第2話 ギャルとオタ活
「おっそ。何やってんの、神谷〜」
教室に入ると、俺の席の隣に座っていた金髪ギャルが、ニヤっと笑った。
「朝からそのテンションは高すぎだろ、結城」
「ギャルは朝から元気なの! てか、今日リリースの日じゃん、ほらアプリの──」
「お前もやってたのかよ、あのソシャゲ……」
結城 愛彩。見た目は完全なるギャル。
けど、中身は俺以上のガチオタク。
同じラノベを読み、同じアニメに泣き、同じガチャに一喜一憂する。
ただのオタク女子とは違って、コミュ力がえげつないので、会話のテンポが良すぎる。話しててマジで疲れない。
「てかさ、昨日のガチャ、神引きだったんだけど。SSR2枚抜き〜」
「え、お前それ録画してた? 後で見せろ」
「ちゃんと撮ってあるし、実況付きで」
「実況付き!?」
「いや、神谷に見せる用で撮ったんだけど?」
「……いや、なんで?」
「え、なんか──見せたいじゃん、わかるでしょ?」
そんな感じで、朝のHRが始まるまで俺と愛彩はずっとしゃべってる。
変に構えたりせず、素直に楽しいと思える。
今のところ、俺の高校生活で一番ありがたい存在。それが結城愛彩だ。
◆ ◆ ◆
「神谷、昼どこで食べる?」
「ここでいいよ。弁当だし」
「あ、じゃあうちもここで食べる〜」
当然のように、俺の隣の席のままご飯を食べ始める。
この距離感、普通なら緊張しそうだけど、不思議と違和感がない。
俺もそうだけど、たぶん愛彩も、“自分たちはただのオタ友”と思ってるんだろう。
「ねぇ、これ見てよ。うちの推しのグッズ新作。バリかわいくない?」
「やば、これアクリルの質高いやつじゃん。通販か?」
「限定ガチャの特典! 地獄の課金だったけど、後悔はしてない!」
会話のテンポも、テンションも、噛み合う。
他のクラスメイトが見ると「ギャルが陰キャと話してる」ように見えるかもしれないけど──俺たちはそんなカテゴライズどうでもいい。
推しの話ができればそれでいい。それだけで、仲良くなれる。
──とか思ってた矢先の出来事。
「んー……ちょっと背中痛い」
愛彩が急に身体をぐいっと伸ばして、俺の机に半分寄りかかってきた。
「お、おい」
「ちょっとだけだから〜。ストレッチ、ストレッチ。神谷の机、ちょうどいい高さ」
そう言って、俺の肩あたりにぽふっと頭を預けてくる。
──近い。近い。めちゃくちゃ近い。
肩と頭が触れてるし、髪がくすぐったいし、何より周囲の視線がやべえ。
「……なあ、見られてるけど」
「ん? あー別によくない? オタ活仲間だし〜」
そう言って笑う愛彩に悪気はない。むしろ、心底リラックスしている顔だった。
こっちは完全に意識してるというのに。
距離感バグってる。でも、それがイヤじゃない自分がいた。
むしろ──ちょっと、ドキドキしている自分に気づいてしまう。
◆ ◆ ◆
放課後、俺たちは最寄りの駅前のカフェにいた。
愛彩が見つけたアニメコラボカフェだ。推しのスイーツを頼んで、写真を撮りまくる。
「これ神すぎない!? インスタに載せるわ!」
「ギャルっぽいことしてんな」
「ギャルだもん」
愛彩はスマホをいじりながら、にこにこ笑っていた。
「神谷、さ、思わない? 高校って意外とつまんない」
「……わかる」
「でもさ、こうやってオタ活できる相手がいて、ちょっと楽しくなってきた」
「それ、俺も思ってた」
今、この瞬間の空気が心地よかった。
言葉にしなくても、愛彩との関係は、なんだか“特別”に感じ始めていた。
でも──
「……あれ?」
帰り道。学校の前を通りかかると、校門の横に美月が立っていた。
制服のまま、スマホを持ちながら、時折ちらっと俺たちの方を見ている。
視線が合いそうで、合わない。まるで……見てるのに、見てないフリをしてるような。
「美月?」
「ん? 知り合い?」
「……幼なじみ」
愛彩がふーん、と言って俺の顔を見る。
でも俺は、それ以上何も言えなかった。