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第11話 ウサギは山に帰りましたとさ

相川翔太 その6




 僕らは人通りの少ない場所まで来ていた。


 北澤先輩と付き合っているという事も、大っぴらに言う事では無いし、そもそも僕は人に注目されるのが嫌いだ。

 人気者のよりこちゃんと話をするっていう事は、どうしても注目を浴びてしまうという事。

 さっきもよりこちゃんを連れて行く時「倉橋さんかわいそう」「あいつ誰?」「先生に言った方がよくね?」なんて聞こえてきて嫌になった。

 まあ、彼女の異様な様子を見ていたクラスメートだから、心配になってそんな事言ってたんだろうけど、余りにもあれだから「僕はよりこちゃんの幼馴染だっ!」って思わず言いたくなっちゃった。

 勿論、僕は彼女に酷い事なんて絶対にしないよ。



「翔ちゃん、さっきもいったけど、タイムマシーンはまだ開発途中なの。いえ、途中どころか、計画書を今作っている所なの。だから、まだ待って欲しいの。絶対、絶対大丈夫だから。だから今は待って欲しいの。」


 また変な事言ってる。


 それにしても彼女の様子が本当におかしい。なんというか、物凄く追い詰められている感じだ。

 目は見開いたまま座っているし、息もハァハァと荒い。

 まるで今から僕が彼女に死刑宣告、いや、死刑執行をするみたいだ。


 僕は気が付かない内に「よりちゃん」をここまで追い詰めてしまっていたんだ。

 本当、本当に心の底から申し訳ないなという気持ちになる。

 でも、僕は彼女を傷付けるつもりなんて微塵も無い。そして彼女には少し間だけ我慢して欲しい。僕は謝って、そしてもう酷い事しないよって伝えたい、そしたらきっと、よりこちゃんは安心出来ると思うから。


「あのね。取り敢えずね。今朝の事を謝ろうと思うんだ......。だからね、その......ごめんねっ!もうしない、絶対にしないから、だから許して......いや、許さなくてもいいよ。でも、本当にごめんね。絶対もうしないから。だから安心して。金輪際近寄ったりしないし......。」


「いや......イヤッ!」


 大きくかぶりを振って取り乱すよりこちゃん。

 どうやら僕の謝罪は受け入れられないみたいだ。

 それが凄く残念に思えてしまう。


「いいよ。そうだよね。嫌......だよね。……わかるよ。仕方ないよね。でも、本当にごめんね。」


 そして、僕は彼女のカバンと靴をそっと手渡した。


「これを渡したかったんだ。今朝忘れていったの。よっぽどショックだったんだね。ごめんよ。でも、もう大丈夫だからっ。」


 言うと、よりこちゃんは、手渡された荷物と僕とを交互に見つめて、目をぱちくりさせた。何故だかとても驚いている。呆然としているというのかな?そんな感じ。


「渡したかったって......これの事? 引導じゃなくて?」


 うん? 引導?

 ああ。やっつけるみたいな事か。

 酷いな、そんな風に思ってたの? まあ、仕方ないけどね。


「違うよ。そんなんじゃないよ。」


 僕は出来るだけ優しく、そして出来うる限り優しい笑顔を心がけて言った。

 よりこちゃんも僕のその姿に安心したみたいだ。顔もほころんでいる。

 良かった。分かってくれたみたいだ。


「だから、これで終わりだよ。もうお互い関係無い。……だから、これからは僕の事は気にしないでね。何もしないしね。……それで、北澤先輩とお幸せにね。」


 言い切れた。

 言えた。良かった。言えたよ。


 もう「よりちゃん」を傷付ける事も無い、それによりちゃんに傷付けられる事も無い。だってそうでしょ? あんな、変てこで、可愛くて、小さな頃は僕の後ろを付いて回って来た子に、いつも頼り無さそうで、助けて欲しそうにしていたあんな子に傷付けられる事なんて無い。そんな風には思えないよ。


 そんな可愛い僕の幼馴染の幸せを、純粋に祈れる、願えるなんて、こんな自分が好きになる、なんて素晴しい気分なんだ。


 ありがとう、よりちゃん。

 こんな幸せな気持ちにさせてくれて、ありがとう。

 だからよりちゃんも幸せになってね、北澤先輩と仲良くね。僕は影ながらいつだって応援してるよ。


 そんな、凄く、凄く幸せで嬉しい気持ちで伝えた言葉を、よりちゃんは最初、笑顔で聞いていた。

 だけど......。




「じゃあ、いらないっ! 」



 唐突にそう言って、ドンッと荷物を僕に付き返した。


 え?


「これは翔ちゃんが持っててっ! 」


…………。


「ええ~っ!!!」


 どういう意味!?

 どういう事!?

 状況に付いて行けない僕に、更に言う。


「だから、関係無いとか言わないでっ! 終わりだなんて言わないでよぅ......。」


 言い終わると、手に持った荷物を抱えて、大泣きしてしまった彼女。

 そんな彼女を他所に、僕の頭は正に大混乱。

 もう、本当に何がなんだかわからない。


 大泣きする彼女。おろおろしてしまう僕。

 朝の廊下は騒がしいけど、それでも流石に目立ってしまう。


 その事に焦ってきた僕だけど、ふと......分かってきた事がある。


 それが、段々形になってくると、僕の混乱は収まってきた。

 

 そうか、そういう事かも。



「よりちゃん。それってつまり僕の事、嫌じゃないって事?」


 自信は無かったけど、聞いてみた。だってそれ以外に考えられないし。


 すると、大泣きしていた彼女だったけど、嘘みたいにピタリと泣き声を止めた。

 でも、未だ泣きっ面だし、正直、その涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔は、いつもの彼女らしからぬ物だ。僕でもちょっとアレだと思う。

 普通は、百年の恋も冷めるって言うんだろうけど、でも僕はそう思わない。だって彼女は昔からそうだから。


 皆が言う様なクールな女の子に見えたのは、きっと、ただ無表情でいただけだ。

 彼女の事だ、その事に意味なんてないだろう。

 美しいのや優等生なのは昔からだけど、それ以外は色々抜けてる駄目駄目な女の子。

 僕の可愛い幼馴染。


「そうだよぅ~。そうだって言ったじゃん。やっと......やっとわかってくれたの?」


 そう言うと、よりちゃんはおもむろに抱きついて来た。持ってた荷物がドサッと廊下に落ちる。でも、そんな事構わないとばかりに、思いっきり腕に力を込めている。それが彼女が抱いていた感情の強さを表していた。

 よりちゃんは女の子にしては背が高いけど、僕みたいな大きい男からすればやっぱり小さい、胸元にすっぽりと嵌ってしまった。

 グチャグチャの顔をギュッと僕の胸に埋めて、そして目だけを覗かせる。


「私が翔ちゃんを嫌うわけ無いじゃない。ありえないよ、そんな事。」


 言ってから、また顔を僕の胸にゴシゴシと甘える様に擦り付けるよりちゃん、そんな仕草も昔と変わらないな。


 そうか......。

 そうだったんだね、よりちゃん。僕ってよりちゃんに、嫌われていたわけじゃなかったんだ。

 でも、嫌いじゃ無いって言ったっけ? まあいいけど......。


「嫌わないでいてくれたんだ......でも......僕の事、怖く無かったの?」


「怖かったよ。怖いに決まってるよっ。だって翔ちゃん酷いんだもん。あんなのってあんまりだよ。」

 

「酷いよ、酷いよ」と繰り返している。

 僕はそんな彼女の様子に、申し訳なくなり、でも可愛らしくも思い、彼女の頭を両腕で抱き寄せ、そのさらさらの髪を梳くように撫でる。


「ごめんね『よりちゃん』怖かったね。ごめんね。」


 僕の腕の中に居たよりちゃんは、僕の「よりちゃん」って言葉に、一瞬ピクッと反応した。

 流石にこの年で「よりちゃん」は不味かったかな? でも一旦、昔の可愛い幼馴染と、今の姿が重なったよりちゃんには、この小さい頃の呼び方は丁度良いというか、似合っていると思えた。


 ところでそういえば......と、僕はある事に気付いた。


「でもよりちゃん。今『笑って』無いね? さっきまで『笑って』たのにどうしてかな?」


 幼い頃のよりちゃんにした様に、あやす様に出来るだけ穏やかに言う。

 よりちゃんは、まるで駄々っ子の様な素振りで、ぶっきら棒に「わかんない」と言い、殊更強く顔を擦り付けた。

 やっぱり「よりちゃん」で正解みたいだな。子供の頃に戻ったみたいだ。


「わかんないかー。でも、えらいえらい」と、子供を褒める様に頭をちょっと強めに撫でた。これはちょっと......いくらなんでもやり過ぎかな? ついつい昔の癖が出てしまった。


「でもね。そうさせた張本人の僕が言うのも、おかしいかもだけど。よりちゃん『笑っちゃ』駄目だよ。折角直ったのに、我慢出来なかったの?」


「だってぇ~、それは翔ちゃんがぁ......。」


「そうかもね。でも『笑う』のは僕がした事には関係無いよね? だったら、泣けばいいんだし。」


「うぅ~」とか「あぅ~」とかくぐもった声が聞こえる。って、こりゃ完全に幼児退行してるな。昔もこんなやりとりだったし、と懐かしくなってしまう。

 それに恥ずかしいのか、ここから見えるよりちゃんの耳が真っ赤だ。きっと顔中も真っ赤なんだろう。


「だから『楽しい時は笑っても良いよ。でも悲しい時は泣くんだよ。』って言ったでしょ? それに何? 人のせいにするの? え~、よりちゃんは悪い子だったんだなぁ~。僕ショックだな~。」


 僕の言葉を聞いたよりちゃんは、僕にしがみつく様にしながらも、その熟れたりんごの様に真っ赤にさせた顔を向けた。泣きそうな目をしている様にも見える。そして「はう~」だとか「ふぅ~」だとか言ってる。

 他人が僕のこの台詞を聞いたらきっと「キモい」って思うかもしれない、でも彼女には大丈夫。それに、意地悪している様に見えるかもしれないけれど、彼女に言う事を聞いてもらう時はこれが一番だって思い出したんだ。

 少し理不尽な物言いだけど、彼女の癖を直していくには、またこの方法を取るしかない。

 そしてこの台詞は効果てきめんで、よりちゃんは暫く唸った後「わかった......頑張る」と言って頷いた。

 でもやっぱり恥ずかしいのか落ち着かない様子で、上半身を僕に預けて太腿を摺り合わせた。


 これも昔からの癖なんだけど、僕がこう言うと、彼女は必ずといって良い程、こうなるんだ。


 暫くそのまま、唸りながら足をモジモジさせてたけど、なんとか気持ちを落ち着かせる事が出来たみたいで、意を決したように目だけキッとさせて僕を見た。


「私は翔ちゃん嫌いじゃないよ。当たり前だよ。何があってもそれは変わんないよ。絶対だよ。でも......だけど、翔ちゃんは私の事嫌いなの?」


「なんで? そんな事無いよ。どうして?」


 その言葉を聞いた彼女は、カラカラの萎んでいた花に水を上げたように、みるみる顔を輝かせた。

 もう泣いた顔はどこかへ行ったみたい。良かった。といっても、顔は真っ赤だし、涙と鼻水で凄い事になってるけどね。

 僕の制服の胸元もビシャビシャだ。帰ったら洗濯だな。いや、クリーニングか。


「でもどうしてそんな事聞くの? 僕がよりちゃんを嫌いなんて事あるわけ無いじゃないか。ってあれか、出て行けとか言ったやつ? あんなの勢いだから、気にしなくて良いよ。」


「本当っ? 嫌いじゃ無いのね? じゃあ......じゃあね! 好き? 私の事好き?……私は、私は翔ちゃんの事大好きだよっ!」


……そうだったのか。


 言った後、すぐさま僕の胸に顔を埋めてしまった彼女の、腕の力が強まる。


 そんな彼女の言葉に、姿に、僕は大きく動揺を覚える。


 でも、言わないと。


 ここまで言わせたんだから、僕からも言わないと。



「あ、当たり前だよ。嫌いじゃないよ。 好きだよ。 だ、大好きだよ! 決まってるじゃないか!」



 少しどもってしまったけれども、大きな声ではっきりと言った。


 ……そう。

 これが僕の偽らざる本心だ。





「ショウちゃんは いつも起きるの おそいから」


倉橋よりこ 小学4年生の時に宿題で詠んだ川柳


次はリリィ・アンダーソン

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