第7話:一ノ瀬直也
――プロジェクトの根幹を、ようやく形にできた。
米国JVと、日本に設置するSPV。その資本構成案について、主要な関係者との事前交渉は、ようやく一巡した。
米国JVは、米国側は、GBC本社が15%。州政府ファンドが10%、地熱発電特化型のグリーンファンドが5%、地元銀行系のCVCが5%。DeepFuture AIが15%、そしてAACが10%。
日本側は五井物産30%、グリゴラ10%。
日本に設置するSPVは、米国側はGBC20%、DeepFuture20%、AAC10%。
日本側は五井物産35%、グリゴラ15%。
単なる数字の比率合わせじゃない。ひとつでも外せば、州政府の理解を失うか、環境事業の象徴性を失うか、あるいは金融の後ろ盾を失う。すべての要素を満たすための調整は、正直骨が折れた。
だが今はもう、全ステークスホルダーのコンセンサスを得る事に成功している。
残るのは、社内の意思決定プロセスだ。
※※※
投資委員会。
重厚な会議室の空気は、いつものように張り詰めていた。テーブルに並ぶのは役員や有識者。オレの前には、分厚い説明資料。
「……以上が、米国JVおよび日本SPVの資本構成案になります」
オレは一通り説明を終え、深く一礼した。
しばし沈黙が落ちる。
「続けて、投資規模についてですが、米国JVにおける総投資額は――約一兆五千億円規模を予定しております。
EGS方式による大規模地熱発電設備の建設と、それに直結するハイパースケールAIデータセンター群の整備。州政府の関与、地熱特化ファンド、地元CVCの参画も加わり、規模は必然的に跳ね上がります」
会議室に低いざわめきが走る。
オレは視線を資料に落とし、次のページを繰った。
「さらに日本側でも、既存のJVに加えて、追加で五千億円規模の投資を実施する見直しをさせて頂きました。これは国内でもEGS方式による大規模地熱発電設備の建設と、それに直結するハイパースケールAIデータセンター群の整備を行う為の追加投資対応となります。米国側の発電・DC施設へのインターフェース強化も必要となります。
そして全体を統括するSPVの設置――こちらの統合コストを含めたグローバル全体の投資総額は、現時点で三兆円規模と算出しています」
場の空気がさらに重くなる。
金額の桁が、誰もが想定していたものを超えていたからだ。
けれど異論は出なかった。
米国大統領からオレが直接手渡されたチャレンジコインと、シークレットサービスの連絡コード――あれは単なる儀礼品ではなく、米国政府が本プロジェクトを全面的に支援するという確約の象徴だった。
その事実を、ここにいる誰もが知っている。取締役でもあり、五井アメリカの支社長がその現場を目撃しており、既に主要な幹部はその事実を認識しているからだ。
「……本件については、日米双方の政府レベルでの支援が確約されています。
金融面での後ろ盾、規制面での優遇措置、そして国家的な安全保障上の意義。いずれをとっても、ここで踏み出す価値は十分にあると考えています。何卒ご了承のほど、よろしくお願いいたします」
オレはそう言い切り、もう一度深く頭を下げた。
沈黙の後、委員長が低く呟く。
「――歴史的な決定だな。だが、今後の五井物産の三十年を決定づける投資としては、この程度でも少ないという見方もできる。投資委員会としては本件については概略了承とさせて頂きたいと思いますが、ご異議ある方はいらっしゃいませんでしょうか?」
誰一人手をあげる者は存在しない。
日米政権が後押ししているプロジェクトをここで止める判断など出来ない。
そしてこのスキームは精緻に積み上げたものだ。
――そして一つ、承認のハンマーが静かに下ろされた。
その瞬間、胸の奥に熱が広がると同時に、重たい鎖が肩にかけられた感覚があった。
これで道は開かれた。だが、同時に――この巨額投資のすべての責任は、最終的にオレ自身が背負うことになる。
成功すれば、未来が変わる。
失敗すれば、国際的な信用も、五井物産の将来も、自分自身のキャリアすら終わる。
背筋が震える。だが逃げ場はない。
亜紀さんがいる。玲奈がいる。麻里も、きっと自分なりの形で力を尽くしてくれるだろう。
彼女たちのサポートがなければ、この巨大なプロジェクトを背負うことなど絶対に不可能だ。そして家に帰れば保奈美がいつもオレを支えてくれているのだ。
それでも――その先頭に立つのは、オレしかいない。
(……大丈夫だ。オレがやる。必ずやり遂げる。やり遂げてみせる)
静かにそう誓い、拳を握りしめた。
歴史的な了承を背負うのは、このオレ――一ノ瀬直也なのだから。