第51話:宮本玲奈
胸の中で煮えくり返るものが収まらなかった。
五井物産という巨大な組織に、私はずっと誇りを持っていた。歴史も、規模も、社会に果たす役割も――誇れるはずだった。
なのに、今はどうだ。
――全部、直也に押し付けて。
――全部、直也に背負わせて。
こんな茶番に、どうして。
GAIALINQだってまだ立ち上げの最中で、余裕なんて一欠片もない。
それなのに、なんで。なんで直也をこんな場所に立たせて、すり減らさせるの。
怒りで胸が苦しい。爪が掌に食い込むほど握りしめても、やり場がない。
「どうして……」心の奥で何度も呟く。
電車が池袋に滑り込み、ドアが開いた瞬間、私たちは飛び出した。
東口の会場までは距離がある。丸ノ内線の地下通路は人であふれ、空気は重たい。
それでも、立ち止まるわけにはいかなかった。
「急ぎましょう!」
自分でも声が荒くなっているのがわかる。
亜紀さんも麻里も無言で頷き、並んで走り出した。
ヒールが床を叩く音、紙袋が揺れる音、息の荒さが混じり合う。
額に滲む汗さえ気にならない。ただ――。
直也を一人にしてはいけない。
あの背中に、これ以上全部を背負わせるわけにはいかない。
人混みを縫いながら駆け抜け、東口の光が視界に差し込む。
息が苦しいのに、胸の奥の怒りは消えない。
――直也。
必ず間に合う。必ず、隣に行く。
池袋駅の東口を抜けると、すぐに空気が変わった。
会場前は人だかり。スマホを掲げる野次馬たち、笑いながら実況する配信者、カメラを向ける報道陣。
「これが今話題の……」そんな断片的な声が耳に飛び込んでくるたび、胸が締め付けられる。
「裏口からバックヤードに入れるらしい」
誰が言ったかも覚えていない。私たちは顔を見合わせ、頷き合うと一気に駆け出した。
搬入口の横、小さな関係者出入り口。スタッフに確認して中に入ると、昼休みのざわめきが奥から響いてきた。
歌と歓声の余韻が、まだ会場全体を震わせている。
「直也は?」
焦りが喉に突き上げる。控室の並ぶ廊下を見渡すが、どこにも彼の姿はなかった。
そのとき、五井物産のアパレル部門の本部長の姿が目に入った。
私は駆け寄り、思わず声を荒げていた。
「直也はどこですか?」
本部長は振り返り、吐き捨てるように言った。
「まだ来ていないよ。どうせ逃げたんじゃないのか?」
瞬間、頭の中が真っ白になった。
胸の奥に溜まっていたものが一気にあふれ出す。
「――あなたのせいで!」
声が震えていた。涙で視界がにじむ。
「直也がどれだけしんどい思いをしているか、分かりませんか? なんでそんなこと言えるんですか?
直也が心血を注いでいるのはGAIALINQです! なのに、こんな茶番に引きずり出されて……どうしてこんな思いをしなきゃいけないんですか! おかしいじゃない!」
叫ぶ声が裏口の狭い廊下に響いた。頬を伝う涙は止まらなかった。
「玲奈!」
亜紀さんが私の腕を掴み、麻里が私の肩を抱いた。
「もう、こんな人に何言っても仕方ないよ。探そう」
麻里の声は冷静だったけれど、その奥には同じ怒りが燃えていた。
それでも嗚咽は止まらない。肩が震え、息が詰まる。
情けないと思っても、涙はあふれてきてしまう。
――直也。
あなたがどれだけ背負わされているか、どうして誰も分かろうとしないの。




