第15話 朝に花開く紅い睡蓮
倉橋よりこ その4
あの後。
翔ちゃんが帰ったあの後。
私は全てどうでも良くなって、学校を早退した。
無断早退ってやつ、初めてしたよ。今、家に帰ってきてから考えると不良みたいだねって思う。
家に帰ると、学校から連絡を受けていたお母さんがどうしたの? って聞くから、何でも無いよって言っておいた。
だって、お母さん。私と翔ちゃんが結婚するって信じて疑わないんだもん。あんな事があったなんて言えないよ......。
それに、あの時はもう何も考えられなくて、取り合えず家のベッドで眠りたいって思った。
今日は本当に疲れた。
まだ、お日様が昇っているけど、全然大丈夫。深く深く眠れそうだ。
いや嘘だ。本当は眠れそうにないけど、そうでも思わないとこんな気持ち、こんなグチャグチャな気持ちどうしていいかわからないよ。
だって......。
朝から翔ちゃんを怒らせて、それでタイムマシーン作ろうと思って、計画書を作ってたら翔ちゃんが来て渡したい物があるって......。
私きっと引導か三行半だと思ったの......だから私凄く怖くて......だから私駄々っ子みたいにいらないっていった、だって「金輪際近寄らない」とか言うんだもん。
でも翔ちゃん「違うよ」って言って、私の忘れてった荷物渡してくれて、荷物の事なんて正直どうでも良かったけど、翔ちゃん凄く優しい顔だったから、私わけわかんなかったけど、取り合えず凄く安心したの。
でもその後直ぐ「お互い関係無い」とかいうんだもん。急にそんな事言われたら......あんな安心させた後に崖から突き落とすみたいな事されたら......。
私の心は翔ちゃんという名の嵐に翻弄される一枚のハンケチーフみたいになった、散れじれになった気持ちはどうしていいかもわからないし、だからとにかく荷物さえ受け取らなければそんな事言わないって、言われないって思ったから付き返したの。
それでもう形振り構っていられなくて、翔ちゃんをギュッとしたらそんな酷い事いわなくなるかもって思って、それでギュッとしたら大丈夫だった。
でも......意味わかんないっ!
「僕の事嫌じゃ無いの?」ってどういう意味?
そんな事あるわけないじゃないっ!
翔ちゃんって、いつもキリッとしてて凄く頭良くて、好きだけど、大好きだけど、でもその時は『馬鹿じゃないの?』って思っちゃった。……酷い子でごめんね。
けどだって、私が翔ちゃんの事嫌いになるわけ無いよ......ありえないよ。
でもやっとわかってくれて、それで私の事「よりちゃん」って呼んだの。「倉橋さん」だったのが「よりちゃん」ってなって、それで急に私の頭がフワッってなって、それで私が「笑う」の覚えててくれて、忘れられてたと思ってたのにそれは私の勘違いで、それが凄く嬉しくて、それでもっと頭がふわふわしてきて、それで私が「笑わない」事褒めてくれて、もっとふわふわして、最後にあの言葉を使って「駄目だよ~」って昔みたく意地悪っぽく優しく叱られたらもう駄目だった。
心がふわふわ飛んで、体には力が入らないし、顔は真っ赤。もう頭がどうにかなってるのわかってたから、じゃあいいや、この際、もうこれ以上恥ずかしい事も無いから、言っちゃえってなって、「好き」って言った。
そしたら翔ちゃんも私の事「好き」って言ってくれて......凄く嬉しかった。本当に凄く凄く嬉しかったんだよ......だけどそれって私の勘違いだったけど......。
言われてから直ぐバイバイしたのもいけなかったのかも......。私も一杯一杯だったし、HR始まりそうだったし、勘違いだとは思わなかったし......。
本当は全然違う「好き」って事がわかった時は頭が真っ白になって......それに「あの子」の事もあったし......わけわかんないよ。急展開過ぎるよ......。
翔ちゃんは格好良いからプレイボーイだってのは知ってるけど、乙女心弄び過ぎだよ。私の心は滅茶苦茶だよ。私......どうにかなっちゃうよ。
あの後、クラスメートにその事聞かれて、私翔ちゃんと結婚するんだって先走って言っちゃったし。
いつも私と仲の良い子が「よりこちゃん、騙されてるよ。」とか酷い事言うから、ついつい「翔ちゃんの悪口言うなっ!」って言っちゃった。
ごめんね。大声出して。
いつも優しい子だから、そんなつもりで言ったんじゃないってわかってるのに、翔ちゃんの事になると我慢出来なくなるの。
それでお弁当渡すの忘れちゃって「やった、これで翔ちゃんとご飯食べれる口実になる」って思って、でも彼氏彼女だからそんな事気にしなくていいか、何て思ったりしてまた舞い上がって、うきうきで翔ちゃんのクラスに言ったらあの女、リリィ・アンダーソン......いいえ、エリィ・エマーソンが居た。
エリィ・エマーソン......。
翔ちゃんの小説に出てくるヒロイン......。彼女って、背がちっさくて口が悪くて、金髪で子供みたいな子。私とまるきり違う子。
私が出てくる小説は、私っぽい胸が大きいって強調されてる子があんな事とかそんな事とか色々される。
別に翔ちゃんになら、あんな事やそんな事をされるのも構わない......というか、やって欲しいくらい。恥ずかしくて今まで一度も言った事無いけど......。
でも、彼女の出てくる小説はそういうのが無い。全然無い。
私が出てくる小説は、ただ色々されるだけの奴で、私は「ああん」とか「だめぇ」とかしか言ってない。
「ン゛ギモ゛ッヂイイ」って台詞に至っては意味もわからないし......魔法の呪文とかかな?
でも、エリィ・エマーソンが出てくる小説はご飯食べたり、冒険したり、笑ったり泣いたり喜んだり悲しんだり、文句を言い合ったり「何でも一緒に」するやつ。
そんな友達の様な、恋人の様な、相棒の様な関係。
……正直羨ましかった。
翔ちゃんって、私の事好きか嫌いかわからなかったし、婚約の事も覚えているかわからなかったけど、それでも、翔ちゃんの事信じてたから、浮気とかするわけないって思ってた。最後は私と結ばれるんだって思ってた。
だからこの子って、エリィ・エマーソンって空想上の存在だと思ってた。
実際私も、ミニ翔ちゃん君人形と毎日お話してるから同じ事だと思ってた。
ううん。そう思い込もうとしていただけかも......。
それで最近まで小説のエリィ・エマーソンと主人公とは友達以上恋人未満って感じだったけど、今は好きとか愛してるとかそういう感じになってきた。
私、それ読んでヤバイって思った。翔ちゃんが空想上の女の子と付き合っちゃうって......。
それと翔ちゃんが持ってるエッチな本が、小さい女の子のやつだけになったのも私を大いに焦らせた。
あの本達、ある日突然消えたんだ。どういう事? って思ったよ。急にだもん。
今まで、胸の大きな子と小さい女の子の本半分半分で持ってたから、別に心配してなかったし、翔ちゃんが小さい子が好きなのはショックだけど、そんなの私の魅力で忘れさせてあげるって思ってたし、その胸の大きな子が出てくる本で翔ちゃんの好みとか頑張って調べてた。
ダイエットとかも凄い大変だけど、それも全て翔ちゃんの為だと思えば辛くは無かった。髪型とか仕草とか色々研究して翔ちゃん好みの女の子になってる......はず。
エリィの事なんか忘れさせてやるって頑張った、それに所詮空想は空想、最終的には問題無いと思ってた。そう......思ってたのに......。
あの子を見た途端、私理解したよ。そうだったんだ、彼女がそうだったんだって。
物凄く驚いた。
あんな子今まで居たのかなって思ったよ。だって全然知らなかったもん。
翔ちゃんは人気者で友達多くて、知り合いも沢山いるだろうけど、あんな女の子が傍に居るなんて全然わからなかった。
もしかしたら私、リリィって子の名前くらいなら聞いた事あるかもしれない、けど本当に名前だけ、顔もわからないしどうでも良かった。昔、口が悪くて最悪とか言われてた子かな? その子の事かあんまり自信無いけど......。
そういえば、翔ちゃんの周りに居る人って全然知らない。
だって、翔ちゃんを見つめるだけで、目を合わせるだけで恥ずかしくて、さっきいった癖の事もあって、自分が凄くいけない事している様な気持ちになっちゃって、それで何も考えられなくなってっちゃって、結局良く見れなかったし......小学校の時から一度も同じクラスになった事なかったから、学校での事は良く知らないし、私の周りの子も全然翔ちゃんの事噂しなかったし、気にもしなかった。
きっとそれがいけなかったんだ......。
私がもっと早くに気が付いていれば......。
あの子は6年来の付き合いだ、って言ってたけどきっと多分本当だ。だって私、6年くらい前から翔ちゃんの事良く見れなくなってたから......。
というのも、6年前って、私が翔ちゃんの事凄く気になりだした時期だ。
勿論その前から好きだったけど、そういう好きじゃなくて、もっと、何ていうか、ギュッとされたいとか、翔ちゃんからキスされたいとか思う様になってきた時だ。それって何だか凄く悪い子の様な気がして、翔ちゃんと話したり、目を合わせたりするのが恥ずかしくなってきた時。
私って昔から、朝の時みたいに翔ちゃんにあやされたり意地悪っぽく叱られたりすると駄目になる悪い癖があるんだ。
それはお腹の辺りがジワーッてなってきて、足腰に力が入らなくなってくる癖。
小さい頃は、それって翔ちゃんが使う魔法だと思ってたけど、小学校高学年くらいから色々学校で教えて貰う様になって、どうもそうじゃ無いらしい事がわかってきた。えーと、というか魔法って言えば魔法だと思うけど、でもそれは翔ちゃんだけが私に使える特別なやつ。言葉と仕草だけで不思議な気持ちになっちゃうの。
……でもやっぱりそれっていけない事だと思った。悪い事だって......。
だからそれまでは放課後とか二人だけで良く遊んでいたけど、その時くらいから遊ばなくなって、私にも友達が沢山出来る様になってきて、それで翔ちゃんは翔ちゃんの友達、私は私の友達っていう風になってった。
きっとその時からだ......あのリリィって子が翔ちゃんに近づいたのは......。
それにしても、あのリリィって子、はっきり言って卑怯だ。
だって、あんなに可愛いんだもん。もしエリィって存在が無かったら、私もお友達になりたいくらい。
さらさらの金色の髪は、光を浴びてしゃらしゃらしてるし、スベスベのやらかそうな白い肌は、すりすりしてふわふわしたい。それに背が小さいから、きっと抱きついたらしゅぽっと私に納まってギュッっと出来る。それから声は冬の晴れた日の空みたいに澄んでるし、顔も綺麗できらきらしてて......そう、まるで妖精さんか天使さんみたいだ。私が女神であの子が天使ならどれだけ良かっただろう。仲良くお昼ご飯を食べたり、一緒に詩を詠んだり出来る仲良しさんになれたのに......。
彼女は危険だ......。それもとびきりに......。
私が彼女に意地悪したのは、何も小説のヒロインにそっくりだってだけじゃない。
彼女は翔ちゃんが好き。
それは彼女の態度を見ればまるわかりだ。親友だって言ってたけど、恋人になりたいのがバレバレだった。
翔ちゃんはモテるから、そんな女の子が何人居ても仕方ないって思うけど、彼女だけは駄目......。私にはわかる。彼女は本気だ。本気で翔ちゃんが好き。じゃなきゃあんなに悲しそうにしない、辛そうにしない、それに翔ちゃんもあの子の事を......。
あんな優しい態度......他の子にはとらないで欲しい。そりゃあ翔ちゃんが優しいのはわかってるけど、でもあんなの反則だよっ。あんなに心配するなんて......まるで私が悪い子になったみたいじゃないっ! 私だって、私だってあんなに優しくして貰いたいよっ!
――酷いよ......酷いよリリィ・アンダーソンっ!
――そうだ......。
何とかしなければならない。
この行き詰った現状を。
リリィは翔ちゃんが好きで、翔ちゃんはリリィが好きみたい......。
そう考えるだけで体が震えてくる。怖くって怖くってしょうがない。
翔ちゃんが私以外の女の子を好きになる。
翔ちゃんが私を捨てる。
捨てる......私を翔ちゃんが......。
いやっ! 捨てないでっ! 翔ちゃんっ!
嫌だっ! そんなの絶対に嫌だっ! もう翔ちゃんと逢えないなんて......キス......出来ないなんて......。
そう、だったらこの状態をなんとかしないと......!
私が未来のお嫁さんなんだっ!
――今日は作戦会議だ。
一人だけの作戦会議。きっと多分、今夜は眠れないだろう。
でも大丈夫っ!
私には、ミニ翔ちゃん君人形が3人とミドル翔ちゃん君人形が2人も、それに......ラージ翔ちゃん君人形だって付いているんだからっ......!
――だから待っててね翔ちゃん!
――――翌朝。
私は眠っている翔ちゃんを起こした。
「ごめんね。今日は少し我慢して起きてね」って。
そうしてゆっくりと目を覚ました翔ちゃんにイキナリ...
キスをした。
翔ちゃんったら、凄く驚いた顔をしていた。
完全に目が覚めちゃったみたい。
それでもう、間違って欲しく無かったから
「私が好きなのは翔ちゃんだけだよ」って言っておいた。
念押しに「北澤とは違うよ、翔ちゃんの勘違いだよ」 とも
それから「私が好きなのは翔ちゃんだけ、翔ちゃん愛してる」って言ってもう一度キスをした。
ううん、一度だけじゃない。
何度も何度もキスをした。
翔ちゃんったら可愛いんだ。顔が真っ赤になってた。
そして私の顔の方が赤かったかもしれないのは気にしてはいけない。
それもきっと、りんごみたいに真っ赤だっただろうけど......。
でも......
――これなら今度は間違えないよね、翔ちゃん――
一度自分の書いたガチ文章をsoftalk(ゆっくり、棒読みちゃん)に読ませてあげてみて下さい。
何だか感動するやらこっぱずかしいやらで、心がグチャグチャになっちゃいます。
ドMの方にオススメッ!
貴方も是非いかがでしょう?




