第14夜 魔王軍第一災禍登場!先輩は迷わず王道を征く
――砂漠街道・夜営地近郊。
月は薄く、砂は冷えていた。
遠くで風が鳴り、崩れた岩陰に灯る焚き火がひとつ。
そこに、
無様に転がされるようにして放り込まれた男がいる。
「……っ、ちくしょう……」
包帯だらけのグチサカだった。
銃は没収され、ボロボロで歩く。
そして片膝をついたグチサカの向こう側に――
トオールが立っていた。
鎧代わりの筋肉に、夜の影が貼り付く。
何もしていないのに、周囲の魔力がざわつくのは、
彼が“力そのもの”だからだ。
「ひぃぃ…とっ……トオール様っ!?」
「……チッ」
短く舌打ち。
「だから言ったろ。偵察だけだってな」
グチサカは、びくりと肩を震わせる。
「も、申し訳――」
「聞いてねぇ」
低い声。
怒鳴ってはいない。
だが、空間が一段、沈む。
「手柄でも欲しかったか?」
一歩、近づく。
グチサカの呼吸が乱れる。
「気持ちは分かる――だがな」
拳を鳴らす。
骨が軋む音が、やけに大きく響いた。
「俺の獲物に、勝手に触るな」
その言葉だけで、
グチサカは完全に黙った。
「バカだね。トオール様が“殴りに行く”って言った時点で」
「他の連中は、全員“邪魔しない”が正解なの」
そう言ってため息を吐いたのは――マロン・ラフォーレ。
魔王軍第一災禍・トオール直属の参謀だ。
「でも、まだ生きてる。
君、運だけは一流だよ」
トオールは興味を失ったように視線を外し、
背後に立つ影へ声を投げる。
「マロン」
呼ばれたマロンが、一歩前に出かけて、止まる。
「お前は下がれ」
即断だった。
「え?」
マロンは一瞬だけ目を瞬かせる。
「データ取りは?」
「仕込みはもう――」
「いらねぇ」
トオールは、前を見たまま言う。
「相手は、もう分かった。
策はもういらねぇ」
肩を回す。
それだけで、周囲の砂がわずかに舞い上がる。
「ここからは…俺の時間だ」
マロンは肩をすくめ、軽く笑った。
「了解。前線の流儀、ですね」
素直に、後方へ下がる。
だがその目は、興味を失っていない。
「でも壊さないでくださいよ。玩具、減ると困るんで」
「俺に加減が出来ると思うか……?」
トオールは短く吐き捨てる。
そして小さく、だが確かに楽しげに笑った。
「…まったくグチサカの野郎のおかげで
余計に、身体が温まっちまった…」
首を鳴らす。
関節が、戦いを思い出す音。
「くくっ、ますます興味が出てきたぜ。」
トオールは、砂漠の夜に立つ。
愚痴を吐きながら、
心の底から意気揚々と。
――殴る理由が、
もう目の前まで来ていることを確信して。
――翌日・砂漠遺跡群。
砂丘の切れ目に、半ば埋もれるようにして石造りの遺跡が口を開けていた。
崩れた柱、風化した壁画。
魔力の残滓が、熱を帯びた空気に薄く滲んでいる。
「……年代、かなり古いっすね」
トーノが壁面の文様をなぞる。
「魔王軍以前の遺構だな」
俺は周囲を見回しながら答えた。
「転移系の痕跡もある。帰還手段の手がかりになるかもしれん」
ミウラは崩れた石をどかしながら欠伸する。
「罠は少なそうだゾ。拍子抜けだ」
「キュッ」
イームくんが肩の上で鼻をひくひくさせた。
「……先輩、なんか、イヤな魔力が近いよ」
その瞬間だった。
――ドン。
遺跡の奥、石床が踏み砕かれる音。
砂が舞い、空気が一気に重くなる。
「……来たか」
俺がそう呟いた時には、もう遅い。
遺跡の影から、一つの巨体が姿を現す。
鎧はない。武器もない。
だが、存在そのものが“力”。
トオールだった。
「へぇ……」
低い声が遺跡に反響する。
「遺跡調査、か」
「随分と呑気じゃねぇか」
ミウラが一歩前に出る。
「……お前は魔王軍の…」
その言葉に、巨体は一瞬だけ立ち止まった。
「知ってるなら話は早ぇな」
トオールは首を鳴らし、肩を回す。
それだけで、床に細かな亀裂が走った。
「名乗っとくか」
胸を張るでもなく、誇示するでもなく。
だが、その声は遺跡全体に刻み込まれる。
「俺はトオール」
「魔王軍第一災禍」
「前線制圧・殲滅戦の象徴だ」
一拍。
「肩書きは飾りみてぇなもんだが――」
視線が、真っ直ぐ俺を射抜く。
「魔王軍で一番、殴り合いが得意な奴」
「それで十分だろ?」
トーノが息を呑む。
「……魔力圧が段違いっす」
「キュ……」
イームくんが俺の服を掴む。
トオールは楽しそうに歯を剥いた。
「安心しろ。
面倒くさいやり方は嫌いだからよぉ…」
一歩、踏み出す。
石床がひび割れた。
「正面から一発であの世に送ってやるよ」
視線が、再び俺に戻る。
「お前だな」
「グチサカを“止めた”っていう先輩は」
拳を握る。
遺跡全体が、ぎしりと悲鳴を上げた。
「言葉だけで人を折る?」
「ははっ……最高じゃねぇか」
その圧を正面から受けながら、
俺は小さく息を吐いた。
そして、肩をすくめる。
「戦いは避けられそうにないみたいだし、
ここはやっぱり、王道を征く、正面突破ですかね」
一瞬。
トオールの表情が、さらに歪む。
歓喜に近い。
「いいねぇ……そうこなくっちゃなぁ!!!!」
「さあ――」
「今度は俺を止めてみろよッッ!!!!」
砂漠の遺跡に、
名乗りを終えた前線そのものと、
逃げないと決めた先輩が向かい合う。




