第39話:神楽坂梨奈
――父が亡くなった。
「オーナー急逝」という見出しで業界紙が騒ぎ立てているけれど、私にとっては「父」だった人。
母が中学生の時に家を出て行って以来、ずっと二人きりだった。
……いや、正確には三人だ。
私には弟がいた。
小さい頃から病弱で、ほとんどの時間を小児病棟で過ごしていた。
病名は難しくてよく分からなかったけれど――「全身の神経活動が少しずつ弱っていく」病気だと聞かされていた。
次第に体を動かすこともできなくなり、声を出すことすら難しくなっていった。
母は男を作って出ていってしまい、病院に顔を出すこともなかった。
父は仕事一辺倒で、家に帰ってきても無言で書類に目を通すばかり。
弟の病室に顔を出すことなんて、片手で数えるほどしかなかった。
私は毎日通った。
放課後に病室へ行って、宿題をやりながら弟に話しかける。
握り返してくれる力はだんだん弱まっていったけど、それでも私は笑顔を絶やさないようにしていた。
その冬の日。
大学生のボランティアサークルが病棟を訪れて、ホールで小さなイベントを開いてくれた。
カラオケ装置を一式持ち込んで、テレビ等で聞いた頃があるような歌を次々と、でも真剣に歌ってくれたのだ。
マイクを回し合いながら盛り上がる彼らの姿。
ただ歌うだけなのに、まるで本物のライブみたいで――不思議と胸を打たれた。
私は最初、弟が楽しんでくれればいいと思って見ていた。
けれど、その瞬間――弟の唇が、かすかに動いた。
声は出ない。
それでも、歌おうとしていた。
震える胸、わずかに開かれる口。
歌を「一緒に」歌おうと、必死に声を探しているようだった。
私は涙が止まらなかった。
弟がそんな風に自分から動こうとする姿を見たのは、本当に久しぶりだったから。
その日、私の心にも灯がともった。
「音楽には、人を動かす力がある」――そんな当たり前のことを、初めて本気で思い知らされた。
けれど、その冬。
弟は静かに息を引き取った。
私の手を握ったまま、まるで眠るように。
母は葬儀にもこなかった。
父は通夜でさえ、取引先との会議を優先した。
だから私は、自分の心の中に誓ったのだ。
「弟の分まで、生きよう」
「誰にも負けないくらい、自分の人生を楽しんでやる」
――ギャルになったのも、その延長だったのかもしれない。
外見だけでも派手にして、誰にも見下されないように振る舞うために。
高校から大学に行っても私はギャルファッションに磨きをかけた。
これは私の武装なのだから。
今でも、あの病棟で聴いた“大学生のカラオケライブ”は、私の大切な思い出のままだ。
――あの時POP STARを歌ってくれた人。ナオキさん。今どこで何しているのだろう。




