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「あ…あの…」
言葉にしようとしても何も出てこない。
「すんげぇ真っ赤。風邪でもひいてんの?」
「え??!」
私は昔から赤面症で、心拍数があがるにつれて顔も赤くなってしまう。
「そのスケッチブックと同じ色してる」
私の抱えたスケッチブックを指さしながら微かに口元をゆるめながら言う。
「1年生?」
「あ…はい!」
「ココの教室来る奴なんて滅多にいないのに。絵でも描きに来た?」
「違うんです…。迷子になっちゃって」
言って後悔した。
何で素直に言ってるのよ!絵描きに来たって言えば格好がつくのに!!
「とりあえず座れば?この教室来る奴なんていないし、何かの縁だしさ」
その人の机の正面の椅子を指さされて、私は顔が赤いのが収まらないまま座った。
こんな格好いい人の隣なんてもう無理だ…。
彼は隣に座らせた癖に特に話しかけず空を見つめている。
その沈黙に耐えきれず私は
「あ…あの…何年生なんですか?!」
いきなり声を出したのでちょっと裏返ってしまった。
彼はクスッと笑って
「4年生。」
指で4とやって私を見た。
その笑顔にもうノックアウト寸前…。
「専門は何?」
「あ、一応絵描きます‥」
「同じだ。どんなジャンルでも描くの?」
「風景画がすきです」
「それも同じ。何でこの大学きたの?」
「え‥あ…」
質問攻めとその目にクラクラしている私は、またしても赤くなってしまった。
せっかくおさまってきたのに!!
彼は首をかしげて微笑んでいる。
「えっと…ですね。あんまり私は絵上手じゃないんですけど…。そのぉー…」
「何?言いたくなければイイよ。」
「そ、そうじゃないんです!!」
「じゃあ何?」
ちょっとあきれ顔されてしまった。
だって、言いにくいじゃない…。
「馬鹿にしないでくださいね。」
「するわけないだろ。」
「…会いたい人がいたからです。」
きょとんとした目で私を見ている。
やっぱり引かれちゃったかな…。
「そ、その‥好きな人とかじゃなくて。昔コンクールで見た空の絵を描いた人がココの美大で!!その人に憧れて入ったんです…。」
「…会えたの?」
「いいえ。」
「絵、見せて?」
いきなり話を変えて、私のスケッチブックをまた指さす。
「下手くそなんであんまり見せたくないんですけど…」
「下手も上手もねぇよ。」
すっとスケッチブックを取り上げて、中を開かれてしまった。
あちゃー……。
今、最高潮に顔が赤いかも。
「……空の絵を描いた人に憧れてるのに、空は描かないんだ?」
ぱらぱらとスケッチブックをめくりながら、目線を変えずに尋ねる彼。
「空を見るとどうしても描けないんです。」
「?」
「その人の絵の空より綺麗な空じゃないから。」
言ってまた後悔した。
意味分からない事言ってるーとか、思われそうー…。
「あんたは赤が似合うよ。」
「へ?」
「そのほっぺたみたいな赤が似合うから、そういう絵描いたら?」
「あ…あの?」
「赤のものを描いたらイイ。自分の色のものを描くと気持ちいいし」
「え?!あ、はい!」
意味が分からずに頷く私。
「あ、やべ。俺も意味わかんねぇ奴になってきた。」
独り言なんだろうか、頭を抱え込んでいる。
「絵、見せてくれないんですか?」
「ん?俺の?」
「はい。みたいです!私の見たんだし…」
少し考え込んだみたいで、立ち上がって教室の隅にある裏側になったキャンパスを持ち上げ私に見せた。
その絵と目が合った時
私は涙が出そうになった。
その絵自体は、コンクールの時に見た絵じゃなくてまた違う絵なんだけど。
青くて広がる空。
あの絵を描いた人はこの人だった。
「また真っ赤」
彼はそう私の頭をなでて
「きれいな空って言ってくれてどうも」
私の心はまたしても奪われてしまったみたい。




