 私をこんなに嬉しい気持ちにさせて、どうしたらいいの? どうする気なの? どうしたらこの気持ちを返せるの?


 この嬉しい気持ちを言葉で伝えられないから、翔ちゃんに思い切り抱きつく。


「よ、よりちゃん?」


「嬉しいっ。翔ちゃん、私嬉しいよ。」


 グリグリと頭を彼の胸元に擦り付ける。

 すると彼の胸元からいい匂いがする。


 ああ、いい匂いだなあ。そしてそうすると私の中に入ってくる「何か」がわかる。

 これって、もしかして「翔ちゃん分」ってやつじゃない? ネット小説とかに良くある表現だよね?


 実在していたんだ......そんな成分の存在なんて信じていなかったよ。

 小説なんかで出てくる度に「何よそれ? 馬鹿じゃないの?」って思ってたけど、馬鹿は私だった。世の中にはまだまだ私の知らない事が一杯隠されているんだね。

 新たな私の生活、気付いていく世の中のことわり

 それらは全て翔ちゃんが与えてくれる物。

 今も昔も、私は唯翔ちゃんに導かれるだけの存在。

 私の恋人、私の神様。

 そうだ、彼無しの人生なんて考えられないんだ。何があっても離れる事なんて出来ない。


 私は鼻で深呼吸をする。すると胸一杯に入ってくる翔ちゃんの匂いと翔ちゃん分。

 そしてその翔ちゃん分によって元気になっていく自分がわかる。

 昨日、リリィちゃんがやっちゃったから、いつもの翔ちゃんの匂いが染み付いたパジャマじゃないのは残念だけれど......。


 吸引する事によって情欲を高めるソレの香り。そして、補給する事によって私を元気にする翔ちゃん分。

 いんようを司る事が出来る翔ちゃん。また神性が上がったね。その内空も飛べるんじゃないかって思ってしまう。凄いよ翔ちゃんっ!


「よ、よりちゃん。そろそろ離れようか。も、もういい時間だしね? 学校に遅れちゃうよ?」


 翔ちゃんは私の肩を優しく掴んで離し、ベッドにある目覚まし時計を指差す。


「遅れる? まだ6時半だよ?」


 そうだ。早すぎるよ。まだラブラブしていたいよ。


「いや、僕にとって6時半は早いんだけど、でもよりちゃん朝練に遅れるんじゃ無い?」


「朝錬?」


「え? 無いの? 朝錬。」


「何の朝錬?」


 翔ちゃん部? 私が学校とは関係無く作ろうとしている一人きりの部活動の事? ……でもそれはまだ作ってないし。じゃあ一体何の部活の朝練習なの?


「ええ!? いやいやっ、サッカー部だよっ。サッカー部の朝錬。よりちゃんマネージャーでしょ? 参加しなくていいの?」


……サッカー?

 ああ、そういえばそうだったかも。そういえばやってるのかな朝錬。私知らないけど。参加した事無いし。興味無いし。どうでもいいし。何だっていいじゃない。あいつらはあいつらで宜しくやってるよ、きっと。ていうか朝っぱらからあんな汗臭いのとかマジ勘弁。ウザいし暑苦しいし、球蹴りとか眺めてても面白くないし、実際時間の無駄だし。


「参加はしなくていいよ。私は翔ちゃんの彼女だもん。だからそんなの関係無いよ。それにしても、やっぱり翔ちゃんは優しいねっ♪ あんなゴミの集まりの事気に掛けるなんて。だから私は翔ちゃんの事が......」


「よりちゃん。また『ゴミ』って言ってるよ。駄目だよそんな事言っちゃ。それにマネージャーなんだから参加しないといけないじゃないの? それこそ彼氏彼女とか関係無いんじゃないの? 駄目だよ、面倒くさいからってそんな理由。」


「え~!」


「えーじゃないでしょ。行かないといけないよ。」


「やだ~。」


「やだじゃない。」


「でもそれは嫌。朝錬なんかに出たら翔ちゃんと一緒に登校出来なくなっちゃうよっ!」


「え~! でもそんなの駄目だよ。サッカー部の皆に迷惑かかっちゃうよ。」


「じゃあもう辞めるっ! サッカー部なんて辞めるっ!」


 なら辞めてやる。サッカー部なんて辞めてやる。

 そして翔ちゃんとラブラブの登校するんだっ!


「ええ~っ!!」


「だからいいでしょ~? 一緒に学校行こうよ~翔ちゃ~ん。」


 私は甘えるように擦り寄って翔ちゃんの腕に抱きつき、上目遣いで見つめる。


 私がいつもしているお願いの仕方プラスアルファだ。プラスアルファは腕に抱きつく事を表す。流石に翔ちゃん以外に抱きついたりはしない。

 大体のゴミは、私が上目遣いで胸を寄せたらOKだ。一ころだ。本当浅はかねゴミって......。あ、男か。口に出す時は男って言わないと翔ちゃんに嫌われちゃうから気を付けないとね。


 そんな私のお願いにうろたえる翔ちゃん。


 頬を赤くしてる。翔ちゃん可愛い。

 そうなんだ、翔ちゃんにも効果あるんだ「これ」今までゴミを相手にしていた経験が生きたな。

 翔ちゃんとゴミは全然違うから、正直不安だったけど良かったよ。

 やっぱりゴミにもそれなりの価値があるって事だね。

 また教えてくれたね。ありがとう翔ちゃん。だからもっと感触を楽しんでね。私の全ては翔ちゃんの物なんだから気兼ねしないで良いよ。


「ねえ~、辞めるんだからいいでしょ~?」


 上着は脱いであるので、グリグリとカッターシャツ越しに感触を味わって貰う。


「で、でも、やっぱり辞めるなんて駄目だよ。」


 だけど、翔ちゃん相手には大した効果は無かったか......。

 やっぱりいくらプラスアルファがあったとしても、ゴミ相手のと同じ事しても駄目だって事だね。

 或いはブラを着けて来なければ良かったのか......? そうすれば、もっと感触を楽しんで貰えたかも知れない。そうしたらもしかすればいけたのかもしれない。だけど今はそうする訳にもいかないし仕方が無い。


……だから、今回の所は。


「そう? じゃあ辞めない。」


「ほんと?」


「うんっ。翔ちゃんのお願いだもんね。辞めないよサッカー部。」


「そう。ならよかっ......ん? いやいやっ、違うからっ、そうじゃなくて朝錬行かないと。」


「じゃあ辞めるっ!」


「え~、だからそれは駄目だって......はぁ。もうわかったよ。この話はまた今度ね。」


「うん!」


 力なくうなだれる翔ちゃん。取り敢えずは諦めてくれたようだ。


 我侭言ってごめんね翔ちゃん。私の事思って言ってくれてるってわかってるけど、だけどこればっかりは譲れないよ。私は翔ちゃんとラブラブ登校したいんだよ。長年の夢だったんだよ。


「じゃあ着替えるから下で待ってて。」


 そう言ってベッドに座りながら、パジャマのボタンを外していく翔ちゃん。



……それにしてもサッカー部か。

 翔ちゃんと私の時間を奪う悪い物だね。

 翔ちゃんの自慢の彼女として部活くらいは、とか思って入ったクラブだったけど、まさかこんなに煩わしい存在になるとはね。


 60ヵ年計画の大幅な上方修正があったので、サッカー部は辞めても良いかもしれない。

 それにそういった彼の為のステータスも確かに必要だが、計画の大きな障害であるリリィちゃんの存在もある。


――そうだ。リリィちゃんだ。

 彼女の存在は私の計画を全て無に還してしまう恐れのあるものだ。

 やはりここは形振なりふり構っていられないかもしれないな。



 決意も新たにした私は、翔ちゃんの着替える様子を、ピンクの座布団に正座して唯じっと見つめ続けるのであった。







 用語解説



 60ヵ年計画の大幅な上方修正


 予定より1年以上早く付き合えた事。

 予定では高校を卒業時に告白、そして付き合いながら一緒のキャンパスライフを送るという計画だった。

 その計画に大幅な上方修正が加わったので、以後の筋書きを大きく書き換える必要性に迫られる事になるよりこであった。


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