第52話:一ノ瀬直也
会場のすぐ近くに確保したレンタル会議室。
窓の外からは昼休みのざわめきが微かに伝わってくる。
簡素な机と折り畳み椅子だけの部屋に、莉子と保奈美を呼び寄せた。
モニターには、人事部長の顔。
時間はない。だが、この条件を突破しなければ「出場失格」となる。
「今回の対決のルールをもう一度確認させてください」
部長の声がスピーカーから響く。
「社員でなければ失格。プロに頼むのは絶対禁止。ただし、個人としてYoutuber等で活動している場合は例外――」
オレは頷き、言葉を継いだ。
「はい。そこで提案があります。GAIALINQの最高執行責任者として、莉子をブランディング担当の嘱託契約で迎えたいと思います。
彼女は既にYouTuberとして活動しており、専用チャンネルの一部では会社の正式な許可を得て、オレも参加してきました。
この契約を結べば、今回の条件をクリアできます」
モニター越しに部長の目が細まる。
一瞬の沈黙ののち、深い息が聞こえた。
「……なるほど。今回の事態への対処として、緊急に対処が必要だと理解しました。すぐに嘱託契約に必要な書類を作成して送ります」
プリンターから吐き出された紙を手に、莉子が震える指でサインする。
その一筆が、彼女を「社員」とする。
ペンの音がやけに大きく響いた。
隣で保奈美が呆然と立ち尽くしていた。
事態の流れが速すぎて、目の前の現実を飲み込めずにいるようだった。
オレは莉子と目を合わせる。
彼女の瞳には迷いはなかった。
この茶番を、ただの茶番で終わらせない。その覚悟が宿っていた。
「着替えよう」
オレは紙袋を開き、コスチュームとサイバーグラス、そしてスニーカーを取り出す。
莉子もオレもそれぞれ会議室に敷設されている更衣室で着替えた。
そしてオレたちはRICOとNAOYAになった。
会場までは徒歩で移動する。
3分もしないで到着した。
会場の裏手に回り、バックヤードの入口へと向かう。
その途中、何人かが足を止め、ざわめきが起きた。
「……RICOだ!」
小さな声が次々と広がる。
莉子の専用チャンネルで公開していた「打ち上げ花火」。その再生数は、ついさっき500万を超えたと莉子から知らされた。
もう彼女の存在は、ただのネットの一人間ではない。観客の記憶に確かに刻まれ始めている。
バックヤードの入口に入ると、熱気と音の波が押し寄せてきた。
莉子はすぐにスタッフを捕まえ、コンソールルームに入る。
ステージ裏の壁一面を覆うスクリーン、その映像を操る操作卓。
「次の私たちの番では――夜の海岸を。そこで打ち上げられる花火の映像を投影してください。映像データのストックがあった筈です」
莉子は迷いなく伝える。
その声は澄んでいて、誰もが頷かざるを得ない迫力があった。
彼女はかつてここで行われたV−Tuberイベントを見ていた。だから、カラオケであっても最高の演出を求め、引き出せることを知っている。
オレは隣で頷いた。
――これが彼女の強さだ。歌だけではなく、舞台全体を「見せる」覚悟がある。
ステージの向こうでは、すでに五人目のパフォーマンスが始まっていた。
会場の空気は熱を帯び、次第に最高潮へと近づいている。
「義妹ちゃん」
私は妹に視線を向けた。
緊張で固まったままの彼女に、はっきりと言う。
「義妹ちゃんは観客席から見ていてくれ。オレたちの姿を――そこから見届けてくれ」
保奈美は一瞬、言葉を失ったように見えた。
それでも、真剣な眼差しで強く頷いた。
――もう逃げ場はない。
「RICO×NAOYA」として、オレたちはこの舞台に立つ。




