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第20話 咲いた二つの花

相川翔太 その8





「ああああああぁ......。」


 世にも悲しい悲鳴の様な声を聞いた。

 その声を発したのは、這いずる様にして扉からゆっくり入って来たよりちゃんだ。

 正に満身創痍といった体で、こちらに向ける悲しげな顔はすでに涙で泣き濡れており、制服の胸元は「名状しがたい何か」でぐっしょりと濡れている。

 そして鼻からはうどんがプラプラと揺れていた......。


 ああ......よりちゃん。

 うどんが好きなのは昔から変わっていないね、それで昔からうどんだけは食べるのが早かったのを覚えているよ。でもだから、ちゃんと良く噛まないからそうなるんだよ。


 そんなよりちゃんのあまりにあまりな姿を見て、駄目になり掛けていた僕の理性のタガが元に戻っていく......。

 危ない所だった......。


……それにしてもなんだろうこの気持ち......悪戯を見つかってしまった時のようなこの気持ち......一体なんだろう?


「チッ! あんたの存在を忘れていたわ、倉橋よりこ。」


 えっ? リリィ、今舌打ちを......?


 リリィは僕の膝から立ち上がり、よりちゃんを見据える。


「でも残念だったわね、倉橋よりこ。翔太の唇はもう頂いたわっ! だからもうあんたのキスなんてノーカンよっ、ノーカン。」


「ノーカン......? ノーカン!? あぁ、あああああぁっ! うううぅ.....。」


 今のよりちゃんの表情を一言で表すと「絶望」というに相応しい。まるでこの世の終わりに遭遇したみたいに悲壮だ。


……何ていうんだろう、とにかく色々疑問はあるけど、取り合えず、どうしてリリィは朝僕とよりちゃんがキスした事を知っているのだろう?

 それと......キスのノーカンの理屈も良くわからないし。よりちゃんはわかってるから泣いているんだろうけど、僕にはさっぱりだ。


 そんなクエスチョンマークを頭に掲げた僕を置き去りにして、リリィとよりちゃんで話が進んでいく。


「それにねぇっ! 翔太は私の事好きだって言ったもんねっ! 愛してるって言ったもんっ! 結婚するんだもんっ!」


――「ヒゥッ」という息を吸い込む音。

 よりちゃんが発した音みたいだ。

 リリィのその言葉を聞いて、よりちゃんはとてつも無く大きなショックを受けたって顔をした。

 目を極限にまで見開いて固まるよりちゃん。

 しばらくそのままの表情で、格好でいた彼女によって、まるでこの部屋の時が止まった様に感じたけど、その止まった時間を動かしたのもまたよりちゃんだった。


――にへらと歪む顔。


 ああ、よりちゃんまた「笑っちゃった」

 涙を流しながら「笑っちゃってる」よ。


「えへへぇ、リリィぢゃん酷いよぉ。じょうぢゃん、うぶぶぅ、うぞ......でじょ~? そんなごど......あばっ、あでぃえないぼんねぇ、うぶぶ、あば、あ、ああああぁ......。」


 もうよりちゃんの顔は滅茶苦茶だ。

 思い切り泣きながら「笑っている」顔は余りにもアンバランスで、僕じゃなかったら不気味とさえ思ってしまうだろう。


 あんなに辛そうに「笑ってる」よりちゃんを見る事になってしまうなんて......。

 そんなよりちゃんの表情に胸が締め付けられる。


「倉橋......あんた何企んでんの? 何がそんなにおかしいっての?」


 でも、リリィはよりちゃんの「癖」を知らない。

 違和感は感じてるだろうけど、やっぱりおかしくて笑ってるって思ってるんだ。


……違うんだリリィ。よりちゃんはただ途方に暮れちゃって、泣いてるだけなんだ......。


「まあいいわ。あんたが何企んでようと、私と翔太は永遠なんだからっ! 見てなさいっ! これが証拠よっ!」


 言うとリリィは僕の両頬を手で挟み無理矢理口付けた。


 またあの長いキスだ。


 ていうか、これって永遠の証拠になるの? もう僕にはわけがわからないよ。


 僕は状況を立て直そうと、取り合えずにとリリィとのキスを中断する為に、彼女の両肩を押して唇を離す。


「ちょっと、リリィっ、落ち着いてよ。取り合えずさ、ちょっと待って......。んっ。」


 だが、言い終わる前にまたリリィの唇が強引に重ねられる。


 その様子を見ていた、すでにもう限界に近かったよりちゃんがついに「キレた」


「ごの! じょうぢゃんがだはだでどぉ! じょうぢゃん嫌がっでどぅだどぉっ!」


 

 不気味に見える泣き笑いの表情でリリィに突進するよりちゃん。

 鼻声で何言ってるか良く分からないけど、どうやら僕がリリィからキスされるのを、嫌がっていると思っているようだ。


……勿論嫌って訳では無い、離して欲しいとは思っているけども......。


 よりちゃんはリリィの腰に抱き付き、僕の体から引き剥がす。


「ちょっとっ、あんたっ! 止めなさいっ!」


「ぶえええぇん、あばでどぅな~。」


 リリィは抵抗するも、やはり体格が違うのでよりちゃんには勝てないようだ。

 暴れるリリィを押さえつけるよりちゃん。

 腕を手で押さえて、二人が向き合う形で抱きかかえる。丁度よりちゃんの胸元にリリィの顔が来ている。


「ちょっ、待って、臭いっ! 臭いよっ!? マジで! マジで離して......。」


 そりゃあ臭いだろう、だってよりちゃんの胸元は「名状しがたい何か」で濡れている、そこへ押さえつけられる形でリリィの顔があるんだから。


「イヤッ! はだざないっ!」


「いや、マジで勘弁して下さいっ! もうしませんからっ! 本当っ、臭いっ! からっ!」


 その言葉を聞いて一瞬気が緩んだのか、よりちゃんは腕の力を抜いたみたいで、その隙に腕の下から潜り抜けるように脱出するリリィ。


 そしてすぐさま座り込み、両手を床に付けてぜーはーと息を吐く。


「う゛」とか「おえ」とか嘔吐えずいて、しばらくなんとか堪えていたみたいだけど。


 でも、そんなリリィの奮闘虚しく。


――僕の部屋の床にビチャビチャと液状の何かが落ちる音が響いた。



……小学生の時、学校の遠足でバスに乗ったけど、その時、乗り物に弱い子なんかは結構「やっちゃう」んだよね。

 それでバスの中でなんかしちゃったらもう大変。

 その匂いに釣られて、連鎖反応の様に何人も「やっちゃう」んだよね。

 これって遠足あるあるだよね?


 そういやリリィってば、その匂いで「やっちゃう」子だったなぁ。

 それで僕はそんなリリィを介抱するのがもっぱらの役目だったなぁ。


――なんてね。


 

 呆然とそのままの姿勢で固まるリリィ。

 自分のしでかしてしまった事へ、どう反応すればいいのかわからないんだろう。


 そんなリリィのしでかしてしまった事に驚いて固まるよりちゃん。

……あ、もう「笑って」無いや。


 そして、昔の事に思いをはせて懐かしみ、ちょっとした現実逃避をする僕。


――本日、何度目かの時間停止。



「あああああぁ! わだじの......わだじのヨッボドいぢばんがぁ。」


 そして、リリィの叫びと共に時間が動き出した。


 ヨッボドいぢばん?


「わだじのよっぼどいぢばんじおラーメンがぁ~。」


 ああ「ヨッポド一番塩ラーメン」ね。……インスタントラーメンの名前だね。

 そうかぁ、リリィは朝ヨッポド一番だったか~。

 因みに僕はヨッポド一番は味噌派かな? ヨッポド一番は塩と味噌が美味しいよね。醤油なんて邪道だよ。


 泣きながらヨッポド一番をかき集めるリリィ。


……あぁ、そんな事しちゃって。

 混乱してるからなんだろうけど......。


 よりちゃんはそんなリリィの様子にオロオロしている。

 多分、自分のせいで「やっちゃった」とでも思っているのだろう、間違いじゃ無いんだけどもね......なんていうか、不可抗力だね。よりちゃんには悪気無かったみたいだし......。


 よりちゃんのもそうだけど、リリィの制服も洗濯後にクリーニングだね、匂いが残っちゃうと大変だ。



……ところで、二人が「やっちゃってる」のに、どうして僕がこんなに落ち着いているかというと、実は二人とも、昔はよく「やっちゃう」子達だったんだ。

 リリィはさっきのバスの事もあるけど、引っ越して来たばかりの頃は、生活環境の変化によるストレスからか、体も小さくて強い方では無かったし、良く学校で「やった」

 よりちゃんも、小学校の高学年になるとすっかり無くなったみたいだけど、小さい頃は苛められてたのもあって、こちらもストレスでよく「やってた」

 そして介抱や後始末するのは、いつも僕の役目だった。


 だから、こんなに大きくなって二人とも「やっちゃった」のには少し驚いたけど、でも、僕は特に何とも思わない。

 唯......今からしなければならない後始末とかの事を考えると、少し憂鬱になってしまうけれども......。


――でも仕方ないか、じゃあ取り合えず、事態の収拾からだね。



「リリィ、ほらそんなの触っちゃ駄目だよ。」


 僕はリリィの腕を掴んで、ヨッポド一番の集積作業を止めさせる。


「じょうだ~、ごべんなだい。ごべんなざいぃ~。」


 泣きっ面でこちらを見上げるリリィ。

 何に対して謝ってるかわからないけど、もう別に何でもいいや。

 僕は事態の収拾に意識を取られて、そんな事気にならなくなっている。


「いいから、ね? 取り合えず離れようね?」


 腕を掴んでゆっくり立ち上がらせる。

 するリリィにギュッと抱きつかれた。


「ごべんなだい~ごべん、ごべんねぇじょうだ~。ぎらわないで~!」


 はぁ。

 僕がリリィの事嫌いになるわけないじゃないか。


「嫌いにならないよ。でも、ちょっとリリィ、離してくれないかな?」


 匂いが付くし。


「やっばでぃぎらいなんだぁっ! じょうだ~、ゆどぅでぃで~!」


 言いながら顔を僕の胸にぐりぐり擦りつける。


 僕のパジャマ......何回か洗えば匂い落ちるかな?


 するとリリィの言葉を聞いて、よりちゃんが寄ってきた。


「ディディぢゃんっ! ひぎょうだよっ! じょうぢゃんにぞんなごどいっでっ!」


 そして便乗するように僕の腕に抱きつくよりちゃん。


 卑怯って何が卑怯なの? 意味がわからないよ。


「じょうぢゃんはよでぃぢゃんのこどぎだいだの?」


 翔ちゃんはよりちゃんの事嫌いなの? って言ってるのかな?

 それにしても、よりちゃん......自分の事を「よりちゃん」てまだ言ってるの?……相変わらずだなぁ。


「嫌いじゃないよ。」


 嫌いになるわけ無いじゃない。


「ほんど?」


「うん。本当。」


「じゃあ、すぎ?」


「好きだよ。」


「やっだーっ!!!」


 僕から手を離して、諸手を挙げて喜ぶよりちゃん。

 僕はそんな彼女の鼻からぶら下がっていたうどんをそっと抜いた。

……あれだけの事があったのに、粘り強い奴だった。

 その事に気付いたよりちゃんは、恥ずかしいのかはにかんだ。

 やっぱりよりちゃんは笑顔が一番似合ってるよ。


「じょうだっ! わだじは!? わだじはっ!?」


 こちらを見上げて必死に聞いてくるリリィ。

……今度はこっちだな。


「好きだよ。」


「ほんどー!?」


「本当に。」


「ほんど? ずぎ?」


「勿論だよ。」


「じょうだっ! わだじうでじいっ!」


 僕を見上げながら、本当に嬉しそうに笑うリリィ。

 やっぱりリリィには笑顔が一番似合ってるよ。


「翔太ぁーっ! 玄関前にうどんがっ! それに誰か来てるのぉー!?」


 井戸端会議から戻った母さんの声が、一階から聞こえる。


 ああ、そうだった。うどんも片付けないと。


 それに取り合えずこの二人には、お風呂に入ってもらわないと……匂うし......それに洗濯もしなきゃだし。



……それにしても、一体どうしてこうなったんだろう?



――事態の収集はついたけど、朝からぐっと疲れた僕だった。





 私はヨッポド一番であれば醤油ですね。

 他にも、日唐のらーめん店さんとかチャルメロとかが好きです。

 チャルメロは、何故か焼き海苔付が安いので、こちらを良く購入しています。

 つまり、醤油ラーメンならなんでもOKて事ですね。

 関西に住んでた頃は、数奇屋念とか好きでしたね。

 東日本では売ってない感じです。


 ただ、例外的においしかっちゃんとか好きですけどね。こちらは豚骨ラーメンです。

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