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第12話:宮本玲奈

 ――想像以上の反響だった。


 深夜帯の経済報道番組に直也が出演した翌日。

 社内の広報室は、SNSのトレンドや投資家からの問い合わせで朝から騒然としていた。


「“GAIALINQ”が世界を変える――若きリーダー一ノ瀬直也」

「次世代エネルギーとAIの融合、日本から挑戦」


 そんな見出しが、新聞やネットメディアを一斉に飾っていた。

 SNSでは直也の発言を切り取った動画が拡散され、フォロワー数が一夜で、数十万単位で跳ね上がった。


 投資家筋からは「三兆円規模のスキームを任せるに値する人物だ」との声が寄せられ、海外ファンドからの問い合わせも急増している。

 さらに、経産省の幹部や米国政府の関係者までもがコメントを発し、「国際的にも意義あるプロジェクト」「安全保障上の価値を持つ取り組み」と評価していた。


 ――直也は、もはや一人の社員ではなく、世界が注目する“象徴”になっていた。


※※※


 そして、その熱気のまま迎えた共同記者会見。

 会場は都心の大型ホール。壇上には五井物産の社長と副社長、経産大臣、米国大使館の代表、そして主要ステークスホルダーたち。

 その中央に、堂々と座る直也の姿があった。


 照明を浴びても動じず、落ち着いた微笑を浮かべる彼。

 記者からの矢継ぎ早の質問に、社長や大臣がちらりと視線を送ると――直也が即座にマイクを取り、的確に、柔らかく答えていく。


「三兆円規模という巨額投資はリスクを伴わないのか?」という記者の問い。

 直也は少しも怯まずに言った。


「もちろんリスクはあります。ただ、GAIALINQはそのリスクを分散し、日米両国の官民が協調して取り組む仕組みです。だからこそ、挑戦する意味があると考えています」


 硬い質問にも、反感を買わない柔らかさを添えて返す。

 会場の空気が、次第に彼を中心にまとまっていくのが分かった。


 社長も大臣も、直也の発言の一つひとつに深く頷き、その表情は明らかに“全幅の信頼”を示していた。


(……本当に、二十代半ばなの?)


 私は心の中でつぶやきながら、その姿を見つめた。

 確かに彼はもう普通の社員じゃない。

 世界が見ている。社会が期待している。GAIALINQの象徴として、直也は立っている。


 誇らしい。誇らしいけれど――。


(……これで、また女性人気が爆発するわね)


 柔らかな笑顔、堂々とした所作、誠実で理路整然とした答え。

 そんな直也を見たら、多くの女性が惹かれるに決まっている。


 誇らしさと、ほんの少しの嫉妬。

 複雑な感情を抱えながら、私は壇上の直也の横顔をじっと見つめ続けていた。


 ――共同記者会見の本番が終わった直後。

 ホールの奥に設けられた記者クラブの囲み取材の場に、直也は呼び止められた。

 スポットライトもなく、会議用のパーテーションで仕切られただけの即席スペース。けれど、カメラの数とマイクの本数は本番さながらだった。


 記者たちが一斉に押し寄せる。

 大手紙の女性記者が、明らかに媚びるような笑顔で直也に身を乗り出す。

「一ノ瀬さん、先ほどのご説明、本当に分かりやすかったです。ぜひ今後、個別にも取材をお願いしたいのですが……」


 その横で、経済紙の女性記者までもが、わざとらしく声を柔らかくして言う。

「若きリーダーとしての視点をぜひ記事化したいです。プライベートなお考えも少し……」


(……チッ)

 思わず舌打ちしてしまった。


 けれど、その瞬間。

 隣にいた亜紀さんも、反対側の麻里も、同じように「チッ」と小さく舌打ちしていた。


 思わず顔を見合わせ、三人同時に吹き出してしまった。

 緊張感に張り詰めていた囲み取材の場が、一瞬だけ和らぐ。


 もちろん、直也はそんなやり取りには気付いていない。

 真剣な表情のまま、記者たちの質問に応じ続けていた。


「実は米国大統領からも、一ノ瀬さんに相当に厚い信任が寄せられている――そんな情報が一部で出ていますが?」


 会場に一瞬ざわめきが広がる。

 かなり際どい質問だ。下手をすれば、政治的な火種になりかねない。


 だが直也は、少しも動じなかった。

 柔らかい笑みを浮かべ、穏やかに言葉を紡ぐ。


「……私個人としてではなく、五井物産、そしてGAIALINQという取り組みに対してご期待をいただいているのだと思います。

 米国大統領閣下をはじめ多くの関係者の皆様に、プロジェクト全体として評価をいただいている――そのように理解しています」


 当たり障りのない答え。

 だが同時に、信頼の大きさを自然に印象づける巧みな言葉運びだった。


 記者たちは納得したように頷き、次の質問に移っていく。

 その場を取り仕切る直也の姿は、堂々としていて、まるでベテラン経営者のように見えた。


 私はふと、再び亜紀さんと麻里と目を合わせる。

 三人の胸の内にあるのは――誇らしさと、そして少しの嫉妬。


 でも今はそれでいい。

 全員が彼を支えるために、ここに立っているのだから。


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