第6話:神宮寺麻里
――やっぱり、この人は強い。
イーサンが口にしていた通り。
「日本人離れした戦略的思考と交渉力」――それが直也の一面なのだ。
私も海外で仕事をしてきたから分かる。普通の日本人なら、相手の顔色をうかがって安易に妥協する場合が多い。けれど直也は違う。もう先の先まで布石を打って、私が動く前に全てを整えてしまっていた。
悔しい。でも、それ以上に誇らしい。
これが私の愛した人。
そして……誰か他の女に奪われるわけにはいかない人。
もちろん、私は直也に距離を詰めたいと思っている。「元カノ」などと言われるのはむしろ屈辱的だ。今と、そしてこれからの永遠のパートナーでありたい。
でも、それがそう簡単でないことも理解している。彼の周りには義妹の保奈美、五井物産の亜紀、玲奈、もしかすると日本GBCの街丘由佳、まだまだ存在するかもしれない。みんなが直也を狙っている。いや、“直也の隣”に立ちたいと思っている。
だからこそ私は考える。
まずは仕事の上で結果を出し続けなければならない。
DeepFuture AIの日本法人代表として、イーサンと直也の間に板挟みになることがあれば、私は必要に応じて、直也を守るためにイーサンに再考を求める。そんな役割を担う覚悟はできている。
でも、直也はそれすらも先回りしていた。
SPVのステアリングコミッティ構想。イーサンをリーダーに据えることで、AACやGBC、グリゴラの最高責任者を巻き込み、技術的な意思決定の場を格段に引き上げてしまった。
私は、正直直也の手腕に唸るしかなかった。
けれど、誇らしさは焦燥でもある。
――このままじゃ、私はただの一ステークホルダーの代理人になってしまう。
直也のプライベートの領域に、どうしても入り込まなければならない。義妹の保奈美と距離を縮める必要がある。彼女の信頼を得なければ、直也の心の中心には触れられない。
そして、亜紀や玲奈とも腹を割って話せる関係を築かなければならない。
彼女たちは強敵だけれど、同時に仲間でもある。この巨大プロジェクトを前に進めるためには、協調が不可欠だ。直也を守り抜くために、それは絶対の条件だった。
※※※
私はもう決めている。
――直也を五井物産のトップに押し上げる。
直也が「立派な人」として仕事を進め、世界をより良くする為に、五井物産のトップとして君臨する事は絶対条件だ。
そのために必要なことは何だってやる。誰とでも組む。誰とでも戦う。
そしてその時。
直也に寄り添い、家庭を営み、彼の子どもを育てているのは、私でなければならない。
それが私の誇りであり、私の願いであり、私の愛のすべて。
胸の奥でそう呟き、私は静かに笑みを浮かべた。