第5話 夜渡りの宣言 ―立っていただけで遺跡ボスが倒れました―
嫌な沈黙が落ちた。
俺は思わず、口をついて出た。
「……こ↑こ↓?」
水面が、ぴくりと揺れる。
「……先輩?」
レイの声が低くなる。
警戒が、はっきりと伝わってきた。
次の瞬間。
――ゴボァッ!!
水槽が爆ぜるように盛り上がり、
巨大な影が姿を現す。
全長は十メートル以上。
水で形作られた異形の巨体。
胸部には、核のような魔石が鈍く光っていた。
「遺跡守護ボス……
《深層水殻》っスね」
冷静に名を告げるレイだが、
額にははっきりと汗が滲んでいる。
「正面からだと、水圧で押し潰される。
まずいですよ!」
「……これもうわかんねぇな」
俺が呟いた、その瞬間。
ゴオオオオ――!
水の巨体が、こちらへ迫った。
「先輩、下がって!」
レイが前に出る。
杖を掲げると、床に溜まっていた水が一斉に浮き上がった。
「水魔法・分流展開!」
水が幾重もの壁となり、突進を受け止める。
だが――
一瞬で砕け散った。
「っ……水量が多すぎる!」
(やっぱり、真正面は無理か)
俺は必死に頭を回す。
(核……
あれさえ止めれば……)
無意識に、口が動いた。
「王道を征くなら……
弱点は、中心だよな」
空気が、凍りついた。
「……!」
レイの目が見開かれる。
「なるほど……!
水の外殻を操ってるのは、あの魔石……!」
(違う、今気づいたんだ俺も!!)
だが、レイは完全に納得した表情だった。
「先輩、時間をください!」
「時間?」
「十秒でいいんで!」
水の巨体が、再び攻撃態勢に入る。
俺は、前に出た。
「暴れんなよ……暴れんなよ……」
自分に言い聞かせながら、ただ立つ。
水の奔流が、直撃――
するはずだった。
だが。
「……?」
流れが、わずかに逸れた。
俺を避けるように。
「……?」
(なにこれ)
背後で、レイが息を呑む。
「水が……
先輩を“障害物”として認識してない……?」
【YAJU】効果①:存在感常時発動。
――最悪の形で噛み合っていた。
「今がチャンス!」
レイが杖を振り下ろす。
「水魔法・圧縮穿槍!」
一本に束ねられた水が、槍となって放たれる。
狙いは――核。
「……倒した?」
レイが、肩で息をしながら俺を見る。
「いや、まだだ!」
「こうなったら……」
俺は、半ば投げやりに叫んだ。
≪夜渡りの宣言 氷茶可否神託!≫
今度こそ、魔石が砕ける。
巨体は形を保てず崩れ落ち、
水はただの水へと戻り、床一面に広がった。
俺は、その場にへたり込み、正直な感想を漏らした。
「ぬわああん、疲れたもおおおおおおん」
数秒後。
「……ふふ」
レイが、静かに笑った。
「先輩、やっぱり変な人っスね」
「そうか?」
「でも――」
杖を肩に担ぎ、少し照れたように。
「一緒にいると、
何でも出来そうな気がするっスよ」
(それが一番危ないんだよな……)
その時。
遺跡の奥で、新たな転移陣が淡く光り始めた。
光は脈打つように強まり、
床に刻まれた魔法陣が一つ、また一つと連動していく。
遺跡全体が、
ゆっくりと息を吹き返すような感覚。
「……先輩」
レイが、少し真剣な声で言った。
「これ、帰還用じゃない。
中枢転移用ですね」




