第38話:宮本玲奈
――同期のアパレル部門の子たちと廊下ですれ違った時、空気が明らかに浮ついているのが分かった。
「伊東注に持っていかれるんじゃないか」
「五菱の営業は本気でアプローチしているらしい。既にプロジェクトチームが立ち上がったらしいぜ」
「もし契約切られたら、うちの部長は確実に飛ばされるよな……」
目が泳いでいる。声も妙に落ち着きがなくて、正直聞いているだけで胃が痛くなりそうだった。
フェリシテ。
社内で“看板中の看板”と呼ばれるブランドが、いきなり揺らぎ始めた。
同期たちの浮足立った様子を見て、さすがに大丈夫なのか、と心配になる。
GAIALINQのプロジェクト自体は、着実に進んでいた。
SPVもJVも体制が固まり、定例ミーティングでは大きな遅延も報告されない。
日本と米国、両輪の進行管理もAIのアラートで早めに対応できている。
もちろん自治体交渉や温泉観光地の理解を得るのがなかなか難しい事に代わりはない。
ただ、基本的にそれは解決できる見通しの中での課題として整理できる内容だ。
そもそものDeal Breakするような状況の深刻さとはレベルが違う。
だからこそ、定例ミーティングが終わった後に、必ず誰かがこう切り出してしまう。
「……そういえば、フェリシテの件、どうなるんでしょうね」
チーム内でもざわざわと話題が出る。
あれだけ大きな案件だ。誰もが無関心ではいられない。
けれど――直也は冷静だった。
「オレたちにはオレたちの仕事がある。
他部門の心配をしている余裕は、GAIALINQにはないよ」
淡々と、いつもの低い声でそう言い切る。
その言葉にチームの空気は締まる。
確かにその通りだ。
私たちが今ここで足を止めれば、それこそGAIALINQに亀裂が走ってしまう。
けれど――。
私はどうしても心配だった。
フェリシテは年間1500億の売上規模。
それが抜け落ちる事の会社全体に与えるインパクトは流石にバカにならない。
それは例え五井物産という『総合商社の中の総合商社』と呼ばれる、年間総売上20兆円規模の超巨大企業であっても変わらない現実だ。
「GAIALINQは別」と分かっていても、巨大商社という船の上に乗っている以上、波風が立てば影響は必ず広がる。
(……変な形で波及してこなければいいけど)
会議室を出た後、廊下で立ち止まりながら、胸の奥でそうつぶやいた。




