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真夏の夜に異世界転生したら「先輩」扱いされるんですが、スキルがYAJUなせいで空気が最悪です ~俺は健全に帰還したいだけ~  作者: 小鳥遊 千夜


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第8話 王道を征かなかった夜

 

 タニーオカが、俺をじっと見た。


 視線は鋭く、獲物の値踏みをするように、頭の先から足元まで舐める。


「……お前」


 低い声で一歩、近づく。


「そのツラ……

 なんか気に入らねぇな」


 迫力が違う。

 さっきの盗賊たちとは、根本から別物だ。


 俺は、空気を和ませるつもりで――

 本当に、それだけのつもりで口を開いた。


「……これ、王道を征くやつじゃないよな」


 一瞬。


 時間が、止まった。


「……は?」


 タニーオカの動きが、完全に止まる。


 盗賊たちも、ざわりと騒ぎ出す。


「王道……?なんだコイツ?」


(あ、やばい)


 自覚した時には、もう遅い。


 スキル【YAJU】が、

 最悪のタイミングで発動した感触があった。


「……っ」


 なぜか――

 タニーオカの口角が、ゆっくりと吊り上がった。

「へぇ……」


 喉を鳴らすような笑い。


「余裕ぶっこいてんじゃねぇか」


 ぐい、と顎を上げ、こちらを見下ろす。


「じゃあよォ……ヨツンヴァインになるんだよ!」


 盗賊たちから、下卑た笑いが漏れる。


 ――完全にアウト。


 空気が、一段階下がった。


 レイの周囲で、水がざわりと揺れる。

 魔力が、明確に臨戦態勢に入ったのがわかる。


 その前に――


 ミウラが、一歩、前に出た。


「それは……」


 声は小さいが、迷いがない。


「ちょっと違うと思うな」


「え?」


 タニーオカが、眉をひそめた――

 その瞬間。


 ――ドンッ!!


 空気が、爆ぜた。


 ミウラの拳が、

 一直線にタニーオカの腹へ突き刺さっていた。


 鈍く、重い音。


「……っごァ!?」


 一拍遅れて、

 タニーオカの巨体が後方へ吹き飛ぶ。


 砂煙が舞い、

 周囲の盗賊たちが、完全に凍りついた。


 ……だが。


 砂煙の奥から、

 ゆっくりと、影が立ち上がる。


 タニーオカだった。


 口の端から、血が垂れている。


 それでも――

 笑っていた。


「……いいねぇ」


 リーゼントを掻き上げ、首を鳴らす。


「やっぱよォ……

 ただモンじゃねぇな、お前ら」


 月明かりに、

 背中の般若が浮かび上がる。


「おいゴルァ……」


 拳を握りしめる。


「本気で、遊んでやる」


 空気が、完全に変わった。


 俺は、深く息を吸い、

 無意識に呟く。


「……暴れんなよ。

 暴れんなよ……」


 誰に向けた言葉なのか。

 自分でも、もうわからなかった。


 タニーオカが拳を鳴らすたび、

 ごき、と嫌な音が砂漠に響く。


「よォ……」


 歪んだ笑み。


「力抜けよって、言ったよなァ?」


 滑舌がさらに崩れ、言葉が砂に溶ける。


「お前、初めてかここは? なあ?

 力抜けよォ……」


 盗賊たちが、じりじりと包囲を狭める。


「先輩……」


 レイが、小声で言った。


「あれ、魔力持ちじゃないっすけど……

 身体能力、異常ですよ」


「そうだよ」


 ミウラも、静かにうなずく。


「たぶん、正面から殴り合うタイプだよね」


(いや……今はそんな呑気に便乗してる状況じゃないんだって……)


 その願いを嘲笑うように、

 タニーオカが地面を蹴った。


 ――速い。


 巨体に似合わない踏み込み。

 一瞬で距離を詰めてくる。


「おいゴルァ!!」


 振り下ろされる拳。


「先輩!」


 レイが即座に水壁を展開する。


 だが――


 バキィッ!!


 水壁が、殴り砕かれた。


「はっ!

 水ァ? ぬるいんだよ!」


 砕けた水飛沫の向こうで、

 拳風が俺の頬をかすめる。


 皮膚が、ひり、と焼けた。


(……これは)


(本気で、やばい)


 俺は、反射で叫んでいた。


「これもうわかんねぇな!!」


 次の瞬間。


 空気が、わずかに歪んだ。


「……?」


 タニーオカの動きが、ほんの一拍だけ止まる。


「なんだ今の……」


 ――【YAJU】効果②:周囲の自動補完

 意味不明な発言ほど、

 相手は“意味を探そうとして”思考が乱れる。


 その一瞬を、レイは見逃さなかった。


「先輩、今がチャンスですよ!」


 杖を振る。


「水魔法・拘束環(バインド・リング)!」


 地面に染み込んでいた水分が引き寄せられ、

 タニーオカの足元で一気に形を成す。


 水の輪が、脚に絡みついた。


「チッ……!」


 タニーオカが舌打ちする。


「小細工かよ」


 完全な拘束ではない。

 だが、踏み込みが明らかに鈍った。


 その横から――

 静かに、一人分の影が前に出る。


 ミウラだった。


「よし、じゃあ――俺もぶちこんでやるぜ!」


 構えは、極端に簡素。

 拳を引き、重心を落とすだけ。


 だが、地面に沈む足が“違う”。


「お前……」


 タニーオカが、楽しそうにニヤつく。


「さっきのは効いたぞ。

 もう一発来いよ、ゴルァ!」


 ミウラは、一瞬だけ肩を回し、


「見たけりゃ、見せてやるよ」


 そう言ってから、

 覚悟を決めたように、一歩踏み込んだ。


 ――ドンッ!!!


 乾いた衝撃音。


 ミウラの正拳が、

 タニーオカの胸板を真正面から捉えた。


 衝撃が爆ぜ、

 砂が円状に吹き飛ぶ。


「……っがァ!!」


 タニーオカの巨体が後退する。


 一歩。

 二歩。


 最後は、膝をついた。


 盗賊たちが、息を呑む。


「タ、タニーオカさん……?」


 砂埃の中で、

 タニーオカは荒く息をしながら顔を上げた。


「……はは」


 笑っている。


「いい拳だな……」


 ゆっくりと、立ち上がる。


「だがよォ……

 まだ終わりじゃねぇ」


 くるりと背を向け、

 般若の刺青を誇示するように広げる。


「この刺青、

 ただの飾りだと思ったか?」


 空気が、ざわりと震えた。


 刺青が、赤黒く脈動する。


「盗賊団“鬼道”の――

 気功符だ、ゴルァ!」


 タニーオカの体から、

 闘気のような圧が噴き上がる。


「……うわ、すっげぇ圧」


 ミウラが素直に言う。


「……まずいですよ!」


 レイが歯を食いしばる。


(ほんと、王道を征くな……)


 俺は、腹を括った。


 一歩、前に出る。


 タニーオカが、こちらを睨む。


「……なんだァ?」


 俺は、静かに――

 ほとんど祈るように言った。


「†悔い改めて†」


 完全に、無意識だった。


 だが。


 般若の刺青の光が、

 一瞬だけ、揺らいだ。


「……あ?」


 タニーオカが、眉をひそめる。


「……なんだ今の言葉」


 ――【YAJU】効果①:存在感

 意味不明でも、

 “意味がある”と解釈される。


「チッ……

 ムカつくなァ……」


「そうだよ」


 ミウラが、即座に便乗する。


(便乗すんな)


 だが、その一瞬の違和感が――

 致命的な隙になった。


「先輩、ありがとうございます!」


 レイが叫ぶ。


「水魔法・最大解放!

 潮撃砲(タイダル・バスター)!」


 圧縮された水流が、

 一直線にタニーオカを撃ち抜く。


「――っ!!」


 今度こそ、巨体は宙を舞い、

 砂丘へと叩きつけられた。


 ……沈黙。


 盗賊たちは、我に返ったように武器を捨て、

 一斉に逃げ出す。


 砂丘の上。


 タニーオカは仰向けになり、

 夜空を見上げていた。


「……へ」


 笑う。


「負けだ負け……あくしろよ、撤退だ」


 最後まで、

 何を言っているのかは、よくわからなかった。


 俺は、その場にへたり込む。


「ぬわああん疲れたもおおおおおおおん……」


 ミウラも、同時に地面に座り込む。

「いやー……

 あーさっぱりした気分だな、これ」


 レイが、くすっと笑う。


「先輩、

 また変な伝説、増えましたね」


 ミウラは、自分の拳を見つめてから言った。


「……役に立ったか?」


「十分すぎる」


 俺の言葉にミウラは、満足そうにうなずいた。


 こうして、盗賊団頭目タニーオカは敗れ、

 砂漠の街道に、ひとときの平穏が戻った。


 ――だがこの戦いもまた、

 **“先輩が現れ、盗賊達を悔い改めさせた夜”**として

 語り継がれることになる。


 もちろん、

 本人のあずかり知らぬところで。

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