第16夜 魔王軍の刺客、恐怖を楽しむ男――砂漠に舞い降りたショータイム
――魔王軍・指揮本部
砂漠遺跡でのトオールの撤退が報告される広間。
報告書を手に、幹部たちが顔を揃えていた。
「第一災禍、撤退……しかし、被害は最小限か」
アオが淡々と呟く。
「先手は失われたが、まだ戦局は我々の掌中にある」
「……ふん」
タクヤが腕を組み、影のような表情で視線を巡らせる。
「しかし、あの男を前に撤退を余儀なくされるとはな。厄介な相手だ」
「トオールも案外脆かったなぁ」
静かに、だが凄まじい存在感を伴って扉が開く。
黒い長衣に身を包んだ―第四災禍 カーリー。
長い黒髪、鋭く光る瞳。微笑は甘く、しかし笑顔の裏に鋭利な刃が隠れている。
その声は甘く響くが、部屋全体の空気を押し潰す威圧感を帯びていた。
「まぁ第一災禍がだらしなかった分は、私がきっちり片をつけてやらんとねぇ」
アオが静かに眉を上げる。
「……随分と余裕そうだな。敵でありながら存在感が強い」
「カーリー、油断はすんなよ」
タクヤが釘を刺す。
「相手は“先輩”だ。舐めてかかれば痛い目を見る」
「ふふふ、もちろん舐めてかかるつもりはあらへん」
カーリーの笑みは柔らかくも、空気を切り裂く鋭さを帯びていた。
「でもね、皆に見せてやらんとなぁ。私の本気を、たっぷりと」
アオが低く呟く。
「せいぜい良いデータを集めてくれよ……」
「期待して待ってるとええで。」
カーリーはゆっくり歩み、テーブルに片手を置く。
その所作だけで、部屋の空間が歪み、重力さえねじれるように感じられる。
「私の作戦と技術、そして演出で最高のショーにしたるわ」
タクヤが目を細める。
「……演出、か。確かにこの威圧感は演出だけではないな」
カーリーの笑みが広がる。
「さぁ、先輩、あなたの力、たっぷり見せて貰うで…」
アオとタクヤは互いに視線を交わす。
冷静かつ楽しげに動きを待つ強敵――
魔王軍の会議室は、次なる戦いの予感で満ちていた。
――魔王軍・指揮本部、会議後
カーリーは窓際で腕を組み、遠くの砂漠地帯を眺めていた。
瞳の奥に、微笑と共に冷たい計算が光る。
「さて……あの子にも少し遊ばせてやらへんとな」
隣に控えていた部下の軍隊長レン。
まだ荒削りだが、戦闘センスは確かで、カーリーの期待を裏切らない逸材だ。
「レン、任務や」
その声は甘く、響き渡る。
レンは一瞬戸惑うが、カーリーの鋭い視線に捕らえられ、すぐに頷く。
「焦ることはあらへん」
カーリーは背を向け、肩越しに低く囁く。
「勝つことよりも、観察すること。彼の力、反応、そして――楽しませてくれるかどうかを」
レンは指先を軽く握り、決意を滲ませる。
カーリーの微笑は柔らかいが、その冷たさはレンの背筋を震わせる。
カーリーの瞳が窓越しの遠景に重なり、
主人公たちに向かうレンをまるで舞台の俳優を見るかのように、鋭く追う。
「…さぁ、ショーの始まりやで」
静かに、だが確実に、魔王軍の策略は砂漠に落とされ始めた。
――兆候は、静かすぎるほど静かに
その日、俺たちは何事もなく野営していた。
半砂漠地帯を抜け、古い街道跡のそば。
焚き火は安定している。
水もある。
怪我人もいない。
「……静かすぎない?」
トーノ・レイが、焚き火を見つめながら言った。
「そうか?」
「むしろ助かってるけど」
ミウラは地面に座り込み、干し肉をかじっている。
「腹減ったなぁ……」
「こういう時って、大体何か起きるんだゾ?」
イームくんは俺の肩に乗り、尻尾を揺らした。
「ねーねー先輩!」
「ここさ、さっきから人の気配が“増えてる”よ!」
「増えてる?」
周囲を見回す。
確かに――人はいる。
だが奇妙だった。
遠くに見える旅人。
廃屋に集まる流民。
焚き火を囲む別の一団。
どれもこちらを“見ていない”。
いや、正確には――
見ているのに、近づいてこない。
(……嫌な感じだな)
その時だった。
「助けてください!」
どこからともなく、声が響いた。
駆け寄ると、
倒れた荷車と、泣き叫ぶ少女。
周囲には倒れた護衛らしき男たち。
「魔物に……!」
トーノが即座に前へ出る。
「大丈夫、すぐに――」
その瞬間、
俺の胸の奥が、わずかに軋んだ。
(……あれ?)
おかしい。
状況は典型的だ。
助ける理由も十分。
なのに――
「選ばされている」感覚が、拭えない。
俺が口を開く前に、
周囲の流民たちが、ざわめいた。
「やっぱり……」
「あの人だ」
「“先輩”が来た……」
(またかよ)
俺は、ため息をつきかけ――
そこで、気づいた。
そのざわめきの中に、
期待と、恐怖と、責任が、
すでに完成した形で混ざっていることに。
(……誰かが、仕込んでる)
焚き火の火が、
一瞬だけ、歪んで揺れた。
とある辺境の町。
カーリーは、瓦礫の上に腰掛けていた。
「はいはい、ここは犠牲者A」
「こっちは、助けられる予定のBやね」
彼女が指を鳴らすと、
町の噂が、糸のように絡まり始める。
「“先輩は必ず助ける”」
「“でも、全員は救えない”」
「ほな、選ばせよか」
誰が死ねば、
誰が恨み、
誰が信仰に変わるか。
カーリーは、それを配置しているだけだ。
「ほんま……」
「最高の素材やわ」
俺は、砂煙に揺れる炎越しに、助けを求める少女の顔を見下ろしていた。
その背後から、じっと俺を見据える視線の群れを感じる。
(……ああ、そうか)
これは――罠だ。
イームくんが肩の上で小さく身を寄せ、耳元で囁いた。
「先輩」
「ねぇ……これ、もう始まってるよ」
俺はゆっくりと息を吐く。砂の匂いが鼻をくすぐる。
「……だろうな」
「……先輩」
イームくんが耳を伏せ、身体を硬くする。
「来たよ」
「またやっばいのが」
その次の瞬間だった。
――バチンッ!
空気が裂けるような乾いた音。
焚き火の向こう側、先ほどまで何もなかったはずの場所に、巨体の影が突如立つ。
ガタイのいい中年。
軍服は魔王軍の正式装束だが、無駄に着崩され、
首元には無数の傷跡。
腰には、血痕の残る鉄製の鞭。
坊主頭に、張り付いた笑み。
その男――魔王軍軍隊長・レン。
「おじさんはねぇ」
ねっとりとした声が、夜の砂漠に染み入る。
「君みたいな“可愛い顔”がねぇ」
「――恐怖で歪む瞬間が、大好きなんだよ」
鉄の鞭がわずかに揺れる。
炎に照らされ、光と影が不気味に交錯する。
「……敵だな」
俺は吐き捨てるように呟く。
「そうだよ(便乗)」
ミウラが俺の横で拳を構える。
レンの笑みがゆっくりと広がり、さらに重く、甘く、ぞくりとする威圧を生む。
「さぁ……楽しませてもらおうか」
砂漠の夜に、レンという敵が立ちはだかる。




