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第2話 彼女は僕の小さな向日葵

相川翔太 その1

 僕、相川翔太の朝はゆっくりだ。

 ゆっくりというより、遅刻になってしまうかどうかのギリギリで目が覚める。

 目覚まし時計は鳴ったはずなのに、前日の夜更かしが原因でいつも目覚めが遅い。

 

 階段を下りてダイニングに向かう。すでに用意されている朝食の良い匂いがする。

 僕がそれにゆるゆると手を付けていると


「翔太、今日もよりこちゃん来てくれてたよ。起こしに行ったのにまた起きなかったの?」


 母親が心底呆れた様子で僕に言った。

 よりこちゃんというのは、僕の幼馴染の名前だ。

どうやらその幼馴染のよりこちゃんが今日も起こしに来てくれたらしい。

 らしいというかそういう「設定」だろう。


 「設定」というのはつまり、起こしに来てくれた「振り」をしているという事だ。

 流石に誰かが部屋に来たら、いくら鈍感な自分でも気づくというものだ。それも「起こした」というのだ。普通「起こした」ら声を掛けるなり体を揺さぶったりする物だ。

 そして、そんな事をされたら誰でも起きる。


 でも、起きない。いつもギリギリで起きる。当たり前だ。

 彼女は起こしてくれなかったのだから。

 いや起こしてくれなかったというよりは、起こせない、だろう。だって部屋には鍵が掛かっているし、僕が部屋から出る時もしっかりと掛かったままなのであるから。


 そもそもよりこちゃんとは中学1年生の頃から殆ど喋らなくなった。だからそんな大して仲の良くも無い奴を態々起こす事もしない。

 彼女は昔からとっても可愛くて、誰にでも優しくて優等生だったから、クラスの、学年の、いや、学校中の人気者だった。

 だから、中学に入るまでは普通に喋っていたけど、入ってからは周りや僕自身も異性が気になり出す年頃になり、何と無く気恥ずかしくなって、それはよりこちゃんも同じみたいでそれから徐々に話さなくなり今に至るという、どこにでもあるありふれた話だ。


 それに僕は所謂デブだ。顔だってお世辞にも良いとは言えない。それにオタクだし友達だって少ない。

 そんな僕にあまり関わりたく無いだろうから、人気者の彼女の事を思って、迷惑にならない様に、絶対にこちらからは話しかけないようにしている。

 それに、よりこちゃんだって嫌に決まっている。その証拠に学校で偶に廊下ですれ違っても目を合わせると直ぐに逸らされてしまう。声だって掛けてこない。


 しかし何故彼女はこんな面倒くさい「設定」や「振り」をするのだろう?

 よく分からない。


 だがもし、仮に理由を付けるとすれば、僕とよりこちゃんの家族が仲が良いという事だろうか。

 僕の両親と彼女の両親は、学生時代からの親友同士で、学校を卒業して就職し、結婚して子供が出来てからもずっと仲が良い。中学に入る前まではよく家族ぐるみで旅行などに出かけたものだ。


 だから、家族思いの彼女の事だ。きっと僕たちの仲が悪い事が彼女の両親にわかると悲しませると思っているのだろう。


 そう考えて何だか納得した僕は、また呆れたような小言を言う母親に適当に相槌を打って朝食を済ませると、急いで着替えて学校へと向かった。


 家から徒歩20分の学校である。

 学校に着くと、教室にはもうクラスメートが皆集まっていて、一番遅いのは僕みたいだった。


 基本的に皆から好かれても嫌われてもいない僕は、教室に入ってもクラスの誰からも見咎められずに席に着く。

 いや、誰からもでは無い、一人だけ僕のことを見ていた。


「翔太、おはよう。」


 隣の席から声が掛けられる。

 振り向くとそこには、優しい笑顔の物凄い金髪美少女がいた。

 彼女の名前は、リリィ・アンダーソン、このクラスで僕の唯一の友人だ。

 リリィはイギリス系アメリカ人とのハーフで帰国子女だ。大きく青い瞳に透けるようなしみ一つ無い白い肌、光り輝くブロンドはトレードマークのツインテールにしている。

 ハーフだけど、小柄で、体の大きな僕と並ぶとまるで親子くらい離れて見える。それにちょっと社交的とは言えない性格をしていて、基本的に僕以外とはあまり喋らない。


「おはようリリィ。」


 僕が暢気に挨拶を返すと、何故かちょっとムッとした顔をした。怒らす様な事をしてしまったのか、少し不安になるが、また同時に思う。

 そんな顔も凄く可愛いと。


「翔太、いつも遅いよね、何で?もうHR始まっちゃうよ。」


「えっと、何でって言われても......、寝坊したから?としかいえないし......。」


「だからそういう事じゃ無くて......。」


 言い合っていると先生が教室に入ってきて中断された。本当に僕はギリギリに学校に来てしまったようだ。

 僕とリリィは仕方なく前を向く。


 それにしても、そういう事じゃないって、じゃあ一体何なんだろう。

 僕はリリィが言いかけた言葉が気になり、隣に振り向いた。リリィと目が合ったが別に怒っている様子は無いようだ。

 この様子だとさっき言いかけた言葉も大した意味のある言葉の様には思えないし、気にし過ぎのがある僕の事だから、またどうでも良い事を気にしてしまったんだろう。

 

 僕は何と無く目が合ってしまったリリィに、取り繕うようにぎこちなく微笑んだ。

 すると、リリィは僕のわざとらしい笑みを気にする事無く、自然な満面の笑みで返してくれた。


 何というのだろう。彼女の笑顔は素敵だ。花が咲いたようだというのはこういう事だろうか。


 花......、花で例えると、えっと、道端にひっそりと咲く、可憐な......、えっと、ヒマワリ?


 ・・・・・・どうやら僕には詩の才能は皆無の様だ。


 それでも、僕だけに見せてくれる最高の笑顔......、うん。悪くないな。

 というか、こんな風に思うなんてやっぱり僕って「キモい」かな?

 それにしてもリリィって女の子は、こんな僕みたいなイケて無い男子に微笑んでくれるなんて何て優しいんだろう。益々好きになってしまう。


 ・・・・・・そう、僕はリリィが好きなんだ。


 初めて会った。リリィが転校して来た小学5年生の時からずっと。


 でも、釣り合わないって思っている。

 凄い美少女と、ブサメンのデブオタじゃ言わずもがなだ。

 昔見た美女と野獣の映画に希望を抱いた事もあったけど、直ぐに現実に戻された苦い経験もある。

 でも、優しくしてくれるリリィに甘えて、もしかしたら彼女も僕の事好きなんじゃないかなって思うときがある。興味が無いであろうアニメの話や、今書いている小説の設定なんかの事について話しても嫌な顔一つせずに聞いてくれるし。


 でも、でも......。

 やっぱりわかってる。

 そんなの僕の幻想だって事くらい。






 放課後になった。

 リリィはアルバイトがあるからと言ってそのまま急いで町の方に行ってしまった。

 僕は一緒に帰れないのを残念に思い、トボトボとゆっくり校庭を歩いている。

 校門に差し掛かった時、ふと見知った顔を見つけた。

 綺麗な黒髪のストレート、少し高い身長にスレンダーでありながらグラマラスな美少女。

 幼馴染のよりこちゃんだ。

 珍しい、今日は部活が無いのかな?

 

 僕は歩きながら、久しぶりに見つけた幼馴染に見とれていた。やっぱり綺麗だ。

 いや、可愛いかな?

 そんなやっぱり可愛いよりこちゃんは僕の初恋の人。


 初恋。


 といってもほんの小さな頃にだけど。

 結婚の約束もした事がある。小さな彼女は、僕からの拙いプロポーズに嬉しそうに頷いてくれた。

 

 勿論彼女はそんな昔の事は忘れているだろうし、覚えていても消したい過去と思ってしまうだろう。


 僕だけが覚えている思い出。

 ・・・・・・やっぱり「キモい」かな?いや、それを通り越して気持ち悪いかも。


 暫くしたらよりこちゃんと目があった。彼女も僕に気が付いたみたいだ。

 思い出に浸っていた僕はついついだらしない笑顔で彼女をみてしまっていたようだ。

 不細工な僕のだらしない笑顔......。何の嫌がらせだろう。

 案の定彼女は目を逸らして、そして俯いてしまった。何かに耐えている様にも見える。

 ああ、やってしまったな。

 僕は申し訳ない気持ちになり、ふうとため息を吐いた。

 弁明しようにも、そんな事僕には出来ないし。とても残念な気持ちだ。


「おーい、倉橋さーん。」


 沈んでいる僕の背中から声が聞こえた。男の声でよりこちゃんを呼んでいる。

 そしてその声の主は僕を追い越し、よりこちゃんの元へと歩いて行った。

 見えた顔はとても整っていて、それでいてワイルドな印象を受ける。背が高く引き締まった体をしていた。

 3年の北澤先輩だ。

 北澤先輩はサッカー部の主将で、成績優秀。噂では国立大にスポーツ推薦が決まっているとか何とかの、この学校の有名人だ。それに先に挙げた様にとっても格好良いので女子からも漏れなく人気が高い。この間なんか雑誌の取材を受けたとも聞いたな。これらの話は全て立ち聞きだったけども。


 そんな凄い人がよりこちゃんに向かって歩いていた。

 何で? とも一瞬思ってしまったが、ああそうか。

 そういえば、よりこちゃんはサッカー部のマネージャーだった。

 であれば、北澤先輩がよりこちゃんに声を掛けるのは自然な事だ。


 俯いていたよりこちゃんは、顔を上げると先輩に微笑んだ。凄く綺麗な笑顔だ。

 中学に入って以来僕に見せた事の無い表情だ。

 でも、サッカー部の主将にマネージャーが微笑み掛けるのも自然な事だ。


 二人はそのまま寄り添うように歩き出した。まるで恋人みたいだ。

 でも、サッカー部の主将がマネージャーと恋人みたいに歩くのも自然な事......、自然じゃ無いな。



 そうか。 


 僕は、理解してしまった。

 実は噂で知っていたんだ。

 よりこちゃんと北澤先輩が付き合っているのを。


 ショックは無かった。

 いや、嘘だ。

 でもショックは無いと思いたかった。

 惨めな僕の、最後の心の抵抗だ。

 それに、確かにショックだったんだけど、一番ショックだったのは二人の事でじゃない。


 僕が未だによりこちゃんの事を好きだったという事だ―――


 気が付けば僕は走り出してしまっていた。

 青春の奔走とか言えば、ちょっとは格好良く聞こえるかもしれないけど、

 そんなんじゃない。

 ただ、ただ、ひたすらに惨めで、情けない僕の走る姿があっただけだった。




J( 'ー`)し 翔太~起きなさ~い


( ´)Д(`) は~い…

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