第54話:新堂亜紀
直也くんの姿を見たときの衝撃でまだ私は混乱している。
あの黒のコスチューム、サイバーグラス。もう私が知っている「直也くん」ではなく、別の存在に見えた。
麻里と玲奈と一緒に観客席へ向かい、ようやく座ったものの、落ち着く余裕などなかった。
ここまで五井物産は、ダントツの最下位。
もう直也くんのパフォーマンスに頼るしかない。
現時点のトップは雙日で、関係者席では「もう勝った」とばかりに笑みが広がっていた。
そのとき、場内アナウンスと共に画面が切り替わった。
――「打ち上げ花火 RICO×NAOYA」
観客席からざわめきが起こる。
審査員席で梨奈さんが目を見開き、声を上げた。
「RICOじゃない! え、なんでRICO? 私、RICOのチャンネル大好きでいつも見てるけど……でも、プロ連れてくるのはダメって言ったじゃん!」
その声は、観客席にいる私の耳にもはっきり届いた。
直也くんが一歩前に出て、堂々と答えた。
「彼女はYouTuberとして活動しています。しかし同時に、当社の嘱託社員です。そして私も社員です。GAIALINQプロジェクトの最高執行責任者です。
……でも、このステージではRICO×NAOYAです」
審査員席の梨奈さんが一瞬言葉を失い、驚いたまま直也くんを見つめた。
「な、ナオヤさん……」
小さな声が漏れたきり、梨奈さんは黙り込んだ。
会場の空気が一瞬固まる。
その沈黙を破るように、フェリシテのスタッフが尋ねた。
「このまま実演を許可されますか?」
梨奈さんは呆然としたまま、それでもゆっくりと頷いた。
――許された。
息を呑む音が、観客席のあちこちから漏れる。
私もまた、胸の奥で強く拳を握っていた。
曲のイントロが流れた。
それまで黒一色だった背景が、ゆっくりと明るさを帯びていく。
夜の海岸線。波の白い軌跡が浮かび上がり、その上に――花火。
大輪の光が、夜空に咲き乱れる。
「――あの日見渡した渚を〜今も思い出すんだ〜」
清涼感のある声が、会場全体に広がった。
澄み切っていて、まっすぐで。
――RICOの声だ。
観客席からは息を呑むような静けさが生まれ、次いでざわめきが広がった。
そして最初のサビ。
そこに重なるように、直也くん――NAOYAの声が入った。
力強く、伸びやかで、確かな響き。
RICOの声と交わり、まるで一つの旋律になって観客を包み込んでいく。
ステージの二人は互いを見つめ合う。
その視線は恋人のように真っすぐで、切なくて、眩しかった。
そして次の瞬間には、観客席を見渡す。
――私たち全員を、この歌に巻き込むように。
胸の奥が熱くなる。
五井物産の最下位だとか、雙日がトップだとか、そんなものは一瞬で吹き飛んでいた。
ただ「RICO×NAOYA」の放つ力に、会場全体が飲み込まれていくのを、私は肌で感じていた。




