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片思いの末に ~前編~

おいでくださりまして、ありがとうございます。2話で完結の物語です。では、ごゆっくりどうぞ。

季節は冬。辺りが白銀に覆われたとある小さな国で、ちょっと変わった王様の下で働く、若く優秀な一人の宰相殿がいる。

古くから立つ城の一室、暖炉の火が灯る暖かな執務室で、困ったように顔をしかめているのが、噂の当人だ。

少し長めの茶髪に、月色の瞳を持つ容姿。それが、ラグアス宰相閣下本人である。


「陛下、お願いですから仕事をしてください。」


「んー、だってぇ。聞いてよぉ、エリー!…リィが口をきいてくれないんだよ。今日で3日だよっ、3日!!酷すぎるよ、僕…生きていけない。うぅっ。」


「えぇ、何十回と同じ事を聞かせて頂いています。お言葉を返すようですが、妃殿下があのように怒られたのも、陛下がしつこいほど殿下にベタベタされていたからでは?ちなみに、私の名前はエリーではなく、エリオットです。」


「…エリーまで、僕をいじめるんだ。ただリィが好きなだけなんだよ?なのになんで、ウザイなんて言われなきゃいけないの…。酷いよー、僕はこんなに愛してるのに。」


「…ですから、エリーではなく。」


「うわぁん、エリーのばかあ!!仕事なんてしないっ。」


先程から机に突っ伏しているのが、仮にもこの国の一番偉い地位に就く、…王なるものである。綿毛のように丸っこい癖毛で、日だまり色の髪と茶色の瞳の幼い容姿のせいか、性格もご覧の通りである。

今日も仕事は進まないであろうと見切りをつけた宰相は、小さくため息をついて、左の壁に備え付けてある窓に目を向けた。視線の先にあるのは、真っ白な雪景色の中、一人佇む蜂蜜色の髪の少女。深緑の防寒着は、庭師の象徴だ。いつも彼が陛下に付き添って執務室にいる時、彼女は良く広い中庭に出て、せっせと雪に埋もれる花の手入れをしている。

その後ろ姿を密かに見るのが、忙しい毎日の中で過ごす彼の唯一の安らぎ。

彼女の空色の瞳は、まだ、一度も向けられたこともないけれど。

彼にとっては、彼女の姿を見れるだけで幸せだった。


「なぁに?エリーちゃん。あの子が気になるのぉ?かーわいいよねぇ、ソフィアちゃんだっけ。まっ、リィのほうが数百倍可愛いけど。」


「うわっ!!っと。へ、陛下!?」


ぼんやりその少女を眺めていた宰相の背後から不意に現れたのは、先程まで机に突っ伏していた陛下だった。

思いもよらない不意打ちでありながら、意をついたその言葉に宰相はすっかり動揺を見せて、手元に抱えていた書類を床一面にぶちまけてしまった。


「あぁーあ、動揺しちゃって。可愛いね、エリーは。あの子のことが好きなんでしょうが。僕にはお見通しだよ。」


「あ、いや。その…。」


床に散らばった書類をあたふたと拾う宰相をニヤニヤと見下げている陛下は、弁解の余地も与えずに面白い玩具を見つけたように彼を見ながら言った。


「気を抜いたらいつも、庭師の娘さんを見てるんだから。みーんな知ってるよ、エリーの五年になる片思いを。残念ながら、本人は知らないみたいだけどさ。」


「みんなっ!?」


「そう、今年こそはエリーのけなげな恋が実るように願ってるのに…。奥手なエリーちゃんは、いつまで経ってもあの子に声すらかけられてない。仕事に関しては右手に出る者はいないのにねぇ。あぁ、死んだ母上が草むらの陰から嘆いていらっしゃるのが、目に浮かぶよ。…よし!ここは、この僕が一肌、二肌脱ごうではないか!お兄ちゃんに任せておきなさいっ。」


「…へ?」


やれやれと呆れて首をすくめていた陛下は、とっても良い策を思いついたとばかりに目を輝かせた。


「さぁて。そうとなったら、リィに相談、相談。」


唖然となる宰相を放って、鼻歌を歌いながら部屋を出る陛下の後ろ姿へと思考を取り戻した宰相は焦って叫んだ。


「ちょっちょっと!兄上っ!?」


「だいじょーぶ、悪いようにはしないから。」


宰相の叫びもなんのその。

颯爽と部屋を去った部屋の中には、呆然と座り込む宰相と床一面に広がった書類の数々が残された。


実を言えばこの二人、似てはいないがお聞きの通り、血の繋がった兄弟である。第一王子である能天気な現国王と、優秀な現宰相。

この国では、男女問わず第一子がその地位を譲り受けることになっており、彼らの両親が二人の生まれる順番が違っていればと嘆いたのは、言うまでもないことだ。


さて、ご機嫌で部屋を出た陛下とは反対に、どんよりと沈んだ気分で部屋を後にした宰相は、自然と足が向いた中庭へと来ていた。

冬の寒さが厳しいこの国では、雪が人の背を越して積もることは当たり前で、人々は冬の間あまり外には出ない。そのため農地や庭は荒れ、雪が溶け出す頃には、荒れた場所を使えるように戻すまで、大変な労力が必要となってしまう。

春や夏、さらには秋。綺麗な花を咲かせる小さなここの王宮の庭は、冬も常に手をかけて管理をしなければならないため、古くから庭について一任させている庭師がいる。

今は初代庭師のその孫にあたるアズウェルと、その娘ソフィアの親子が任されている。


太い柱が等間隔で並ぶ渡り廊下で、白い息が口から逃げていくのも気にせず、ラグアス宰相は父親と仲良く並ぶ少女の後ろ姿を建物から出た直ぐの場所で眩しそうに眺めていた。


「父さん、見てっ。芽が出てるわ。」


「おお、ほんとだな。春まで持てば、綺麗な花を咲かせるだろう。」


「でも、小さいから雪に負けてしまうかもしれないわ。」


嬉しそうに父親を呼んだ声が次第に小さくなり、悲しそうに肩を落とした。そんな娘を見た父親は、慰めるようにそっと肩を抱いてやった。


「ねぇ、この花を鉢に植え替えて、私の温室に置いては駄目かしら?」


しばらく沈んでいた娘は、良いことを思いついたと顔を上げて父親に提案した。


「おぉ、それなら花も潰されずに、伸びやかに育つな。」


「でしょう?じゃあ、鉢を持って来なくちゃっ。」


父親に向けていた笑顔を思案顔にコロリと変えて、急いたように駆け出した。


「転ばぬようになっ!」


あわただしい娘に、心配になって声を掛けた父親の声も聞こえなかったようで、彼女は宰相が佇む廊下の先を横切り、走って行ってしまった。


「おや、宰相殿こんな寒空の中どうされました?」


ぼんやりと彼女が去った方向を見つめていた宰相は、先程まで遠くにあった声が間近に迫っていたことに驚いて、そばに来ていた庭師に慌てて顔を向けた。


「こ、こんにちは、アズウェルさん。今日もよく降りますね。」


先程まで止んでいた真っ白な雪は、宰相が佇んでいる間に再びちらほらと降り出している。


「こんにちは。えぇ、今日は一段と降ってますな。宰相は、休憩ですか?」


「えぇ、まぁ…。」


「さては…。」


にこやかに現れた庭師は、一旦言葉を切ってずいっと宰相の顔を覗き込んだ。内心おどおどとしていたのが顔に出ていたのか、皺の寄った顔を更に寄せて庭師は乾いた笑い声を上げて聞いた。


「陛下に逃げられたんでしょう?先程、上機嫌で廊下を渡っていらっしゃるのを見かけましたから。」


ははっと笑う少し年を召した彼は、白い息を吐いて歯を見せて豪快に笑っている。

その姿に強張っていた身体を緩ませて、宰相は小さく「…そんなところです。」と答えた。まさか、あなたの娘さんを見てましたなどと到底言える訳がない。

宰相の父と言っても良いぐらいの歳である彼は、先王よりも少し歳上で、幼いながら兄弟のように育ったという間柄である。無論、現陛下、現宰相兄弟も生まれた時から世話になり、物腰柔らかな彼を父以上に慕っている。そんな彼だから、娘さんに片思いをしているのをバレているのかと気を張っていた。


だから、気が緩んだ後に庭師が、自身が首に巻く灰色の襟巻きを手繰り寄せながら、忍び笑いをしたのには気が付かなかった。


「では、今日のお仕事は仕舞ですかな?」


ケロッとした庭師に言われ、宰相は困ったように小さく笑って答えた。


「とりあえず、陛下を迎えに行こうかと。」


「ライアン君も、エリオット君を見習って欲しいものだね。リザ様にベタ惚れなんだから。」


久しぶりに呼ばれた名前に、自然と笑みがこぼれる。


「仕方がありません。懐妊中で姉は気が立ってますし、兄も寂しいのでしょう。」


「優しいね、エリオット君は。王妃様の御子はどちらか気になるけれど…。あぁ、そうだ。少し時間はあるかい?」


兄妹結婚だった兄と姉は、小さい頃から兄であるライアンがリザにベッタリで、近親婚となることに当時まだ健在だった両親も承諾するしかなかったものだ。

自然に零れた笑みを消して、おいでおいでと手を招く庭師の後に続き、雪が降りしきる庭へと足を踏み出した。


「ほら、見てごらん。さっきソフィと見ていたんだよ。」


可愛いだろうと指指す先を屈んで見れば、ぽっかりと開いた雪の穴から小さな小さな新緑色の芽が、ひょっこりと顔を出していた。


「可愛いですね。花が咲く時には、どんな色を咲かせるんでしょうね。」


「そりゃあ、咲いてからのお楽しみだ。」


それは言えないと答えた庭師と笑い合いながら、姿勢を正した宰相に、彼は思い出したように言葉を口に出した。


「そうそう。私の娘、ソフィアのことだけれど。…そろそろ嫁に出そうかと思ってるんだ、誰か良い人を紹介してくれないか?」


突然のその話に、緩んでいた頬が引き締まるのがわかった。


「…おーい、エリオット君?」


どれくらい放心していたのか、心配そうに声を掛けてきたアズウェルに、情けない程真っ青な顔を向けて途切れ途切れに言葉を返した。


「…結婚?彼女の相手を?」


まるで、独り言のように呟く宰相を見かねて、アズウェルは慌てて弁解した。


「いやっ、まだ先の話で。今すぐにって訳じゃないんだ。良い縁があればと…。本人には何も言っていないしっ。君さえよければ考えてくれ。なっ、エリオット君。」


「…失礼します。」


真っ青になって頷いていた宰相は、消え入りそうな言葉を返して、ふらふら足取りも危うく向かいにある後宮へと歩き出した。


「…ちょっと刺激が強すぎたな。」


そんな危うい宰相の後ろ姿を心配そうに見送っていた庭師は、やってしまったとばかりに渋い顔をしながら呟いた。


勿論、そんな呟きを知らない宰相。普段の倍時間を掛けて姉である王妃の間へとたどり着くと、いつもの怒気もどこへやら、騎士達が心配されながら挨拶もそこそこに部屋へと踏み入れた。


「まぁ!エリオットっ、どうしたの。真っ青じゃないの、具合でも悪いの?」


暖かな暖炉が灯る部屋の中、ゆったりとした背のある揺り椅子に腰掛けていた、長い金髪に月色の瞳の容姿の王妃は、宰相を見るやいなや陛下の腕を振りほどいて駆け寄った。


「…姉上。」


いつもの優雅な挨拶もなく。

普段であれば、身重の姉に自身の冷えた身体に近づくことも許さない彼であるが、今日は泣きそうな顔で近くに来た姉の腕に大人しく抱かれた。


「何かあったの?」


「…姉上、私はどうしたら。」


「えっ?」


久しぶりに呼んだ幼い頃の呼び名。

優しい温もりに包まれて、目を閉じた。


「…エリー?」


兄の拗ねた声と、侍女達の慌ただしい足音を耳に挟んで、最後に聞いたのは姉の優しい声だった。


「…あれ?」


気が緩んでしまったからか、いつの間にか寝入ってしまったようだった。目を覚ませば、心配そうに覗き込む姉の顔が目の前にあった。

騎士達によって長椅子に横たえられたらしく、目が醒めるまで大きなお腹で姉は膝枕をしてくれていた。


「何があったのか、姉上に言ってごらんなさい。」


直ぐに膝から退くと言う宰相を押し止めて、髪を梳きながら王妃は聞いてきた。

庭師から聞いた話をすぐに口に出すのは躊躇って、しばらく目を彷徨せていた彼の変わりに割って入ってきたのは、不機嫌そうに歩いてきた兄だった。


「なにを躊躇ってるのさ、エリー。リィ、エリーが好きな女の子に結婚相手の話が出たんだよ。」


「兄上!?」


何故それをっ!と飛び起きた弟に、彼は長椅子の目の前にあった揺り椅子にドサリと座って、椅子を揺らした。


「仮にも国王ですから。」


おどけたように言う彼に、王妃は厳しい目を向けた。


「…ライアン?」


凄みがあるその声に、ビクッと彼は身体を震わせて妻を見やった。


「なんだろう、リィ…。」


「私に相談無しに、何か勝手な事をしてないでしょうね?」


「…してないよ。やだなあ、ははっ。」


気まずい雰囲気の中、兄と姉に構わず宰相は立ち上がると身なりを正して暇を告げた。


「大丈夫なの?エリー。もっとゆっくりしていったらいいのに。」


「ええ、少し頭がすっきりしましたので。それに、いくらたっても回って来ない書類に頭を抱えてる大臣もいらっしゃるのですから、早く戻らなければ。」


仕事の顔に切り替えた弟を見ながら、残念ねと零す姉に軽く頭を下げた。


「殿下もお身体をお大切に。長らくお時間を頂きまして、申し訳ありませんでした。」


頭を上げ、今度は振り向いて兄を見た。


「陛下も早くお戻り下さいますよう。」


それだけ言うと、扉に向かって歩いていく。


「エリー、ちょっと待って。」


扉の取っ手を掴んだ時、慌てて駆け寄る音と共に、姉が彼の背後へとやってきた。


「これ、昨日出来たのよ。出来たらあなたに上げようと思って。」


何とも雑な編み方ではあるが、丹誠込めて作られたであろう藍色の襟巻きを差し出してきた姉の顔は、嬉しそうに綻んでいた。大人しく首に巻いてもらい、だらりと長い襟巻きを見下げて、宰相は小さく笑った。


「ありがとうございます。けれど、真っ先にあげる方が違うのでは?」


見やった先には、膨れっ面で拗ねる陛下と言えない青年の姿。その姿に呆れて、妻である彼女は腰に手を当ててため息をついた。


「ライアンには別に編んでるから、ちょっと待て。」


「贈る順番が違うんじゃない?普通、愛しの人を差し置いて…。」


いじいじといじける陛下を放って、視線を戻した姉はむっとして言った。


「ライアンとエリオットに、順番なんてつけられないわ。」


その姿に微笑んで、視線の下にある姉と目を合わせた。


「何かあったら、いつでもいらっしゃいよ。」


仲が良い兄妹三人。

けれど、いまでも二人に甘えてはいけない。

意思とは反対に頷いて、部屋を後にした。


先程降っていた雪は、宰相が後宮にいた間に止んだようで、澄んだ冬の空が辺りを包んでいる。


真っ直ぐ伸びる渡り廊下を渡っていると、不意に聞いた事がある声が耳に届いてきて足を止めた。

宰相の視線の先には、あの庭師の娘。その少女を囲うように立つのは、数人の大柄な男性。城の警備兵だろうか、冬休みのために全員私服で位はわからない。


「やめてちょうだい!」


「あぁ?何だって、聞こえねーな。」


「そうそう、庭いじりしか能のない女は引っ込んでろ。」


「どうせ、嫁にも行けねえ身分のくせによ。」


「いやいや、それ以前にこんな庭いじりの女、だれも欲しいって思わねえって。まず、魅力がねぇし。」


次第に近づく距離で、耳に届くのは少女に対しての侮辱。最後の方は自然に駆け足となっていた。


「…何をしているんですか。」


何かを堪えるかのように俯く背後に立って、思ったより静かに数人の男性に問いかけた。


「何をしているのか、と聞いているんです。」


けらけらと笑い声を上げていた男性達は、怒りに身を包んだ宰相を漸く見てその顔から笑顔が消えた。


「ラ、ラグアス宰相閣下…。」


「…これは、その。ふざけていて。」


オドオドと言葉を口にする彼らに、片眉を吊り上げた宰相は不機嫌そうに聞き返した。


「…ふざけて?あなた方警備兵の方は、ふざけて多数大勢で一人の女性を侮辱するんですか。」


静かな声であるが、怒気を含んでいるその声に、ひっと大の大人が悲鳴を上げて縮こまった。


「…すっすいませんでした。」


逃げるようにその場を逃げ出した彼らに、宰相はまだ言い足りなかったが、踏み荒らされた庭に目を移した。

そこは、先程アズウェルが見せてくれた小さな花の苗がある場所。よく見れば、辛うじて花は踏まれておらず、近くに転がっていた小さな鉢を手にしゃがみ込むと、手を泥だらけにして鉢へと植え替えた。


「あ、あのっ。かっか…。」


雪と一緒に鉢植え替えた、まだ芽が出たばかりのその花は、居心地が悪そうに鉢に収まった。そんな小さな花をしばらく見ていた宰相は、泣きそうな可愛いらしい声にはっと振り返った。


「あ、っと花の植え替えはやった事がなくて…。こんな雑になってしまいました。花は潰れていなかったので、これで何とかなりますか?」


鉢を両手に持って立ち上がった宰相は、オロオロと鉢の中の花を背の低い彼女に屈んで見せた。


「…あ、ありがとうございます。」


大きな空色の瞳に残っていた涙を拭って、鉢を受け取ろうとした彼女に目を奪われていた宰相は、はっと気が付いて慌てて胸元から蒼色の木綿布をとりだした。


「これ、良かったら。」


「いえっ、そんな。」


頑として手を振る彼女に困って、結局宰相は取り出した木綿布を広げて手元の鉢を包んで渡した。


「大丈夫?」


なんとも情けないことに、気の利いた言葉も掛けられず、しばしの沈黙の後に宰相が掛けたのはその一言だった。


「はい、ありがとうございました。でも、あの人達が言ってることは正しいんです。庭いじりなんかしている娘なんか、汚くて誰もお嫁さんなんかにしてくれませんよね。」


鉢を手にして、俯く彼女に宰相は舞い上がったように言葉を口にした。


「…そんなことありません。私は好きです。」


「えっ?」


ほんのり頬を染めた彼女を見て、宰相は真っ赤になってそっぽを向いた。


「いえ、ですから…。貴女が作る庭は、どれも暖かくて庭を見ていると落ち着くので。花達はどれも幸せそうだといつも思います。庭はその者の性格を映すと死んだ母は良く言っていました。」


逸らした先にある真っ白な雪景色の下に眠る花達。春が来れば、また目を奪われるような美しい庭が現れるだろう。

色鮮やかな花を思い浮かべて、自然に笑みが浮かぶ。

宰相は、その姿に背中を押されるように月色のその瞳を彼女に向けて、口を開いた。


「…一目惚れでした。貴女が初めて城に父君といらしたとき。貴女はまだ13で、広い庭を大層気に入ってらしゃった。寒い冬空の中を気にもせず、楽しそうに走り回って。その楽しそうな声が、病気で部屋に籠もり気味だった、私の部屋までよく響いていました。」


「すっすいません。」


顔を真っ赤にして謝る彼女に、宰相は首を振って笑った。


「いいえ。まるで春が一足先に来たような貴女の姿に、つられるように部屋の外に進んで出るようになったのは、その後すぐでした。」


少し照れたように手に付いた泥を払いながら、語る彼に今度は少女がその姿を眺めた。


「養子に出た一年後、宰相という地位を頂いて、庭師の娘さんだと知りました。仕事に明け暮れた一年後、貴女の名前を知って。情けないことに、五年も貴女を遠くに見るだけで、声すらかけられませんでした。」


困ったように笑った彼に魅せられるように、空色の瞳は揺れている。

その瞳を今度は逃げずに、真正面から見据えた。


「父君から、貴女の結婚相手の方を紹介してくれるように頼まれました。他の方に譲るぐらいなら…。」


数歩進んで触れるぐらい近づいた彼は、顔の間近で口開いた。


「…私と、結婚してください。」



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