2話:妻の務めを果たします
自分は臣下。彼の忠実なる部下だ。
ようやくお荷物だった自分にも、彼の妻として恩を返せる日が来たのだ。何を命じられても、すでに命を捧げる覚悟はできている。
ミリアリアは感極まって震えながら、次の命令を待った。
しかしながら、ユージーンの言葉は予想していたものと、まるで違うものだった。
「君も知っているとおり、我が一族は国を守護する使命を背負っている。俺の妻となったミリアリアは、東の守り手の一人。守護結界の構築ができるようになってもらわねば困る」
「守護……結界……」
「民を守るための結界術だ。君の瞳は魔力耐性が強い者である証し。魔力量もこの領地を守るのに十分だ。守護結界は民だけでなく、自分自身を守る唯一の手段でもある。侯爵夫人が使えなくては話にならない」
「では、わたくしを妻に望んだのは……」
「そういうことだ」
重々しく頷くユージーンを見て、ミリアリアは納得する。
(やっと腑に落ちましたわ。皆様がわたくしの世話をせっせとしてくださるのは、契約妻の貧相な見た目を気にしてのことだと……。でも、違ったのですね。本当の目的は守護結界の構築。てっきり何かの儀式の贄にされるのものと覚悟していましたが、妻に選ばれた理由がこれではっきりしました。ならば命を賭して、この領地を、閣下をお守りせねば!)
大事な使命を与えられ、心が沸き立つ。
ここにいてもいい理由ができたことに、感謝の念を抱かずにはいられない。
「だが、この部屋では手狭だ。訓練場に場所を移し、早速練習してもらう。準備はいいか?」
「もちろんです!」
元気よく答えた妻に、ユージーンは少し気圧されたように瞬いた。
だがすぐに咳払いで気を取り直し、「では、行くぞ」と席を立った。執事が心得たようにドアを開けて待ってくれており、ミリアリアはユージーンの後ろについて訓練場へ向かった。
◆◇◆
訓練場は、騎士団内部の一角を使わせてもらうらしい。
すでに騎士団長にも話が通っているようで、ユージーンは迷いのない足取りで北側へとミリアリアを連れてきた。
「王国の東部は、我が侯爵家の領地。ここまでは知っているな?」
「はい」
「では、隣国については?」
歴史の復習だ。弟妹たちが生まれて言葉を話せるようになってからは、ミリアリアから家庭教師は外されたが、最低限の知識は教えられている。
伯爵家でつまはじきにされてからは書庫にある本で独学したため、一般教養には不足があるが、歴史関係ならちゃんと頭に入っている。
「かつて貿易国として栄えていましたが、破門された魔道士が魔界から呼び出した邪龍によって滅ぼされ、今もかの土地は魔に侵されていると聞き及んでいます。確か、邪龍を封印したのがユージーン様のご先祖様だったかと」
「そうだ。俺たちは魔に侵された大地の瘴気から王国を守護するために、この土地を国王より賜った。王国に害が及ばないよう結界を張るのが主な役目だ。ゆえに、東の守り手の一族と呼ばれている」
「……守り手……。とても重要なお役目ですね」
ミリアリアがつぶやくと、ユージーンが鷹揚に頷く。
「ああ。先祖代々、王国を守るために守護結界を構築してきた。土地柄、領民は魔の耐性があるし、魔法騎士は総じて魔力量が多めだ。守護結界の構築には血の誓約があるため、侯爵家に連なる者でなければ発動できない。ゆえに豊富な魔力量を持つ者が領主となる。妻は夫の非常時に代わりを担う役割を持っている」
「……つまり、わたくしは命を賭して結界を張る役目にふさわしい、と判断されたのですね」
「まぁ、そういうことだ。領主には他の仕事もある。結界の維持管理は騎士団の管轄だ。しかし、いざというときに備えて、侯爵夫人は守護結界の構築ができねば話にならん」
腕を組んだユージーンは侯爵家当主の顔だった。
顔立ちが整っていると、憂いを帯びた横顔すら美しいのだなと感心してしまう。
(しっかりと、契約妻としての役目を果たさなくては……!)
ミリアリアは拳を握り、凜とした表情で詳細の説明を求める。
「具体的にはどのようにすればよいのですか? わたくし、魔法は一度も使ったことがありません。自分に魔力があることも知らなかったぐらいですから……」
「君には十分な素質がある。やり方は教えるから、これから覚えればいい。まずは、そうだな。右手を出してくれるか」
「こ、こうでしょうか?」
おずおずと右手を差し出す。
彼の大きな手が自分の手と重ね合わせた瞬間、心臓が跳ねるように脈打った。