第46話:神楽坂梨奈
――イベント当日。
10月最初の金曜日。
池袋の、アイドルやV-Tuberイベントでよく使われるミニライブ会場。
今日はまるまる貸し切り。
ステージには照明、音響、スクリーン、全部フル装備。
まるで本物のフェスみたいな空気を作らせた。
私のために。
経営幹部も、五井物産の偉そうな人たちも、そして他の3社――五菱商事、伊東注、雙日。
みんな揃って会場の端っこに並んで、ざわついている。
(……いい気味だわ)
私が「カラオケで決める」って言っただけで、社運を背負った社員たちが青ざめるんだから。
弟のために必死に歌ってくれた大学生たちとは真逆。
ここにいるのは、みんな保身と出世で動く大人たち。
――だから私は、とことんワガママにやってやる。
午前中に各社で3曲ずつ。
お昼休みを1時間30分程度。
午後に各社2曲ずつ。
そういうスケジュールで進行させる予定だ。
※※※
最初にステージに立ったのは、雙日。
30代後半くらいの営業マンが、緊張しながら選んだのは――
「小田和正/ラブ・ストーリーは突然に」。
イントロが流れた瞬間、私は吹き出しそうになった。
「……平成かよ。バブル世代の合コンか?」
歌自体はまあ、音程は外れてない。
でも声が細いし、気持ちが全然伝わってこない。
観客の女子高生バイトスタッフたちも、ポカンとしている。
「ハイ、次!」
私はリモコンを取り上げて強制終了した。
雙日の社員は真っ青。
※※※
次は伊東注。
スーツのボタンを外して気合を入れてきた40代。
「サザンオールスターズ/TSUNAMI」を選曲。
……会場の空気、完全に冷えた。
「いや、だから。親世代のカラオケじゃないんだから!」
「今どきの女子高生がサザンで盛り上がると思ってんの? バカじゃない?」
観客席で吹き出す声。
私も机を叩いて笑ってやった。
彼は赤面しながら最後まで歌ったけど、終わった瞬間「古っ!」って大声で切り捨てた。
※※※
続いては五菱商事。
ここは若手を前に出してきた。
20代半ばの女性社員が震える声で歌ったのは――
「いきものがかり/ありがとう」。
……悪くない。
曲も声も安定してる。
でも――「朝ドラかよ」って突っ込みたくなるくらい、無難すぎる。
「うん、声は出てたけど……“保険”の匂いしかしない」
「勝ちに来てないでしょ、これ?」
拍手はあったけど、私の中ではアウト。
※※※
そして――問題の五井物産。
「総代理店を守らなきゃ」って気負いが透けて見える。
でも出てきたのは40代半ばの、いかにも「接待部隊」って顔した営業マン。
選んだ曲は――「B’z/ultra soul」。
イントロで私は思わず頭を抱えた。
「マジか……“イチニッサーン!”とか、何年前だよ!」
会場のバイト女子たちも苦笑い。
しかもサビで声が裏返って、会場に微妙な空気が流れる。
「はい、終了〜〜〜〜!」
私は両手でバツ印を作ってステージを遮った。
「五井、ダメダメ。全然刺さらない。古い、ダサい、勢いだけ。萎える」
客席で五井物産の幹部たちが頭を抱えているのが見える。
私は高らかに宣言した。
「今のところ、五井物産が最下位ね!」
――その瞬間、五井物産アパレル部門の人たちが本当に膝から崩れ落ちた。
私はその様子を見ながら、口元を歪めた。
「……ザマァ」
でも――心の奥ではほんの少しだけ、まだ期待していた。
あの時の小児病棟でのカラオケみたいに。
ナオキさんみたいに、本気で人を動かす歌を聴かせてくれる誰かが現れないか――。




