第8話:新堂亜紀
――胸が震えていた。
五井物産に入って以来、私も少なくない数の重要会議に出席する機会は得てきた。けれども、今日ほど、誇らしく、そして緊張感に包まれた瞬間はなかった。
会議室の最前列。重厚なテーブルの中央に、社長が臨席している。その左右には副社長と取締役たち。そして、プレゼンテーションの壇上に立つのは――直也くん。
まだ二十代半ばの若者。だが、もう誰一人としてその事実を「異例」と口にする者はいなかった。彼はすでに、存在そのものが別格なのだ。
米国JVと、日本に設置されるSPV。その巨額のスキームを、直也くん自身が社長と取締役会に直接説明している。声は落ち着き、姿勢は堂々として、目線は真っ直ぐ前を向いている。説明を受ける取締役たちが頷いているのが視界に入るたび、私の胸は熱くなった。
――投資委員会で了承を得ている以上、形式的にはセレモニーに近い。けれど、社長が決裁する瞬間の重みは別格だ。ここで下ろされるハンコ一つが、五井物産の未来を決める。
そして、その瞬間が訪れた。
社長は静かに直也くんを見据え、低く、しかし力強い声で告げた。
「……もはや今後の五井物産の三十年を決すると言っても過言ではないプロジェクトとなる。全五井物産グループを挙げて、本件を絶対に成功させるのだ。
――そして本件実施にあたって、一ノ瀬くんをプロジェクトの最高執行責任者とする。本プロジェクトは私自らの直轄とし、副社長、それから五井アメリカ支社長が、日本側と米国側でサポートする布陣とする」
会議室に微かなざわめきが走り、すぐに静まり返った。
その宣言の重みが、全員の胸に響いたのだ。
私は思わず息を呑んだ。直也くんが――私の直也くんが、もはや社長直轄のプロジェクト最高責任者に任命されたのだ。誇らしさで胸がいっぱいになり、喉の奥が熱くなる。
だが、社長はさらに続けた。
「一ノ瀬くん。このプロジェクトは、もはや五井物産を代表するものとなった。ゆえに――それに相応しいプロジェクト名称を決定してほしい」
直也くんは一瞬だけ息を整え、深く一礼した。
「……承知いたしました。本件の意義を体現できる名称を、広報部門と協議の上で、近々にも必ず決定させていただきます」
その声は、誰よりも落ち着いて、誰よりも確かだった。
――あぁ、ここまで来たのだ。
誇らしさと同時に、直也くんの背にかかる重圧の大きさを思い、胸が締めつけられた。
でも私は知っている。彼は背負う覚悟をしている。だからこそ、私も――全力で支えなければならない。