第1話 オタ友と幼なじみ
俺には、幼なじみがいる。
名前は春野 美月。
性格は明るく、顔も良くて、運動もできる。小さい頃から近所で一緒に遊びまくっていた。
泥だらけになって鬼ごっこしたり、アニメの録画を一緒に観たり、カードゲームで真剣勝負したり。俺たちはまるで兄妹みたいだった。
でも、それは小学校までの話。
中学に上がる頃には、少しずつ距離ができていった。
あいつはいつの間にか「陽キャグループ」の中心にいて、俺は相変わらずアニメやラノベ、ゲームに夢中なオタク道まっしぐら。
趣味の違い? いや、たぶんそれだけじゃない。
環境が変われば人間関係も変わる。それが“普通”なんだと思う。
美月はクラスの中で笑ってた。男女問わず誰とでも話せるし、嫌味もない。
そりゃあもう、「あ、こっち側には戻ってこないな」って、なんとなく分かった。
でも不思議なことに、俺はそれを寂しいとは思わなかった。
……いや、嘘か。
どこかで少し、寂しかったのかもしれない。
そんなわけで、高校に入っても俺は「昔の幼なじみを遠目に見ている男」だった。
──四月、入学式を終えて数日。
高校生活は期待していたほどキラキラしてなかった。
自己紹介で「アニメとゲームが好きです」と言えば、クラスの数人に苦笑された。
席は教室の端っこで、話しかけられることもなく、授業が終われば即帰宅。
この孤独な空間が俺の指定席になっていくのに、そう時間はかからなかった。
美月はというと、相変わらずだった。
「えーやばくない? それってマジで?」
「美月ちゃんって、運動部とか入んないのー?」
俺の斜め前あたりの席では、美月を囲むように男女数人が盛り上がっている。
彼女は笑って答えながら、自然と輪の中心にいた。
そういう空気をつくれるのは、才能だと思う。
──俺には関係ないけどな。
そう思いながら、俺は机の上に文庫本を取り出した。
タイトルは『異世界転生しても俺は幼なじみを忘れない』。若干痛いタイトルだけど、内容はガチで泣ける。
転生先でもなお想いを貫く主人公とか、最高かよ……。
「ねぇ、ちょっとあんた──その本、どこで買った?」
──ん?
突然、上から声が降ってきた。しかも、女子の声。
俺が顔を上げると、そこにいたのは──
金髪ハイライトに、ネイル。まつげ長めの、いかにもなギャル。
スカートは短め。制服の着崩し方にも迷いがない。
名前は……えっと、確か隣の席の……結城 愛彩だったか?
「……このラノベ、知ってるの?」
「は? 知ってるに決まってんじゃん。むしろ推してんだけど。泣いた。ラストやばくない?」
「……わかる、それな。あのラストはエグい」
初対面で、いきなり“それな”が成立した。
彼女は空いてる俺の前の席にズカッと座り込み、話し始める。
推し作家の話、ラノベの展開の好み、異世界より学園派だとか──とにかく語る、語る。
「てかあんた、結構ガチオタっぽいね。なのに陰キャじゃないって感じ。珍し〜」
「お前もギャルの見た目で、その語彙はギャップすごいわ」
「よく言われる〜! てか、今度オタカフェ行かない? 推しのコラボしてんの」
「……いいの? てか、行く」
──俺の世界は、この日から変わった。
クラスで話しかけられるなんて予想してなかったし、それがギャルとか尚更だった。
だけど結城愛彩はただのギャルじゃなかった。“オタク”という共通項がある。
しかも、まるで昔からの友達みたいな距離感で、俺に話しかけてきた。
あれから休み時間になるたびに、俺と愛彩は話すようになった。
アニメの話、ラノベの話、ソシャゲの話──話題には困らなかった。
不思議と、居心地もよかった。
そして──放課後。
カバンを持って帰ろうとしたとき、ふと感じた視線。
俺が振り返ると、そこには美月がいた。
──クラスメイトたちと話すこともなく、静かに、俺の方を見ていた。
一瞬、目が合った。
でも美月は、すぐに目を逸らして、また誰かの輪に戻っていった。
あれは──何だったんだろう。
嫉妬? まさか。
でも確かにあの目は、ただの“昔の幼なじみ”が向ける目じゃなかった気がする。
……気のせいだよな。