第63話:谷川莉子
保奈美ちゃんが泣きながら部屋を飛び出していっても――直也くんは追いかけなかった。
それでも彼は、私のそばにとどまっていた。
沈黙が落ちる。
彼はしばらく考え込むように目を伏せ、やがて口を開いた。
「今日はありがとう。……無理をきいてくれて」
その声が、胸の奥に響いた。
そして次に、淡々と告げられる。
「まだ片付けなければならないことが、いっぱい残っている」
短い言葉を残して、直也くんは部屋を出ていった。
私はその背中を、最後まで目で追った。
残された会議室の空気は、急に静かになった。
私は首元に手をやり、チョーカーを外した。
そこにあしらわれた小さなブルーダイヤモンドが、淡く光を返す。
――これが、私の直也くんへの愛を守ってくれた。
そう思った。
アーティストとして認められたことよりも、もっとずっと大切なもの。
それは直也くんだ。
もう、それ以外は要らない。
けれど同時に分かっている。
アーティストとして頑張ることでしか、直也くんの隣に立つ資格を持てない。
だからこそ、自分に言い聞かせた。
――やるんだ。
彼の横にいるに相応しい自分になるために。
保奈美ちゃんとの関係は壊れてしまった。
でも、それはもう覚悟していたことだ。
「それでも……一つ屋根の下で暮らせるじゃん。ズルいよ……」
ぽつりと独り言をこぼした。
胸の奥に苦さを抱えたまま、私はブルーダイヤモンドをケースにしまい込み、会議室を後にした。
そして――自宅へと戻った。
案の定、両親が玄関で待っていた。
昼間突然外に駆け出していったからだろう。
泣きはらした顔をしている私を見て、すぐに駆け寄ってくる。
「莉子、大丈夫なの? どうしたの?」
心配そうな声に、私は深呼吸をして、できるだけ落ち着いて答えた。
会場で何があったのか、どういう経緯でステージに立ったのかを説明する。
そして――。
「……たぶん、アーティストとしてやっていける可能性が出てきたの」
そう言うと、二人の顔にぱっと笑顔が広がった。
父も母も、信じられないというように見つめ合って、そして私の手を握ってくれた。
「全部、直也くんのおかげなの」
「それに……直也くんを愛しているの」
その言葉を口にした瞬間、両親は一瞬驚いた顔をした。
けれど、否定はしなかった。ただ、複雑な表情を浮かべながらも黙って聞いてくれた。
私はそのまま自分の部屋に入り、椅子に腰を下ろした。
PCを立ち上げ、RICO専用チャンネルを開く。
登録者数が、信じられない勢いで増えていた。
数時間前までは数十万だったのに、今はもう百万人に届きそうになっている。
ニュースや報道で「RICO×NAOYA」のステージが取り上げられている影響だろう。
画面に映る数字を見て、胸が高鳴る。
けれど――。
そんなことよりも、今の私にとって何より大切なのは。
やっと自分の気持ちを直也くんに伝えられたこと。
それだけで、涙がまた溢れそうになった。




