エピローグ2:谷川莉子
事務所の稼働が本格化した10月中旬。
私は、ずっと胸に秘めていたお願いを口にした。
「半日だけでいいから……デートしたいな」
直也くんは少し困った顔をしたけれど、最終的には頷いてくれた。
もう保奈美ちゃんに内緒にして欲しいなどとは頼まない。
どうせ保奈美ちゃんにはすぐ分かっちゃうから。
土曜日。行き先は横浜関内。
ショッピングをして、観光をして、夜には横浜中華街で食事をした。
観光客のざわめきの中、私はずっと直也くんの腕をつかんで歩いた。
ときには――恋人握りをして。
「……オレはそういう柄じゃないんだけどな」
苦笑しながらも、直也くんは手を握り返してくれる。
その優しさに胸が熱くなった。
でも最近、困ったことがひとつある。
直也くんが、普通に街を歩いているだけで「一ノ瀬直也だ」と気づかれてしまうことが増えてきたのだ。
GAIALINQの知名度も急上昇しているし、フェリシテの件もある。
だから直也くんは、外出のとき伊達メガネをかけるようになった。
……そのメガネ姿がまた、どうしようもなく似合う。
氷川丸の船内を歩いているとき。
展示室の中、観光客が少し引いた隙を見て、私は直也くんの隙をついて唇を重ねた。
「……せめて、事前に予告してくれないかな」
直也くんは苦笑する。
「そういうとこがムカつく」
私はむくれて答えた。
「なんかもう女性の扱いに慣れてる遊び人みたい」
「オレはまだ誰も選べないんだよ。モテる訳でもなんでもない」
そう言う直也くんの言葉に、思わず手をつねった。
「イテッ……!」と情けない声。
――そんなわけ、ない。
口には出さなかったけれど、心の中では分かっている。
直也くんは、優しいから。
本当に真剣だから。
だからこそ、誰も選べずに苦しんでいるんだ。
それでも私は、この時間が嬉しい。
保奈美ちゃんがいない、このほんの短い時間が。
直也くんと二人きりで過ごす、このひとときが――。
胸の奥が、感謝と愛でいっぱいになった。
きっと一生忘れられない。
私にとって、何よりも大切な時間だった。




