第2夜 俺は帰りたかっただけなのに
前回までのあらすじ
蒸し暑い夜、事故で命を落としたはずの俺は、気づけば異世界に立っていた。
だが何気ない一言すら“意味深な言葉”として受け取られるスキル【YAJU】のせいで、何もしていないのに「伝説の先輩」として祭り上げられてしまう――。
「……あのさ」
そう口に出した瞬間、嫌な予感はしていた。
俺はいま、辺境の城の最奥にある広間に立っている。
天井はやたら高く、壁は分厚い石造り。
豪華というより、歴史と格式で圧をかけてくるタイプの場所だった。
中央には円卓状に並べられた席。
どう考えても、重要人物用だ。
その周囲を見て、俺は内心で悟る。
国王。
白髭をたくわえた賢者。
全身鎧の騎士団長。
そして、最初から目を潤ませている巫女。
(……役満じゃねぇか)
完全に逃げ場がない。
俺は深く息を吸い、できるだけ淡々と話し始めた。
「俺、ここに長居するつもりはないから」
余計な抑揚はつけない。
誤解されないよう、言葉を選ぶ。
「元の世界に戻る方法を探したい。
そのために、協力してほしい」
本心だった。
この世界に仕える気もない。
世界を救う使命も背負うつもりはない。
――ただ、帰りたいだけだ。
広間が静まり返る。
ろうそくの火が弾ける音だけが、不自然に響く。
(頼むから、普通に受け取ってくれ)
そう願った次の瞬間だった。
「……っ!!」
「やはり……!」
「先輩は、去ることすらも計算の内……!」
(あ、終わった)
「いや違う」
即座に否定する。
だが、もう遅い。
「戻る方法を探すとは……すなわち世界の真理を問うこと……!」
「なんと高尚な……!」
(誰だよその理屈考えたの)
「違うって言ってるだろ」
国王は感極まった様子で玉座を握り、
騎士団長は剣の柄に手を添え、
巫女は今にも泣き出しそうだった。
賢者が、震える声で言う。
「古文書に記されています……
『先輩は留まらぬ。
留まらぬがゆえに、世界は試される』と……」
(書いてねぇよ)
(誰だよそれ書いたやつ)
「俺はただ、家に帰りたいだけだ」
思わず、本音が漏れた。
「……“家”」
巫女が、祈るように両手を組む。
「この世界を“仮の宿”と見なしておられるのですね……」
「違う!!」
声が裏返る。
(この世界、人の話を聞く能力が低すぎる……)
その後、半ば強引に、俺は城の書庫へ連れて行かれた。
辺境とは思えないほど広い書庫。
だが、本棚に並ぶ本はどれも古く、紙は黄ばんでいる。
「異世界転移、帰還、時空魔法……
関係ありそうな資料を全部見せてほしい」
今度こそ本気だった。
分厚い本を開く。
文字は読めるし、内容も理解できる。
――だが。
「……古すぎるな」
理論も年代も、明らかに行き詰まっている。
ただの率直な感想だった。
しかし。
「……っ!」
「先輩が“古い”と……!」
「つまり、この知識は既に超えたもの……!」
(超えてない)
(今まさに勉強中だ)
「新しいのは無いのか?」
最新版の帰還法があれば、それでいい。
それだけの意味だった。
「!!」
「先輩は“更新”を望まれている……!」
賢者たちが一斉に走り出す。
本棚を倒しかねない勢いで。
「待て! 俺は――」
止める暇はなかった。
その日を境に、城ではこんな噂が流れ始めた。




