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第10話 犬を制するには、先ず首輪とフリスビーからっていうでしょ?

相川翔太 その5




 彼女は教室の一番窓側の一番後ろに座っていた。つまり端の席。


 一心不乱にノートに何かを書いているようだ。宿題かな?


 それを邪魔してしまう事に、少し申し訳ないように思ってしまったけど、それでも、どうしても話して置きたくて、声を掛ける事にした。


「あの......。倉橋さん?」


 言うなれば、劇的。


 僕が声を掛けた瞬間、そういっていいくらい、よりこちゃんはバッと勢い良くこちらを振り向いた。そして物凄く驚いた表情をしている。

 彼女の驚愕に大きく見開かれた瞳に、僕は尚更罪悪感を感じて、堪らくなり思わず目を伏せてしまった。


 そして僕は理解した。もう終わったなって。彼女との関係、幼馴染としての関係は終わってしまったなって。こんなに怯えられてしまうなんて......。

 僕のせいで彼女をこんなに傷付けて......。本当、僕ってどうしようも無い奴だ。


「あの......実は話したい事があるんだけど......いいかな?」


 それでも何とか話を進める事が出来た僕。

 目を伏せた際、ちらりと目に映った彼女のノートには、大きく書かれた60ヵ年計画という文字と、その隣のタイムマシーン開発計画という文字が絵付きであった。

 一体なんだろう? 60ヵ年計画? 経済政策の事かな? にしてはタイムマシーンとか書いてるし、それから古いアニメで観た「これぞタイムマシーン」みたいな絵が描かれている。もしかして、僕みたいに小説でも書くのだろうか。それの設定資料集......みたいな物かな?


 彼女はそれらが書かれたノートをパタンと閉じて、ゆっくり目を瞑る。まるで何かに耐えているように少しだけ震えている。


 いや。何かだなんて、そんな卑怯な言い方はよそう。だってそれは、僕に対して感じている、恐怖からに決まっているんだから......。


「話って......何かな......? 翔ちゃん......。」


 よりこちゃんが答えた。まだ僕の事を「翔ちゃん」って呼んでくれるみたいだ。


「あの......話したい事があるんだ。それに渡したい物も。」


 僕が言い終わると同時に、よりこちゃんは大きくビクッって震えた後、それからまた小刻みに震えだした。

 そして、そのまま震えながらも、恐る恐るといった感じで、こちらを覗き見る彼女の顔が見えた。

 ああ、よりこちゃん。

「笑ってる」泣きそうな目をしているのに「笑ってる」よ。


 そんなよりこちゃんが搾り出す様に小さな声で


「わ......渡したい物って? え? あのっ、ま、まだ。タイムマシーンは出来ていないから......。まだ完成していないから......。だから、まだ、待って欲しいの。」


「?」


 タイムマシーン?

 ああ、さっきのノートに書いてた奴か。


「だから、それまで待って欲しいの。それに、無かった事に出来るといっても、私、まだ気持ちの整理がついていないから......。」


 混乱しているのか、彼女は意味不明な事を言う。


 無かった事に出来る? タイムマシーンでって事? でも気持ちの整理とどう関係あるの?

……それってつまり僕との関係って事?

 それに、そもそもそれって、小説か何かの設定の話じゃ無いの?

 もしかして、そんな事も判らない位、追い詰められているって事か?


 でも、それにしたってタイムマシーンって......。

 本当、昔からよりこちゃんって変な事言うよね。


 そういえば、昔、小学校に入りたての頃、通学路に大きくてよく吼える番犬が居る家があった。

 その家の前を通る度に吼えられて、確かに僕も怖かったけど、鎖に繋がれてたし、そもそも門だっていつも閉まっていたから、全然平気だと思った。

 でも、小さいよりこちゃんは怯えに怯えて、いつもその家の前を通る時は僕の背に隠れてた。

 そんな風に隠れていても、吼えられると泣いちゃうよりこちゃん。僕が頑張ってなだめるけど、あんまり効果が無かった。

 それで、ある日。

 ついによりこちゃん、色々「キレた」らしくて、何を思ったのか、両手にそれぞれ首輪とフリスビーを持って、その番犬に、鉄柵の門越しに「吼えないで、吼えないで」って泣きながら話しかけてた。

 因みに、よりこちゃんちに犬は居ない。でも、何で犬も飼っていないのに首輪とフリスビーを持ってたかっていうと、簡単な話。よりこちゃんのお母さんに泣きついて、無理言って買って貰ったらしい。

 同じ買って貰うにしても、餌やお菓子ならわかるけど、首輪とフリスビーって......。気持ちはわからなくも無い事も無い。

 つまりやっぱりよくわからない。彼女としては「遊びましょ」って事を伝えたかったんだろうけど。

 当然、そんな事してもその犬は吼えるのを止めたりしなかったけど、それが毎日続けば話は違ってくる。

 始めは無茶苦茶吼えてた犬だけど、それが繰り返されて、よりこちゃんの事に慣れてしまったのか、いつしか吼えなくなっていた。


 めでたしめでたし。


 でも結局、よりこちゃんが毎日ランドセルに入れていた首輪とフリスビーに、何の意味も効果も無かったんだけどね。その証拠に、その番犬。一度としてよりこちゃんが持ってる物に興味を示さなかったし......。



 僕は、そこまで思い出して、ようやくわかった。

 それはつまり彼女の事。

 長い間、本当に長い間、彼女とロクにおしゃべりもしなかったから、もうとっくにすっかり忘れていた事。


 彼女の言った事はやっぱり訳が分からない。普通、空想の道具で関係を無しにするとか言われたら、困惑してしまうだろう。馬鹿にされていると思って、怒り出してしまうかもしれない。


 でも、彼女って「よりちゃん」ってそういうんだ。昔からそういう子だったんだ。


 よりちゃんって、昔からさっきの話みたいな事や、不思議な事、それに今みたいに、急にタイムマシーンがどうとかっていう、突拍子も無い事言って、皆に何それ? って言われたりしてた。それで怒っちゃう子も居たりした。

 前後の繋がりが無い話や行動も良くしたから、彼女のそんなとこに慣れてない、あんまり仲良く無い子にはさっぱり良くわからない事。

 よりちゃんは昔から頭が良くって勉強は凄い出来たから、勿論当然おバカってわけじゃない。

 でも、それとは違くて、周りの事が良くわからなかったり、自分の世界を大事にしてたりとか、つまりそういう事だと思うんだ。


 ちょっと変わった子。それが「よりちゃん」


 だから、なんだか、そんな風によりこちゃんの事を思い出していたら、今目の前にいる彼女が、昔の、僕の良く知ってる「よりちゃん」に見えて来た。

 泣き虫で、でも「笑って」しまう変な子で、いつも僕の後ろに引っ付いてきた可愛い子、僕の初恋の子。

 そう思ったら、なんというか、微笑ましいというか、愛しいというか、懐かしいというか、そんな暖かな気持ちになる。


 目の前の、僕のせいで怯えている彼女に申し訳なく思ってしまうけど、ついさっきまで、実は僕が彼女に対して抱いていた劣等感や、それに付随する、完璧で優等生で美しい彼女に「もしかしたら傷つけられてしまうんじゃないか」なんていう被害妄想の様なちょっとした恐怖、そんな物が一気に萎えてしまった。


 思い出したのが遅すぎたかもしれない。それを今更後悔する。ここまで来てしまっては、彼女をこんなに怯えさせてしまっては、取り返しが付かない。

 けど、彼女との関係はもう終わりだけど、これで最後なんだ。

 せめてしっかり謝っておかないといけないな。


「あの......ここじゃなんだから、ちょっといいかな?」


 緊張した面持ちの彼女の「ゴクリ」と鳴る喉の音が聞こえた。



今日中にもう一本はいけるでしょう。

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