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第22話 我慢の子

相川翔太 その10




 誤魔化すつもりは無かったんだけど、遠回りになってしまった。



「……うん。それはね。僕が二人と付き合えない理由っていうのはね。」



 覚悟を決める僕。



「僕は二人とも好きなんだ。」


「……二人とも?」


 リリィの声だ。少し怒ってる感じがする。


「うんそう。二人とも。」


 そんなリリィの怒る気持ちが伝わってくる。

 それでも僕は出来るだけあっけらかんと言ったつもりだ。


「…………。」


 その僕の言葉を聞いて二人とも黙ってしまった。

 きっと呆れて物も言えないんだろう。


――当たり前だ。

 どこの世界に女の子二人を前に両方好きだなんて言える男がいるだろう。

 いや、もしかしたらいるのかもしれないけど、それって凄いプレイボーイな人だと思う。僕には一生関わりの無い、ホストの人とか?


「ねぇ翔ちゃん......。」


 瞳を閉じて静かに、呟くようによりちゃんが口を開いた。


「それって、つまり、私の事嫌いじゃ無いって事だよね? 好きだって事だよね? なのにどうして付き合えないの?」


「え? ああ、どうしてどちらかを選べないのかって事?」


「え? うん......そう......かな?」


 うん? なんで疑問系?


「そうよっ! どっちか選びなさいよっ、というか私と結婚するんでしょ!? 約束したじゃないっ!」


 いや......結婚は......。ところで約束......? したっけ? でも。


「選べないよリリィ。僕には無理だよ。」


「何でよっ!」


「もし、僕がどちらかと、そうだ、仮にリリィと付き合ったとして、付き合ってるのに、付き合いながら僕がよりちゃんの事想ってるとして、リリィはどう思う?」


「それは嫌っ!」


 そうだよね。


「だよね。嫌だよね。でも僕にはどうしようも無い事なんだ。……だって二人を好きな事をめるなんて出来ないよ。」


 そうなんだ。

 これが僕の二人と付き合えない理由。

 もし仮に僕がどちらかと付き合ったとしても、二人の内どちらかを何とも思わなくなるなんてありえない。


 唯一僕が気さくに話せる女の子、可愛い親友のリリィ。彼女と付き合えたらどんなに良いかって思うよ。


 幼馴染で完璧に見えるけどどこか抜けてる、少し頼りないよりちゃん。初恋の女の子。今まで嫌われてたって思ってたけど、でも、そうじゃないんだってわかった。


 僕は今、もしかしたら「モテ期」って奴かも。話には聞いていたけど、まさか僕にモテ期が到来するなんて思いもよらなかった。自分には関係無い話だと思っていたよ。しかもこんな素敵な女の子が二人。僕って本当に幸せ者だと思う。

 だからこそ二人には誠実に向き合わなくちゃいけないと思うんだ。例えそれが自己満足であったとしても、それだけは僕の譲れない気持ちだ。


「ねえ、翔ちゃん。」


 また静かに呟く様に語りかけてくるよりちゃん。今度は僕の目をじっと見ている。


「つまり、翔ちゃんは私と付き合っても良いと思ってるんだよね?」


「うん......でも、僕は二人のどちらかを選ぶなんて事は出来ないから......。」


「ねえ、翔ちゃん。私はね。別にいいよ。」


 いい? 何が?


「リリィちゃん可愛いもんね。わかるよ。だから『いい』よ。」


 いい? 何が?

 あ、それってもしかして......。

 僕の事諦めるって事?


「でも、僕はよりちゃんの事も好きなんだ。……この気持ちばっかりは変えられ無いよ。……こんな事、僕なんかが言う資格なんて無いってわかってるけど、だから例えリリィと付き合ってもリリィに悪いし......。」


「そうなの? でも別に私は良いよ?」


 よりちゃん怒っちゃったのかな?

 そんな風にいうなんて......だけど、彼女の言いたい事はわかる。「別に私はいいよ」って事は、私はもう関係無い、もう知らないよって意味だろう。

 うちの母さんも、父さんと喧嘩して怒るとあんな感じになって、機嫌が直るまでずっとそのままになってしまう。

 でも、当然だよね。それだけの事だもんね。


「うん。わかったごめんね。でも許してとは言わないけどね。だってそんな問題じゃ無いもんね。」


「許す?……ごめんなさい。ちょっと意味がわからないけど......。」


……ああ、凄く怒ってるよ。

 あっけらかんとした風に言ってるけど、きっとあれは怒りを通り越して呆れてるんだ。だから、もう許す許さないとかじゃなくて、そもそも関係ない人に何でそんな事言われるのか意味がわからないって意味なんだと思う。


 僕はそんなよりちゃんの態度に強い衝撃を受けた。そしてうなだれる僕。


……そりゃあわかってはいたけれど......でもごめんね、よりちゃん。



「わかったわ......倉橋。」


――すると僕達二人のやり取りを黙って見ていたリリィが、突然そう言い放ち席を立ち上がり、ゆっくりと歩いて僕の席の隣の椅子に腰を下ろした。


 そして正面のよりちゃんをキッとした目で睨む様に見つめる。

 そんなリリィに真剣な顔で一度だけ「わかった」と言わんばかりに大きく頷くよりちゃん。

 リリィはそのよりちゃんの了承を確認してから僕を見つめた。


 突然何だろう? もしかしたら、こんな身の程知らずの優柔不断な僕にビンタでもするのかな? だとしても甘んじて受けないといけないな。だってこれは当然の報いだ。


 なんて思って覚悟して待ち構えていたけど、いつまでたっても、彼女の小さな平手は飛んで来なかった。それどころか、リリィはそんな素振りを見せず、ただ黙っている。なんだか何かを言いたそうに、でも言いづらそうにしている。

 暫くそうして、僕の事をじっと見つめていたリリィだったけど、意を決したのかようやく口を開いた。


「嫌だけど......本当、嫌だけど......でも、翔太と付き合えないのはもっと嫌っ! 私......我慢するから......それでいつか翔太は私だけど見てくれるようになってくれるように......頑張るから......だから今はそれでいいよ。」


 そう言って僕の腕をギュッと抱きしめるリリィ。


――え? リリィッ!?

 それってつまり。


「駄目だよリリィッ! 自分をそんな安売りするみたいな事言っちゃ!」


 どの口が言ってるんだって思うけど、これだけは言わないといけない。


「リリィみたいな、す、素敵な子がそんな事言ったらいけないよ。それに......きっとリリィにはもっといい人が現れると思うし......。」


 何だかドラマの台詞みたいだ。空々しく聞こえてしまったかもしれない。

 それならそれで良い。それでキモいなんて思われても良い。

 だから兎に角そんな事は言わないで欲しい。

……そりゃ、勿論嬉しい。女の子にそんな事言われて嬉しく無い男なんて居ないと思う。

 だけど、リリィの事大事に思っているからこそ、こんなのは絶対にいけない。


 でも、そんな僕の言葉はリリィには必要なかったみたいだ。


「良い人なんて居ないよ! 翔太以上の人なんて居ないよっ! 私にとってはそんな人居ないよ! だから我慢するって言ってるでしょ! いい加減分かれよこの馬鹿っ!」


 更に強く僕の腕を抱きしめて顔を埋め、くぐもった声で言う。


「だから彼女にしなさいよ。……私を翔太の彼女にしなさいよぉ......。」


「リリィ......。」


 彼女が抱きしめる腕がほんのりと濡れていくのがわかる。


 今日で何度目かわからない程彼女を泣かせてしまった僕が居る。

 それに僕はここまで彼女に言わせてしまった。こんなにも心を裸にして、飾らない言葉と態度で僕に向き合ってくれる彼女。

 そんなリリィの気持ちに答えなければいけない。


――なら、ここまで来たなら覚悟を決めるしかない!


「わかったよ。リリィ。……こんな、こんな僕で良かったら、こんなどうしようもない僕で良かったら......。」


 そう言ってから、僕は一旦グッと口を引き結び、これから言う言葉に向き合う。

 そして、僕の腕にしがみついているリリィの、その小さな顔を手でそっと持ち上げ目を合わし見つめる。

 僕の表情の意味を理解してハッとするリリィ。


「僕と付き合って下さい。」


 リリィの細い顎を持ち上げて唇を落とす。

 涙に濡れた瞳をそっとつむり、それを受け入れるリリィ。


――今は......まだよりちゃんの事を忘れるなんて出来ないけれど、それでもいつかは君だけを、君だけを見つめる事が出来るようになるって誓うよ。


――愛してるよリリィ


 僕はリリィみたいなキスは出来ないから、軽いキスをした。

 唇と唇を合わせるだけの口付け。

 でも、リリィは喜んでくれているみたいだ。

 僕の腕を抱きしめるリリィの体が歓喜に震えている。


 なんだろう......凄く、凄く嬉しい。

 好きな女の子と想いが通じ合うのが、こんなに素敵な事だったなんて、今まで知らなかった。

 僕の、僕なんかのキスで喜んでくれるリリィをこんなに愛おしく感じてしまうなんて......。

 そんな健気で愛らしいリリィを抱きしめたい。

 彼女の細く小さで華奢な体を抱きつぶしてしまいたい。

 つい、そんな衝動に駆られそうになってしまう。


 唇を離した僕達。

 彼女の濡れた瞳は、嬉し涙に変わっているだろう。だって僕にはわかるんだ。

 ゆっくりと開いた瞳から零れる涙は透明で宝石みたいで、その口元は薄っすらと、でも幸せそうに笑っている。


「翔太......。」


 それ以上言葉にする事が出来ない彼女。

 僕だってこの気持ちを言葉にする事なんて出来やしない。

 だけどお互いの気持ちはきっと通じ合っている。見つめ合うだけでわかる事があるんだって、今初めて知ったよ。



「よかったねっ! リリィちゃんっ!」


 突然掛けられた、見詰め合う僕達を祝福するよりちゃんの声。


――そうだった!

 ここにはよりちゃんだっていたのに......。

 忘れていたわけではないけれど、でもやっぱり忘れていたかのように振舞ってしまっていた。


「翔ちゃんもよかったね。」


 言いながら聖母の様な慈愛の笑みを浮かべて、リリィとは反対側の、僕の隣の椅子に座るよりちゃん。

 優しく包み込み、全てを許してくれるような微笑だ。


「うぅ~。」


 リリィは、よりちゃんが僕の席の隣に座るとそううめき、また僕の腕にしがみ付いて顔を埋めて隠した。

 体全体で震えているのが腕から伝わってくる。

 恥ずかしがり屋な彼女の事だ。きっと恥ずかしさに耐え切れずにそうしてしまったのだろう。


 そんなリリィの様子を微笑ましく見守るよりちゃん。相変わらず優しい笑顔だ。


――でも、僕はよりちゃんに.嫌われていたのにどうして?


「よりちゃん。僕の事怒っているんじゃないの?」


 そうだ。さっきまで優柔不断で最低な僕は、彼女に徹底的に嫌われていたはずなんだ。

 それなのに、どうしてこんなに優しく微笑んでいられるの?


「怒る? どうして? そんなのありえないよ。私が翔ちゃんの事怒るだとか......そんなの無いよ、絶対に。」


「そうなの?」


「そうだよ。」


「どうして?」


「どうしてって......それは、翔ちゃんだから。としか言えないよ。」


「そうなの?」


「そうなんだよ。」


「どうして?」


「どうしてって......だからそれは翔ちゃんだし......。」


「そうなの?」


「うん。」


「どうして?」


「どうしてって......もう! からかってるの? 何度も同じ事言って。」


「あはは、ごめんごめん。そんなつもりじゃ無かったんだ。」


 頬を膨らませる彼女に、謝る僕。二人の間に自然と笑みが零れる。

 そしてこんなやり取りだけで彼女の気持ちがわかってしまう。


 そうだったんだ。よりちゃん怒っていないんだって。


 幼馴染なんだからっていうのもあるかもしれない、だから祝ってくれるのかも、それでもこんな酷い奴の事を純粋に祝ってくれるなんて。

 

……そうだった。よりちゃんって「女神」なんてあだ名されるくらいだもんね。それが「聖母」みたいな振る舞いをしてもおかしくないかな?

……何て馬鹿な事を考えてしまう。


 優しくて美しいよりちゃん。小さな頃から、自分でも気付かずに密かに恋焦がれていたよ。


 そんな君を忘れるなんて今の僕には想像も付かない事だけど、でも大人になるにつれて少しずつでもそういう風になれるかもしれない。きっと幼馴染として、友達として付き合える様になる。そんな未来を信じてしまう。

 ありがとうよりちゃん。大好きな人。こんな素敵な人が幼馴染だなんて、僕は何て幸運な男なんだろう。

 だからきっとリリィとしっかり付き合っていけるよ。

 いつかはきっとリリィだけを見つめていけるようになりたい。

 こんな本当に駄目な男だけど、でもこれからもよろしくね。


――リリィ。



「うぅ~。ううううぅ~。」


 僕がそんな喜びに満ちた未来を夢想していると 

 何故だか突然リリィは本格的に泣き出してしまった。


「リリィ、どうしたの?」


 一体どうしたんだリリィ?


 僕は抱き付かれていない方の手で彼女を揺するけど、頭をグリグリと僕の腕に擦りつけ何も答えない。


 本当、一体どうしてしまったんだ。


 急な事で途方に暮れる僕。

 リリィを揺する僕の手を、よりちゃんは両手を伸ばして優しくそっと包み、自分の胸元まで持っていった。


「翔ちゃん......。」


「よりちゃん。リリィが......。リリィ、一体どうしたの?」


 尚も嗚咽を漏らしながら頭を振るリリィ。


「翔ちゃん仕方ないよ。だってリリィちゃんは本当に翔ちゃんの事好きなんだもん。」


 そうなんだ......。嬉しいよ、凄く嬉しい。

……でもやっぱり、どうしてリリィがこうなったのかわからない。


「じょうだぁ、わだじがまんずるがら! がまんずるがらぁ!」


……そうだったのかリリィ。なんていじらしい子なんだ。こんな僕でごめんよリリィ......。いつかきっと君だけを見る事が出来る様に頑張るよ。


「リリィちゃんありがとう。」


 よりちゃん......。

 僕の代わりにお礼まで言ってくれるなんて......何ていい子なんだ。


 リリィはよりちゃんのその言葉を聞くと、更に僕の腕を抱きしめる力を強くした。

 そんなリリィと僕を優しく優しく見守るよりちゃん。



 もう朝というには遅い時間だ、本当朝から色々とあって大変だった。

 でも大変だったけど、そのお陰で今の僕達がいる。


 こんな僕でも良いって言ってくれるリリィとの関係はこれからどうなっていくのかわからないけど、それでも輝かしい未来が待っている。


――そう思えるんだ。















「じゃあ、今度は私の番だね。」


 暫くそのままでいた僕達だけど、おもむろによりちゃんが口を開いた。


 よりちゃんの番? 一体何の番だろう?


「はいっ! 翔ちゃんっ!」


 両手を広げるよりちゃん。


 うん? 僕に何か?


「あ、私もリリィちゃんみたいにして。」


 リリィみたいに?

 何を?


 すると腕に張り付いているリリィが一層大きく泣き出した。

 くぐもった鼻声で叫ぶように言う。


「じょうだぁ、あだじがまんずるがらぁ。」


 いやいや、それはさっき聞いたし。


「翔ちゃん? 何でしてくれないの?」


 涙目ですねるようにいうよりちゃん。


 え? もしかして......?


――何だか凄く嫌な予感がしてきた......。


「するって......何を......?」


 そんなはずは無いと思ってはいても、緊張で喉が渇いて張り付く。


――いや、まさかそんな事は無いだろう?


「翔ちゃんっ! やっぱりよりちゃんの事嫌いなの!? ……そんなのキスに決まってるよっ! ……それに、リリィちゃんに言ったみたいにしてっ!」


 顔を真っ赤にするよりちゃん。

 物凄く恥ずかしがっているみたいだ。


 ちらりとリリィを見やると、顔を埋めたまま。


「がばんずるがらぁ......」


 と言って、強く強く僕の腕を抱きしめるリリィ。



……一体どうしてこんな事になってしまったのか


……僕らのやり取りをずっと黙って見つめている母さんは呆れ顔だ。



――そして、何を「する」のかを理解してしまった......いや、させられてしまった僕は呆然としながらも、健気にもそのままの体勢で待っているよりちゃんのその要求に答えるのであった――





 これで1部? 1章? は完結です。

 元々ここら辺で止めるつもりでしたので、ここまでで読むのを止めるのもいいかもしれません。文字数も9万文字オーバーで良い感じ、大体小説1冊分くらいですね。

 ですが、残念ながらまだ続きます。

 ここまでは馴れ初め編とでもしまして、次からはベタ惚れ編とでもしましょうか。


 お暇な方だけ見て頂く様、お願いいたします。


 次は多分週末……かな?

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