第1話 目覚めの朝に内緒のキスを
基本的に一人称で進めて参ります。
倉橋よりこ その1
私、「倉橋よりこ」の朝は早い。
5時に起床して、お弁当作りに取り掛かる。彼のお弁当と自分のお弁当。
彼は沢山食べるから、大きなお弁当箱に、昨日の夜から仕込んでいた物をさっと調理して詰め込んでいく。
彼の分が終われば自分の分。
ダイエット中だから少なめに。
シャワーを浴びて身支度をする。
流行の姫カットのロングヘアーは、手入れに時間が掛かるし大変だ。
制服のスカートは短めで。彼以外に肌を見られるのは嫌だけど、髪も服装もダイエットも、これって全て彼の好みに合わせる為だ我慢しよう。
身支度を整えると手早く朝食を済ませ彼の家に向かう。
呼び鈴を鳴らすと彼のお母さんの返事が聞こえた。もう小学校1年生から続けられた事だ、わざわざ出るほどでも無いのだろう。
以前、寝ぼけて呼び鈴を鳴らさず入っていってしまった事があったが、私を見た彼のお母さんは驚きもせず出迎えてくれた。彼のお父さんも、いらっしゃいでは無くおはようと言ってくれた。
もう私が朝家に居る事が、当たり前になっているので何とも思わないのだろう。
着実に外堀は埋まっている。ここだけ見るともう秒読み段階だろう。
でもまだだ。
いいえ、まだまだだ。
彼の両親に挨拶を済ませると、二階にある彼の部屋に向かう。部屋の前には最近置くようになった、真新しいピンクの座布団が置いてあった。
私はそれをいつもの様に丁寧に退かせる。
最初、何で置いてあるのか分からなかったので彼のお母さんに聞いたが、彼のお母さんも分からないとの事だ。
彼のお母さんが言うには思春期だし、難しい年頃だから気にしないであげてとの事で未だ良く分からないが、特にそんなに邪魔になる物でも無いし、退かせても何かを言われた事が無いので、おまじないの一種なのでは無いかと推察する今日この頃。
彼も結構乙女チックな所があるものだ。
部屋の扉にはいつもの様に鍵が掛かっている。だけど問題無い。
私はカバンから彼の形を模った手製のストラップが付いた鍵を取り出した。
カチャリと鍵を回して部屋の中へと入る。
部屋に入ると彼が気持ち良さそうに眠っていた。
彼の凛々しく端正な顔立ちに、私の胸は躍り騒ぐ。登校する日にはいつもの事なのに全然慣れない。
彼がぐっすり眠っているのを確認する。
彼ったら、一旦眠ったらちょっとやそっとじゃ起きないからあんまり心配無いんだけれど、私が今から彼にする事を思えば、用心に越した事は無いと思う。
私は身を屈め、彼の何も知らない無垢な寝顔に自分の顔を近づける。
そして唇を重ね合わせる。
軽い、本当に軽い口付けをする。
顔に血液が集まるのがわかる。顔が熱い、これだけはいつまで経っても慣れない。
でも止めないけど。
もうこの朝のキスはかれこれ10年は続けている。
彼のファーストキスと私のファーストキスは同時。10年前のあの日。
でも彼は知らない。というかきっと忘れている。
それにもし、私が毎日こんな事をしていると知られてしまったら、はしたない女の子だと思われる、そして絶対に嫌われる。
そう、私は彼が好き。
凄く好き。物凄く好き。
昔からずっと変わらないこの気持ち、いいえ、変わっていく気持ち。
年を追うごとに、日に日に膨らんでいくこの想い。
――これってきっと、愛してるってやつだ。
だけど、彼は私の事好きなんだろうか?
嫌いでは無いと思うけどわからない。
一旦そんな風に思ってしまうと不安で不安で堪らなくなる。
もしかしたら私の事が嫌いなのかも……とか、他の娘と……とか、考えてしまって、気持ちを落ち着かせる事が出来なくなってしまう。
――だから私は、そんな自分の心をどうにかする為に、いけないと思いつつもまた彼の唇に吸い寄せられるのだった。
どうぞ宜しくお願いいたします。
拙文ですが、貴方様の良いお暇つぶしになれれば幸いです。