表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勘違いだらけの契約婚  作者: 仲室日月奈


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/16

7話:契約妻は贈り物に不慣れ(後編)

 衝撃的な言葉にミリアリアは頭が真っ白になった。


(……妻として!? お慰めすることを求められている!? って何をすればいいの!?)


 夫婦関係の手引きすら知らずに嫁いできた身だ。

 隠居中の彼の両親ともまだ顔合わせすらしていない中、相談できる相手などいない。だが、ユージーンはたった今、凹んでいるのだ。

 妻としての正解がわからず、混乱したミリアリアは、考えるより先に言葉を発していた。


「え!? 何があったのですか!? 手紙にインク染みがついてしまったとか、名前の綴りを間違えてしまったとか、封をしてから手紙を入れ忘れていたとか、そういう失敗談が閣下にもおありなのですか!?」

「……ふっ、そのくらい誰でも経験しているだろう」

「で、では一体……」

「俺の妻は、贈り物を監視用の魔術具だと信じて疑わず、喜んでくれたが。その髪飾りに監視機能などない」


 淡々と語られた真実に、素っ頓狂な声が出る。


「……そ、そうだったのですか!?」


 ミリアリアの太ももに頭を乗せたまま、ユージーンはゆっくりと体の向きを変えた。仰向けの状態で、彼の瞳がまっすぐにこちらを見上げてくる。


「普通のプレゼントだ。君の髪に挿したら映えるのではないかと思って選んだ。それなのに、監視のために贈ったと誤解されたのだ。凹んで当然だろう?」

「す、すみません。わたくしは普段、贈り物をもらう習慣がなくて……。きっと意味のあるものだと勘違いしてしまったのです。逃亡防止用の魔術が組み込まれているものだと。でも、違ったのですね」

「なぜ君のほうが凹む?」


 困った子を見るような目で、ユージーンはそっと苦笑した。

 ミリアリアは恥じ入るようにうつむいた。責めるでもなく、純粋な疑問のように優しく尋ねられて、涙腺が刺激されるのがわかった。


「だって、閣下のお心を正確に推し量ることができなくて……。契約妻なのに、あなたの心を傷つけてしまいました」


 こみ上げてくる感情を懸命に押しとどめながら言葉を重ねるうち、次第に声が震え、語尾はかすれていった。これでは完璧な契約妻にはほど遠い。

 蒼紫の瞳は静かな湖面のように、眉を下げたミリアリアの姿を映し出す。


「そんな悲しげな顔をするな。こちらまで悲しくなってくるだろう。俺は君には笑っていてほしい。そもそもこれを買ってきたのは、円滑な夫婦関係を維持するためには、こまめな贈り物が大事だと言われたのがきっかけだ。俺は、君がこれを見て喜ぶ姿が見たかった。……ただ、それだけなんだ」

「閣下……」


 感極まって呼ぶと、ユージーンは口元をふっとゆるませた。


「言っておくが、君を監視するつもりはない。実家で窮屈な思いをしてきた分、君にはゆっくり羽を伸ばしてもらいたい。侯爵夫人としての務めはあるが、領地内なら自由にしてもらって構わない。ただ、もし何の書き置きもなく突如姿を消したら、俺は心配になって探すだろう。大事な家族がいなくなったら誰だって心配するからな」

「……家族」

「契約婚とはいえ、俺は君の夫だ。それとも『悪魔に魅入られた子』と呼ばれた俺を、家族とは呼ぶのは抵抗があるか」


 悪魔に魅入られた子という単語は、きっと彼の内面の傷に深く関わる言葉だ。けれど、彼はあえてその忌むべき言葉を使った。

 自分が傷つかないためには、他人と距離を取るのが一番楽だ。似た境遇にいたからこそ、よく知っている。けれど、彼は契約妻を『家族』として内側に入れてくれた。

 ミリアリアに歩み寄ってくれた、何よりの証拠だ。


「そんな……っ、そんなこと思うはずがありません。それをおっしゃるなら、わたくしだって『血塗られし瞳を持つ忌み子』と呼ばれてきました。人間の形をした化け物だと……ずっと虐げられてきました。差別される苦しさに耐えるのは、想像以上につらいことです。ですが、あなたの心は清らかなままです。悪魔に魂を売った人とは明確に違います」

「…………」

「閣下は気高いお方。強い志と優しい心をお持ちです。深海で揺らめくタンザナイトのようなその瞳には、確かな意志が宿っています。あなたに出会ってから、閣下の優しさを感じない日はありませんでした。あなたの黒髪は、まるで星々を包み込む夜空のよう。静かで、穏やかで……絹のような艶めきが美しくて、思わず触れてみたくなるほどです」


 うっとりした様子で微笑むと、ユージーンが唇を引き結んだ。

 そのまま無言のまま見つめ合う。無言の圧に、じわじわと余計なことを言っただろうかと脳内で反省する。そんな中、ぽつりと彼が言葉を小さく発した。


「触ってみるか?」

「……えっ」

「俺たちは夫婦だろう。髪ぐらい、好きに触れていい」

「よ……よろしいのですか?」

「ああ」

「で、では……失礼して…………うわぁ……」


 震えそうになる指先を彼の髪に差し込んだ瞬間、つい心の声がそのまま出た。


「なんだ、その反応は。想像と真逆だったか」

「ちちちち、違います! その、あの、天女の羽衣ってこんな感じなのかなと。イメージしていたものよりも、数段柔らかくて手触りがよくて……ずっと撫でていたいぐらいです。閣下の髪ってさらさらで、とっても気持ちいいですね」

「…………」

「閣下? なんだか頬に赤みが差して……はっ! 発熱ですか!? 大変、すぐにお医者様を──」


 ユージーンの武骨な手が、ミリアリアの細腕をつかむ。

 ほとんど力が入っていないので痛くはないが、かといって簡単に逃げることもできない、絶妙な力加減だった。


「呼ばなくていい。頼むから、ここにいろ」

「……はい」


 腕の拘束はすぐにほどかれ、明るい午後の日差しが差し込む部屋で、静かに笑い合った。ささやかな会話が心地よく、時間の流れさえ忘れてしまいそうになる。

 その日、膝枕を長く続けると足が痺れるものなのだと、生まれて初めて知った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

◆一言感想でも泣いて喜びます◆
“マシュマロで感想を送る”

ツギクルバナー
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ