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第56話:神楽坂梨奈

 ――ナオヤさんだ。

 ステージに立つ姿を見てから、もう頭の中はそればかりだった。


 ナオヤさんが来てくれた。

 こんな茶番の場に、どうして、と思う気持ちよりも先に、ただその事実が胸を満たしていた。


 目の前で繰り広げられるステージは、もう「カラオケ」なんかじゃない。

 スクリーンの夜空に大輪の花火が咲き、RICOとNAOYAの声が重なって会場を包む。

 その圧倒的な空気に、私は息をするのも忘れていた。


 ――クライマックス。


『パッと光って咲いた〜花火を見てた〜♪』


 響く歌声に、涙がにじんだ。


 酷い父親だった。

 酷い母親だった。

 そして可哀想な弟だった。

 そう――可哀想。本当に。


 でも、まるで歌詞のように、パッと咲いて消える花火のような人生の中で。

 その光を、一瞬でもくれた人が、ナオヤさんだった。


 『ラララ♪』


 RICOとNAOYAが声を合わせ、最後のフレーズを歌い上げる。

 音が途切れ、照明が落ちた瞬間、私の中の何かが決壊した。


 嗚咽が止まらない。

 だって――ナオヤさんが最後に来てくれたのだから。


 曲が終わった。

 会場が一瞬、静まり返る。――次の瞬間。


 「すごい……!」

 ステージ脇で働いていた女子高生のバイトスタッフが、両手を叩きはじめた。

 その拍手が爆発のように広がり、観客席を埋め尽くしていった。


 私は審査員席から立ち上がっていた。

 胸が熱くて、涙が止まらなくて、もう座ってなんかいられなかった。


「ナオヤさんでしょ?」


 声が震えた。

 ステージの中央で、NAOYAがゆっくりとサイバーグラスを外す。


 ――やっぱり。

 やっぱり、ナオヤさんだ。


「やっぱりナオヤさんだ!」


 涙があふれ、私は駆け寄っていた。

 次の瞬間には、もう直也――ナオヤさんに抱きついていた。


「ありがとう。――ごめんなさい。こんなおんな茶番に付き合わせて……本当にごめんなさい……」


 嗚咽混じりの声で、何度も繰り返す。

 あのイベントの後、弟は死んでしまった。

 でも――。


「でも……でも、あの病院でのイベント……本当にありがとう……」


 言葉にならない感情が涙と一緒に溢れていった。


 私は振り返り、審査員席の後ろに控えていたフェリシテの取締役やスタッフを見据えた。


「ナオヤさんの会社と……ううん、ナオヤさんと契約する。ナオヤさんが契約先。その上で――どうしたいかは、ナオヤさんが決めればいい」


 その言葉は、自分でも驚くほどはっきりしていた。

 誰のためでもない。もう迷わなかった。


 そしてステージの隣に立つRICOへと視線を向ける。

 彼女はまだ息を整えながらも、まっすぐにこちらを見ていた。


「ありがとう。来てくれて……ありがとう」


 言葉を絞り出すと、また涙が零れ落ちた。

 でもその涙は、もう後悔だけの涙ではなかった。


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