第10夜 悪戯好きナビゲーター、これもうわかんねぇな
――夜営。
焚き火の前で、俺とトーノが地図を広げている。
少し離れたところでは、ミウラが胡坐をかいて干し肉を炙っていた。
「……この谷、回り込むと時間かかりすぎっすね」
トーノが地図を指でなぞる。
「まあ安全優先だろ」
俺が答えた、そのときだった。
肩に乗っていたリスザルに似た生き物が、
急に、ぴょんと地面に飛び降りた。
「……キュ?」
首を傾げる、いつもの仕草。
次の瞬間――
「ねーねー、そっちじゃないよ」
「……は?」
俺とトーノが、同時に固まった。
焚き火の向こうで、
ミウラも串を持ったまま動きを止めた。
「……今、なんか聞こえたゾ?」
「……今、しゃべった?」
俺が聞くと、
「しゃべったしゃべった!」
リスザルに似た生き物は胸を張る。
「ボク、イーム! ちゃんと人語つかえるよ!」
一拍の沈黙。
「……」
その沈黙を、イームくん自身が破った。
「えっとね!」
くるっと一回転して、尻尾をぴんと立てる。
「正式名称は《イーム》!
種族は……うーん、秘密かな?」
(正式名称なのか…)
「好きなものは甘い木の実と干し肉!
嫌いなものは魔王軍と、狭い檻!」
ミウラが即座に頷く。
「分かりやすいな」
「あとね!」
イームくんは俺の方をちらっと見てから、少しだけ声を落とす。
「ボク、ひとりでいるの、ちょっと苦手なんだ」
一瞬だけ、焚き火の音が大きく聞こえた。
だが次の瞬間、
ぱっといつもの笑顔に戻る。
「だから…!
今日からボク、キミたちの仲間ね!」
「……決定事項か」
俺が言うと、
「うん、さっき決めた!」
即答だった。
ミウラが顎に手をやる。
「……仲間が増えたな」
トーノが目を丸くする。
「でもそれじゃあ、何で今まで喋らなかったんすか?……」
「人間は信用出来ないからね。」
「でも、助けられて、
そのまま黙ってるとか失礼じゃない?」
(倫理観はちゃんとしてるな……)
「それに…どうせならいきなり喋った方がビックリするでしょ?
その顔が見たかったんだ!」
(と思ったら、意外と性格悪いな…)
ミウラは肩をすくめた。
「まあ……元気そうでいいんじゃないか?
……今日は色々ありすぎたゾ」
トーノが苦笑する。
「完全に悪戯好きっすね……」
「えへへ!」
イームくんは尻尾をぶんぶん振る。
俺は、深くため息をついた。
「それでね、それでね!」
イームくんは地図の上に飛び乗り、
小さな指で谷の奥を指した。
「ここ! こっちに行くとね、
魔王軍の見張り、いないよ!」
「なんで分かる?」
俺が聞く。
「ボク、魔力の流れがくすぐったく感じるんだ!」
「近づくとゾワッてするから、すぐ分かる!」
トーノが感心して頷く。
「ナビゲーター役として、完璧じゃないっすか」
「でしょでしょ!」
イームくんは得意げだ。
……が。
次の瞬間、
俺の荷袋から、干し肉が一つ消えた。
「……イーム?」
「ん?」
口の端に、肉の欠片。
ミウラが即座に指をさす。
「おい待てぃ」
「悪戯も、得意だよ!」
「こら」
「だってお腹すいたんだもん!」
イームくんは開き直る。
「先輩、怒るとこわいけど、
怒らないときは優しいでしょ?」
トーノが小さく笑った。
「完全に見透かされてますね」
俺は頭を掻く。
「……次からは一言言え」
「はーい!」
絶対に守らない返事だった。
ミウラが焚き火に干し肉を戻しながら言う。
「まあ……仲間が増えたのは心強い。」
トーノが俺に笑いかける。
「先輩、賑やかな旅になりそうですね」
「うん! ボク、がんばるよ!」
イームくんは元気よく言ってから、
一瞬だけ、真面目な目になる。
「だから――
もう、魔王軍に捕まるのはやだ」
ミウラが、少しだけ目を細めた。
俺は短く答える。
「分かってる」
イームくんは、ほっとした顔で尻尾を揺らした。
(……まあ、こういうのも悪くねぇか)
焚き火が、ぱち、と音を立てる。
何もしていないのに、
仲間が増え、
役割が増え、
責任だけが増えていく。
「……これもうわかんねぇな」
そう呟くと、
「それ、伝承の台詞と同じだね?」
イームくんが、にやにや笑った。
――やっぱり、
一番厄介なのはこいつかもしれない。
――この夜の出来事は、
当人たちにとっては、少し騒がしい夜営の一幕にすぎなかった。
だが後の時代、語り部はこう記す。
砂漠の旅路にて、
勇者一行は言葉を持つ謎の小さな生き物と出会う。
この出会いが、やがて世界を救う旅の、最初の分岐点だったと――




