第6話 帰れる(帰れるとは言ってない)
「中枢?」
俺の問いに、レイは小さくうなずいた。
「遺跡の“心臓部”ですね。
守護ボスを倒した侵入者を、
管理者区画へ送る仕組みですね」
(嫌な予感しかしない)
俺は淡く光る魔法陣を見下ろし、ぽつりと聞いた。
「これ、踏んだらどうなる?」
「だいたいの場合――」
レイは肩をすくめる。
「戻れなくなりますね」
「はっきりわかんだね」
その一言で、空気が決まった。
「……先輩、どうします?」
「行かない理由がない」
帰り道の手がかりがあるなら、
避ける選択肢はない。
俺たちは同時に、魔法陣へ足を踏み入れた。
次の瞬間。
重力が、反転した。
上下の感覚が消え、
水の中を落ちているような感触。
だが、不思議と息はできる。
「……オォン! アォン!」
完全に混乱したときに出るやつが、
口から漏れた。
「先輩、落ち着いて!
精神干渉されてますよ!」
レイが俺の腕を掴む。
その瞬間、世界が“固定”された。
足元に、硬い感触。
俺たちは、巨大な円形の部屋に立っていた。
天井は見えないほど高く、
中央には――巨大な水晶。
その奥で、
もう一つの影が、ゆっくりと動く。
「……お前は、さっきの!」
低く、重なった声が響いた。
「――確認。条件達成。
“先輩”再来を確認」
水晶が砕け、
水と光が渦を巻く。
現れたのは、
人型に近い、水と魔力の集合体。
顔はない。
だが、確かにこちらを見ている。
「遺跡管理存在……
《継承監査者》ね」
レイが息を呑む。
「伝承級……
遺跡そのものの意思ですよ」
監査者が、一歩こちらへ進む。
「質問。“先輩”。
あなたは、留まるか。去るか」
俺は反射で答えた。
「去るに決まってるだろ」
「……理解不能」
監査者の周囲で、水が荒れ狂う。
「先輩は、去る存在。
去ることで、世界を更新するつもりか?」
「だから違うって!」
俺は頭を抱えた。
「俺はただ――」
言葉に詰まる。
(ただ、家に帰りたいだけなんだ)
その時、レイが一歩前に出た。
「この人は、“世界”を壊したいわけじゃない!」
水が、レイの周囲に集まる。
「帰りたいだけ。
それだけですよ!」
監査者が、初めて“揺らいだ”。
「……未定義の回答」
俺は深く息を吸い、
静かに言った。
『†悔い改めて†』
――完全に無意識だった。
だが。
監査者の動きが、止まる。
「……認証」
水晶が再構築され、
拘束されていた第三調査団が、
ゆっくりと解放されていく。
「条件変更。
“先輩”を――通過者として扱う」
レイが目を見開く。
「通過者……?」
「世界に留まらず、
影響だけを残す存在」
(だからそういうのじゃないんだって)
だが、監査者は続けた。
「次の転移座標を解放する。
帰還可能性――存在」
床に、新たな魔法陣が浮かび上がる。
今までで、一番“現実的”な光だった。
「先輩……」
レイが、少し不安そうに俺を見る。
「……行くんですね」
俺はうなずく。
「じゃけん夜行きましょうね」
レイは一瞬ぽかんとし、
すぐに笑った。
「意味わかんないけど……
はい、先輩」
杖を握り直す。
「最後まで、付き合いますよ」
転移陣が起動する。
遺跡の中枢が、静かに遠ざかっていく。
こうして俺はまた、
帰還の可能性を一つ得て、
伝承を一つ増やしたのだった。




