第4夜 夜渡りの門へ――水の遺跡で後輩魔術師と組むことになりました
「……別階層……か?」
思わず漏れた独り言。
「これ、もうわかんねぇな……」
その瞬間だった。
――バシャッ!
横から鋭い水音。
反射的に身構えるより早く、水の刃が俺の足元をかすめ、床石を削った。
「止まれ!
それ以上、動かないで!」
澄んだ、少し低めの声。
若いが、迷いのない響きだった。
振り向くと――
短く整えた銀髪を後ろで束ね、軽装のマントを羽織った少女が立っていた。
年は……俺より少し下か。
手には装飾の施された水色の杖。
先端には、制御された水が静かに浮かんでいる。
「……えっと」
俺は両手をゆっくり上げる。
「その落ち着き……
ただ者じゃなさそうですね」
(なんでそう評価される)
「ちょっと待て。俺は敵じゃない」
「そう言う人ほど信用できない、って決まってます」
杖がこちらを正確に捉える。
水が収束し、今にも撃ち出されそうだった。
(完全に不審者扱いだな……)
そう思った瞬間――
床に刻まれた古代文字が、淡く光を放った。
「……っ!」
少女が足を取られた、その直後。
天井から、崩れた石塊が落ちてきた。
考えるより先に、体が動く。
「危ない!」
肩を掴んで引き寄せる。
石が床に激突し、轟音が広間に反響した。
数秒の沈黙。
俺と少女は、妙に近い距離で固まっていた。
「……」
「……」
「……あのその傷…大丈夫?」
石塊を避けた時に出来たであろう腕の傷を見ながら、少女が心配そうに話しかける。
「まっ…多少はね?。あっ…」
――言葉選びを、完全に間違えた。
「……は?」
少女の目が点になる。
(違う! 今のは言い方が悪かっただけだ!)
慌てて手を離す。
「いや、その……今のはそういう意味じゃ――」
「……ふふっ」
少女が、小さく吹き出した。
「なんですか、それ。変な人ですね」
警戒の色が、すっと消える。
「でも、助けてくれたのは事実ですし。
少なくとも、暗殺者ではなさそう」
「それは……どうも」
胸をなで下ろす。
少女は杖を肩に担ぎ、改めてこちらを見る。
「じゃ、自己紹介しますね」
胸に手を当て、少しだけ得意げに。
「私はトーノ・レイ。
水魔法が得意で、武器はこの杖です。
――で、あなたは?」
(……来たな)
名乗ろうとした、その時。
遺跡の奥から、低い唸り声。
水面を湛えた祭壇が揺れ、何かが浮かび上がる。
「……遺跡の守護機構ッ!」
レイが舌打ちする。
「正直、一人だと面倒だったんですよね」
杖を構え、水が渦を巻く。
「さっきは助けてもらいましたし」
ちらりと、こちらを見る。
「ここは共同戦線、なんてどうです?」
俺はため息をつき、小さくうなずいた。
「……協力しよう」
その一言で、
遺跡の空気が、わずかに張り詰めた気がした。
広間を抜けると、内部は一気に迷宮じみてきた。
石造りの通路は分岐だらけで、
床には浅く水が張った場所も多い。
天井から滴る水音が、やけに大きく響く。
「この構造……
水路兼、防衛区画っぽいですね」
レイが先を歩きながら言う。
足取りは軽く、杖の先で水面をつついて反応を確かめていた。
「罠とか?」
「ありますあります。
踏んだ瞬間、水圧弾とか」
(最悪だ)
「でも大丈夫ですよ。
一緒なら、なんとかなりそうですし」
振り返って、にっと笑う。
……完全に後輩ポジションだ。
俺は慎重に歩きながら、壁の古代文字に目を向けた。
「……転移系の記述だな」
完全に勘だった。
だが――
「さすがですね。
やっぱり重要なところ、見てる」
(違う、雰囲気だ)
余計な誤解が、また積み上がっていく感覚がした。
やがて、通路の先が開ける。
中央にあるのは、巨大な円形の水槽。
水面は不気味なほど静かで、底が見えない。
周囲には壊れた像と、複雑に絡み合う魔法陣。
「……ここが中枢、ですね」
レイが小さく息を呑んだ。
俺は、水面を見つめながら思う。
――また、何かが始まりそうだ。




