第13話 多面的な彼女
リリィ・アンダーソン その4
「翔ちゃんごめーん。お弁当渡すの忘れちゃった~。エヘヘー。」
鬱々と、ご飯も食べる事が出来ずに考え込んでいると、教室の扉から能天気な声が聞こえた。
その大きな声にクラス中がドアに注目する。
……そこには何と、噂をすればなんだっけ? 噂はしてないけど。
調度今、私が考えていた子。その倉橋よりこが立っていた。
クラス中が完全に沈黙する。
それはそうだ。
噂の渦中にある彼女が、そのまた噂の渦中にある翔太を訪ねて来た。
しかもクールビューティーという言葉がピッタリの、普段寡黙な彼女が、まさかあんなにこやかな顔でアホの子みたいな声を出すなんて。
クラスメート全員がポカンと口を開けている。
「翔ちゃ~ん、翔ちゃんどこ~?よりちゃん来たよ~、一緒にお昼食べよ~。翔ちゃ~ん。」
まただ。
正直、普段の彼女を知っている人には信じられないだろう。
私も今目の前の現実が信じられない。
彼女は私を知らないだろうけど、私は彼女を知っている。
一度も同じクラスになった事は無いけれど、中学生の時、無茶苦茶モテていた彼女の事だ。知らないはずが無い。自分のクラスの男子が、彼女の話で盛り上がっているのを散々聞いている。
最近では、サッカー部の先輩から後輩へのキツイ「シゴキ」を止めさせたとかだそうで、同級生の男子から「女神」ってあだ名されているそうだ。
……ていうか、ウチの学校のサッカー部って確かインターハイ出場の常連校だから、シゴいてなんぼじゃないの? 運動部ってそもそもそういうもんだろうし......。それでもその「女神」の為に練習を頑張っているそうだから、結果オーライなんだろうけどさ......。
それで、何で態々そんな事をしたかというと、当時後輩の指導に当たっていた、現キャプテンの北澤先輩に近づく為だったらしいっていうのが、もっぱらの噂だ。
北澤先輩の事を好きな子が、妬んで言触らした噂っぽいけど、北澤先輩って物凄く格好良いもんね。仕方ないよ。
サッカーに対して凄くストイックで努力家らしくて、そこが良いんだとか......練習も率先して行うし、後輩の面倒見も良いらしい。
良い所ばっかり言われてる、悪い所、悪い噂を聞かない完璧超人。それが北澤先輩。まるで少女漫画の王子様みたいな人だ。
なのになんで、倉橋よりこは北澤先輩じゃ無くて、よりにもよって不細工な翔太なんかを......。
そうだ。
さっきも思っていたんだけど、倉橋よりこっていえば......。
「ねえ、倉橋さん。」
声を掛ける。いくらか声色が刺々しくなってしまったのは許して欲しい。
「……何? 何か用? 今は翔ちゃんを探しているから、話しかけないで欲しいんだ......け......っ!」
女性にしては低く、そして刺す様に冷い声だ。まるきり翔太を呼んでいた、優しげで甲高い声とは違う。これ程までに声色が違うと、まるで腹話術か副音声かの様に思えてしまう。
そんな彼女は、私の顔を見て驚いた表情をした。あんなにゆるゆると笑っていた優しそうな顔が、こちらを振り向くと一瞬にして氷の様に表情を無くし、目を鋭くさせた。
私を射抜く瞳は、まるで鷹の目を彷彿とさせる。
この「女」怖い。
率直な感想だ。
さっきまでとは別人。それどころか、私がいつも遠くから見ていた時の、ただ無表情な彼女とも違う、冷徹そうな面差し。
これが普段の私なら、尻尾を巻いて逃げ去っているだろう。対峙するだけでわかる恐怖。すでに私の喉はカラカラに渇いてしまっている。
それ程に、この「女」には、刺す程に冷たい、冷気の様な雰囲気を感じる。
でも、負けない。恋に負けてしまっても、負けるわけにはいかないんだ。
……だってっ!
「翔太ならここに居ないわよ。」
「翔......太? 何で呼び捨てなの? 貴方一体、翔ちゃんの何?」
「私は翔太の『親友』のリリィ・アンダーソンっていうの。ところで倉橋さん、一つ聞きたいんだけど......。」
私は言いかけて、倉橋よりこの顔が驚愕に満ちているのを見た、目を大きく見開いてこちらを見ている。
彼女の大きな瞳は、何でもない時にはあんなに美しく見えるのに、今は私の目に、ただ恐ろしく映ってしまう。
それにしても、表情のころころ変わる事、いつもの彼女では無い。
「リリィ・アンダーソンっ! という事はやはり......貴女がエリィ・エマーソン......だったのね......!」
え?
予想もしていなかった言葉。
私と翔太だけが知っている二人だけの名前。
「な......んですって!? 倉橋さんっ! どこでその名前をっ!」
おかしい。
今日初めて見知った顔であるはずの彼の、翔太の小説に出てくるヒロインの名前を知っているはずなどありえない。
翔太に近しい存在。
でも、翔太のパパやママでも知らない事だ。ちょっとやそっとの親密さでは無い。
そしてそんな知り合いって翔太にはいない。彼の親友である私がいうんだから間違い無い。
だからおかしいんだ。知っている訳無いはずなんだ。
……でも、私は一つだけ心当たりがある。
それは唯一の彼女と翔太との接点。
……ではここは一つ、それを聞いてみる事にしよう。
「久羅菱宵仔......。」
私が呟いたその名前を聞くと、驚きの表情を隠し、更に先ほどより眼光が鋭くなる倉橋よりこ。
やっぱりそうか......知っていたか。
でも、一体どうして?
「どういう事? 倉橋よりこっ! 何故あんたが翔太の書いたエロ小説の事知ってるのっ!? あんたと翔太って一体何なのっ!?」
鋭い眼光に、少しの困惑が混じる。
「一体何、ですってっ? それよりお前の方こそ、一体......!?」
そう、途中で言葉を切った彼女の口が、ゆっくりと裂けるように吊り上っていく。
「そうかっ! そうだったのかっ! でもっ! 私がっ! 私の方がっ! 翔ちゃんに......。私が......。ふふ、ふふふっ、あはっ、あはは、あははははは。」
そして、急に狂ったように笑いだした倉橋。
そんな風に笑いながらも、勝ち誇った様に居丈高な態度で。
「あははっ! あはははっ! って、あら、ふふふっ、ごめんなさいね、ふふっ。笑ってしまって......。ふふふっ。」
何っ? こいつっ!?
むかつくっ!
笑いが収まらない倉橋。
そのむかつく嘲笑を隠すかのように、手を口に当てているが、それがまた人の神経を逆なでする。
「うふふっ、そうね、質問に答えてあげるねっ! 私は......。私は翔ちゃんの幼馴染でありっ! 恋人でありっ! そしてっ! 婚約者よっ!」
……なっ!?
「なっ、何ですってぇ~っ!」
今まであまりの事に、ポカーンと口を開けて黙っていたクラスの皆も、軒並み驚いている。
そりゃそうだ。
だって、そんなの初耳だ。
私は翔太と6年も付き合いがあるっていうのに、一度もそんな事聞いた覚えが無い。
「お、幼馴染っ!? それに婚約者って、本当なの!? 」
倉橋は尚も勝ち誇った様に、残酷に告げる。
「ええ。本当の事よ。翔ちゃんとは物心付く前から、本当に小さい時からの幼馴染......。そしてっ! 6歳の時に! 結婚を! 誓い合っているのっ!」
そんな......。
「で......でもっ!」
でもそうだ。
私は尚も食い下がる。
「でもっ! 翔太とは6年来の付き合いだけど、あんたの事なんて、一回も話した事なんてなかったわよっ!」
おかしいんだっ!
だって本当に聞いた事無いんだもの。
「なっ!?」
倉橋の勝ち誇った厭らしい顔が一転、驚愕に染まる。
そんな倉橋の様子に、我が意を得た私が追撃をかける。
「だからさ~、ありえないわよね~。嘘なんじゃないの? それってあんたの妄想とかじゃね? いた~い。倉橋さんいた~い。」
「なっ!? ち、ちがっ......!」
くくっ、慌ててる慌ててる。
「それにさあ。」
そうだ。
それに、こいつは
「あんたって、北澤先輩と付き合ってるんじゃ無かったのっ!?」
――そこんとこどうなのよっ!
――倉橋よりこっ!――
もしこの小説が、貴方様のお暇をつぶせない程つまらなく感じる時は、
相川翔太→哀川翔(俳優)
倉橋よりこ→倉橋ヨエコ(シャバダ歌謡歌手)
に脳内置換してもう一度読んで見て下さい。(知らない人は調べてね)
新世界が見えるよっ! やったね宗ちゃんっ!
次も多分、明日。




