第7話 流される拳、便乗のミウラ=マスター・ロゴス
――転移の光が、完全に消えた直後。
俺たちは、冷たい遺跡の石床ではなく、
乾いた風が肌を刺す、赤茶けた大地の上に立っていた。
ざらついた砂が靴底に絡みつき、
視界の先には、崩れかけた石造りの街道跡が蛇のように伸びている。
柱だけが残った建造物群は、かつての繁栄を嘲笑うかのように傾いていた。
「……砂漠?」
思わず、声が漏れる。
「正確には半砂漠地帯ですね」
隣でトーノ・レイがフードを押さえ、周囲を見渡す。
「王都の外縁部。流民が集まりやすい地域です」
「治安は……まあ、察しで」
(王道を征く治安の悪さ、ってやつだな)
――そのときだった。
「おいおいおい!そこ止まれ!」
前方から、がなり声。
振り向くと、粗末な革鎧に錆びた剣を持つ男たちが、
砂を蹴散らしながら駆け寄ってくる。
五、六人。
装備も動きも、ある意味で完璧だ。
(盗賊。わかりやす過ぎる)
「先輩、まずいですよ」
「避けられないな、これは」
そう答えた――その瞬間。
「そうだよ」
やけにのんびりした声が、背後から聞こえた。
「……?」
俺とレイは同時に振り返る。
そこに立っていたのは、
やたらとガタイのいい、坊主頭の男だった。
上半身は布一枚。
肩幅は異様に広く、腕は丸太のように太い。
男は状況を一瞥し、首を傾げる。
「あ~……弱いイジメは見過ごせないなぁ」
妙に軽い。
盗賊たちが足を止め、舌打ちする。
「なんだお前ら……まとめて金置いていけ!」
盗賊の一人が剣を振り上げた。
レイが声を張る。
「まずいですよ!」
――次の瞬間。
――ドン。
鈍く乾いた音。
剣は、根元から真っ二つに折れ、砂の上に転がった。
折ったのは――坊主の、素手だった。
「……は?」
盗賊たちが、一斉に固まる。
「あー……すっげえきつかったゾ~、今の……ちょっと身体動かしただけなんだけどなぁ」
坊主は、少し気まずそうに後頭部を掻いた。
「嘘つけ!絶対“ちょっと”じゃねぇだろ!!」
思わずツッコむ。
坊主は肩をすくめ、にやっと笑った。
「久しぶりに動いたら腹減ったなぁ。さて次はどうすっかな~」
盗賊たちは顔を見合わせ、
次の瞬間、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
風が、砂を転がす音だけが残る。
レイが目を丸くして、坊主を見る。
「……強いですね」
坊主は照れたように笑う。
俺は一度、深呼吸してから口を開いた。
「……助かった。名前、聞いていいか?」
坊主は、少しだけ姿勢を正す。
「あ、俺は――」
場の緊張をまるで感じていない声で、
ミウラが一歩前に出た。
「ミウラ=マスター・ロゴス」
やけに仰々しい名乗り。
胸を張り、親指で自分を指しながら続ける。
「周りからはな、
マスターとか、大先輩とか、
だいたいそんな感じで呼ばれてるゾ」
……大先輩。
その単語が耳に入った瞬間、
俺の中で警報が鳴った。
(なんとなく、ヤバい気がする)
「私はトーノ・レイ、水魔法が得意な魔法使いっすね。」
そのまま自然な流れで俺の方を手で示す。
「――そして、こっちが先輩です」
「……おい!?」
反射で声が出た。
(今、名前伏せたまま“先輩”だけ出すの、
一番ややこしいやつだろ)
「……それで、ミウラは、なんだってこんな所にいる?何か目的でもあんのか?」
問われたミウラは、
少し考える素振りを見せてから、肩をすくめた。
「とくに目的は無いなぁ」
即答だった。
「まぁ、強いて言うなら……」
「修行みたいなもん、かな」
(修行でこの空気に突っ込んでくるな!)
そう前置きしてから、
ミウラはふっと俺の方を見る。
「この辺りは物騒だから俺もついて行ってやるぞぉ。」
……その一言で、
場の空気が、静止した。
レイが、にやっと笑う。
「先輩、また仲間が増えたっスね」
「俺は、まだ何も言ってない」
「でも、否定してないっスよ?」
……確かに。
ミウラは、いつの間にか
俺たちのすぐ後ろに並んで立っていた。
距離感が近い。自然すぎる。
「これも修行の一環だな」
こうして俺は、
勧誘した覚えが一切ないまま、新たな仲間を得ることになった。
俺達三人は取り敢えず砂漠を抜ける為に進む。
盗賊たちが逃げ散ったあとも、砂漠の空気はどこか張りつめたままだ。
風が砂を運び、
遠くで何かが軋むような音がする。
「……妙ね」
レイが声を落として言う。
「さっきの連中、引き際が良すぎるというか……」
「そうだよ(便乗)」
ミウラが、間髪入れずに便乗した。
「なんかこう……“本体は別にいる”感じだな」
(珍しく、的確だ)
俺がそう思った、その直後だった。
――ズン。
遠くの砂丘の向こうから、
ゆっくりと――
人影が現れ始めた。
先程の連中とは、明らかに“圧”が違う。
現れた男は、ただ立っているだけなのに、周囲の空気を歪ませていた。
逆立てたリーゼント頭。
日に焼けた上半身は裸で、
その背中一面に刻まれているのは――牙を剥いた般若の刺青。
気づけば、さっきまで蜘蛛の子を散らすように逃げていた盗賊たちが、
砂丘の陰や崩れた建造物の裏から、ぞろぞろと集まり直していた。
逃げたのではなかった。
呼びに行っていただけだ。
「……あれが首領ですね」
レイが、息を呑んだ声で言う。
杖を握る指に、わずかな力が入るのがわかった。
男は、俺たちを上から下まで舐めるように眺め、
唐突に口を開いた。
「おいゴルァ!!」
――滑舌が、壊滅的だった。
「お前らァ!俺の縄張りで勝手に暴れ散らかして、!免許持ってんのかコラ!」
「……?」
意味が、よくわからない。
何の免許なのか。
脳が追いつく前に、状況だけが進む。
だが盗賊たちは、即座に反応した。
全員が、背筋をピンと伸ばし、
顔色を変える。
「タ、タニーオカさん!」
どうやら名前は、タニーオカらしい。
タニーオカは、俺たちを指差したまま、
首をこきりと鳴らす。
「お前初めてかここは? なあ?」
一歩、こちらへ踏み出す。
「力抜けよォ……」
にやり、と口角が上がる。
だが――目は、まったく笑っていない。
「状況、わかってねぇ顔だなァ」
乾いた笑い声。
その瞬間、
空気が一段階、重くなった。
レイが反射的に一歩前へ出ようとする。
だが俺は、無言で手を伸ばして制した。
(今、下手に刺激すると……)
そう思った、まさにその時だった。
「……あくしろよ」
タニーオカが、低く、腹の底から絞り出すように言った。
「よしお前ら、クルルァについてこい」
号令。
それだけで、盗賊たちが一斉に動く。
剣。斧。弓。
錆びてはいるが、数は多い。
瞬く間に、俺たちは半円状に囲まれた。
逃げ道は、ない。
「先輩……」
レイが、声を落とす。
「ちょっと、まずいですよ」
杖を握り直す手に、今度は迷いがない。
ミウラはというと、
状況を把握しきれていないのか、、いつもの調子で呟いた。
「そうだよ(便乗)」
(この状況で便乗するな!)
砂漠の風が吹き抜ける。
盗賊たちの視線が、
タニーオカの背中越しに、
俺一点へと集まっていく。
――嫌な予感しかしなかった。




