第9夜 魔王軍に追われるマスコットを拾ったら、話が勝手に進んだ件
――辺境街道、夜明け前。
砂漠を抜けた俺たちは、古い転移門の痕跡が残るという谷間へ向かっていた。
「先輩、この地形……怪しいですね」
トーノ・レイが杖先で谷の入口を示す。
「……こ↑こ↓?」
俺が足を止めた、その瞬間。
「キュッ……キュキューッ!!」
甲高い悲鳴が響いた。
藪を突き破って、何かが転がり出てくる。
小柄で、リスザルに似た生き物。
長い尻尾に、異様に大きな瞳。
身体のあちこちに、縄で縛られた痕がある。
「……あ?」
直後、谷の奥から黒い外套の一団が現れた。
胸元に刻まれた、魔王軍の紋章。その中央に立つ男が、肩を回しながら一歩前に出る。
レイが即座に構える。
「あれは魔王軍……!」
男は、地面に尻もちをついた生き物を見下ろした。
「商品が勝手に逃げんなっての」
リスザルに似た生き物は必死に首を振る。
「キュッ!! キュキュキュ!!」
「はぁ……運搬ルートめちゃくちゃなんだけど、そんなで商売になると思ってんの?」
男は大げさに溜息をつきながら、今度は逃げ出さないようにキツく縄で縛る。
レイの声が低くなる。
「……生体売買ですか……。最低」
男がこちらに気付く。
「ん?観光客…じゃないようだね。」
周囲に、じわりと魔力が広がる。
「俺は魔王軍第七部隊隊長、ダルビッシュ」
男は名乗り、軽く手を上げた。
「仕事中なんでね。ちょっとどいてくれる?」
次の瞬間、ダルビッシュの部下の兵たちが、俺の周りを取り囲む。
「……やめとけ」
俺は、短く言った。
「……何?俺に逆らう気?」
ダルビッシュが眉をひそめる。
レイが踏み込む。
「水よ――!」
地面から水の鎖が伸び、兵の足を絡め取る。
「お、やるじゃん」
ダルビッシュは笑ったが、視線は俺から外れない。
「でもさぁ」
一歩、距離を詰める。
「そんなので俺に勝てると思ってるの?もうちょい――本気出しなよ?」
そう言うと、ダルビッシュはいとも容易く水の鎖を引き千切った。
――バシャァン!
弾けた水が、霧となって宙を舞う。
「おっと」
軽く肩を揺らしただけ。
まるで拘束など最初から存在しなかったかのようだ。
「魔法は嫌いじゃないけどさ」
指を鳴らす。
「“効かない魔法”ほど、つまんないもんはないよね」
レイが息を呑む。
俺も直感する。
こいつ――ただの隊長じゃない。
「先輩、来ます!」
言い終わる前だった。
――速い。
ダルビッシュの姿が、視界から一瞬消えた。
「……っ!?」
次の瞬間、衝撃。
ドンッ!!
地面が爆ぜ、俺のいた場所のすぐ横が抉れる。
間一髪で跳び退いたが、風圧だけで身体が持っていかれそうになる。
「ははは」
砂埃の向こうから、声。
「反応は悪くない。でも――」
視界が晴れる。
ダルビッシュは、いつの間にか俺たちの背後に立っていた。
「考えるの、遅いよ」
拳が振り抜かれる。
「ミウラ!」
「……あっ、おい待てぃ!」
ミウラが割り込むように前へ出る。
次の瞬間――
――ガッ!!
拳と拳が、正面からぶつかった。
衝撃が、空気を震わせる。
「……へぇ」
ダルビッシュが、心底楽しそうに笑った。
「いいね、その身体の使い方……大分鍛えてるじゃん?」
「当たり前だよなぁ?」
ミウラは歯を食いしばりながら、押し返す。
だが、均衡は一瞬だった。
ダルビッシュが、にやりと口角を上げる。
「でも――」
膝。
――ドゴォッ!!
腹部に、重い一撃。
「……っが!!」
ミウラの身体が浮き、砂地に叩きつけられる。
「ミウラッ!」
「大丈夫っス……」
咳き込みながら、起き上がる。
ダルビッシュは肩を竦めた。
「根性はあるけどさ、それじゃ、魔王軍相手は――」
そこで、言葉が止まる。
俺が、前に出ていた。
「……暴れんなよ」
低く、静かに。
――YAJU、常時発動。
意味のないはずの言葉が、
空気に“重さ”を与える。
≪†悔い改めて†≫
ダルビッシュの眉が、わずかに歪んだ。
「今のは……何?」
無意識に、一歩下がっている。
その隙を、レイが逃すはずがなかった。
「水魔法・多重展開――!」
地面、空中、霧。
あらゆる場所から水が呼応する。
「潮縛陣!」
水の網が、ダルビッシュを包囲する。
「チッ……!」
ダルビッシュが舌打ちする。
だが、その動きは、確かに一瞬遅れた。
「……なるほど」
網を引き裂きながら、笑う。
「君か…リーダーは」
視線が、完全に俺に固定された。
魔力が、ぐっと圧縮される。
「……今日はここまでにしとくか」
外套を翻し、後退する。
「久々に面白いのに会えた。次は……ちゃんと“本気”で遊ぼう」
そう言い残し、闇へと溶けていった。
俺達はしばらく、誰も動けずにいた。
「……」
ミウラが、ゆっくり立ち上がる。
「あー……」
「すっげえきつかったゾ~」
「……魔王軍第七部隊隊長、ダルビッシュ…完全に、厄介なのに目つけられましたね」
レイが、深く息を吐く。
俺は、夜の向こうを見つめて呟いた。
「……これ、絶対また来るな」
誰も否定しなかった。
レイがリスザルに似た生き物の縄を解く。
「大丈夫?」
「キュ……キュイッ!」
リスザルに似た生き物は跳ねるように立ち上がり、
そのまま俺の肩に飛び乗った。
「……なあ」
俺はゆっくり言う。
「ついてくる気か?」
「キュイッ!!」
即答だった。
レイが吹き出す。
「先輩、完全に懐かれてますね」
リスザルに似た生き物は胸を張るように鳴く。
「キュキュ! キュイッ!」
どうやら――
地形や魔力の流れが分かるらしい。
(ナビゲーター……か?)
「……これもうわかんねぇな」
こうして俺たちは、
魔王軍に追われていた謎の生物を保護した。
俺は、助けただけだ。
本当に、それだけ。
だが後の世において、
それはこう語られることになる。
――後に世界を救った勇者一行が、“謎の導き手”との出逢いであったと。
こうして物語は、また勝手に前へ進んでいった。




