第9話:宮本玲奈
――歴史的な了承が下ろされた翌日から、私の机の上は通知文とスケジュール調整メモで埋め尽くされた。
投資委員会、取締役会、そして社長の決裁――全てを経て、五井物産としての公式な機関決定が下った。
次はそれを米国JV、SPVをはじめとする全ステークスホルダーに正式に通知しなければならない。形式的なレターの発行に加え、関係各社の法務・広報担当との日程調整。米国現地の祝祭日すら意識して進める必要がある。細かいが、こうした積み重ねが一番の実務なのだ。
並行して、もう一つの大仕事がある。――プロジェクト名称の正式決定だ。
これはすでに広報とも直也、亜紀さん、私の三人で協議を重ねていた。単なる呼称では済まされない。このスキームは日米両政府が支援する巨大プロジェクト。象徴的な名が必要だった。
いくつかの候補案が出されたが、最終的に直也が静かに言った。
「……“GAIALINQ”でいきましょう」
GAIA――大地そのもの。
AI――未来の叡智。
そしてLINQは、LinkとUniqueに加えて、Quintessence――精髄・本質という意味を込めている。
つまり、「GAIALINQ」とは――GAIA(大地)とAIを結ぶ唯一無二の架け橋であり、自然の力と人類の叡智を結びつけ、持続可能な未来を築くための“一番優れた結節点”を象徴する名前なのだ。
その言葉に、私は深く頷いた。
直也らしい。理念と実務、理想と現実を一つに束ねてしまう力を持った名だった。
亜紀さんも賛成した。
「直也くんらしいわね。力強さと柔軟さを併せ持った名前だと思う」
こうして候補案は固まった。
※※※
私の役目は、これを形式として整えること。
社長に正式に名称案を提示し、承認を得る。その上で、米国側を含むステークスホルダーに「GAIALINQ」という名称を通知する。
国際会議、シンポジウム、採用広報、そして投資家向けの説明。
全ての場で「GAIALINQ」が用いられることになる。名は力を持つ。その名が世界の耳に届いた瞬間、このプロジェクトはもう後戻りできない。
通知文の冒頭に、私はこう記すつもりだ。
『本プロジェクトは、“GAIALINQ”と命名する。GAIA(大地)とAIを結びつけ、唯一無二の架け橋となり、未来を創る象徴として』
――もう、始まっている。
誇らしさと同時に、背中を押されるような緊張を抱えながら、私はキーボードを叩き続けた。