第3夜 冒険者になったら何もしていないのに、遺跡が起動した
「先輩は世界の知識が停滞していることに失望された」
「新たな魔法体系を求めておられる」
「つまり……改革だ」
(違う)
(俺はただ――)
帰り道を、探していただけなのに。
気づけば俺は、
辺境の国王と謁見し、世界の改革者として語られる男
という立場になっていた。
(……これもうわかんねぇな)
そう思いながら、俺は今日も、
一歩も前に進んでいないのに、
勝手に歴史を動かされていくのだった。
考えた末、俺は冒険者になることにした。
理由は単純だ。
城にいると、一言も喋れない。
黙っていても神託扱いされる。
それなら外に出て、
魔王絡みの遺跡や転移門を探した方が、
元の世界に帰れる可能性は高い。
――そう判断した。
はずだった。
「先輩、こちらが今回の依頼です」
冒険者ギルドの受付嬢が、
慣れた手つきで羊皮紙を差し出してくる。
その文字を見た瞬間、
俺は強烈な嫌な予感に襲われた。
いや、正直、読まなくてもわかる。
この世界は、俺に普通の依頼を渡す気がない。
それでも一応、目を通す。
【依頼内容】
・王国北部「沈黙の遺跡」にて発生した異常現象の調査
内部に取り残された調査団の安否確認
「……これもうわかんねぇな」
思わず口から漏れた。
しまった、と思った時にはもう遅い。
「……っ!」
「やはり先輩も“理解不能”と……!」
「世界の理が限界に来ていることを示唆なさっている……!」
受付嬢が、
尊敬と恐怖の混ざった視線をこちらに向ける。
(違う、ただの愚痴だ……!)
「いや、そうじゃなくてだな」
慌てて補足しようとする。
「単に、状況がはっきりわからんって意味で――」
次の瞬間。
「……!!」
「“はっきり”……!」
「つまり、先輩の中では既に答えが確定している……!」
受付カウンターの奥で、
誰かが鐘を鳴らした。
なぜ鳴らした。
(あっ……これ、ダメなやつだ……)
俺は咳払いをして、
無理やり話を戻す。
「とにかく、その遺跡に行けばいいんだな?」
「はい!ちなみに――」
受付嬢が一拍置き、
少し誇らしげに言った。
「先輩単独での依頼です!」
「え?一人?中に狂暴な魔物が暴れてたらどうすんだよ?」
俺は不安をつい口にしてしまっただけなのだが、周囲の反応は違った。
「先輩が“暴れ”を警戒されている……!」
「つまり、遺跡内部にはそれほどの脅威が……!」
(ああもう……)
「分かった!行ってくればいいんだろ!」
こうして俺は、
最低限の装備と、最大限の誤解を背負って、
沈黙の遺跡へ向かうことになった。
遺跡は、噂通り静かだ。
いや、静かすぎる。
風も音もなく、
巨大な石門だけが、ぽつんと闇に沈んでいる。
「……こ↑こ↓?」
入口を見上げながら、確認するように呟く。
その瞬間。
石門に刻まれた紋様が、淡く光った。
「え?」
「おお……!」
「反応した……!」
――気づけば、後ろに調査団が立っていた。
いつの間に。
「お待ちしておりました。遺跡の調査をしようとした所仲間が遺跡に吸い込まれてしまい助けようにも、自分達では遺跡に入る事も出来ず途方にくれておりました。ですが…」
「先輩が“ここ”を指し示したことで、
遺跡が目覚めました……!」
「違う、ただの独り言だ!」
誰も聞いていない。
石門が、重低音を立てて開き始める。
遺跡の奥へ一歩踏み出した、その時。
床に刻まれた魔法陣が起動し、
空間が歪み始めた。
「転移陣……!」
誰かが叫ぶ。
俺は思わず言った。
「これ、王道を征くやつだな」
――完全にアウトだった。
「王道……!」
「先輩は、この展開すら予定通りと……!」
(くそ…なんて世界だ…)
光が強くなる。
足元が消える。
落下感。
俺は最後に、半ば投げやりに叫んだ。
「じゃけん夜行きましょうね!!」
その言葉が、
後に夜渡りの宣言として神話に刻まれることを、
この時の俺はまだ知らない。
「で?……ここ、どこだよ」
声が、やけに響いた。
天井が高い。
壁も床も、黒っぽい石で統一されている。
遺跡なのは理解できるが、さっきまでいた遺跡とは、雰囲気がまるで違う。
(転移、したよな……?ここが遺跡の最深部か?)
周囲を見渡す。
柱。
崩れかけた壁画。
そして――
「……誰も、いねぇ」
第三調査団もいない。完全に単独。
(……あ、これ詰んだやつか?)
一人になって、ようやく冷静になる。
帰還手段を探すために冒険者になったはずなのにどうしてこうなった。
「……まぁ、戻るしかねぇか」
入口を探そうと、歩き出した――その瞬間。
足元で、魔法陣が淡く光った。
「……あ?」
次の瞬間、空気が震える。
壁に刻まれていた文字が、一斉に浮かび上がった。
【歓迎する――夜を越えし者よ】
「……歓迎?」
嫌な予感しかしない。
さらに文字が続く。
【汝、問いを持ち来たれし者】
【汝、世界の停滞を嘆きし者】
【汝、道を示す覚悟ある者か】
「いや、ねぇよ」
即答。
「俺、迷子なだけだからな?
間違って来ただけだからな?」
だが、遺跡は聞いちゃいない。
床が振動する。
奥の壁が、ゆっくりと開いていく。
中から現れたのは――
「……人?」
黒いローブをまとった、背の高い人物。
顔は影で見えない。
だが、その存在感だけでわかる。
(あ、これ……ボス枠だ)
ローブの人物が、低い声で言った。
「久しいな……先輩」
「知らねぇよ!!」
反射で叫んだ。
「初対面だろ!?
名前も顔も知らねぇし!」
「……やはり」
なぜか、納得したように頷かれる。
「記憶すら、超越している……」
(超越してない、マジで)
「我は、この遺跡の管理者。
かつて“夜を渡りし先輩”に導かれた者だ」
(知らん知らん知らん)
「そして今、再びあなたが現れた。
つまり――」
ローブの人物が、胸に手を当てる。
「世界は、次の段階へ進む」
「進まねぇよ」
即否定。
「俺、帰り道探してるだけだから。
世界とか段階とか、関係ねぇから」
沈黙。
管理者は、しばらく黙った後、ぽつりと言った。
「……なるほど。
“帰還”か」
「そう、それだ」
ようやく話が通じた気がした。
「元の世界に戻る方法、知らねぇか?
転移門とか、装置とか」
管理者は、静かに首を振る。
「帰還は、容易ではない。
だが――」
一歩、こちらに近づく。
「“夜を越えた者”ならば、可能だ」
(またそれだ)
「その“夜を越えた”っての、何なんだよ」
管理者は、初めて少しだけ笑った。
「死と生の境を知り、
意味を与えられることなく存在し、
それでも歩み続けること」
「……?」
「あなたは、それを既に成している」
(してねぇ)
(事故っただけだ)
「……まぁいいや」
俺は頭をかいた。
「で、どうすりゃ帰れる?」
管理者は、ゆっくりと遺跡の奥を指差した。
「この先に、“夜渡りの門”がある。
それを越えれば、答えに近づけるだろう」
「近づくだけ?」
「はい」
(遠いなぁ……)
だが、他に選択肢もない。
「……行くしかねぇか」
そう呟いた瞬間。
遺跡全体が、再び震えた。
【継承条件、確認】
【夜渡りの覚悟、確認】
「確認ってなんだよ……」
床に、新たな文字が浮かぶ。
【――進む覚悟はあるか】
「……あ?」
装備を見る。
剣。
防具。
最低限とはいえ、命綱だ。
「いや、無理だろそれ…」
だが、背後で門が閉まる音がした。
「ちょ、待――」
選択肢は、なかった。
「……暴れんなよ、俺の人生」
小さく呟いて、一歩踏み出す。
光が、再び世界を塗りつぶす。
その瞬間、どこからか声が響いた。
「――先輩は、“夜渡り”を選ばれた」
(選んでねぇ……)
意識が遠のく。
こうして俺は、
帰り道を探していただけなのに、
また一つ、意味の重い場所へと
送り込まれてしまったのだった。




