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第14話 だからお願いっ!優しくしないで

リリィ・アンダーソン その5

 また教室に、更なる静寂が訪れた。


 そうだ。

 私はこれが聞きたかったんだ。

 もう、正直、私は翔太の事は諦めている。



……いいえ、嘘。



 そんなの諦められないよ。だって私の大好きな人。

 この人と付き合いたい。この人と結婚したいってずっと思ってた。

 いつも私の傍に居てくれた。

 私が辛い時も悲しい時も嬉しい時も楽しい時も、ずっと一緒に居てくれた。


 日本語を覚えれたのも翔太のお陰、じゃなきゃこんなに上手く話せるわけ無いよ。

 少しでも翔太の言ってる事が知りたくて、少しも聞き漏らしたく無くて、それで頑張って、凄く頑張って覚えたんだよ。

 それに翔太、私の日本語の勉強に、一つも嫌な顔せずに付き合ってくれた。

 口が悪いの直ったなんて嘘。今だって凄く悪い。


 皆、陰で言ってたの知ってるよ。あの子最悪だって......。


 でも翔太、そんな事一言も言わなかった。


「キモい」とか「デブ」とか「不細工」とか「オタク」とか散々言ってる。けど、翔太

「ごめんね。そうだね。」っていつも言うの。

 本当はそんなの謝らなくて良いの。

 本当は「うるさい」とか「ばか」とか言って欲しい。しかって欲しかったから。


 昔から、夜中にママが仕事で居ない時、泊りがけでどこかへ出かけた時、しょっちゅう「ゴキブリが出た」。

 だから私はその度に、探してやっつけて貰う為に、翔太を呼び出した。

 それでいっつも翔太が来てくれるんだけど、ゴキブリはいつもいない。どこを探してもいないの。


 当たり前だよね。

 それって私の嘘だもん。


 古いアパートで一人。キシキシなるラップ音、古い部屋だから仕方が無い。でも怖い想像が膨らむ。

 それって、私には寂し過ぎるし、怖いの。ベッドが無いからモンスターなんていないって知ってるのに。


 それで怖くなって「ゴキブリが出た」って言ったらいつも来てくれる翔太。

 夜中の10時でも2時でも来てくれる。

 私達って携帯持って無いから置き電話なんだけど、そういう事があってか子機は翔太の部屋にある。家の人から文句を言われた事もあるんじゃ無いかな? だって私そのくらい翔太に夜中、電話を掛けてる。

 でも翔太が来てくれて、何時間も探した後に「どこ行ったんだろうね。また出たら呼んでね」って言うのいっつも言うの。

 それが何回も何回も、何ヶ月でも何年でもの繰り返し。

 普通は怒るよね。「お前いい加減しろ!」って怒るよね?

 それでも翔太はいつも怒らない。理由がゴキブリなのも変わらないのに......。


 それ以外にも色々したけど、けど、駄目だった。

 彼には、彼の優しさの前には全てが無意味。


……そう私、どこまで許されるか試したの。

 この人、どこまで甘えさせてくれるんだろうって翔太の事試したの......。

 試したのに......結局どこまでも許してくれる。どこまでも甘えさせてくれる......。

 だから私はグズグズに融けてしまった。翔太の優しさに甘えて、アイスクリームみたいに溶けちゃった。

 もう、翔太無しでは駄目駄目な子。どうしようも無い唯の我が侭な子。


 こんな人、居ないよ。

 私をこんなに許してくれる人なんて、どこ探しても居ないよ。


 私、翔太を失った後の事が想像出来ない。

 自分でもどうなってしまうかわからないの......。


 でも、それでも翔太がそれで良いっていうなら、倉橋が良いって言うんなら、つらいけど、辛過ぎるけど、それでも頑張って諦めてみる。

 それが......翔太にとって一番良いって言うんなら、それを応援してみせる。

 それが私の想いだよ。

 それが、今までの翔太の優しさへの答えなんだ......。



 けど、だけど、倉橋よりこって確か北澤先輩と付き合ってるって噂なんだ。

 噂だから嘘か本当かわからない。

 だから、翔太の為に、これだけは聞いておかなくちゃ。



 と、そこへ。

 そんな事を考えていた私の元へ。

 言い淀んでいた倉橋の元へ。

 私達の元へ。

 唐突に、声が掛けられた。



「あれ~、よりちゃん。何してるの? それにリリィも......。何? 何かあったの?」


 暢気な声を出して、翔太が教室に入ってきた。


「翔太っ! う、ううん、別に......何でも無いよ。」


「?」


 倉橋が北澤先輩と付き合ってるの? って、そんな話......翔太には言えないよ......。

 そんな話を知った時のつらい顔をした翔太なんて見たくない。


 想像した彼の泣き顔に、胸が締め付けられる。

 自分が同じ立場になったと想像するより辛い。


 そんな事を考えて、俯き、黙りこんでしまった私を見た倉橋が、好機と見てか動いた。


「翔ちゃ~ん。今までどうしてたの~?」


 間の抜けた胸糞の悪い癇に障る甲高い猫なで声を上げて、にやけ面を晒しながら翔太に抱きつく倉橋。

 彼の胸に顔を埋めて、首だけ捻ってこちらを勝ち誇った顔で見る。


 先ほどとは違う種類のむかつく顔だ。こいつはどこまで私を馬鹿にすれば気が済むんだろう?

 それに、そんな顔が、そんな女が翔太に引っ付くなんて余計腹立たしい。


「え? あの、よりちゃん? あんまり引っ付かないで......えと、保健室に行ってたんだよ。何だかあの後、気分が悪くなっちゃって、それで......。」


 あの後?

 ああ、告白の後ね。

 そういえば翔太、朝から調子がちょっとおかしかったものね。

 今日の翔太は朝から様子も変だった。テンションが上がり過ぎてた。

 何か、徹夜明けの様な感じだ。

 それに、今も本調子では無さそうだし......。


「ええ~っ! そうだったの~? 大丈夫~?」


 お前、何で彼女なのに気が付かないの?


「えーと、まだしんどいから、もう帰ろうかと思って......それで荷物を取りに来たんだ。」


 そう言って自分の机から教科書を取り出しカバンに詰め始める翔太。

 

……そうなんだ。翔太、大丈夫かな?


 不安になる私。

 同然だ。だって翔太の事だもん。


 そこへ頼んでもいないのに、擦り寄ってくる倉橋。

 その様はまるで翔太の飼い猫の様。

 正直、見てて気分悪い。

 それに、同じ飼い猫なら私が......。


「あっ、そうだっ、リリィ。朝はごめんね。僕ちょっと急いでて。」


「あ......うん......。」


 そんな事、気にしなくていいよ......。


「ねぇねぇ翔ちゃん。」


 私達の会話に割り込んで来る倉橋。何なんだこいつ?

 正直、鬱陶しい。


「私達って幼馴染だよね~?」


「え? うん......。そうだけど......。ってどうしたの? よりちゃん、急に。」


「え~、だってこの子が、私達が幼馴染だって信じてくれないの。」


 いや、信じてるよ、そんな事とっくに。

 だから、一々そのむかつく声で翔太に話しかけるな。

 それで、その腹立つ顔で私を見るな。


 そして、不思議そうに私を見る翔太。


 でも、6年も一緒に居たのに、私がこいつの事知らないのはおかしいでしょ?

 まあ、けどそれは......。想像するだけで嫌な気持ちになるけど、つまり、翔太はこいつの事を好きで、でも奥手な翔太は誰にも知られたく無くて、それでずっと黙ってた......みたいな感じかな?

 うん......多分そうだね。

 6年も一緒に居たんだもん。

 翔太の考えそうな事だもんね。


 でも、でも......。

 私に隠してたなんてショックだ......。

 つらい


「あっ、そうだよね。言って無かったね......。その......ごめんねリリィ。何ていうか、その......言えなくて。」


 翔太は、何だか凄くバツが悪そうな、恥ずかしそうな感じで頭を掻いてる。


 良いよ。

 翔太の事だもん。許すよ。

 だって、今まで私を許してくれたんだもん。

 このくらい何でもないよ......。


……多分


「だから、その......紹介するよ。僕の幼馴染の倉橋よりこちゃん。……って知ってるよね?」


「うん......。」


「だよね。」


 翔太はまた恥ずかしそうに頭を掻いた。


 そんな彼の仕草に、何故だか泣きそうになる。


「で、よりちゃん。この子が僕の......友達のリリィ・アンダーソン。名前くらい聞いた事無い?」


「え~、わかんないよ。聞いた事無い。」


 倉橋はさっきまで本当に私の事知らなかったみたいだ。

 まあ、私なんて普通の子だから、倉橋みたいな有名人が知ってるわけないかも。


……ていうか、さっき自己紹介したでしょ? 馬鹿じゃないの? こいつ。


……わかってる、わざとだよね。知ってるよ。……つくづくむかつくな、こいつ。


「本当? うーん。まあ、よりちゃんだもんね。仕方ないよね。」


 倉橋の事をやっぱり理解してる風な感じの翔太。

 見てて、凄くつらい。


 私の事もそれだけ理解してくれてたのかな?

 不安になるよ......。

 だけど、終わった事だもんね。

 今更だよね......。


……でも、翔太騙されてるよ。

 その女、無茶苦茶性格悪いよ。

 それに北澤先輩とも......。



――やっぱり言えないよ。――



「あっ、そろそろ僕帰るよ。」


 やっぱり体が辛いんだろう。

 早く元気になって欲しい。


 そう言ってカバンを担ぐ翔太に声を掛ける倉橋。

 何?

 翔太はしんどいんだよ?

 彼女なら察しろよっ!


「ねえ待って、翔ちゃん。私の事、好きだよね? 大好きだよね?」


「え?」


 私は思わず声を上げた。


 何?

 急に何言ってんのこいつ!?


 翔太に何言わせようとしてるの?


 言いながらあのむかつく顔で、私を見る倉橋。


――こいつ、確信犯だっ!――


 そんな事、翔太の口から聞きたく無いよっ!

 私以外の子を「好きだ」なんて!


 そこまで......そこまで私が嫌いなの? 倉橋よりこ!


 酷いよっ!

 酷すぎるよっ!

 私が何したって言うのよっ!


 もしかして......あの小説? 翔太の小説?

 ヒロインが私だから?

 それだけで? たったそれだけの理由で!?


「ええーっ! ここで!?」


 言わないで!


「うんっ!」


 うるさいっ! お前は黙れっ!


「それはちょっと......。」


 そうだよ、止めてっ。


「いいでしょ~?」


 いいわけ無いでしょっ。止めてっ!


「もう、仕様が無いなぁ~。」


 嘘......でしょっ!? 翔太ぁ......。


「えっと......よりちゃん。」


 止めてっ!止めてっ!

 止めてよっ!


 お願いっ!


 神様お願いっ!

 許してっ......。





「大好きだよ。」



…………。


 聞いた瞬間。

 今まで私の色々な感情を抑えていた心の防波堤が決壊した。


「いやぁっ!」



 堪らずに、短く叫び声を上げてしまう私。

 両目をキツク結んで、両耳を押さえて蹲る私。


「リリィっ! どうしたのっ!?」


 彼が私に駆け寄る。

 止めてっ! 優しくしないでっ!


「リリィっ!」


 私の名前を呼びながら、私の肩を抱かないで。

 これ以上私を甘やかさないでっ!


「いやっ! 触らないでっ。」


 思わず彼の手を振り払ってしまった。

 ああ、翔太ぁ......ごめんなさい。


「リリィ......。」


 最後に私の名を呟いた彼が、私から離れていく。

 ああ、離れていく......。

 彼が、彼の心が......。


「翔ちゃん、大丈夫?」


 倉橋のお気楽な声が聞こえた。

 でももう、辛過ぎて、混乱してて、そんな事、倉橋の事なんかどうでも良くなっている。

 なんだか笑えてきたかも。


「よりちゃんっ。また「笑ってる」よ。心配なのはわかるけど、人から酷い子って思われるからね。直そうね。」


 彼が変な事言ってる。笑ってるのに心配? ふっ。 意味わかんない。

――そいつは元々酷い奴だよ。


「うん、ごめんなさーい。気を付けるよ。」


 相変わらずのむかつく声。


 だけど......もう、どうでもいい。どうでもいいです。


 彼の心が手に入らなければどうでもいいのです。


「もうっ! 人前でくっ付いちゃ駄目だよ。勘違いされるよ。」


 ふっ、勘違い? 何が? どうでもいいけどね。


「……勘違い?」


 お前もわかんないのかよ。彼女の癖にトロ臭せぇな。

 私だったらそんなの無いよ。

……だから消えろよ倉橋。


「そうっ! 勘違い。だってよりちゃん、きたざ......じゃなくてあの人と......も駄目か。えっと兎に角駄目だよ。あの......その、えっと、兎に角なのっ! つまり......僕と恋人と勘違いされるって事っ!」


「え?」


「ほら......わかるでしょ? うーん、だからぁっ。僕と付き合ってるとか勘違いされちゃうよ。」



………………え? 何?



「よりちゃん、わかんない? だからつまり......。」



………………それって、もしかして?



「北澤先輩と付き合ってるから?」


「そうっ! それっ! ってリリィっ! 言っちゃ駄目だよっ!」


「えっ?」「へっ?」


 私と倉橋の声が重なった。

 それどころか、今まで黙って見ていたクラスメートも声を上げていた。

 一縷いちるの、ホンの僅かの希望を抱いて言った言葉を翔太に肯定された。



 って、え?

 どういう事?


「あーもうっ! いいや、ごめんねよりちゃん。ていうかリリィ大丈夫なの?」


「あ、うん」と頷く私。


「そうか、良かった。……でも、よりちゃんそういう事だからっ! 他の男の子と引っ付いちゃ駄目だよ? 知らなかったの?」


 そうだよねぇ~、もしかしたら知らなかったのかも......。

……いえ、勿論彼女は知っていたでしょう。


 でも......。

 つまり。

 翔太は......。


「翔太は倉橋さんと付き合って無いって事?」


「へ? そんなの当たり前だよ。よりちゃんは幼馴染だし、北澤先輩に怒られちゃうよ、って、ほらっ! 離れて。」


 そう言って倉橋を引き剥がす翔太。

 倉橋は目を見開いて、酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせている。


「翔ちゃ......ん? だ......て、大好き......て......。」


 倉橋がうろたえている。これ以上無いくらいにうろたえて、途切れ途切れで問いただすけど......。


「うん? そうだよ。当たり前じゃ無いか! こんな、か、可愛い......幼馴染を嫌いなわけ無いでしょ。好きに決まってるじゃない。」


 聞いた倉橋は、何か言おうとしているが、ショックが大きすぎるからか、上手く言葉に出来なかった。


 そして、そこへ畳み掛ける様に翔太が言う。


「お互い勘違いされると......。って「キモい」よね。僕となんか付き合ってるって誤解されるの......ごめんね。でもそういう事だから、くっ付くのは恋人とする事だからね? 僕はよりちゃんの事大好きだけど、線引きは必要だし、わかった?――それに僕にも好きな人いるし......。」


 言いながら私を見る翔太。


 翔太の、翔太には皆にわかっていないと思っているだろうけど、そんな全員にバレバレなその態度に、倉橋は、私を見て完全に固まってしまった。


 え?

 それって?

 それって?


 私は何か言わなくちゃと思った。


 だけど、周りの視線に今更ながらに気が付いた翔太は慌てた様子で


「あっ、て、もう僕帰るね。ごめんねリリィ。じゃあね。」


 そそくさと帰って行った翔太。


 残された私達はしばらく言葉を発する事が出来なかった。


 倉橋よりこは、翔太に引き剥がされた格好のまま動かない。

 いや、動けないか。


 そんな彼女の様子に哀れみさえ覚える。


 可哀相な彼女。

 取り残されてしまった彼女。

 痛々しくて見ていられない彼女。

 なんだか知らないけど、勘違いしてしまった彼女。

 翔太が私の事を好きって知ってしまった彼女。

 皆にどんな顔すればいいのかわからない彼女。


………………。


 私はそんな、真っ白に燃え尽きたかの様に立ち尽くす倉橋の肩に手を置いて。

 出来る限りの満面の笑顔で声を掛けた。


「ドンマイ。」


 後に、私のこの時の顔を見ていたクラスメートは語る。


 とても......とてもウザかったと......。



 

 教室中からは、ただ......。


「ないわー」

「相川ないわー」


 の声だけが木霊していたとさ。

 




 これで暫くは更新が遅れます。多分一週間くらいですかね。


 それから、これまでで、道程の半分くらいです。

 まだまだ続くよ~。


 皆々様の良いお暇つぶしの為に、いや、暇つぶしになればいいなぁ~くらいのもんですが、頑張って行きたいと思います。

 今後とも、今作をお見捨て無ければ幸いです。

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